第44話 狂気咆哮+Crush, ideal
「ふぅ……」
桜はノアカンパニーの上階から街を眺める。やっと一息つけた所だった。
ヒガンバナとの戦闘の最中、突然意識を失ったかと思いきや、目覚めた途端蒼葉と山神からの質問責め。あらゆる検査をされ、ようやく今さっき解放されたのだった。
「うーん、でも本当に覚えてないな……」
「どうしたの? 随分お疲れだけど」
「ん? 蒼……じゃなかった、紅葉」
容姿はおろか、声も良く似ているため間違えかけた。だが口元に小さく浮かぶ笑みと赤い瞳で、桜は見分けている。
「蒼葉から聞いてない? 俺もよく覚えてないんだけど、なんか背中から引っこ抜かれたらしくって」
「何か?」
「剣みたいな、鍵みたいな、変なものらしい……うーん、よく分からない」
「そう……正義の味方も大変ね」
労わる様な笑み。しかし桜は紅葉の目に違和感を感じた。何かを見透かしている様な。
「ところで紅葉はどうしたの?」
「これを貴方に渡したくて」
白い手の平を開くと、そこには1枚のコネクトチップがあった。だがそれはこれまでのチップとは違い、装飾はおろか色すらなく、飾り気が一切ない。
「え、何これ? 新しいフォーム?」
「貴方の本当の力を引き出す事が出来るもの。これがあれば、エリカさんを取り戻す事だって可能な筈よ」
「俺の、本当の力?」
透明なチップを見つめる。何故か、桜の目は味気のないそのチップに釘付けとなっていた。
「んん? ま、まぁとにかく、ありがとう紅葉」
「どうも。私も貴方達を出来るだけサポートするから。エリカさんを必ず助け出しましょう」
紅葉は桜の手を握り、去って行った。
「何かこのチップ……」
「桜」
「うん? どうしたの紅葉……あ」
振り返ってみると、今度は紅葉ではなく蒼葉がいた。声まで似ていると反射的に名を呼ぶ時に間違えてしまう。心なしか蒼葉の顔が少し不機嫌に見えた。
「そんなに似ているのかしら?」
「いや間違えるなっていう方が無理あるって」
「は?」
「ごめんなさい」
「それよりも、ジェノサイドの反応が出たわ。行きましょう」
「俺と蒼葉で?」
「いいえ、山神君も一緒」
この前に決めた時は、桜と山神が基本的に向かう形だった。しかし今回3人で出るということは、それほどの強敵ということになる。
「ローダーをつけたジェノサイド?」
「そんな強い反応じゃない」
「じゃあ何で3人で?」
「貴方自分に何があったか忘れた? また何かあったら今度こそ死ぬかもしれない。だから私も行くの」
「う……」
プラグローダーの解除キーをチラつかせる蒼葉。そう言われてしまうとぐうの音も出ない。桜は小さくうなずいた。
「それで蒼葉。その、あのジェノサイドのローダーは……」
「今チップと一緒に解析してる。……心配しないで、破壊したりなんかしないわ」
「よかった」
最後の懸念事項を確認し終え、桜達は現場へと急行するのだった。
遊園地内にある、ジェノサイド達の寝ぐら。
そこではいつもと変わらずロースグが怠惰の限りを尽くしていた。2人の仲間が帰らないことをいいことに、何も考えず、寝転がりながら虚空を見つめていた。
だがその堕落の空間は、突如として現れた炎によって終わりを告げた。
「……ラスレイ、また怒ってんの?」
「グラニーとストラが消えた。エヴィは何処かをほっつき歩いて、お前は見ての通りだ。怒らないとでも思ったのか?」
「どうでもいい」
直後ロースグの身体が持ち上げられ、壁へ投げ飛ばされた。痛がる素振りも見せず立ち上がるロースグに、ラスレイは話を続ける。
「インフェルノコードが見つからないのもおかしな話だが、こうも連続してやられているのは見過ごせない。ロースグ、以前にスレイジェルに似た奴を見たらしいな」
「いって……まぁ、あるけど」
「消せ。コードを探すのは俺とプラウダがやる。邪魔は排除する必要がある」
「僕1人が? 無理。あいつらリーディ達ですら倒せなかったんでしょ?」
「付け焼き刃だろうが、こいつらを使え」
ラスレイの背後には、唸り声を上げる2体のジェノサイドがいる。
身体から無数の棘が突き出たヘッジホッグジェノサイドと、薄い羽と巨大な複眼、顔の半分を占める巨大な顎を持つトンボジェノサイドである。
「ちょうど野良のジェノサイドもいる。奴等はそこに現れる筈。合流して仕留めろ」
「ラスレイといいエヴィといい、人間をジェノサイドに変えられる連中は楽で良いよね。もう殴られたくないから行くよ」
ロースグは2体のジェノサイドを引き連れ、その場を後にした。
「……プラウダ、いつまで呑気している気だ?」
「むしろ、俺はお前が何を焦っているのかが理解出来ない」
いつの間にか、ラスレイの背後に1体のジェノサイドが姿を現していた。
全身を骨の鎧に包み、隙間から僅かに覗く黒い体と燃えるような赤い瞳以外、その真の姿を確認することは叶わない。
「インフェルノコードは解放されない限り何の価値もない。そして俺達はその解除方法を持ち合わせていない。ならばスレイジェルの奴等がコードを解放した後の方が都合が良い」
「手遅れにならないのか?」
「インフェルノコードに意思はない。道具、いや、兵器といった方が正しい。迅速に動くのは構わないが、功を焦りすぎて他の奴等の様になるなよ」
「ヴァウウウウ!!!」
悲鳴が重なるオフィス街。逃げ惑う人々を喰らおうと1匹のジェノサイドが暴れ回る。
異常な程に長く太い脚、それに比べてあまりに小さすぎる羽毛が生えた腕、そして頭頂部に生えるトサカと顎から垂れ下がる肉垂は燃え上がる様な赤色。
ヒクイドリジェノサイドは蹴爪が生えた脚を振り回し、足の遅い子供達に狙いをつける。
凄まじい形相で迫るヒクイドリジェノサイドに、1人の子供がつまづく。泣きじゃくる子をかばう父親と母親諸共、蹴り殺そうと迫るヒクイドリジェノサイド。
しかしその蹴爪が3人を切り裂くことは叶わない。青白い鞭が絡みつき、そこへ多数のエネルギー弾が直撃。最後に琥珀色の拳がヒクイドリジェノサイドを殴りつけ、大きく吹き飛ばした。
「今の内だ! 逃げろ!!」
3人の親子を逃がし、ホウセンカは更にヒクイドリジェノサイドへ拳を打ち出す。
ユキワリも参戦。ホウセンカの拳の一撃を縫う様に足のブレードで斬りつける。
更に《シュートエアレイダー》となったリンドウが上空から銃撃を浴びせる。ヒクイドリジェノサイドは反撃すらまともに出来ず、追い詰められる。
しかし、優勢は長く続かない。
「シャァァァ!!」
「うわっ!? なんだこいつ!?」
空を舞うリンドウに組みつき、ビルへ激突する影。更に、
「ウヴヴウ……!」
「なんだなんだ……?」
ホウセンカの前に立ち塞がる、棘だらけの怪物。そしてその側には見慣れない青年の姿が。
「怠いからさっさと死んでもらうよ。降臨」
《拒め! 嫌え!! 怠慢せよ!!! Sloth! Sloth!! Sloooooth!!!》
ジェノサイドの姿へ変身したロースグは大量の土人形を生成。ヘッジホッグジェノサイドとヒクイドリジェノサイドの援護を始める。
「っ、邪魔っ!」
組みつこうとする土人形を回し蹴りで粉砕するユキワリ。
「ヴァァウ!」
「くっ……!」
しかし土人形に気を取られればヒクイドリジェノサイドの蹴りが襲い来る。咄嗟に腕を交差して防御するが、後ろに吹き飛ばされてしまう。
「ハッ! オラッ!! だぁチキショウ!! 減らねえ!!」
ホウセンカはヘッジホッグジェノサイドの突進を回避しながら土人形を打ち砕いていくが、次々と地面から湧き出る土人形達は減る気配がない。
と、それらを傍観していたロースグの目の前に何かが落下した。
「シャァァァァァァァァ!!」
「こいつ、離せ!!」
組み付き、頭を齧り取ろうと口を大きく開けるトンボジェノサイド。それをマイティライフルで押し留めるリンドウ。ギリギリの攻防戦が繰り広げられていた。
「はぁ〜、頑張るね」
「ちょ、これまずい! 早くなんとかしないと…………っ!?」
その時、リンドウの身に異変が生じた。
身体から火花が散ったかと思うと、トンボジェノサイドを蹴り飛ばす。徐々に散っていく火花は増えていき、目が藍色と金色に明滅し始める。
「こいつ…………って、桜!?」
「ヒガンバナの時と同じ!? 桜、早く変身を解いて離脱して!!」
「あ、蒼葉、山神…………これ、なんか、やばい……!!」
ついには変身が解除。しかし今度は火花の代わりに、黒い霧が立ち込める。
桜の瞳は黄金に輝いたかと思うと、今度は赤色に染まり始める。
「2人共、早く俺から離れて!」
「待って桜、今プラグローダーを外すから!!」
「いいから早く行っ──」
次の瞬間、桜は心臓が張り裂けた様な激痛に震える。自分の中で眠っていた魔物が、叫びと共に目覚め、蘇ってくる。自分を閉じ込めていた牢の鍵が消えた今、魔物を止めるものはない。
紅葉から渡されたチップは黒い霧を吸収し、その姿を禍々しいものへと変えた。巨大な鉤爪と鋭い牙を持つ、古代の覇者。
恐竜がチップに浮かび上がる。
「ウァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
大気を震わせる桜の咆哮。それに呼応する様に、プラグローダーは一気に錆びつき、刺々しい姿へと変貌する。
独りでに懐から飛び出したチップ、迎え入れるように独りでに開くプラグローダー。吸い込まれるようにチップが挿入される。
瞳も虹彩も真っ赤に染まった目を見開き、桜は死の宣言を告げた。
「変……身!!!」
同時にプラグローダーが独りでに閉じた。
《狂え! 滅ぼせ!! 殲滅せよ!!! Madness! Madness!! Madneeeeess!!!》
一瞬リンドウの姿を取るが、装甲が錆びつき、ひび割れ、遂には粉々に弾け飛ぶ。
中から姿を現したのは、桜の中に巣食う魔物だった。
強靭ながらもしなやかな筋肉を包む、逆立った鱗。そこから更に灰色の羽毛に覆われている。腕にある5本の指の内、3本の爪は短剣の如く伸び、足も同様。尻尾の先は槍のように先端が鋭利に尖り、頭部では赤い瞳が宝玉の様に輝きを放っている。
「さ、くら…………」
蒼葉はただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「そう、それが真の姿……桜君、貴方のその力がどうしても必要なのよ」
紅葉はプラグローダーから送られた最後の通信を見て、静かに笑う。そして口元にボイスチェンジャーをつけ、ある人物へ連絡を送る。
「ヒガンバナ、新たな任務を発令。リンドウを打ち倒してチップを回収せよ。これを遂行出来たなら、約束通り忌魅木に会わせてやる」
「ウウウウゥゥゥ…………ウァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
ディノニクスジェノサイドの咆哮が、草木ヶ丘市全域に響き渡った。
続く




