第37話 灰色に染まる正義+Motorcycle power, powerful operation
その足取りは重く、ゆっくりと、着実に、ホースジェノサイドへと近づいていく。
手元へ出現したスラスターブレイドからは炎と氷が散る。レバーが絶えず上下に揺れ動いている為だ。それも直接触れていないにも関わらず。
「ブルゥアッ!!」
ホースジェノサイドは膨張した腕をリンドウ目掛けて叩きつける。リンドウは半身だけ身体をズラしてこれを回避。不規則に炎と氷を零すスラスターブレイドをホースジェノサイドの胸部へ振り下ろし、返す刃で逆袈裟斬り。
仰け反ったホースジェノサイドは両腕を振り回し、リンドウを遠ざけようとする。それらを全て最低限の動きで避け、スラスターブレイドを十字に斬り払う。
「フッフッフ……とても正義の味方とは思えない、効率的で残虐な戦い方だ。良いのかい、彼を殺してしまっても。 彼女の大切なものを奪うのが、君が言う正義の味方の所業かい?」
ウィズードは愉快な笑いを浮かべながら桜へ問う。しかし桜は何も答えない。ただ真っ直ぐにホースジェノサイドを見据え、刃の切っ先はブレない。
「答えない、いや、答えられないか」
「名草……日向……」
ただ黙って見ることしか出来ない。自分の声は名草に届かなかった。そんな事実が、黒川の心を絞めあげていた。
最愛の人を殺そうとしている桜を止めるべきなのだろうか。それとも、怪物に成り果てた最愛の人を諦めるべきなのだろうか。
答えが出ない。答えが出せない。
「ブルォォォ、ォガァッ!?」
強靭な足で地面を蹴って繰り出した頭突きは、錆びついた拳の一撃で相殺。更に腹部へ蹴りが叩き込まれ、ホースジェノサイドは顎を晒しながらフラつく。すかさず喉元へリンドウのハイキックが炸裂。空気が押し出されたような悲鳴を上げ、よろめいた。
思わず黒川は目を背けた。異形と成り果て、自分の事など忘れてしまった彼。もう名草ではない。
だがそんな彼が痛めつけられ、傷つけられる様は見ていられなかった。
豪腕を地につけ、膝を折るホースジェノサイド。リンドウは更にそれを掴み上げ、弓を引くように振りかぶった右拳を放つ。石が割れるような鈍い音と共に葉で覆われた地面へ倒れ込む。
桜の心に渦巻いているのは、行き場のない殺意。心の内から無尽蔵に湧き出る黒い感情。
弱々しい目つきでホースジェノサイドと自分を見つめる黒川。その視線が桜の心に突き刺さる度、その感情は荒れ狂う波となって桜を呑み込む。感情の海に溺れていた。
こんな事をしたのは誰だ。
人の想いを踏みにじったのは誰だ。
踏み躙られた思い出を、跡形もなく破壊しようとしているのは誰だ。
「ブゥゥゥオオオオオン!!!」
頭を振り、自らを奮い立てるように嘶いたホースジェノサイドは、巨大な右腕を回転させながらリンドウを殴りつけようとする。
「ハカイ、する」
対するリンドウは3回プラグローダーをスライド。いつもとは違い、プラグローダーから溢れた光は灰色。光は炎となり、右拳に纏わりつく。
「ブォォォガァァァッ!!」
《Update Complete》
「ゴッ!!?」
突き出されたホースジェノサイドの拳はリンドウの頬を掠め、リンドウの拳がクロスカウンターでホースジェノサイドの胸部を直撃。爆裂した灰色の炎がホースジェノサイドの分厚い筋肉を黒こげにし、吹き飛ばされた巨体は木を薙ぎ倒しながら地面に落下した。
「ハッハッハ、これは笑うしかないなぁ。そうかそうか、ようやく分かったぞコードの謎が。起動の為の条件は全て解明された!」
ウィズードは高らかに笑い、灰色の頁を放出しながら姿を消した。
「フ、フシュウ、フシュウゥゥゥ……!!」
あれだけのダメージを負いながらも、ホースジェノサイドはまだ立ち上がる。リンドウは確実にトドメを刺す為、ゆっくりと歩み寄っていく。
「待って!!」
後ろから掛けられた声。リンドウは立ち止まり、僅かに声の方を向く。
「このままじゃ、日向が名草を殺した事になる。そんなんダメだよ…………だから、これだけ。これだけは……うちの口から、言わなきゃ……!!」
唇を噛みしめる。思い出を握りしめ、額に当てる。
「名草を……………………楽にしてあげて」
涙に濡れた、精一杯の笑顔で別れを告げる。
リンドウは向き直り、プラグローダーをスライド。
《Now Loading……Now Loading》
灰色の光はスラスターブレイドへ纏わりつき、冷たい炎が刀身から逆巻く。
「ブォォォォォッ、ブルゥアアアァァァ!!」
最後の力を振り絞り、ホースジェノサイドは迎え撃つように天高く吼える。フラつく足取りで、リンドウへと向かってくる。
《Update Complete Confusion Full Slash》
振り下ろされた灰色の一閃。
その一撃を、ホースジェノサイドは防御せずにその身体で受け止めた。全身から灰色の炎が溢れ出し、黒い粒子が天へと上がっていく。
── ありがとう……さようなら、須乃子ちゃん ──
身体が爆散する直前に聞こえたのは、断末魔ではなかった。
吹き荒れる爆風に木の葉が舞い上がる。
無言で側を通り過ぎようとする桜に、黒川は小さな声で伝えた。
「日向…………ありがとう。名草を助けてくれて」
「恨み言を言われる事はあっても、感謝される事なんかしてないよ、須乃子ちゃん」
彼女の大切な人を奪った。
そう、今までだってそうしてきた。目の前で見てこなかっただけで。あの時から、目の前の事だけを考えるようにして戦ってきた。
だがこの戦いは何かが違った。決定的な何かが。
── この世に正義の味方なんて存在しない、皆が皆自分の目的の為にしか動けない!! ──
「俺は、何の為に戦っていくんだろう……俺の、目的……」
誰かを犠牲にしてまで、正義の味方である理由。桜には分からなかった。その手にあるチップは、灰色の火の粉を散らせていた。
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「敵、変異を確認」
「おっもい……けどやるしかねえなこれは。行くぜ!!」
バイクと融合した自身に戸惑いつつも、山神はオキナグサへ走り寄ろうとした。
が、動かない。否、動けない。
身体に纏ったバイク装甲とサイドカーが変形した巨大ナックル。これだけの重装備である。全身に力を巡らせても身動ぎ一つ取れないのは仕方がない事だろう。
「動けねぇ!! どうなってんだこんの欠陥兵器!!」
「対象、動作停止。攻撃行動に移る」
「待てっ! 卑怯だとは思わねぇのか動けない相手に……って、待て待てやめろやめろあああああっ!!」
巨大槌が天高く振り上げられ、全力でホウセンカの胸部へ叩きつけられた。自分の身体が粉々になる未来を予感し、目を瞑った。
しかし、衝撃こそあれど痛みはない。見れば槌は3本の角が生えた装甲にキャッチされていた。
「ぬっ!?」
「あ、あ? 大丈夫な、のか……そうか……だったら!!」
巨大ナックルを振りかぶり、渾身の力を込めてオキナグサの頭を殴りつけた。瞬間移動の如く吹き飛ばされたオキナグサは、公園のジャングルジムへ叩きつけられた。
「よっしゃ命中! にしてもどう動きゃいいんだよ……ローラースケートみてぇにいかねぇもんかね?」
試しに足元のタイヤを地面につけた瞬間、フル回転し始める。そのままホウセンカの身体がつんのめるのも構わず猛スピードで走り出す。
「だぁぁぁぁ待てってさっきから言ってんだろうがぁぁぁ!!!」
「と、とう、頭部、ソン、そん、そんしょ、う……」
「もうこうなったらヤケだオラァ!!」
スピードを緩めず、ホウセンカはオキナグサへ猛ラッシュを仕掛ける。右、左、右と拳を連打。反撃の隙すら与えずにアッパーカットで上空へ打ち上げる。
「ご、ゴガ、ピィィビィィ!!」
「っしゃあ、決めてやる!!」
足元に現れたパキケファロソナーが自ら中央装置へ収まる。
《Playback Start!!》
《Extra Stage!! ロードブレイクフィニッシュ!!》
「よし、トドメの一げ、うぉぉっ!?」
拳を打ち出そうとしたその時、腕のナックルからバーニアが展開。なんとロケットの様に空へと撃ち出された。
「勝手に何処行くんだよっ!?」
発射されたナックルは挟み込む様にオキナグサを殴りつける。そこから空中で無数の連打を浴びせ、最後にオキナグサを貫通した。
「アガガガガガビィィィィィ!!!??」
空中で爆散。火球は小さな火花となって霧散し、その存在の一切をこの世から消し去った。
やがてホウセンカから装甲が分離。再びバイクへと戻っていった。
「…………なんかよく分かんなかったが、よし!!」
嵐の様に過ぎ去った時間。一番戸惑っていたのは、当の山神自身だった。
続く




