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第56話 迷える炎+Only you can help her.

 

 ようやく振り切った。


 エヴィは誰もいない林の中、鬱蒼とした茂みに転がり込んだ。

 ジェノサイドの自己治癒能力は人間に比べて遥かに早い。既に傷自体は目立たぬくらいに塞がっていたが、身体に纏わり付いた疲労は未だ拭えずにいた。

「はぁ、はぁ……これから、どうすれば……」

 愛する1人が敵に回り、もう1人は消えてしまった。それまで衝動的に人間を襲っていたエヴィの心には、エリカとセラとの出会いを通じて人間らしさが芽生えてきたのだ。

 彼女の脳裏に、1人の少年の影がよぎる。自分を2度も救った、エリカの大切な人。しかし、

「……ダメ、私が頼っていい人じゃない。あの人は、エリカお姉ちゃんの……」

「やっと見つけたぜ、エヴィ」

「っ!?」

 突然掛けられた声。慌てて茂みから飛び出そうとしたが、その肩が掴まれる。振り解こうとして、その声の主に初めて気がついた。

「プラウダ……!?」

「なぁにビビってんだよ、らしくない」

 その後ろにはラスレイの姿も。しかしエヴィは警戒心を解かない。

「私を殺しに来たの!? 彼奴らに命令されて!」

「彼奴ら……って、彼奴らしかいねぇか。んなわけないだろ。そんな事よりだ」

 プラウダは自らの肩を鳴らしながら、残る手でエヴィの頭を撫でる。

「俺とラスレイとお前で、これからジェノサイドを増やしたい。最近バカスカやられてて手が足りねぇんだ」

「いずれ奴等からインフェルノコードを奪うのにも、戦力が欲しい。協力しろ、エヴィ」

「…………」

「ん、どしたエヴィ? めんどいとか言うのは無しだぞ」

「……やらない」

 エヴィは声を絞り出す。耳を澄まさねばならないほどに小さく。

 それを聞いたラスレイが低い声で尋ねる。

「何故だ?」

「もう、人間、襲いたくない……だからやらない」

「ふざけるのはよせ。人間を手に掛けるのを今更何故嫌がる?」

「……もう、お姉ちゃんに、嘘吐きたくない」

「……意味が分からん。プラウダ、エヴィは放っていくぞ」

「待てラスレイ」

 プラウダはエヴィの頭から手を離す。

「エヴィ、つまりお前はこれから……人間として、生きていく気か?」

「……分からない、分からないよ……でも……一緒に、生きていたい……」

「…………そうかよ。じゃあ勝手にすればいい。俺達ジェノサイドは自由だ。何処でどうするも、自分が決めりゃいい。とっとと行きな」

 エヴィは最初、驚いた表情でプラウダを見つめていた。最悪、戦闘になることすら覚悟していた。しかし彼は黙って自分の希望を聞き入れてくれたのだ。

 頷き、エヴィは林を去っていった。

「プラウダ、何故エヴィを……」

「ラスレイ、絶対忘れんなよ。俺達が何故インフェルノコードを手に入れようとしているのかを」

 真剣な眼差しで空を見上げる。本当の敵はそこにいるとでも言わんばかりに。

「誰にも邪魔されない、俺達ジェノサイドが自由に生きる世界にする為だ。その世界にスレイジェル共はいらない。だから衛星とやらの操作権をインフェルノコードで掌握する。スレイジェルを、消す為にな」




 怪物や機械人形が立て続けに出没し、草木ヶ丘の街を歩く人影はほとんど見当たらない。いつもであれば多くの人々が行き交う商店街も、店は全てシャッターが降り、閑散としている。

 そんな大通りの真ん中を、彼岸は体を引き摺るように歩く。リンドウとの戦いで受けたダメージは、確実に彼の身体を追い詰めていたのだった。

 頭の中で、桜と交わした言葉がひたすら往復する。その度に頭を切り裂かれるような鋭い痛みに襲われていた。

「俺は……必ず…………復讐、を…………」

 目的を忘れぬよう、呪文のように呟き続ける。だが、呟く程に疑問が突きつけられる。


 何の為に、忌魅木へ復讐するのか?


 復讐を終えた後は、どうするのか?


「理由など……どう、でも……!!」

「どうでも良いわけないでしょう」

 彼岸の目の前に少女が立ち塞がる。風に舞う白髪、蒼い瞳。彼岸がこの世で最も憎んでいる人物の1人。

「忌魅木……蒼葉……」

 だが何故だろう。彼岸の心で燻り続けていた復讐の炎は、蒼葉を前にしても再び燃え上がる事はなかった。

「何をしに来た……?」

「貴方の力が必要なの。紅葉を救う為に」

「紅葉……」

 その名を聞いた時、頭を針で刺されるような小さな痛みが走った。

「何故俺が、忌魅木に力を貸さなければならない」

「協力出来ないなら力ずくでも奪う。けど…………願うなら、私はそんな事したくない」

「何を言っている?」

 蒼葉は彼岸へ歩み寄る。ブレイクソードを構えるが、彼女はまるで怯む様子はない。

「私は……私と紅葉は、貴方の過去を知っている。貴方の、本当の目的も」

「俺の本当の目的だと!?」

 否定するように声を荒げる。しかし同時に、この事を予想していてもいた。


 彼岸の頭は、何か大切な、忘れてはいけない事を、思い出そうとしている。その事に彼自身が気がついていたからだ。


「それを思い出せば、私達にとって貴方は敵じゃなくなる」

「思い出す……必要は、ない! 俺は忌魅木を滅ぼす!」

「本当にいいの!? 真実を知らないまま、全てを終わらせて!」

 蒼葉の言葉は、彼岸の心をひたすら揺さぶり続ける。これ以上決心を鈍らせる前に始末しなければならない。彼岸がブレイクソードを抜こうとした時だった。


「紅葉を助けられるのは、貴方しかいない……!!」


 彼岸の頭が真っ白になる。何かで殴られた様に。視界がぼやけ、瞳が震える。

「俺が…………助ける…………忌魅木……忌魅木……紅葉を……?」


「目標、確認」


 無機質な声に被さるように、灰色の炎が背後から迫った。瞬間、彼岸の思考は戦闘状態に切り替わる。振るわれたブレイクソードは灰色の炎を弾き飛ばす。

「何のつもりだ、インフェルノコード!?」

「プラグローダーの回収に移る」

「ま、そういうわけだよ。ごめんね、彼岸」

 インフェルノコードの隣にはオドントの姿もあった。しかし戦いに参加する気はないのか、少し離れた街灯の上から観察している。

「……エリカ」

 すっかり変わり果てた姿を見て、蒼葉の頬を汗が伝う。桜から聞いてはいたが、あれが彼女に埋め込まれた禁忌の技術、インフェルノコード。

 ブレイクソードのプラグローダーを開き、変身しようとする彼岸。その隣に蒼葉も並び立った。

「忌魅木蒼葉、何を……!」

「手を貸す。1人じゃ逃げるのも難しいでしょ」

「お前の力など必要ない!!」

「ここを切り抜けたら貴方を紅葉の元へ案内する、それでも?」

「何……!?」

 彼岸は蒼葉の瞳を見る。それ以上は何も言わないが、瞳は本気だった。

 彼岸は再びインフェルノコードへ向き直り、蒼葉は腰に装着したリワインドローダーからプレシオフォンを取り外す。

「変身!」

「変身」


《Scars don′t disappear Grudge is eternal 復讐者よ、怒りのままに力を奮え!!!》

《Deep! Abys! Fang! Memory Revive!! Wake up Ocean!!》


 ヒガンバナとユキワリへ姿を変えた2人は、インフェルノコードへ駆け寄る。まずはユキワリがプレシオフォンをウィップモードにし、拘束を仕掛けた。

 だが、巻き付いた鞭はインフェルノコードの身体をすり抜けてしまった。

「どういう事……!?」

「命令妨害を確認。攻撃対象に加える」

 反撃に転ずるインフェルノコード。灰色の炎が巻き上がるが、ウィップを回転させて炎を散らして回避。その間に駆け出したヒガンバナがブレイクソードで肩から斬りつけた。刃は肩から胸まで侵入する。しかし手応えを感じない。見ればブレイクソードが斬りつけた場所からは炎が噴き出すばかりで、傷など一切ついていない。

「プラグローダー、回収に移る」

 伸びた手がヒガンバナのプラグローダーに触れた。が、横から割って入ったユキワリが腕のブレードを振るい、インフェルノコードの腕が一瞬喪失。その隙をついてヒガンバナは距離を取った。

「ごめん、エリカ!」

 回し蹴りの軌道で振るわれた足のブレードが、インフェルノコードの両眼を抉る。同じ様に灰色の炎が噴き上がるが、再生の隙を突いてヒガンバナとユキワリは戦線から離脱した。

「あーあ、酷い人だな。かつての友にこんな事を……」

 オドントは街灯から降りると、カオスローダーから灰色の粒子を振りかける。たちまちインフェルノコードの傷が完治し、光の無い目が再び開いた。

「さて、早く追わないとね」


 ユキワリはメガロストライカーに、ヒガンバナはトライアングルホースに良く似た黒い三輪バイクに跨り、ノアカンパニービルを目指す。

「何故だ、何故俺を案内する? お前は忌魅木紅葉の姉だろう。妹が俺に殺されても構わないと?」

「何度も言ってるでしょう。紅葉を助けてほしいから。それが紅葉の希望で、貴方の本当の目的だからよ」

「何を根拠に……」

「本人の口から聞きなさい。もう貴方の復讐は、紅葉をただ殺すことなんかじゃない。それは貴方自身が理解している筈」

 この女は、何処まで自分の事を、そして紅葉との関係を知っているのだろうか。彼岸は自分の心を見透かされている様だった。

 今の自分は、真実を知りたがっている。忘れてしまった本当の目的を。




 対する桜と山神は、ノアカンパニー前のベンチで並んで待機していた。写見が差し入れたコンビニのおにぎりを食べながら、ひたすら蒼葉からの連絡を待っていた。

「にしても転校生大丈夫かよ。いくら変身出来るからって1人でヒガンバナ相手にして。こっちまで誘導するとか言ってたけど、別にんな回りくどい事しなくても3人でタコ殴りにすれば……」

「蒼葉の事だから何か考えがあるんだよ、多分」

「あぁ見えて割と見栄っ張りだから、本当に考えがあるかはちょっと怪しいぞ?」

「いやそうかもしれないけどさ……」

 どうしても桜には引っかかる事があった。何故ヒガンバナを釣り出す役目を、蒼葉が買って出たのか。誰でもよかったのならば桜で良かった気もする。

 と、2人の前にプレシオフォンが現れた。蒼葉からの連絡だ。

「来た!」

「お、やっと……うごっ、おにぎり、が、器官に……!?」

 胸を叩きながらもがき苦しむ山神をよそに、桜はプレシオフォンにある内容を読む。


 桜の目が僅かに見開かれたが、やがて頷く。この場にいない蒼葉へ応えるように。

「……じゃあ、これ、頼んだ」

 予備として渡されていた2枚目のピュアチップと、VUローダーをプレシオフォンへと渡した。4枚のヒレで抱え込むと、また何処かへ飛び去っていく。


「う、ごご……それで、転校生は何て?」

「それが……っ! 山神、話は後だ」

「あん?」

 顔を上げた先に、2つの影が現れる。

「ハロー。この前ぶり」

 黒い髪をたなびかせながら手を振るクロッサムと、桜を無表情で凝視するウィズードだ。

「バリア野郎!? お前、何度爆破されたら気が済むんだ!!」

「何度爆破されようが私は死なない。……」

 山神の言葉を一蹴すると、視線はまた桜へ。顔は無表情なのだが、空気を何度も握り潰す手が胸の内を語っていた。

「何をしに来た?」

「お仕事だよ、お、し、ご、と。これからノアカンパニーが持つサーバーを全部私達のものにする準備をしなくちゃならないの」

「サーバーだぁ? サーバー、って、インターネットとかのアレだろ? 何でそんなもん……」

「分かんないなら教えなぁい。馬鹿に何言っても分かんないだろうし」

「は?」

 額に青筋を浮かべる山神を見て、クロッサムは嘲笑う。彼女らの思惑は未だ桜達には分からないが、桜の中で意思は決まっていた。

「サーバーを乗っ取る為にインフェルノコードを、エリカを利用する気だろ。もしくは逆か?」

「ん〜、55点の解答」

「何でもいいよ。どっちにしたって、俺達はここを通すつもりなんてない」

 桜はプラグローダーとアウェイクニングローダーを接続。山神も腰に巻いたリワインドローダーにパキケファロソナーをセットする。

 それを見たクロッサムとウィズードも、カオスローダーを起動。


「変身!」

「変身!!」


「変身」

「変、身」


 ビル前の広場を眩い光と灰色の闇が一瞬満たす。それも束の間、リンドウ、ホウセンカ、クロッサム、ウィズードが姿を現した。

「えっへへ、行っくよー!!」

「かかって来い!!」

 ホウセンカとクロッサムがぶつかり合う。一方、ウィズードはくぐもった声を発しながらリンドウへ詰め寄る。

「リンドウ……貴様は私が殺す。四肢を捥いで、かつての私のように爆発四散させてくれる……」

「来い。何度だって相手してやる」

 ヴァイティングバスターを呼び出し、リンドウは迎え撃つ構えを取った。



続く

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