第48話 知るべき真実+The truth I don't want to know
ジャスディマの言葉を、桜は理解出来ずにいた。それは今まで慕っていた最愛の人物が、自分の敵であったことによる精神的な動揺の所為でもあった。
「俺達アースリティアは、いや、正確には最初のアースリティアは2人の博士によって造られた。忌魅木紫葉とその妻の柑菜。そして何故アースリティアを生みださなければならなかったのか、それは……」
「ジェノサイド、ウィルスが、世に放たれた時の為……」
「だが、忌魅木は意図的に世へジェノサイドを解き放ったんだ。既に完成していた8体とウィルスを」
「そんな事、何の理由があって……!?」
「忌魅木博士にしか分からないだろう。その8体の内7体は、博士によって特殊なローダーを取り付けていた。俺達のものとよく似た、な」
掲げて見せたヘブンズローダーから桜は目を逸らす。現実を未だ、受け止められない。
「だが残りの1体にはそれがなかった。ローダーは本来俺達やジェノサイドが持つ力を全て引き出すための装置。つまりはローダーがなくともジェノサイドウィルスに完全な適合を果たし、その全ての力を振るえる、文字通りの怪物だ。そしてそのジェノサイドが」
言葉の先は、桜が一番拒絶したい名だった。
「お前なんだ、桜」
「……」
「幸いだったのはお前にウィルスを感染させる能力が無かったことだ。能力が劣る不完全な奴らとは違う、自己複製の必要がない、完全なジェノサイド故の幸運だ」
「何が完全なジェノサイドだ……俺は変身したら何もかも真っ暗になって暴れ回ったんだぞ……大切な友達のことも分からなくなって!!」
発狂しそうになる頭を必死に落ち着かせ、それでも口をついて出る言葉は冷静さを失っていた。
「何でもっと早く教えてくれなかったんだ……知っていればプラグローダーを手に取ることなんてしなかったのに……自分から死ぬ事だって選べたのに!!」
「それが原因だ。お前がローダーを手に取ったことが、この運命を招いたんだ」
「俺が、プラグローダーを……?」
「……11年前のことだ」
突如、ジャスディマは切り出した。
11年前、それは初めて兄と会った日。
「俺達はジェノサイドの脱走と同時にインフェルノコードとその鍵を開発した。だがそれは、ジェノサイドに寄生させることで真の機能を発揮するもの。鍵はお前に、そして、インフェルノコードはもう1体のジェノサイド……」
「エリカに……!」
「インフェルノコードとキーの厄介な点は、ジェノサイドウィルスと拮抗し、抑制する効果があったこと。戦闘をしなければコードの機能は向上しない、キーも同じだ。お前達がジェノサイドになる事が出来ないのであれば意味がない。だが……」
指差した先には、桜のプラグローダーがあった。
「まさか忌魅木がこれを予見していたとは考えにくいが……何の巡り合わせかお前はプラグローダーを手に入れ、ジェノサイドやスレイジェルを倒し、インフェルノキーへの経験値を蓄積させていった」
その時、至極真っ当な、それでいて今まで気づかなかった事実も思い出しつつあった。
「待て……何でエリカも覚醒したんだ……まだインフェルノコードは解放されていない、それにプラグローダーを使ってない! なのにジェノサイドになったんだ!!」
「それも同じだ。インフェルノコードとインフェルノキーは一心同体の存在。お前が蓄積した戦闘経験は、彼女が持つインフェルノコードにも同様に蓄積されていたんだ。やがてそれはインフェルノコードとジェノサイドウィルスの力の均衡を不安定にし、再び力を取り戻すきっかけとなった。お前にも現れていた筈だ、異変が」
確かにあった。
イノセントシールダーに変身出来なくなった事、ピュアフォームが変異を遂げた事。それらは全て、ジェノサイドになる前に起こっていた異変。そして自分からインフェルノキーが引き抜かれた事で、抑えられていた力の全てが解放される事になった。
あの時自分がプラグローダーを使っていなければ、こんな事にはならなかった。エリカはジェノサイドにならなかった。
自分が、プラグローダーを手に取ったばかりに。
「ねぇ、兄さん…………どうして俺に、エリカに、世話を焼いてくれたの?」
「インフェルノコードとインフェルノキーが完成するまでに、死なれたら困るからだ」
ジャスディマの口から放たれた、冷たく、鋭い一言。最後に縋りたかった希望の糸は、残酷にもここで切り離されてしまった。
「あ、は、は…………そう、だったんだ……全部、全部……俺が、信じてたものは……ぁぁぁぁ!!」
力無く倒れ、地面を何度も殴りつける。拳が割れ、涙の代わりに血が流れ出す。
「俺は最初から……正義の味方になんかなれなかったんだ!! 俺が憧れていた背中は、人間達の敵だった!! そして俺も……!!」
「全て、忌魅木から繋がっていった計画だ。憎むなら、忌魅木の子供達を憎め。まだお前に戦う意志があるならな」
桜はジャスディマを睨みつける。先程までの縋るような瞳の色は完全に消え失せ、敵を見る色へと変わっていた。
「俺にも果たすべき目的がある。友から託された願いがある。その為にインフェルノコードの完成は必要になる」
「そんな事させるかよ……!! エリカは俺が守ってみせる!!」
「なら、俺を倒してみるといい」
ジャスディマがヘブンズローダーに手をかける。桜もプラグローダーに手をかけた時だった。
「随分と詳しいじゃないか、ジャスディマさん」
少年が2人の間に割って入る。
「オドント……こんなところで何をしている」
「そのままお返しするよ。みんながいる場じゃ知らないフリをしていたようだね。流石、ディザイアスさんが生み出した最初のアースリティア」
「そこまで知っているのか」
「ディザイアスさんから全て教えて貰ったからね。それにしても意地が悪いなぁ。あそこまでみんな苦労して探しているのに知らん顔してたわけだ。口ではああ言っていたけど……本当は弟と妹みたいな彼等をこの計画から遠ざけたかったんじゃないのかな?」
無言のままオドントを睨むジャスディマ。だがそれを見てもオドントは戯けた笑みを崩さない。
「それと日向桜くん。勇んで戦おうとする威勢はいいけれど、果たして理性は大丈夫かな?」
「何……!?」
「今回は大丈夫だったみたいだけど……いつか完全にジェノサイドになったら、君の大切な人達を……なんてね」
「っ!!」
悪戯な笑い声が夜の街に響く。無邪気な表情を桜に向け、手を振ってみせた。
「冗談だよ冗談! 今は、ね。さぁ、他の客人が来たみたいだから僕はお暇するよ。あ、それとジャスディマさんに1つ……」
笑っていた顔が、その瞬間だけ無表情に切り替わった。
「インフェルノコードの完成は間近です。きちんと確保する準備はしておいた方が良いですよ」
そう言い残し、光の粒となって去っていった。
そしてそれと入れ替わるように、2人の人影が姿を現した。
「なんだお前達は」
「ヒガンバナ!? それに……」
「ヤッハロー。初めましてだねぇ、日向桜くぅん! 私クロッサム、うわっ!?」
「リンドウ。お前のプラグローダーとチップを回収する」
手を振るクロッサムを押し退け、彼岸が桜の前に歩みを進める。
「お前に構ってる場合じゃない!」
「お前の力を奪えば忌魅木への復讐が果たせるようになる」
「……あぁそうかよ。だったらお前もぶっ潰してやる!!」
2人はプラグローダーを用いて、同時に変身した。
《 え、え、英雄── ものもの、物語の……は、は、は始まり始まりをき、刻めめ》
《Scars don′t disappear Grudge is eternal 復讐者よ、怒りのままに力を奮え!!!》
リンドウとヒガンバナが駆け出し、スラスターブレイドとブレイクソードがぶつかり合った。それをすぐにリンドウは押し返し、ヒガンバナへ最初の一撃を叩き込んだ。
すぐにヒガンバナもブレイクソードでリンドウの胸部を斬りつける。しかし動きが止まったのはほんの一瞬。リンドウはヒガンバナを地面に押し倒し、ひたすらに頭部を殴りつける。
「リンドウの出力が明らかに上昇している……だがこれは正常なものじゃない!」
「お前も、スレイジェルも、アースリティアも、ジェノサイドも倒して、全て終わらせてやる!」
リンドウのプラグローダーがスライド。禍々しい黒い光を帯びた錆色の拳を打ち出そうとする。
《Shadow Assassin》
だがそれを、ヒガンバナはシャドウアサシンへフォームチェンジし、黒い霧となって回避。背後に回り、リンドウの背中を蹴り飛ばした。
ショートソードを逆手に構え、立ち上がったところを更に追撃。しかし怯む様子を一切見せないリンドウは再びヒガンバナへ摑みかかる。
「結局、正義の味方とやらは幻想だったようだな」
「あぁ、そうかもな……でももう構うもんか。例えお前と同じ悪に成り下がったしても…………大切な人達を守れるなら……!!」
ヒガンバナの顔面を殴りつけ、更に裏拳で弾き飛ばす。
「俺は1人でも……戦ってやる!!!」
「むぅ、なんか勝手に始めちゃったよ。私もやりたかったのにー」
クロッサムは頬を膨らませ、文句を言う。だがその前にジャスディマが立ち塞がる。
「暇なら俺が相手をしよう。小娘には荷が重いだろうがな」
「……興味ないから。スクラップにされる前に帰れよ」
「言われなくても帰る。お前を消してから」
ジャスディマはヘブンズローダーを構える。
「天臨」
《Falling Angel…… Justice》
その姿を白銀の騎士天使へ変える。クロッサムは舌打ちし、長い黒髪を払った。
「久々だけど、運動がてら少し遊ぶか」
左手に巻かれた灰色のローダーに、虚空から出現した2つのチップを挿入する。1つはウィズードが使用していたものと同じ、天使と悪魔が半分ずつ描かれたもの。
そしてもう1つは、異形の魔獣が描かれた黒いチップだった。
《Chaos Virus Install》
「んー、と、ま、なんでもいっか。変身」
《Contaminated Memory! Coad Genocide》
現れたのは無数の刃が突き出した巨大な右腕、身体には炎のような紋様が浮かび、顔の右半分は髑髏の横顔のような兜に包まれ、左半分は虚無に呑まれたように漆黒に染まっていた。腰には折り畳まれた蝶の羽根に似た灰色のローブがはためく。
「せめて食事前の運動にはなってよ? ねぇ、お兄さん?」
続く




