第39話 脱出契約+We find out our friend
「は〜い、お口あーんしてね〜」
「むぐっ、おぇぇ……甘すぎる……」
スプーンに纏わり付いた粘度の高い液体を口に突っ込まれる。歯が溶けてしまうのではないかという甘さ、そして砂のようにザラザラとした舌触り。
料理をするエリカにはよく分かる。これは蜂蜜にバターと砂糖を足しただけのもの。しかしながら彼女の気力を削ぎつつ、カロリーを補充するには十分だった。
目の前にいるアフェイクと名乗る女性は、囚われの身である自分の世話を焼いている。しかしそのどれもが何処かズレている。
「ほら〜たくさんあるからもっと食べて〜」
「も、もう十分! いらない、いらない!」
「そう? せっかく沢山作ったのに」
エリカが必死に拒むと、つまらなさそうな表情を浮かべてアフェイクは去って行った。瓶いっぱいに詰まった蜂蜜バター砂糖を口に入れながら。
「おえっぷ……こんなの食べてたらそう遠くない未来に死んじゃう……早く出ないと……」
だがどうやって?
基本、手足を拘束された状態。普段は誰もいないように見えるが、そもそも自分が今いる場所が何処なのかすら把握出来ていない。日の光も届かない場所、地下である事はなんとなく予想出来るが、それ以上の事は予想すら不可能。
そのとき脳裏をよぎる。あの怪物に変身すれば、この拘束を破壊して脱出出来るのではないか。
(っ! ダメダメ!! そもそも自由に変身出来るわけじゃないし、出来たとしてもその後が……)
「お困りのようですね、お姉さん?」
「ひゃあっ!?」
いつのまにか目の前に小さな少年の姿が。エリカが驚いた様子を見ると、悪戯な笑いを見せる。
「あ、あなたは?」
「僕はオドントといいます。稲守エリカさん、今日は貴女に相談があって訪れました」
「なんで私の名前……ていうか、そ、相談って?」
エリカが興味を示したことを確認し、オドントは話を続ける。
「単刀直入に言えば、ここから脱出させてあげましょう。簡単な条件、はありますがね」
「脱出……!? じ、条件は……?」
「それはこの相談を受け入れたら……という事で」
エリカからすれば、願ってもいないチャンスである。
しかしこの少年のことをエリカは何も知らない。敵の罠である事も十分考えられる。そもそも条件が開示されていない以上、何を要求されるのかも分からない。
だがこの場で桜達の助けを待っているだけでは何も進展しない。彼等がアースリティア達と戦えば、それだけ傷つくことになる。いざとなれば隙を見て逃げ出し、桜達の元へ合流すれば良い。
覚悟を決める。
「…………分かった」
「賢明な判断、ありがとうございます。では……」
オドントが指を鳴らすと、エリカを縛り付けていた鎖が一瞬にして崩壊した。急な自由に体が戸惑い、フラつく。
「脱出は簡単。貴女は目を10秒間閉じていればいい。目を開ければ、貴女は晴れて自由の身です」
「そんな事……」
「可能なんですよ。さ、彼等が来ると面倒です。お早く」
オドントに言われるまま、エリカは目を閉じる。
それからまもなく、足元が揺れるような感覚を感じる。それらはすぐに全身を包み込み、やがて体を流れ落ちるように感覚は消えた。
目を開いてみる。
「こ、ここは……!」
草木ヶ丘公園の外れにある道。エリカの足はしっかりと、舗装されていない土の道を踏みしめていた。
「本当に出られた!?」
「さて、貴女が知りたがっていた条件を提示させて頂きます。なに、今僕がやったことに比べたら簡単な事です」
そう言ったオドントの視線が、エリカの後ろへと向けられる。すると、
「お姉、ちゃん……?」
「へ? ……あっ、君は……!」
走り寄ってくるゴスロリ衣装の少女。エリカが名前を思い出すより早く抱きつかれる。
「おや、随分と懐かれているようですね。なら話は早い。貴女にはその子の面倒を見てもらいたいんです」
「エヴィちゃんの?」
「彼女はまぁ、保護者がいないとダメな子なんです。あぁそれと、貴女のお友達とは合わないようにお願いしますね」
「えっ!? ど、どうして……」
「それじゃあ頼みましたよ」
オドントは空間を揺らめかせながら消えてしまった。
「ん〜、面倒を見ろなんて言われてもなぁ」
「エリカお姉ちゃん、お腹、空いちゃった」
腰に手を回し、しがみつく小さな身体から、腹の虫の大きな鳴き声が聞こえる。
「あっはは……まぁ、あそこから出られたならお安い御用かな〜……何食べる、エヴィちゃん?」
「あれ、メン、メン……?」
「メンチカツ?」
「それ、それ、食べたい」
紫の瞳が見つめてくる。そこに以前のような虚無の色はない。まるで欲しかったものが手に入ったかのように、喜びの色で満ちている。
しかし、エリカは直感で感じていた。
この子を桜達と会わせてはいけないと。
「なぁ、ロースグ。俺達最近なーんにもしてないけど、良いのか?」
「する事がないに越した事はないでしょ。もっとそこで食っちゃ寝してる奴を見習いなよ」
ロースグが指差した先では、一口チョコレートを袋ごと平らげるグラニーの姿があった。既に袋の山が出来上がっている。
「おいしー!!」
「ラスレイは何にも言ってくれないし、リーディは帰って来ねーし…………はぁ、彼奴、本当に死んじまったのかなぁ」
「死んだなら死んだでいいよ別に。彼奴煩いだけだったし」
「…………おいおい、流石にそりゃ酷いだろ」
ロースグの物言いに、ストラは苦い顔をする。
確かにリーディは荒くれ者で、お世辞にも良い奴だとはストラも思っていない。だがそれでも、彼は自分達の仲間だと思っていたのだ。
「本当に死んじまったのか、調べなきゃならねぇ。ラスレイが始末しちまったんなら、ラスレイはとっくにここに戻って来てる筈。……探しに行くか」
「ちょっとちょっと、君そんなキャラじゃないでしょ。どうしたのさ?」
「最近女の子口説く気にもならねぇし、ラスレイもピリピリしてるし、ブラウダはどこ行ってんのか分からない。いい加減、動かないといけないって思った。グラニーちゃん、行くよ!」
「んー? おー! 行くぞー!!」
2人は揃って出て行った。
後を追うのも馬鹿馬鹿しいと感じたロースグは再び寝転がる。
自分達を取り巻く状況がどれだけ変わろうが関係ない。平坦で、起伏のない生き方を貫く。
それがロースグの、唯一の信念だった。
続く




