第51話 煉獄解放+The time has come
「それで、また手酷くやられて帰ってきたわけっすか……」
「んだよ……呆れてんのは俺の方だって」
「いやいや、無事帰ってきただけ良いっすよ」
写見に包帯を巻かれながら肩を落とす山神。以前の分も合わさってミイラ男の様相を呈している。
「にしても、桜さんがそんな事するなんてね……」
「本気だった。んで、俺は彼奴に敵うほどの力と覚悟がなかった」
雨の中桜が放った拒絶の言葉が、山神の頭を満たす。
「あんなはっきりと言われちゃ、流石に参るぜ……」
その時、2人の前を白衣が横切った。山神はあえてそちらの方は見ずに声をかける。
「まだ何か考えてんのか、転校生?」
「あのまま放っておけるわけない。無くても考えなきゃいけないでしょう」
「俺達がいくら考えてもなぁ」
白髪が揺れる背中に、力無い山神の声が吸い込まれる。
「当の本人が望んでないなら無駄じゃねえか? ……今の桜は本気だ。俺達の言葉なんか届きはしないくらいに」
蒼葉は答えない。黙ったまま、山神の言葉を聞き続けている。
「今の彼奴には、俺達は要らないんだよ」
「…………本気でそう思ってるの?」
「思うも何もはっきり言われた。俺達は要らないって、桜が……」
蒼葉は振り返り、山神を睨んだ。軽蔑ではない。戒めるように。
「桜の言葉が、本気だと思ってる?」
「それは……桜にしか分からねえよ。でも今の彼奴にとって俺達が足手纏いにしかならねぇのは、本当だろうな」
「なら話は簡単でしょ?」
蒼葉の手には山神のリワインドローダー、そして肩にはパキケファロソナーがいつものように小躍りしていた。
「な、おいっ!? それ俺の……!!」
「私はどんなに拒絶されても、桜を助けたい。桜が助けたいものを、私も助けたい!! 貴方は!?」
「…………クッソ!!」
痛みを堪えて立ち上がり、山神は去ろうとする蒼葉の後を急ぎ足で追う。
「望むところじゃねぇか!! 例え絶交食らおうが知った事かよ、意地でも連れ戻す!!」
蒼葉が入っていく扉へ、山神と写見も足を踏み入れる。
だが、足を踏み出すことは出来なかった。何故なら床がそこには存在していなかったのだ。
「「あっ」」
ただ一言発し、叫ぶ間も無く落下する。やがてスロープを滑るような感覚に陥り、出口から吐き出された。
「いった!」
「転校生、これ何なんだ……っ!?」
目の前に広がっていたのは、配線が剥き出しになっていたガラクタや、山積みになった紙の束達。蒼葉はその紙の山をひっくり返して何かを探していた。
「蒼葉さんって汚部屋女子だったんすね……」
「まだ桜の部屋の方が綺麗だった気がする。あっちはエリカが定期的に来てたのもあるんだろうが」
「片付けるほど使ってなんかないの。普段は上の研究室使ってるから」
「やっべ聞こえてた」
慌てて口をつぐむ山神と写見。だが蒼葉は構っている暇などないようで、床に紙を放り投げながら探し続ける。
やがて、くたびれた数枚の紙束を引っ張り出した。
「あった……!! 11年前に描いた設計図……」
「11年前なんて随分……ん、待て? 11年前って転校生6歳とかだろ!?」
設計図を覗き込む。紙の劣化とは裏腹に緻密に描かれた謎のローダーがあった。
「これは私が11年前に設計したもの。問題点が多過ぎて放置してたんだけど……今なら」
何処からか手繰り寄せたケーブルを、2つのリワインドローダー、パキケファロソナー、プレシオフォンを繋げる。そして、
「おいそれ、ヤギ野郎の……」
「彼の力が……絶対必要になる」
ストラが遺したヘルズローダーを繋ぐ。
パソコンを3台起動させ、キーボードを叩き始める。
山神達には理解出来ないが、文字列が大量に画面を流れ、右端へと順に並んでいく。
「さっぱり分からん。俺達は何すりゃいいんだ? リワインドローダーなきゃ変身も出来ねえぞ?」
「…………甘いもの」
「えっ?」
僅かに振り向いた蒼葉の顔は凄まじい形相だった。
「これからしばらくここ離れられないから。甘いものを出来る限り買ってきなさい!」
「「…………」」
あまりの気迫に山神と写見はただ、頷くしか出来なかった。
錆びたスラスターブレイドはひたすらに空を切る。
「どうしました? 太刀筋がぶれていますよ?」
「こいつ……!!」
リンドウは一度距離を取ろうとするが、ここで何かに足を捕らえられる。それはトラバサミ、ではなく、灰色の巨大な顎だった。
「これはっ!?」
「はぁい、いただきまぁす」
「ぐっ!!」
力を吸い上げられ、リンドウの手からスラスターブレイドが落ちる。新たに出現した黒い顎は、スラスターブレイドを鈍い音を立てて噛み砕く。
「はぁやぁく、はぁやぁく。本当の姿をお見せなさいな」
「それが目的か……!!」
「これだけ吸い上げてもまだ見せないなんて、焦らしますねぇ」
「限界か…………ウァァァァッッッ!!!」
覚悟を決めると同時に、見計らっていたかのように黒いチップがプラグローダーへ入り込む。
《狂え! 滅ぼせ!! 殲滅せよ!!! Madness! Madness!! Madneeeeess!!!》
ディノニクスジェノサイドに姿を変えた瞬間、足に食らいついていた黒い顎が砕け散る。
「力が大きい……美味しそう……!!」
「クワレルノハ、オマエダ!!」
両腕の爪に黒い霧を纏い、ディノニクスジェノサイドはテランスへ襲い掛かった。
「うっ、げほっ、はぁ、はぁ……エ、エリカ……?」
「セラ、大丈夫!?」
「大丈夫…………あれ、エヴィちゃんは……?」
「あそこ…………っ、くっ、う……」
胸に開いた穴は小さくなりつつあるが、それでもなおエリカを苦しめる。そして指さされた先を見たセラは、息を呑んだ。
目の前にいるのは2体の怪物。だがその片方、蛇のような姿、背丈には見覚えがあった。
「エヴィちゃん……?」
襲い来る蛇を、ウィズードは身動き一つ取らずにバリアで防ぎ続けていた。
「確かに君は、人間をジェノサイドに変えられる稀有な存在。だがそれが強さに繋がるわけじゃない」
バリアは蛇を包み込み、その頭を押し潰した。しかし蛇の頭は見る間に再生していく。
「無駄。いくら潰したって蛇は倒せない」
「でも君は倒せる、そうだろう?」
エヴィの周りをバリアが取り囲む。すると蛇達は急いで彼女の元へ戻り、バリアを噛み砕いた。
「無駄だって……」
「ほら、近づけた」
「っ!」
細くしなる黒い腕がエヴィを打ちのめす。地面を転がりながらも、自身の腰から大量の蛇を差し向ける。
ウィズードは蛇の首元をバリアで挟む事で動きを止め、エヴィの元へ接近。そこでエヴィの巨大な瞳が輝いた。
ウィズードの動きが止まる。
「面白い……」
「これで終わり……」
エヴィはヘルズローダーのボタンを押すと、蛇達の瞳が一層輝きを増した。顎を裂けんばかりに開く。
《Envy!! Cracking Break!!》
顔の瞳と蛇の口から、黒い光線が発射された。無数の細い光線が一点で混ざり合い、一筋の巨大な光線となる。
「それはもう私のものだ」
《Fall Loding!!》
ウィズードの前に巨大なバリアが出現。エヴィが放った光線を全て吸収した。
「え……!?」
《Chaos Break!! Coad Wisdom》
「ぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
光線は灰色に染まり、エヴィへと撃ち返される。直撃した身体は宙を舞い、エリカ達の目の前に落下。変身も解除されてしまう。
ウィズードは拍手を送りながら近づいていく。
「君は立派だよ。人間を襲うしか能がないジェノサイドが、人間を守ろうとするだけね」
「くっ……」
「逃げてエヴィちゃん!!」
エリカが叫ぶ。だがエヴィは2人の前に立ち塞がり、両手を広げる。
「お姉ちゃん達に近寄るな!!」
「全く仕方がない子だ。なら……」
ウィズードの細い腕が槍のように鋭く伸びる。
「君から消えてもらおう」
肉を貫く音、遅れて液体が滴る水音が聞こえる。
だが、エヴィの体は無傷だった。そしてその音の発生源は、ウィズードの声でようやく2人に伝わる。
「ハッハッハ、いや、君達姉妹はどこまで仲良しなのか!! 君の心は美しいねぇ、稲守セラ!!」
杖が地面を転がる。
ただ呆気にとられたまま、エヴィは立ち尽くすしかなかった。
「セラ……?」
「っ、エヴィちゃん…………貴女も、だい、じな、家族だもんね…………」
貫かれた胸から溢れた灰色の光が、セラを蝕んでいく。
「ダメ、セラ、ダメ……私がお姉ちゃん…………セラを、守らなきゃ……」
「まだ、まだ、お姉ちゃんを名乗るのは、早いぞ…………エヴィちゃん…………」
「嫌だ…………セラ、嫌ぁ……!!」
「エリカ…………エヴィちゃんの事、ちゃんと、助けて、あげ…………」
灰色の光はセラを完全に取り込み、遺体すら残さず消滅させた。
「あ、あ、嫌、セラ……………………セラァァァァァァァァァッッッ!!!」
世界を揺るがさんばかりの叫び。
灰色の粒子は波動となって広がり、エヴィを吹き飛ばす。
「うぁっ!? エリカ、お姉ちゃん!!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!! セラァァァァァァァァァ!!!」
胸に開いた穴は、やがて巨大な鍵穴へと姿を変えた。
「この時だ……この時を待っていた!!」
ウィズードはその手に掲げたインフェルノキーを、深々と鍵穴に差し込んだ。
「遂に開かれる!! インフェルノコードがこの世界に解き放たれるぞぉぉぉっ!!!」
広がった灰色の波動が収束。全てがエリカの元へ集まり、直後巨大な衝撃が地球を揺るがせた。
空間が静止したように、静かになる。
やがて衝撃波が放たれた中心に、それは立っていた。
灰色の長い髪が宙を漂い、胸元が大きく開かれた白と黒のドレスに身を包んでいる。白い肌は蝋燭のようで、赤と金の瞳が薄く開かれた瞼から覗く。
確かに顔はエリカである。だが、桜にはそれがエリカではない異質な存在であると分かっていた。
「エ、リ、カ…………!?」
「…………」
彼女は答えない。だがウィズードが代わりにその名を改めて告げた。
「時は来た。人類よ、救済の時は近い。インフェルノコードが今、ここに、完成した!!」
続く




