第32話 海を破る戦士+Seed of the chaos
「ジゴクに落ちんのはテメェだ女ァァァァァ!!!」
蒼葉の名乗りを聞いた瞬間、怒りに我を忘れたリーディは鉤爪を振り上げながら迫る。
蒼葉──ユキワリはふわりと浮かび上がる様に跳躍、リーディの攻撃を躱し、通り過ぎざまに背中へ後ろ蹴りを放つ。
「ガァァ、ちょぉこぉまかとぉ!!」
振り返りざまに一撃を見舞おうとする。しかしそれより早く、ユキワリの回し蹴りがリーディの頭部に叩き込まれる。
構わず爪を振り回すが、ユキワリは全て足のブレードで防ぎ、躱し、受け流す。
「うざっ…………てぇんだよぉぉぉ!!!」
脇腹で蹴りを受け止め、ユキワリの足を掴んだ。そのままリーディは地面に叩きつけようとする。
「フッ!!」
しかし蒼葉は怯まない。もう片方の足を、掴まれるより早くリーディの首へ回し、身体を大きく捻って逆にリーディを地面へ組み伏した。
「く、ソ、ガァァァァ!!?」
「鳴き喚くだけ無駄、だって!!」
一度距離を取り、サイドバックルからプレシオフォンを抜く。パネルを指で弾くと、
《コール、ウィップモード》
縦に折り畳まれ、グリップへ変形。その上部から電光が迸る鞭を出現させた。
すぐに起き上がり飛びかかろうとするリーディ目掛けて振るい、再び地面へ叩き落とした。高速で振るわれる連撃はリーディの動きを完全に止め、肋骨の鎧へヒビを入れていく。
そして蒼葉はウィップのグリップをベルトの中心部へ接続。
《Playback Start》
波のように静かに、一定周期を刻む待機音が鳴る。そして一度サイドバックルへ装填。
《Pause Opening プレシオバインド 》
再び引き抜き、回転を加えてウィップを振るう。プレシオサウルスの頭部を模した形へ変化し、リーディに食らいつくと首を巻きつけた。
「う、ごご、けねぇ……グァァァ……!!」
「はぁっ!!」
そのまま引き寄せ、ユキワリ渾身の回転踵落としが炸裂。ブレードが頭部から股下まで一直線に斬撃を刻んだ。
「ギィェェェェ!!?」
けたたましい絶叫を上げ、地を転げ回る。赤黒い液体を滴らせ、頭を振り乱しながら立ち上がる。
「ユルザネェ!!!」
両腕の羽毛が伸び、巨大な翼へ変化。脚の蹴爪も巨大化し、空へと飛び上がる。
蒼葉は空を見上げ、プレシオフォンを展開。コードを入力する。
《コール、モサビット》
すると何処からか鰐のようなメカが飛来。飛翔するリーディを追いかける。
「ヌグゥゥゥオラァァァ!!」
胸部の肋骨を隆起させ、発射する。モサビットは背中のレーザーで迎撃、リーディの翼へ噛み付いた。
「ギィ!?」
そこへプレシオウィップの追い打ち。首に巻き付けられ、地面へと引き戻される。
「クァァァッッ!!」
「はぁっ!!」
地面へ降り立つより早くリーディは蹴爪でユキワリを斬り裂こうとする。しかしそれを上回る速度で放たれたユキワリのサマーソルトキックがリーディの顎を捉え、大きく打ち上げた。
「これで、終わらせる!!」
《Playback Start》
リズムの周期が最も短く、音が最も深くなったタイミングで、サイドバックルへと装填する。
《Finale Stage ディープファングフィニッシュ》
荒れ狂う水流の様な形をしたエネルギーを身に纏い、ユキワリは大きく跳躍。水流はやがて鮫の形へ変化し、牙を剥く。
蹴りがリーディの胸部へ直撃すると同時に鮫も喰らいつく。振り解こうともがくリーディだが、深く突き立った鮫の牙は決して離さない。
「は、ハナセ、ハナセェッ!!」
「墜ちろぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ゴォォォアアアアァァァァァァ!!!!!」
遂に地面へ衝突。鮫型エネルギーはその瞬間に蒼炎へと姿を変え、巨大な爆発を起こした。中からユキワリが飛び出し、舞い降りるように地面へ着地した。
ゆっくりと振り返る。蒼い炎で焼かれるカラスの怪物は、未だ地獄の底から響くような低い唸り声をあげ続ける。
「ごの、ゴノ……ゴミ以下ノ、人間、ナンカ、に……!!!」
「…………」
掛ける言葉などないと言わんばかりに、蒼葉は無言でリーディを睨み据える。やがて身体が全て燃え尽きたのか、自らの羽毛と同じ色の灰を散らしながら、
「ガァァァァ、ゴァァァァァァ…………」
肉体が消滅。彼が使っていたヘルズローダーとチップを遺し、その生涯を終えた。
「コアが残らない……? ……分からない事が多すぎる」
変身を解き、落下したヘルズローダーとチップを拾い上げようとした時だった。
蒼葉の目の前に2本の剣が飛来、足元に突き刺さる。すぐに飛び退いて距離を取ると、剣の周りに黒い霧が立ち込め、黒い鎧を形作った。
「ヒガンバナ……!」
ヒガンバナの姿は《シャドウアサシン》。あの特殊能力を使われれば首を刎ねられる距離にいる。蒼葉が持つリワインドローダーは試作品であるため、再変身すればどのような副作用が表れるか分からないが、無抵抗のままやられるよりはいい。すぐに腰へ巻き直す。
「来る!? 簡単に殺せるとは思わないことね!!」
「……機会は今じゃない」
ヒガンバナはヘルズローダーとチップを拾い、再び霧となって姿が消え始める。
「戦う覚悟を決めたなら、次はお前とも決着をつけよう。約束する」
そう言い残して、完全に姿を消した。
「どうして……?」
自分の知識では到底予想出来ない事がこの街で起こっている。何かが蠢いている。
リワインドローダーを手にし、戦う覚悟を決めた。今の自分は考えるだけじゃない。動き、戦える。桜と同じように。
「裏で何が動いているのか、必ず暴いてみせる」
それがこの事件に深く関わった、一族の宿命だから。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「グ、ク、カ、カ、データ、シュ、シュ、シュウ、フク、ク、ク」
胸部に巨大な破損跡を刻まれ、底から多量の火花を散らせながら歩き続けるウィズード。あの爆炎に紛れて逃げたまでは良かったが、最早彼のデータも身体も修復出来ないほどに破壊されていた。
この傷を癒せるのはアフェイクのみ。だが彼にはもうあの場所に戻る事すら出来なかった。
「ガ、ガピィィ、ギャ、ギ、ワ、ワタ、ワタシ、ワタシハハハワワタシ」
「あちゃあ、やっぱり壊れちゃってる」
と、ウィズードの前に少女が姿を現した。ローブから伸びる白い足は、よく見ると地面についていない。
「オドントの言う通りにしておいて良かった。保険は大事。さ、再起動しましょうね〜」
少女の手にあるのは、ヘルズローダーとリーディのチップ。不明瞭な言葉を話し続けるウィズードからヘブンズローダーを取り外すと、2つのローダーが引き合うように浮かび上がる。
「まだ本調子じゃないけど……よっ、と!」
少女が指を鳴らした瞬間、ローダー同士が融合。灰色の炎が包み込み、新たなローダーが目の前に誕生した。
黒い上部に白い下部。そして天面に、悪魔に地獄へ引きずり込まれる天使の紋章。禍々しいローダーだった。
そして次に、リーディのチップをウィズードの胸部へ挿入する。
「ワタシワタシ…………ぐ、ギャアアアアアアアアアアアア!!!??」
身体にノイズが走り、損傷部が見る見るうちに修復される。やがて人間態に戻ると、その目には光が戻っていた。
「ァァァァァァ…………っ? い、一体、何が? 私は彼等に敗れて、それで……き、貴様は!?」
「感謝してよ、私が助けてあげたんだから。あとは、はいこれ」
警戒し、後ずさるウィズードの手に無理矢理ローダーを嵌める。
「私からのプレゼント。次は上手くやりなよ。それじゃあね!」
「待て、名を名乗れ!! 何者だ!?」
「クロッサム。あとでオドントに聞いてみればいいよ」
少女──クロッサムはウィズードの前から去って行った。
困惑していたウィズードだったが、ある変化に気がついた。
「なんだ、思考が……気の、せいか?」
今まで自分の使命を、果たすべき義務と考えていた。しかし今は違う。
データの採取を、自分の知的欲求に従って行いたい。その気持ちが大部分を占めていた。
「そう、だな。まずはこのローダーを解析するとしようか。…………実に、興味深いなぁ」
自分の腕に巻かれたローダーを見つめるその顔には、不気味な笑みが張り付いていた。
続く




