第47話 夢の喪失+The right to be happy
これから自分はどうすべきか。
誰もいない無人のビルの屋上から草木ヶ丘市の街並みを眺める。
錆びてしまったプラグローダーは、最早桜の力では開くことすら出来ない。更に紅葉から受け取ったあのチップは、変身を解除してすぐに自分の体へ入ってしまった。これも自分の意思では取り出せない。
「…………もう、蒼葉達の元には戻れないなぁ」
トライアングルホースに2人を乗せ、傷つけてしまった2人を紅葉に任せてきた。
本当の自分。
紅葉はこれを知っていて、自分にチップを渡したのだろうか。
その事を本人に聞く事は出来なかった。
「知ってる訳、ないもんな。エリカの時もそうだったし」
エリカと交わした約束。それは意図しない形で、自分が破ってしまう事になってしまった。
あの時に意識は無かった。だが元に戻ってから、その記憶は鮮明に思い出せる様になっていた。
全身を襲う震えを抑える様に、拳を握り締める。
蒼葉と山神を傷つけた事だけではない。そうなるまで誤魔化していた、他者を傷つける痛みと恐怖を思い出してしまった。
今まで殺したジェノサイドは、間違いなく人間だった筈だ。ストラの様に、戦いを望んでいなかった者もいた。ホースジェノサイドの様に、死の間際まで恋人を想っていた者もいた。
そんなジェノサイド達を、守るという大義名分とエゴの元で殺してきた。
「何が正義の味方だ……これじゃ、スレイジェルと変わらない。いや…………それ以下かも、しれない……」
自分の正義とは何なのか。いくら自分に聞いても、答えられない。それが揺るぎない答えなのかもしれないと、桜は思い始めていた。
「俺は何を、誰を、守りたいんだ……どうすれば正義のヒーローになれるんだ……分からない…………教えて、兄さん…………」
その背にすがりつく様に、桜は涙を流す。そこへ、風が微かに流れた。
「桜」
幻聴かと思った。何故か。それはある日自分の前から突然姿を消し、十数年もの間会えなかった人物の声だったからだ。
しかし振り返ると、それは幻聴でなかったと気づかされる事になる。
「兄、さん……?」
「久しぶりだな。出来れば、二度と会わない方が良かったのかもしれないが」
それは桜が正義の味方を志したきっかけである人物。しかしあの時には無かった物を、桜は見つけてしまった。
「兄さん、腕につけてる、ローダーは……!?」
「お前に伝えに来た。真実を」
ジャスディマは桜に相対し、全てを告げるべく口を開いた。
「カレー、カレー、フフ、カレーカレー」
先程からスーパーの中でずっと鼻歌を歌いながら練り歩いているエヴィ。その後ろからついて行くエリカは、微笑ましいと思いつつもその装いから向けられる視線に戸惑っていた。
「エ、エヴィちゃん、カレー好きなの?」
「カレー、食べた事ないよ?」
「え」
「でも、エリカお姉ちゃんとセラと食べれば、何でも美味しいよ」
「そうなんだ……というか、セラは呼び捨てなんだ」
「セラは、妹だから」
完全に次女のポジションに収まっている。目を輝かせながら、メモ用紙に書かれた材料をカゴへ入れていく。
「セラ、お留守番頑張ってるから美味しいの作ろうね」
「そう、だね。エヴィちゃん、お肉何入れる?」
「……」
「エヴィちゃん?」
一瞬の間が空く。まるで本音を言いかけて、それを呑み込むかのように。
「鶏肉がいい。チキンカレー」
「じゃあそれにしよ。あ、お菓子とか欲しい?」
「いいの?」
するとエヴィはお菓子売り場には行かず、惣菜コーナーへと駆けていく。そして戻ってきたその手に乗っていたのは、
「メンチ、カツ」
「うん。これがいい」
「……じゃあ、ちょっと裏技使っちゃうか」
「?」
帰宅後。
完成したカレーを見たエヴィの目は、宝石の様に煌めいていた。
「メンチカツが、カレーの上に……!」
「エリカ、エヴィちゃんが未知との遭遇したみたいになってる」
「乗せただけでこんなに感動されるの、嬉しい様な、ちょっと悪い様な……」
「まぁまぁ、とにかく食べよ? じゃあ……」
「「「いただきます」」」
食卓を囲み、3人はカレーライスを食べ始める。
「うん、いつものエリカのカレーだ。いつも通りの味」
「違いは上に乗ってるメンチカツくらいだし。エヴィちゃん、どう?」
「……!」
エリカの問いには答えない。すっかりカレーに夢中になっている様で、凄まじい勢いで平らげていく。
「おぉ、小さい身体で凄いフードファイター」
「あぁほら、可愛い服にカレー付いちゃう」
「なんか……エリカ、本当の妹みたいに世話してるね。私もお姉ちゃんみたいにならないと」
「セラはエヴィちゃんの妹だってよ?」
「へ?」
目を丸くするセラに、エリカは思わず吹き出してしまった。この食事が終わったら、桜達に無事を報告しよう。そう思った時だった。
ふとエヴィの腕に視線が向いた時、僅かにめくれた袖からあるものが見えてしまった。
細い腕に食い込んだ、黒い箱の様な装置。
「これって、まさか……!?」
「ケフッ。ご馳走さま」
そんな事などつゆ知らず、エヴィはカレーを平らげた。
「美味しかった……」
「はい。じゃあ少し休憩して、そしたらお風呂入ろうか」
「え……」
「3人で入れるかな? ちょっと狭いかもだけど、きっと大丈夫」
「あの、お風呂は……」
「あ、もしかしてお風呂嫌い? ダメだよ、可愛い女の子は清潔にしなきゃ」
お姉ちゃん風を吹かせるセラ。しかしエリカには、エヴィが入浴を拒む理由が分かってしまった。
「セ、セラ。エヴィちゃんも流石に1人で入れるからさ、順番に入る様にしない?」
「そう?」
「それにこの年頃だとさ、同性でも裸を見られるのは恥ずかしいと思うし。ね、エヴィちゃん?」
「う、うん…………」
「そっか。ごめんねエヴィちゃん、ちょっと、舞い上がっちゃって」
「ううん、セラは、悪くないよ」
「あ、私は呼び捨てなんだ……本当に妹ポジションなんだ……」
苦笑いを浮かべるセラ。食器を片付ける為に席を立った隙に、エリカはエヴィの耳元で囁いた。
「エヴィちゃん、腕の装置の事は、セラには内緒ね」
「っ!? 見たの……!?」
「エヴィちゃんも、ジェノサイドだったんだ」
「ち、違うの……私、お姉ちゃん達を殺す気なんて……」
「分かってる。だって私も、ジェノサイドだから」
「え……?」
口元に人差し指を付け、秘密のポーズをとるエリカ。
この事を桜達に伝えるべきなのか、エリカには分からなかった。だが、構わないだろう。
エリカは優しくエヴィを胸に抱き締める。
「エリカお姉ちゃん……」
「大丈夫、私がジェノサイドでも受け入れてくれたんだもん。きっと貴女だって……」
「お胸おっきくて、苦しい」
「あ、ごめん……」
幸せになる権利は誰にだってあるはずだ。
人間だろうと、ジェノサイドだろうと、スレイジェルだろうと。
続く




