第46話 信じる痛み+The darkness of light and shadow
教会の壁が吹き飛び、広場へ戦場を移したジャスディマとウィズード。長大な槍を振るうジャスディマに対し、ウィズードは的確にバリアを張って受け流す。
「口の割に防戦一方か?」
「いやすまない。攻める戦いは苦手でね」
そうは言いながら、ジャスディマは違和感を感じていた。ただ守っているのではなく、何かに嵌めようとしている様な気がしてならない。
一度距離を取り、様子を伺う。それを見たウィズードは両手を広げ、首を傾げる。
「どうしたジャスディマ。まだ私は何もしていないぞ?」
「茶番はよせ。本気を出さなければ死ぬのはお前だ」
「バレていたか。なら君から学んだ成果を見せようか」
ウィズードの右手に、ジャスディマのものと同じ槍が出現した。
「俺の槍を?」
「ネタバラシをすると、バリアで防いだ攻撃なら模倣出来る。もちろん、君の動きも」
「やってみろ」
「では」
槍を携え、接近する両者。ウィズードの突きを躱し、反撃に槍を薙ぎ払うジャスディマ。しかしそれを分かっていたかのようにウィズードはバリアで防御。同じ様に繰り出される薙ぎ払いを、間一髪ジャスディマは柄で受け止めた。
「中々様になっているだろう……っ!」
槍を跳ね除け、ジャスディマの渾身の突きを寸出の所でガード。再び距離が離れた。
「まだ甘い」
「やれやれ、君の動きを盗むには時間がかかりそうだ」
ウィズードは戦闘態勢を解き、槍を虚空へ消し去る。
「戯れはここまでだ。別の用事があるのでね」
「逃すとでも思うか?」
「あぁ、見逃して貰う代わりに1つ君に情報を与えよう。日向桜からインフェルノキーを抜き取った。じきに彼は、本当の姿を取り戻すだろう」
「桜が……!? 待てウィズード、どういう事だ!?」
「では。早く行ってあげるといいよ」
灰色の頁と共に、ウィズードの姿は消えた。
「どうなった〜、ジャスディマ〜?」
呑気に現れたアフェイクの呼びかけに応えるのも忘れ、ジャスディマは俯く。
「ねぇ〜、ジャスディマったら〜……んっ?」
もたれかかるアフェイクを軽く押し退け、教会を出て行った。深刻な表情を浮かべたまま。
異変を感じ取ったアフェイクは、こっそりと後をつける事にしたのだった。
「どういう事だ。稲守エリカの確保は……何? もう必要ない? 詳しく説明を……っ、了解」
彼岸は通信を切る。指定された場所へ向かおうとした時、黒い髪が目に映った。
「ねーねー、誰と話してたの? 彼女とか?」
「お前には関係ない」
笑顔で語りかけたクロッサムの表情が一転、冷たい無表情へと変わる。
「……そんな口聞いて良いと思ってるの?」
「用があるなら他を当たれ」
「はぁ、馬鹿な犬って私嫌い。全然懐かないし、躾も面倒だし、かといって殺すのは勿体無いし」
スカートを翻し、クロッサムは街灯にぶら下がる。逆さになった顔はまた笑顔を取り戻していた。
「君の用事ってあれでしょ、日向桜って子でしょ。私興味あるんだよね」
「日向桜?」
「リンドウって名前の方が分かる? 次のペット候補なんだぁ。君に力をあげたら、君を捨ててその子を飼うの」
「勝手にすればいい。俺はインフェルノの力を得られればそれでいい」
「じゃあ決定。私も付いていく〜。えっへへ、こんな可愛い娘とデートなんて光栄だね〜」
クロッサムは街灯から飛び降り、わざとらしく両手を後ろに回して身体を揺らす。しかし彼岸はさっさとその場を離れていった。
「…………ちっ、犬の分際で」
近くに落ちていたスチール缶を踏み潰し、クロッサムはその後を追った。
真っ白な光と、薬の匂いで目が醒める。
ゆっくり身体を起こすと、ノアカンパニーの医療室だった。頭を締め付ける圧迫感の正体が包帯だと気づき、遅れて手首からは点滴が伸びている事にも気がつく。
「私……確か……」
蒼葉は思い出していく。あの出来事を。
「っ! 桜は!?」
「うわっ、びっくりした! もう起きて大丈夫なんすか蒼葉さん!?」
叫びと同時に部屋にいた写見が驚く。その手に持っていたリンゴを落としかけて慌てている。
「写見君……? 貴方が運んでくれたの?」
「いや、桜さんがここに山神さんと蒼葉さんを運んだらしいっすけど……俺はただ桜さんに頼まれて見舞いをしてて……」
「桜は何処!?」
「いやぁ……行き先も何も言わずに行っちゃったので……」
「あの馬鹿……また1人で抱えて……!!」
点滴を外し、ベッドから立ち上がろうとする。しかし頭に激痛が走り、床に倒れ込んだ。
「蒼葉さん無茶しないで下さい!!」
「これくらい……!」
「いや、やめておけって」
と、隣のベッドから声が掛かる。そこにはベッドに腰掛けた山神の姿があった。
「俺は腹に穴が開いたくらいで済んだが、転校生は脳にダメージがあるかもしれないんだと。頭蓋骨にヒビもあるらしいし、無茶はすんな。桜探すのは俺に任せとけ」
「いやいや、山神さんだって重傷じゃないっすか!! 安静にして下さいよ!」
部屋を抜け出そうとする山神を、写見は必死に制止する。
「止めんな写見!!」
「いえ、写見君の言う通りよ。2人とも安静にしていて」
「そうっすよ、蒼葉さんもこう言って…………って、あれ?」
自分の後ろからかけられた声に振り向くと、蒼葉に瓜二つな少女が立っていた。
「あぁごめんなさい。写見君、少しの間部屋を出て貰えないかしら」
「あ、はい。分かったっす」
皮を剥いたリンゴをテーブルの皿に置き、写見は医療室から去って行った。
「何があったのかはある程度桜君から聞いているわ。早々に対策を立てる必要が……」
「紅葉、隠さなくていい。貴女でしょう、桜が暴走したきっかけを与えたのは」
紅葉の口が止まる。不気味な沈黙を一瞬挟み、蒼葉は続ける。
「一瞬だけど、桜のプラグローダーに見慣れないチップが挿さるのを見たの。桜が持っているチップを、私は全部把握してる。けどあんなものは検査の時まで無かった。チップを作る事が出来るのは私か貴女だけ」
「敵に渡された可能性もあるでしょう。第一、何で私が桜君を暴走させる必要があるの?」
「インフェルノコード、そしてインフェルノキー」
その単語を聞いた紅葉の肩がほんの僅か、ピクリと震えた。
「ジェノサイドとアースリティアが言っていた単語。何か知らない?」
「…………何のことか」
「知らないのね。なら紅葉が持っている情報を全部提供して欲しい。社長のアクセス権限なら社内に保管されている全ての情報を閲覧出来るでしょう?」
「何の理由があって蒼葉にそんな事」
「桜を助ける為よ。貴女は助けたくないの? どうして?」
姉妹の言い合いを見ていた山神は少し違和感を覚える。いつも紅葉の方が冷静な印象を持っていたのだが、今日は何処か焦りがある様な気がしたのだ。蒼葉が《インフェルノコード》という単語を発してからだ。
「とにかく、2人は安静にしていて。桜君は必ず連れ戻すから」
「もう貴女を信じない。桜は私達が助ける」
「脳にダメージがあるかもしれないのよ。死ぬ事だってありえる」
「私が死んだって構わないでしょう。貴女に関係ない事だもの」
紅葉を押し退け、蒼葉は医療室を出て行った。
「悪いが、俺もこんな所で寝てる訳にはいかない。どんなに馬鹿でも俺の親友だからな。他人には任せられねぇ」
続く様に、山神も出て行く。
「…………そうよ。貴方達が死のうが、私の計画に何の影響もないわ。……そう、勝手に死ねばいいのよ、私の忠告も聞けないなら」
1人残された紅葉は、テーブルに置かれたリンゴを齧り、自分に言い聞かせるように呟いた。
続く




