第52話 目指すべき夢＋Dream Fragment
インフェルノコードがこの世に解き放たれた。
まるでその事実に恐怖したように空は曇天となり、空間は薄暗くなる。
「ウィズード、遂にインフェルノコードを手に入れたのですね」
「あぁ。これで私達の計画は完遂したも同然だ」
立ち尽くす桜とエヴィを尻目に、ウィズードとテランスは歓喜に満ちた表情を浮かべていた。
「エリカ……」
濁り、掠れた声で彼女の名を呼ぶ桜。しかし応えない。聞こえていないかのように。
「さて、まだ仕事は残っている……」
ウィズードはエヴィへ視線を移すと変身を解除し、人差し指をゆっくりと向けた。
「インフェルノコード、彼女は君の敵だ」
そう言い放った瞬間、薄く開かれていたインフェルノコードの瞼が見開かれた。
かざした右手から、灰色の炎が放出。立ち尽くしたままのエヴィへと襲い掛かる。
炎が小さな身体を焼き尽くす直前、桜はエヴィを突き飛ばした。地面を転がり、ようやく我に返ったように顔を上げる。
「ニゲロ……」
「何で、助けたの……？」
「イイカラニゲロ！！ コロサレルゾ！！ グッッッ！！」
警告すると同時に、桜は頭と胸を押さえる。最早限界になりつつある理性を何とか保ち、彼女に逃げる様告げているのだ。
エヴィは再びこちらへ炎を放とうとするインフェルノコードと、自分を助けたジェノサイドを交互に見やる。
「……いつか、助けるから！」
エヴィは小さな黒い蛇へ姿を変え、戦線を離脱。それを見届けた瞬間、桜の理性は暗い崖の下へと落ちていった。
「ゥゥゥゥゥゥ、ゥァァァァァァッッッ！！ ヴァァァァァァッッッ！！！」
ディノニクスジェノサイドは高らかに咆哮を上げ、インフェルノコードを睨みつける。爪を伸ばし、牙を剥き、ゆっくりと近づいていく。
「やれやれ。もしものことがあっては困るな。テランス、ここは任せても？」
「構いません。あのような獣、相手になりませんから」
「それは心強い。私は彼女とあのジェノサイドを追う。くれぐれも油断はしないでくれ」
ウィズードはインフェルノコードの肩に手を置くと、頁を散らしながら共に姿を消した。消えるまでの間、インフェルノコードはディノニクスジェノサイドに対して、何かを感じているような視線を向けていた。
「ヴゥゥゥ……！！」
インフェルノコードが消えた場所に駆け寄り、仕切りに鼻を鳴らすディノニクスジェノサイド。その隙にテランスは足元へ黒い顎を潜伏させる。
「幼馴染が恋しいのですか？ 大丈夫、すぐに再会させてあげます。……プラグローダーとして、ですが」
開いた巨大な顎が、ディノニクスジェノサイドを丸呑みにしようとする。
刹那、それに気がついたディノニクスジェノサイドが大きく跳躍。虚空から新たなスラスターブレイドを形成し、落下の勢いに任せて振り下ろす。
テランスは横っ跳びに回避。地面に叩きつけられた一撃は公園に巨大な穴を開ける。だが常にその視線はテランスを向いていた。
再び突撃するディノニクスジェノサイド。テランスは刺突剣を生成し、闇雲に繰り出される斬撃をいなす様に防ぐ。以前とは違い、刀身が燻んだ灰色となった刺突剣は、錆びたスラスターブレイドの一撃に触れても傷一つ付いていない。
腹部を斬り裂こうとする真一文字の薙ぎ払いを躱し、テランスは一度距離を取る。それを見たディノニクスジェノサイドも一度スラスターブレイドを構え直し、飛び掛かろうとする。
その時、横から飛来した細長い弾丸がディノニクスジェノサイドに衝突。吹き飛ばされた身体がジャングルジムを壊しながら地面に伏せられる。
「あら、貴方も来たのですね。協力してくれるのですか？」
「失せろ。奴を倒すのは俺だ」
彼岸は既にヒガンバナ《スカーアヴェンジャー》に変身した状態で現れる。ブレイクソードをレールガンモードからソードモードへ切り替え、土煙を睨む。
「貴方に出来るのです？」
「奴の力とインフェルノコードさえあれば、俺の望みは果たされる」
「まぁご自由に。どちらも貴方は手に出来ないでしょうけど」
哀れむ様な笑いと共にテランスは姿を消した。同時に壊れたジャングルジムを吹き飛ばしながらディノニクスジェノサイドが姿を現した。
「ウグァァァァァァッッッ！！！」
「理性はないか……都合が良い！」
ブレイクソードを携え、ヒガンバナから仕掛ける。反撃で大振りに繰り出されるディノニクスジェノサイドの一撃を回避し、その隙に斬撃を浴びせる。
一度か二度ならば怯まないだろう。しかし立て続けに斬撃を食らったディノニクスジェノサイドは徐々に動きが鈍くなっていく。
「いくら力が強かろうが……」
「ヴァァァァァァッッッ！！」
斬撃を受けつつも、スラスターブレイドの袈裟斬りを無理矢理繰り出す。
しかし躱すと同時にヒガンバナはプラグローダーを腰へ装着。
《Ｕｐｄａｔｅ Ｃｏｍｐｌｅｔｅ Ｓｃａｒ Ｂｒｅａｋ》
「ガッ、ヴァ……！？」
膝蹴りがディノニクスジェノサイドの腹部へ直撃。しかし一瞬の硬直の後、再び斬りつけようとする。更にそこへヒガンバナは、
《Ｕｐｄａｔｅ Ｃｏｍｐｌｅｔｅ Ｓｃａｒ Ｂｒｅａｋ》
もう一度膝蹴りを叩き込んだ。ディノニクスジェノサイドは宙を舞い、公園の花壇を破壊して倒れた。しかしまだ息絶えてはいない。花を土ごと握りつぶしながら立ち上がろうとしている。
「まだ戦う気か……！ なら……！！」
ブレイクソードをレールガンモードへ変形。そして中へ《シュートエアレイダー》チップを挿入。
《Ｉｎｐｕｔ Ｔｉｐ Ｓｈｏｏｔ》
展開した銃身から銃口へエネルギーが送り込まれ、球状に収束していく。
ディノニクスジェノサイドはそれを回避する構えを取る。だがそこで、背後から聞こえる泣き声に気がついてしまった。
振り返ると倒れたまま泣く男の子。そして急いで抱きかかえて逃げようとする母親。しかしこれでは発射までには間に合わないだろう。
《Ｕｐｄａｔｅ Ｃｏｍｐｌｅｔｅ Ｓｈｏｏｔ Ｏｕｔ……！！》
収束した光が放たれる。理性がない今、ディノニクスジェノサイドにとって、親子など些細な事。構わず回避するだけでよい。
だが彼は本能のまま、親子を背にして防御の構えを取った。
直撃と同時に爆風が吹き荒れる。しかしディノニクスジェノサイドの背に隠れる形となった親子に、爆風も巻き上がる破片も襲うことはなかった。
風が止むと同時に、母親は子供を抱いて逃げて行った。そして、
「ァァァ……あ、ぁぁ……」
膝から崩れ落ち、変身が解ける。プラグローダーから飛び出したチップは力無く空中を漂いながら、桜の体内へ吸い込まれることなく地面に落ちた。ダメージが大きかった為だ。
「はぁ、はぁ、ようやく、倒れたか……」
ヒガンバナの方も身体から火花が散り、変身が解除。短時間に高出力の技を連続で放った反動の所為である。
彼岸は桜へとよろめきながら近づく。チップを拾い上げようとした時、その手が桜によって阻まれた。
「もう、稲守エリカはいない。お前は自分の正義を貫けなかった。この力は、俺が使う」
「まだ…………まだだ…………」
瞼は開いているかも分からないほどしか開いてないが、その奥にある瞳は輝いていた。
「分からないのか！？ あれは稲守エリカじゃない、インフェルノコードだ！ 人間だった時の記憶は無い、死んだのと同義だ！」
「俺が……俺が諦めたら……誰がエリカを助けるんだ…………！！」
「自分の力も制御出来ない奴が何を言うかと思えば……！！」
チップを取ろうとした彼岸の手を払い、桜はチップを握りしめた。立ち上がり、また歩き出す。
何故かその後ろ姿を見た時、彼岸の頭にノイズが掛かった灰色の光景がフラッシュバックした。それが何なのか、今の彼には分からなかった。
「お前は……」
地面を叩き、彼岸は桜へ叫んだ。
「お前の正義とは何なんだリンドウ！！ お前は誰を、何を守る為に戦う！？ 稲守エリカを救う為か、忌魅木を救う為か、顔も知らない赤の他人を救う為か！？ 何がお前をそこまで駆り立てるんだ！？」
足を引きずりながら、全ての感情を乗せて問い続ける。
「俺は忌魅木に復讐する、その目的の為に全てを利用して、全てを捨ててきた！！ 俺がどれだけ傷つこうが、他人をどれだけ傷つけようが、俺の復讐の為なら構わない！ だがお前は、何故他人の為に自分を傷つけられる！？ 答えろリンドウ！！」
桜は立ち止まる。チップを手にした右手が震えていた。
「俺も…………今までは分からなかった。正義のヒーローになるなんて言っておいて、俺は何を守る為に戦うのか分かっていなかった。だから諦めた。自分と他人を傷つけてでも、計画を止めようとした。それが正義だと思った。お前と同じだ」
再び歩き出す。身体は揺れている。だが真っ直ぐに。
「でも、やっぱり諦められない……諦めたくない……。エリカも、セラも、助けられなかった、でも諦められないんだよ！！ だって、だって、俺が守りたかったのは……！！」
地面に雫が落ちる。雨は降っていない。だが少しずつ、地面のシミは広がっていく。
「大切な人達が笑って生きている、日常だったんだ……！！ エリカも、蒼葉も、山神も、睡蓮も、写見も、紅葉も、セラも、兄さんも……みんなが幸せに生きていられる世界を守る。それが俺にとっての…………正義のヒーローだったんだ」
桜の姿が見えなくなる。だが彼岸は追う事が出来なかった。頭を襲う切り裂くような痛みが、桜の言葉を聞いてから絶える事なく訪れている為だ。
「理解、出来ない……！！ 俺には、理解出来ない……分からない……っ！！」
「…………」
穴や破損した遊具を見たジャスディマは、まだ付近を漂う灰色の粒子を手に乗せる。解析を行うまでもなく、何がこの場で起きたのか察する事が出来た。
「インフェルノコードが……エリカ…………」
「エリカって誰？」
羽根が舞い散ると、すぐ側にアフェイクが姿を現した。興味に満ちた表情で、ジャスディマの顔を伺う。
「お前には関係のないことだ」
「それはないと思うわ。インフェルノコードが、私達でもジェノサイドでもない勢力に渡った。多分、ウィズード達ね」
「コード単体では意味が無い、なら次に奴等が狙うのはローダーの方だ」
「彼…………日向桜のローダーかしら？」
「それはあくまで、ウィズードが俺達の側にいた時の計画だ。今は……別の計画を立てている筈」
そこで、ジャスディマは背後を向いた。
「お前なら知っているんだろう、オドント」
「はは、ばれてしまったなら仕方ないかぁ」
光の粒子と共に、美少年が現れた。
「インフェルノコードが解き放たれた。なら隠す必要もない。僕の、いや、僕達の計画を今こそ実行する時」
彼の背後に、新たに黒い粒子が降り注ぐ。それらはオドントの背を大きく越す大柄な男２人であった。
１人はサングラスをかけ、屈強な肉体を持った男、ジェノサイド達からラスレイと呼ばれていた男。そしてもう１人は黒いスーツに身を包み、逆立った紫の髪をした長身の男。
「おいガキ。彼奴ら倒したら俺達にインフェルノコードの居場所を教えるんだな？」
「はい。倒せたら、だけれど」
「プラウダ、本当にこいつを信じるのか？」
「変な真似をすれば消す。それが分からない程バカでもないとは思うがな」
プラウダは２人を人差し指で何度もさす。つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「ラスレイ、お前別の所行ってもいいぞ。２人がかりでやったらすぐ終わっちまう」
「随分な言い様ね。ジェノサイドなんて私達の相手になるかしら？」
「言うじゃねえか」
啖呵を切り合うアフェイクとプラウダ。それに構うことなく、ジャスディマはオドントへ槍の切っ先を向ける。
「やはり裏切る魂胆だったか」
「裏切るなんて…………そもそも」
オドントの瞳が真っ赤に輝いた。
「僕達はどちらの味方でもないよ」
「そんなことだろうと思っていた！」
ジャスディマはヘブンズローダーを起動。真の姿へと変わり、槍をオドントへ突き刺そうとする。
だがそれは、寸前で骨の様な物質で出来た白い大剣で阻まれた。
「待てよ。ガキの相手なんかしてないで俺に付き合え」
「こいつはお前達にとっても敵なんだぞ！」
「敵かどうかは俺が、その時に決める」
大剣が払われ、再び両者は最初の距離感に戻る。
プラウダはヘルズローダーにチップを挿入。肉食獣の様に歯を覗かせて笑った。
「降臨」
ヘルズローダーのボタンが押された。
《驕れ！ 高ぶれ！！ 暴虐せよ！！！ Ｐｒｉｄｅ！ Ｐｒｉｄｅ！！ Ｐｒｒｒｒｒｒｉｄｅ！！！》
黒く浮き出た筋肉を、上から白い甲冑が押さえつける。長く伸びた鉤爪と口からはみ出した牙、側頭部から飛び出した２本の角。その姿は正しく悪魔そのものだった。
「潰してやる。来いよスレイジェル」
「俺はアースリティアだ」
２人の姿が消えたかと思うと、轟音を立てて槍と大剣がぶつかった。
「俺の相手はお前か。女が相手ではな」
「見た目と威勢だけ良い男よりは強いわよ？ 貴方も射抜いてあげる」
アフェイクがヘブンズローダーを起動すると同時に、ラスレイもヘルズローダーを起動。２人はそれぞれチップを装填する。
「天臨」
「降臨」
《Ｆａｌｌｉｎｇ Ａｎｇｅｌ……Ａｆｆｅｃｔｉｏｎ 》
《怒れ！ 奮え！！ 激昂せよ！！！ Ｗｒａｔｈ！ Ｗｒａｔｈ！！ Ｗｒａａａａａａｔｈ！！！》
アフェイクは純白の羽衣と軽装の鎧に身を包み、巨大な弓を携える。顔の中心にはハートを象った複眼が輝く。
ラスレイは筋肉で盛り上がった腕に炎を纏い、竜に似た頭からは絶えず黒煙を吐き出している。胸部には割れた様な傷があり、マグマの様な何かが漏れ出している。
「凄い筋肉。でも私の矢で貫けないものはないわ、ふふ」
「お前に俺は貫けん」
インフェルノコードを巡る戦いがもう１つ、繰り広げられようとしていた。
続く
