第34話 本能の狭間で+Envy of Snake
エリカの元を去ったウィズードは、新たな協力者の元を訪れていた。
旧草木ヶ丘遊園地跡。昔は《グラスパーク》の名で親しまれていたこの場所には、今では強力なジェノサイド達が寝ぐらにしている。この場所に彼女は居座っている。
自分がアースリティアであったなら、気配で他のジェノサイド達に気がつかれていたのかもしれない。しかし今は両方の力を身につけている。その心配はない。実際に野良のジェノサイドで検証もしている。
「レディ・クロッサム。要望通りインフェルノコードを読んできた」
「ご苦労様」
クロッサムは壊れたメリーゴーランドに跨りながら、退屈そうに馬の頭にもたれかかっていた。足をパタパタと振る度、黒いスカートが翻る。
「やはりコードを完全にダウンロードするには、まだいくつかのロックを解かなければならない。詳しい事は分からなかったが、彼女の感情に起因している事だけは理解出来た」
「感情かぁ。でもどんな感情がトリガーになるかまでは分からなかったんだよねぇ? 喜び、悲しみ、怒り、それとも愛情とか?」
「知識はあっても理解は出来なくてね。申し訳ない」
ウィズードは鼻で笑う。そして彼女のすぐそばにいる青年へと目を向けた。
「それにしても、まさか君が彼女の飼い犬だったとは。インフェルノコードを奪いに来たのも、ヘルズローダーを奪取したのも彼女の命令か」
「…………」
彼岸は答えない。しかし代わりにクロッサムが嬉しそうに話し始めた。
「よく出来た私のワンちゃんさ。よしよし」
頭を撫でられると、彼岸の表情が不快げに歪む。それを見たウィズードは苦笑した。
「ヘルズローダーは複製したものを私に渡したらしいが……そんな簡単に複製出来るものかい?」
「簡単だよ。構造はプラグローダーとあまり変わらないしね。……さて、そろそろ君にプレゼントをあげないと」
クロッサムが指を弾くと、低い唸り声と共に1体のジェノサイドが姿を現した。
しなやかな筋肉の肢体、そしてハンマーのように肥大化した両腕の蹄、そして黄金に輝く細長い眼。
「これは、ジェノサイドか」
「少し前にね、悩んでる男の子を見つけてさ。私が解決してあげるよ〜って言ったらなんでも協力するって言ってくれたから。まぁ……その代償だよ」
「意図的に人間をジェノサイドへ変えることが出来るのか?」
「それが出来る娘がいるんだよ。今回はその娘にも現地集合で頼んであるから」
現地集合という言葉にウィズードは反応する。しかし彼が意味を問う前にクロッサムが続けた。
「なぁんか、忌魅木がこっちに目をつけ始めたっぽいんだよねー。だからそれ使って追い返して」
「そんな事をしたら余計目をつけられるのでは?」
「うるさいうるさい! さからうな! やれ!」
幼児のように喚きながら人差し指を立てた手を振り回す。
「フフ……構わないさ。丁度試したいこともあってね。存分に使わせて貰おう」
頬を膨らませる彼女に小さく笑って返し、ジェノサイドと共にその場を去って行った。
「……さぁて、私の可愛いワンちゃん? 君にもお仕事はあるから、存分に働いてもらうよ〜」
メリーゴーランドから降り、彼岸の頬へ優しく触れるクロッサム。
自らの目的の為にも、彼女の命令に従う他なかった。
「もう少しで遊園地に着くぞ〜」
「いや……これ…………」
「無理無理…………こけたらもう立ち上がれねぇ」
急勾配の長い石階段。そこをかれこれ5分近く歩いていた。桜と山神は石段に座り込んでしまうが、黒川は息ひとつ切らしていない。
「だらしなさすぎ。学校辞めてから運動してないっしょ2人とも」
「いや、身体は、動かしてる、けどさ……」
「陸上部全国大会出じゅ、出場者は、やっぱ違うな……」
舌を噛んだ山神は犬のように舌をダラリと垂らす。
スレイジェルやジェノサイドと戦う中で、確かに戦闘技術や身体能力は鍛えられている。しかしそれと長い階段を登るのではまるで勝手が違うのだ。
「あとちょっとで普通の道だから頑張れって!」
「何で彼奴はあんなに元気なんだ……身体が疲れてんのに気づいてないんじゃないか?」
「何さりげなくバカにしてるし! いいから早く行くんだ腑抜け!」
黒川は2人を無理やり立ち上がらせ、その背を押しながら階段を駆け上がっていく。
エスカレーターと間違えるほどの速度で階段を登っていき、最後の一段をつまづいて桜と山神は同時に倒れ込んだ。
「イッテェ!!」
「で、でも早く着いた……」
「ここでバテんなし! まだ遊園地に着いてないっつの! 早く行…………んん?」
2人の首を掴んで持ち上げた黒川は何かに気がつき、途中で手を離した。桜と山神の小さな悲鳴も意に介さず、黒川は少し離れた位置の人影に注目する。
「ねぇ、あそこにいるちっちゃい子と……コスプレ? あれ何?」
「コスプレと小さな子って完全に事案じゃないか……早く……っ!?」
そこで桜は気がついた。
黒川がコスプレだと言っているのはジェノサイド。そしてその隣にいるにも関わらず、襲われる気配すらない少女。
「山神っ!!」
「早速当たりだったか!」
「はっ!? 当たりって何が!?」
「黒川、早く離れろ!!」
山神が叫ぶのと同時にジェノサイドが走り出した。瞬きする間に黒川の前に現れ、強靭な脚による回し蹴りを放つ。
「危ない須之子ちゃん!」
桜は呆然と立ち尽くしていた黒川の服を引いてしゃがませることで回避。そして山神がジェノサイドを蹴り返して距離を離した。
「山神、準備はいい!?」
「いいけどお前、黒川の前でいいのか!?」
「いくぞっ!!」
「聞けよお前!! あぁ仕方ねぇな!!」
桜はVUローダーとプラグローダーを接続。山神はパキケファロソナーへチップを挿入、腰に巻いたリワインドローダーの中央へセット。
それぞれの待機音が鳴り始めると同時に、
「「変身っ!!」」
プラグローダーがスライド、リワインドローダーのサイドバックルへパキケファロソナーが装填される。
《英雄、堅牢なる正義の意志をその手に! Your heart will be a shield that will never clumble》
《Quake! Fist! Rush! Memory Revive!! Wake up Ground!!》
リンドウとホウセンカが同時に駆け出し、ジェノサイドへ挑む。
「はっ? あの、え、2人が、はぁっ!?」
黒川は状況を理解出来ずに目を回してしまった。
ジェノサイドはリンドウのスラスターブレイドを回避し、ホウセンカの拳をも回避。反撃の蹴りを2人へ交互に叩き込む。
「こいつ、馬みてぇな見た目と戦い方だな!?」
「山神、こいつは俺が押さえるからあっちの女の子を捕まえて!」
「おう!」
桜は馬のようなジェノサイド──ホースジェノサイドの蹴りをシールドで受け止め、弾きつつスラスターブレイドで斬りつける。
山神はすぐに少女の元へ近づく。見た目はかなり幼く、ゴスロリ衣装に身を包んでいるが、それが余計に腕のローダーの不気味さを助長していた。
「さて、見た目はお子様だが敵なら容赦はしない。さっさと怪物になれ」
「……いいなぁ」
「はっ? 何が?」
「あなたみたいにバカで無謀だったら、どれだけ幸せだったんだろうなぁ……」
「はっはっは、いやぁ…………ぶっ飛ばすぞガキィ!!」
山神が怒号を飛ばした瞬間、少女──エヴィは目を金色に輝かせながらヘルズローダーを開き、チップを挿入。
「降臨」
カバーを閉じ、小さな身体を汚泥が包み込む。
《妬め! 恨め!! 憎悪せよ!!! Envy! Envy!! Envyyyyy!!!》
蛇が無数に絡みついたような軽鎧とロングスカート、そこから光沢を放つ鱗が無数に浮かぶ肢体が覗く。肩には蛇の目玉の様な宝玉が飛び出し、大口を開けた蛇を象った頭部の中心には黄金の目が輝いている。
「はっ、見た目は大層だけどな、果たして実力は──」
山神が啖呵を切ろうとした瞬間、スカートの裾が蛇へ変化、山神目掛けて飛び掛る。
パキケファロソナーの機能により紙一重で回避。続く蛇の咬みつきも乱打で迎撃する。
「……ちっ。仕方ねぇ、行くぜ。全身全霊をかけて、お前を──」
次の瞬間、頭部に蛇の頭突きが決まり、数歩よろけた。
「名乗りの最中に攻撃すんじゃねぇガキィっ!!」
ホースジェノサイドの蹴りをスラスターブレイドで迎え撃ち、両腕の蹄による殴打をシールド・ガントレットで受け止める。
「ブルゥッ!!」
ホースジェノサイドは一度距離を取ると、助走をつけて飛び蹴り。桜はガントレットを叩きつけるが、衝撃で弾かれる。そこへ更に着地してからの前蹴りを胴に食らう。
「ぐっ!?」
桜が体勢を崩した途端、ホースジェノサイドは一目散にある所へ走る。
黒川だ。
「ま、まって、マジで、ストップストップ!!」
「やらせるわけないだろっ!!」
《マイナス 1 ギア…………》
スラスターブレイドのレバーを下げ、投擲。ホースジェノサイドの足元に突き刺さり、地面ごと脚を凍結させた。
ホースジェノサイドが自分の目の前で立ち止まった時、黒川はあるものに気がついてしまった。ジェノサイドの首元で光るものに。
「その、ペンダントって…………?」
「追いついた!」
リンドウが目の前に現れ、拾い上げたスラスターブレイドを叩きつける。ホースジェノサイドは両腕を交差して防御。鋼鉄同士がぶつかり合うような重い音が響き渡る。
お互いの顔が近くに寄り、純粋な力比べとなる。
「力がイノセントシールダーと、互角なんて……!! けどこのままいけば……!!」
── 逃げて、くれ ──
その時、桜の耳に言葉が届いた。
誰なのか分からず戸惑っていると、続けて言葉が聞こえる。
── 須之子ちゃんを、連れて、逃げてくれ ──
「まさか……」
その声の主人は、今まさに桜と鍔迫り合いをしている相手。
ホースジェノサイドだった。
続く




