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第53話 もう一度正義を+Awakening of Hero

 

「…………なんか作り出してから2日経ったぞ」

「その間俺達はひたすら糖分を送ってたっすけど……」

 蒼葉の地下研究室の前で、大量の菓子パンとチョコを抱えた状態で立つ山神と写見。

 キーボードを叩く音と菓子類を咀嚼する音が混在した空間の中、2人に出来ることは働き蟻のように食料を運ぶ事だけだった。

 女王蟻は仕事をしている間基本的に不機嫌。話しかけようものなら鬼のような形相で睨みつけられてしまう。おかげで進捗が全く分からないのだった。

「横から覗くくらいなら……ばれないんじゃないすか?」

「覗いても分からないから困ってるんだろ……っと、転校生、パン持ってき……」

 スロープを降りた先の光景を見た時、山神は血の気が引いた。

 蒼葉は部屋に居なかった。パソコンは起動したまま、影も形もなくなっていた。

「転校生がいねぇ……!」

「ちょっ、何処行ったんすか!?」

「まさか社長とかにばれたんじゃ……ん?」

 山神は、改めて蒼葉の作業机の上を見る。そこには2つのものが置かれていた。蒼葉の書き置きと共に。


《完成した。桜にこれを届けて。私は別の用事を解決してくる》



「……もうすぐね」

 草木ヶ丘市を見渡せる社長室。紅葉はそこから下を見つめながら1人呟く。

「彼岸が桜君の力を手に入れて、私を殺せば全てが終わる。インフェルノコードも無意味なものに変わる」


「やっぱり、それが目的だったわけ」


 扉が開くと同時に、よく似た声が聞こえてきた。紅葉は笑いながら振り返ってみせる。

「その様子だと、桜君の説得には失敗したみたいね」

「桜の力を、あのヒガンバナとかいう奴に渡して何になるかは知らない。けどそれを利用して何をしようとしているのかは分かる」

 蒼葉の側を漂うプレシオフォンが、自らの画面に映像を映し出した。


 それは巨大な衛星。


「ノアカンパニーは沢山の産業に手を伸ばしているけど、主力産業はインターネットのサーバー運営。それを管理する為に、密かにお父様達はこんな衛星を打ち上げていた」

 蒼葉の言葉を、紅葉は笑みを崩さずに聞いている。

「これが会社名にもなっている、衛星ノア。私達が開発した物のデータのバックアップを取り、使用権限を与えているサーバー。それはプラグローダーも、ヘルズローダーやヘブンズローダーも、スレイジェルも」

「…………そんな事、今更知って何になるわけ?」

「でもお父様も、お母様も、自分の開発したものが暴走する事態を想定しないわけがない。緊急時には全てを強制停止させるコードがある筈なの」

 プレシオフォンの画像が切り替わる。映し出されたのは誰かのレントゲン写真。その心臓の部分には、何かが埋め込まれていた。


「そしてそれは、貴女の心臓に埋め込まれている。このチップが破壊されれば、衛星ノアに強制停止命令が送られる。でもそんな危険なチップを簡単に破壊される訳にはいかない。破壊するには強大な力が必要になる」


 そこまで言ったところで、蒼葉は紅葉へと詰め寄った。

「なんでもっと早く言わなかったの……!? この情報は全部、貴女が社内サーバーのセキュリティを解除したから見られた。もっと早くそうしてくれればチップを安全に破壊する方法だって考えた! どうして!?」

「出来る訳がない。いくら貴女でもね。だから言わなかった」

「そんなのやってみなきゃ……!!」

 肩に手をかけた瞬間、紅葉はそれを払い除けた。笑みが消え、震える目で蒼葉を睨む。


「出来ないに決まってる! 私にチップを埋めたのはお父様とお母様なんだから!!」


「っ!? どういう、事……!?」

 紅葉が告げた言葉は、蒼葉の記憶に反していた。幼い頃、両親は紅葉の方に付きっ切りで愛情を注いでいた。反面、蒼葉に対しては冷たく突き放し、どれだけ努力を重ねようと認めてはくれなかった。

 ならば何故自分ではなく、心の底から愛していた紅葉に埋めたのか。その疑問を察していたのか、紅葉は続けた。

「どうしてって顔してる、少し考えれば分かるでしょう!? 蒼葉、貴女はプラグローダーやコネクトチップを創り出すことが出来る! でも私には何も出来ない! 私と貴女じゃ、価値が違う!!」

「紅葉だってチップを……」

「あれは貴女やお母様が作ったデータを真似しただけ。私には一から何かを成す力なんてない」

 紅葉の表情が一転、またしても笑みを浮かべる。だがそれは今までの他者を見下すものではない。


「私は確かに、2人から愛を沢山貰った。でも2人にとって私に価値は無かった! 貴女とは逆。けど今、私の中には価値がある!」

「死ぬ事になっても!?」

「それでも欲しかった!! 生きている価値が欲しかった!! 愛だけ貰ったって、人は生きていけない……!!」


 自らを嘲る、震えた笑い。蒼葉は初めて知った。紅葉が一番忌み嫌っていたのは、自身だった事を。


「でももう、そんな日も終わり。彼岸が桜君から力を奪って、私を殺せば全てが終わる。……貴女や桜君が下手に足掻かなければ、面倒な事にならなくて済んだのに。ふふ、ふふふ、あ、貴女達の悪足掻きなんて、私の無価値な命以下だったってわけね」

「紅葉……」


 蒼葉は紅葉へプレシオフォンの映像を見せた。画面が切り替わる。


「私達の悪足掻きが無価値なものかどうかは、これから分かる」

「はぁ……?」

「桜は私達みたいに、理屈で生きている人間じゃない。だから他人の為に傷つく事だって平気でする。だからそんな彼を、私達は何の根拠もなく信じられる」


 それは衛星が映し出す、リアルタイムの光景だった。




「はぁ、はぁ、はぁ……!!」

 言われるがままに逃げてきたエヴィは、人のいない廃団地に辿り着いた。周りには人の影も形もない。

 へたり込むように腰を下ろす。つい先程起きた数々の惨劇を、未だに信じられないでいた。

「セラ……エリカお姉ちゃん……!! うぅ、くぅ……!!」

 自分と関わったばかりに、あの2人は不幸な目に遭った。それは今まで人間を襲い続けてなお芽生えなかった、罪悪感と後悔が心を食い荒らしていた。

「家族が欲しかった…………なのに…………!!」

 エヴィに両親はいない。記憶が無い。だから道行く名も知らない家族が羨ましかった。無償で愛してくれる人が、愛せる人が欲しかった。

 ようやく手に入れたと思った。だがそれはすぐに砕ける事となった。


 他の誰でもない、自分の所為で。


「うぅぅぅ……!!」

「あれー、何泣いてるのー?」

 優しい声が耳に入る。声の方向に顔を向けると、黒いドレスに白い肌をした少女が立っていた。

「誰……?」

「私? 私はね……」

 少女は醜悪に歪んだ笑いを浮かべた。

「君を殺しに来たんだよー」

 直後、エヴィの身体が何者かによって引っ張られる。かと思うと、胸部に重い衝撃が走った。

「ぎっ!?」

 その場に崩れ落ち、食いしばった歯から黒い液体が溢れる。

 更にもう一度強い衝撃、エヴィの身体が壊れかけた塀に叩きつけられた。


「おっと、急所を外してしまった。私としたことが」


 態とらしく肩をすくめるウィズードと、それを無表情で見つめるインフェルノコードがいた。

「ふんふん、インフェルノコードは無事にゲット! 後はローダーを回収して……やる事はまだあるんだよね〜!」

「その為にも、君を早く始末しなければならないんだよ、すまないね」

「エリカ……お姉ちゃ……ぐぶっ!」

 口から液体を吹き出しながら、エヴィは呼びかける。だがインフェルノコードには届かない。

「もう彼女はエリカお姉ちゃんではないよ」

 ウィズードはエヴィを足でひっくり返し、胸を踏みつけた。肋骨が軋み、徐々に折れていく凄惨な音が響く。

「がっ、あぁっ、あ、あっ!!?」

「早く変身する事をお勧めするよ。でないと死んでしまうからね」

 変身出来ない事を承知の上でウィズードは提案する。チップが飛び出す場所を足に展開したバリアで押さえつけているのだ。

「ご、め…………ぐぅっ!?」

 やがて肋骨が折れ、肺に突き刺さる。激痛と共に視界は揺らぐ。

 だが死が訪れる前に、どうしても言いたかった。


「な、さい…………ごめ、な、さい…………エリカ、お姉ちゃん…………!!」


 身体が踏み抜かれようとした時だった。


 何処からか飛来した剣がウィズードの目の前を横切った。思わずエヴィから足を離し回避する。

 塀に突き刺さった剣の正体を見て、ウィズードは呆れたように笑う。

「君は、一体何がしたいのかな? 日向桜」


 まだ傷が癒えていない身体。だが桜の眼は以前とはまるで違う。

 純粋に正義を信じていた澄んだ眼ではない。しかし決して揺るがない、真っ直ぐな眼だった。

「今お前も見ただろ。それが俺のやりたい事だ」

「君は確か、正義のヒーローとかになりたかったのではないか? そして今、やった事は悪を助けている行為だ。これは矛盾しているのでは?」

「俺にとって、その子は悪じゃない。エリカとセラの、大切な人だから」

「うーん?」

 まるで理解出来ないウィズードは首を傾げる。

「分からなくていい。俺も最初は分からなかった。何を守るべきなのか、何を守れば正義のヒーローになれるのか。…………やっと分かったんだ。俺が守りたかったものを」

 失って初めて気がつく、という。桜は自分が守れなかった者達が出来て初めて、目指すべき正義を見つけたのだ。


「大切な人達と、その人達が生きる世界を、その人達の大切なものを守りたい。だから好き勝手に世界を変えようとしているお前達と戦う。それが……俺の正義だ」



 プラグローダーに纏わりついた錆びが弾け飛ぶ。飾らないながらも美しい光沢を放つ本当の姿を、再び現した。

 VUローダーを接続、続いてピュアチップをプラグローダーに挿入。

「変身」


《英雄、堅牢なる正義の意志をその手に! Your heart will be a shield that will never clumble》


 《イノセントシールダー》となったリンドウの手に、再び美しい刀身を取り戻したスラスターブレイドが戻って来た。

「その姿は……はは、非常に腹立たしい。嫌な記憶が蘇る!!」

 ウィズードは足元の石を蹴り上げ、姿を変える。鞭の様にしなる腕をリンドウ目掛けて繰り出すが、それらをシールドやスラスターブレイドで迎撃。一気に接近し、腹部へスラスターブレイドを叩きつける。しかし、

「今の私に、そんな力が効くかぁっ!!」

「っ!?」

 ウィズードに傷一つ付いていないどころか、逆にリンドウは吹き飛ばされる。更にバリアの中から無数の蛇を出現させ、リンドウを打ちのめす。


「早く本当の力を使いたまえ! 醜い姿を晒して獣の様に戦え!!」

「俺は……」


「なんか楽しそうだけど……先にこっちだよねぇ」

 2人の戦いを見ていたクロッサムは、倒れたまま浅く息を吐くエヴィへ視線を向ける。

「仕方ないから代わりに私がやっておくか」

「く、ぅぅ……!!」

「じゃあまずはローダーを失礼、っと!?」

 次の瞬間、エヴィは髪の毛に紛れさせていた蛇から黒い液体を射出。クロッサムの目を眩ませた。

「ちょっ、汚い!!」

 眼に付着した液体を拭う頃には、エヴィは何処かへ姿を消していた。それを察したクロッサムは舌打ちし、インフェルノコードの肩を叩いた。

「……命令、あいつ殺してローダー奪って」

「命令、了承」

 抑揚の無い、冷たい声を発する。インフェルノコードは灰色の炎に紛れて姿を消した。


「さて、レディも不機嫌だ。さっさと終わらせるとしよう」

 ウィズードはカオスローダーのボタンを押す。リンドウのシールドのアローモードとよく似た弓を作り出した。

「君の技で葬る、なんてどうかな?」

 余裕の笑みを浮かべ、弓を引く。灰色のエネルギーが螺旋状に伸び、


《Chaos Break!! Coad Wisdom》


 撃ち出された。

「ぐっ!! うぅぅぅ、ぐぁっ!!!」

 リンドウは咄嗟にシールドを構えるが、防ぎ切れずに吹き飛ばされてしまった。変身が解除される。

「無様だな日向桜!! 所詮貴様はたった1人の人間すら守れない非力な存在だ! 力を使えば理性を失う獣でしかない!」

「俺は……獣じゃない!! まだ諦めてたまるか!!」

 すぐに立ち上がる。目を閉じ、あのチップを自分の身体の底から呼び出す様に念じる。


「もう俺は自分を見失わない! 自分が信じた正義を貫くと決めた!! たとえそれが悪だと言われようが、大切な人達が生きる世界を、守る為に!!」


 桜の胸の中心から粒子が溢れ始める。しかしそれは白と黒が入り混じっている。

 それは決して交わる事のない、表裏一体の色。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」


 桜の胸から飛び出したチップは、これまでとは違った。

 黒一色だった色は、白と黒に彩られている。そして描かれていたのは禍々しく凶悪な恐竜ではない。

 装甲を纏った、竜。


「これ、は……?」

 桜自身にも原因が分からない、チップの変化。その時、背後からよく知る声が聞こえる。

「桜ぁぁぁ!! やっと見つけたぞぉぉぉ!!」

「山神っ!? どうして!?」

「話は後にしやがれ! 今は黙ってこいつを受け取れおらぁぁぁっ!!」


 山神から投げられた謎の装置。それに気づいたウィズードは良からぬ気配を感じた。

「させるかっ!!」

 腕を伸ばし、貫こうとする。しかし山神の横から飛び出したパキケファロソナーが身を呈して阻止。装置は桜の手に届いた。

 装置を見ると、音声ログが一件だけ残されていた。自動で開き、中に込められた意思を伝える。


《桜、時間がないからこれだけ伝える。……もう一度、私達を信じて欲しい》


 蒼葉からのメッセージ。短い言葉の中に込められた、強い意思。

 突き放した自分を、信じてくれている。ならば、自分も大切な人達を信じるべき。

 竜の顎を模した装置、その顎を開き、プラグローダーに被せるように接続。


《Awakening Conect》


 プラグローダーを開き、中へピュアチップと変化を遂げた自身のチップを装填、カバーを閉じる。

 拳を握りしめ、覚悟を込めた叫びと同時にスライドした。


「変身っ!!!」


《Awakening Load!!》


 桜の姿がディノニクスジェノサイドへと変化。しかしそれで終わりではない。

 両手両足、そして頭に輝きを放つ天輪が出現。それらが各部を通過しながら、身体の中心へ集結。漆黒の身体の上から純白の鎧を纏っていく。

 獣のような前傾姿勢から、人間のように背筋が伸びる。そして胸の中心に、赤いX字の紋章が浮き上がった。


《英雄 試練の果て 狂気を希望へ変えよ!! Awakening of Hero!!!》


 白と黒、正義と悪を受け入れた竜騎士。リンドウ、《アウェイクニングブレイダー》フォームが誕生した。


「さぁ、ヒーローの……出番だぜ」


《ヴァイティングバスター》


 新たな武器をその手に握りしめ、英雄は歩み出す。自らの正義を貫く為に。



続く

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