第30話 信念伝播+Two new heroes
桜は商店街の中央で立ち止まる。あんな事があった後だと言うのに、既に多数の人々が行き交っている。ノアカンパニーの情報操作によるものだろうか。
邪魔そうに桜を避けていく中、桜の足は動くことを拒む。頭をヒビ割れたコネクトチップとエリカの靴の映像が殴りつける。
あの時自分が間に合っていれば。
後悔だけがひたすら桜を責め続ける。約束したと言うのに。必ず守ると。
「何処を探してもいない……街にはもういないのか……」
「あ、桜──」
その時、よく似た声が聞こえ、反射的に振り向いた。
「エリカッ!?」
「さん、桜さんじゃないですか。お久しぶりです」
「あ、あぁ、セラちゃんか……久しぶり」
声の主はエリカではなかった。
稲守セラ。スタイルや声、顔つきは姉のエリカとよく似ているが、短い茶髪、前髪で目が少し隠れており、話し方は囁くようである。
何よりエリカと違うのは、15歳という若さで既に杖をついていること。足が悪いのではなく、生まれつき平衡感覚が人よりも劣っているため、杖無しでは真っ直ぐ歩けないのだ。
「セラちゃんは、買い物……だよね」
「商店街に用事と言ったら、そうですね。……桜さん、最近エリカに会いませんでしたか? しばらく帰って来てなくて……」
セラの言葉に、桜は思わず目を背けてしまった。理由を知っていて、尚且つ告げる事が出来ない。それを暗に伝えてしまう行為だった。
「もしかして、エリカに何かあったんですか!? 教えて下さい、エリカは何処にっ!?」
「セラちゃん落ち着いて!」
焦った所為か、セラの顔色が悪くなり始めている。下手にストレスを与えれば体調を崩して倒れてしまう。桜はふらつくセラの肩を掴み、落ち着くように促す。
その時、嫌な予感が桜の背後に迫るのを感じた。
「見つけたぁ……!!」
振り返るとそこにはリーディがいた。まだ身体中に傷が残っているが、その顔には憤怒の表情が張り付いている。
よりにもよってセラと一緒の時に、危険な相手と遭遇してしまった。
「マズイ……セラちゃん逃げるよっ!」
「逃すかよぉぉぉ殺してやるぅぅぅ!!!」
《奪え! 荒らせ!! 蹂躙せよ!!! Greed! Greed!! Greeeeed!!!》
すぐさま怪人体へ変貌。逃げ惑う一般人を弾き飛ばしながら2人へと迫る。
セラは走る事が困難。以前のエリカの時と同じように抱きかかえて走る。プラグローダーを操作してトライアングルホースを呼び出すが、到着するまで逃げ続けなければならない。
しかし、
「逃げんなよこの臆病者めぇっ!!」
リーディは胸部から巨大な肋骨を打ち出し、桜の右足を貫いた。体勢を崩して倒れ込み、セラも離してしまう。
「ぐ……セラちゃん、早く逃げて!!」
「そんな、桜さんは!?」
「いいから逃げてくれ!! もう、あんな事繰り返す訳にはいかないんだ!!」
桜はコネクトチップを取り出す。足はまともに動く気がしないが、やるしかない。
「はぁ……はぁ……っ、変……し──」
「死ねよてめ、グアッ!?」
その時、獣の唸り声ようなエンジン音が聞こえたかと思うと、リーディの身体を突き飛ばした。半身を持ち上げ、その正体を確認する。
鮫を象った中型バイク。そしてそれに搭乗していたのは、白衣を着たままの蒼葉だった。
「蒼葉……?」
「桜、ここは私に任せて。彼女を連れて逃げなさい」
「そんな、彼奴は蒼葉じゃ倒せない! 俺が戦うからセラちゃんを連れて……」
「任せて」
振り返った彼女の顔を見た時、桜は言葉を止めた。
笑っていた。自分を安心させるように。信じて欲しいとその笑顔が伝えていた。
エリカをヒガンバナから助けに行く時、桜が笑いかけた時と同じように。
桜は無言で頷く。同時にトライアングルホースが到着し、よじ登るようにして乗り込む。
「セラちゃん、乗って」
「は、はい」
セラが後部に乗り、手を自分に回したのを確認すると走り去って行った。
「邪魔するタァ良い度胸だな女……まずはテメェを殺すか!」
「今の内に吠えておきなさい。手負いの状態で向かってくるような馬鹿に負ける程、私は甘くない」
「グァァァァテメェテメェテメェェェ!!」
怒りに任せて爪を地面に叩きつけ、蒼葉へ襲い掛かる。しかし彼の頭に何かが高速で飛来し、衝突した。大きく仰け反り、突進が止まる。
「……ローダーモード、起動」
飛来した物体、プレシオフォンは蒼葉の言葉を認証すると、その姿をスマートフォンモードに似たものへと変える。端子が飛び出し、その反対側へチップの挿入口が飛び出す。
蒼葉は首にかけたメガロドンチップを取り出し、プレシオフォンへと挿入。
着水音に似た深い音と、何かの唸り声に似た音が同時に響く。
「桜、睡蓮……私もなってみせる。貴方達、正義のヒーローに!」
白衣のボタンを外すと、腰にはベルト状の装置が巻かれていた。中央とサイドバックルに取り付けられた、プラグローダーの様なものが目立つ。
中央の装置へプレシオフォンを接続する。
《Filter Set! Rewind Start!》
女性の機械音声が流れ、エンジンの唸りに似た電子音が鳴り始める。一定間隔で流れていた音は次第に間隔が短くなっていき、やがて、
《Purification Complete!》
と高らかに告げる。
蒼葉はそれを確認するとプレシオフォンを外す。伏せた顔を上げ、静かに宣言した。
「変身」
プレシオフォンを右のサイドバックルへと装填。その瞬間、巨大な鮫のエネルギーとプレシオサウルスのエネルギーが同時に出現。リーディへ体当たりをした後、インナースーツを纏った蒼葉と融合する。
《Deep! Abys! Fang! Memory Revive!! Wake up Ocean!!》
鮫の背びれの様な突起が飛び出した肩アーマー、鮫が顎を噛み合わせたかの様なブレストアーマーを装着。プレシオサウルスのヒレを象ったミニスカートアーマー、無数の牙を携えたレギンスも身に纏った。
最後に紺碧の海の様な青いヘルムを装着、バイザーが降り、変身を終えた。
「何だァ、その姿はぁ……!?」
「折角だし、名乗ってあげる。……ブルームコード《ユキワリ》。罪を悔いて、地獄に堕ちなさい」
右手の人差し指で喉を切る動きの後、その人差し指をリーディへと突きつけた。
「さ、桜さん、あの人って……!?」
「信頼出来る友達! 今はとにかく離れないと……!」
距離を大分離す事が出来たものの、外が安全とは限らない。一先ずノアカンパニービルへと戻る事にした。
だがトライアングルホースを駆り、広い道路へと出ようとした時だった。
「見つけた、さぁ、データ収集の時間だ」
突如見えない壁のようなものに衝突し、2人は大きく前方へと投げ出される。
「きゃあっ!?」
「うわっ、と、セラちゃん!」
自分が下になり、彼女が地面に衝突するのを防ぐ。だが桜の足に刺さった骨が更に深く突き刺さる。
「おっと、足に怪我をしているのか。まぁこれも良い経験になるだろう」
「お前、あの時の……!!」
「今回は協力者にも来てもらっている」
桜の前に立ちはだかったウィズードの隣に、生真面目な風貌をした少女が現れる。眼鏡を指で持ち上げると、興味深そうに桜を見つめる。
「成る程、この少年が……」
「さぁ、早く変身したまえ。君には早く新たなプラグローダーを生み出して貰わないといけない」
「言われなくてもやってやる!! お前達を倒して、エリカの居場所を教えて貰う! 変身!!」
桜はVUローダーとピュアチップを取り出し、プラグローダーへと接続。リンドウ、《イノセントシールダー》へ変身する。
「さ、桜さんが、騎士みたいになっちゃった……」
「ほう、その姿は! 素晴らしい! やはり私の説は間違っていなかった。だが今回の試験ではその力を体験出来ない。実に残念だ……」
ウィズードがチップを取り出すのを見ると、テランスも同様にチップを取り出す。
「天臨」
「天臨」
2人を巨大な光輪が包み込む。
《Falling Angel…… Wisdom》
《Falling Angel…… Temperance》
テランスが変身した姿は、鎖に繋がれた天使の紋章を胸に刻み、鎖が巻きついた軽装の鎧に身を包んだ騎士のようだった。顔の中心には3つの円が集まったような眼が浮かんでいる。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
「出番だテランス」
「言われなくても分かっていますよ。……はい」
テランスがヘブンズローダーの十字ボタンを押した。その瞬間、桜のVUローダーから電流が迸る。
「うっ、くぁっ、こ、れは……一体何が……!?」
そして遂には《イノセントシールダー》が解除され、《ピュアフォーム》へと戻ってしまった。
「そんな、どうして!?」
「ヒーローには逆境が付き物だ。さて、後は私が担当しよう」
ウィズードが手で空間を撫でると、電流を纏ったバリアを出現させる。それをリンドウへ叩きつけ、大きく吹き飛ばした。
「ぐぁぁっ!!」
「どうした? 次もまだまだ来るぞ」
更に畳み掛けるようにバリアが迫る。すぐさまスラスターブレイドで応戦しようとする桜だが、打ち砕く事は出来ずに再び食らってしまう。
「クソ、ならこれは!」
桜は《シュートエアレイダー》に変身しようとする。しかしプラグローダーに挿入しても、先程と同じように電流が散るのみ。
「どうして……まさか彼奴が!?」
「相変わらず勘は鋭い様だな。けど分かった所でどうしようもない事だ」
「……これが本当に、プラグローダーの進化に繋がるのでしょうか……?」
バリアに打ちのめされ、成す術なく攻撃を受け続けるリンドウを見たテランスは、疑問と失望に満ちた溜息を吐く。
「ふむ、これだけでは足りないか? ならば……」
ウィズードは炎のバリアを出現させたかと思うと、今度はその場に蹲っているセラを取り囲んだ。
「えっ、な、何……熱いっ!?」
「なっ!? やめろ、セラちゃんを巻き込むなっ!!」
桜はセラの元へ走る。骨が刺さったままの足から血と火花が散るが気にしない。尚も追いかけて来るバリアを全て躱し、燃え盛る透明な壁に拳を叩きつける。しかしバリアにはヒビすら入らない。
「さ、桜さん、助けて……!!」
「止まれっ! 止まれ、止まってくれ!! 止まれぇぇぇっ!!!」
スラスターブレイドをマイナスに下げ、ひたすら斬りつける。だが冷気は炎の前に蒸発し、砕く事は叶わない。
「時間が迫っているぞ? もっと必死になるんだ、さぁ!」
「桜さんっ!!」
「これならどうだぁぁぁっ!!」
プラグローダーを3回スライドし、極大の冷気をぶつけた。しかし、止まらない。
桜の頭の中を、恐ろしい光景が埋め尽くした。
焼き尽くされ、苦悶の声を上げながら死に絶えるセラの姿。そしてそれを見たエリカは……。
── 助けられない ──
その考えに至った瞬間、桜の手からスラスターブレイドが滑り落ちた。
「おやっ?」
「俺は……助けられない…………エリカも、誰も、誰も…………」
「桜ぁっっっ!!!」
誰かの叫びが響く。そして同時に何かがバリアへ体当たりし、目の前まで迫っていたバリアを消し去った。
我に返った桜は、足元で小躍りするそれに目を向けた。
「パキケファロ、ソナー……?」
「は、はぁ、はぁ、た、助かったぁ……」
そのまま力尽きたのか、セラは気絶した。桜は慌てて抱き止め、ゆっくりと寝かせる。
そして桜の前に、1人の友人が姿を現した。
「山神!? ダメだろ、安静にしてなきゃ!」
「ダメなのはお前の方だ、この馬鹿! 何ボケッとしてんだよ!!」
山神の一喝に、桜は口を噤んだ。
本気で怒っている山神を初めて見た。今の今まで長い付き合いだったが、彼が何かに対して本気の感情を現した事は少なかった。
「桜、丁度いい機会だ。言いたい事全部言ってやる」
「え、今!? 今はそんな場合じゃ──」
「いいから聞け!! 俺はな……」
山神は包帯のない拳を握り締め、桜を見据えた。
「俺はな……お前が正義のヒーローになるなんて、絶対出来ないと思ってた」
「…………」
「お前は子供の頃からずっとそればっかりだった。最初は俺だってそう思ってたさ。誰かのヒーローになれるって」
そう語る山神は何処か切なそうに、何処か虚しそうだった。
「でも時間が経って色々知るとな、それは変わった。……人なんて皆自分勝手だ。他人の事なんか、救うどころか蹴落とす事だって平気でやる。だから俺はお前の事、心の何処かで笑ってた。馬鹿な奴だって、いつまで夢見てんだって、どうせいつか諦めちまうって」
パキケファロソナーが小躍りを止め、山神の足元へと歩み寄る。それを拾い上げる。
「でも、お前はそんなデカイ力を得たって変わらなかった。何にも。いつだって誰かの事しか頭にねぇ。何するにしたって基準は他人だ。……そんなんじゃ誰もお前の事、分かってやれるもんかよ! お前にとっての″自分″は、″誰かを助けるヒーロー″なんだ。″自分″は″他人より大事な存在″だって奴らにゃ分かるわけがねぇ!」
そして笑った。心の底から嬉しそうに。
「けどな、俺達ならお前の事を分かってやれる! お前が誰かを守るって言うなら、俺達がお前の背中、守ってやるよ!!」
山神は包帯を全て投げ捨て、腰に何かを巻きつけた。
リワインドローダーだ。ここへ向かう前に、紅葉から受け取った完成品1号である。
「山神、お前……!」
「だから簡単に″自分″を曲げるんじゃねえ!! 目の前の奴ら全部救ってみせろ! 救えなかったらその100倍助けてみせろ!! 最後まで……お前が信じた正義のヒーロー貫いてみせろ!!!」
山神に応えるように、パキケファロソナーが咆哮を上げる。同時にその姿を楕円状の姿へ変形させ、同時に端子が飛び出した。
「今から見せてやる!! 俺の全身全霊の、変身を!!」
山神が取り出したチップに描かれていたのは、ツノが三方向に飛び出したトリケラトプス。それをパキケファロソナーへと挿入した。
地面が鳴り響く様な重い音と、嗎の様な音が響く。
そしてそれを中央の装置へセット。
《Filter Set! Rewind Start!》
エンジン音にも似た音が繰り返され、その間隔は徐々に短くなっていく。やがて、
《Purification Complete!》
リワインドローダーが準備完了の合図を送る。山神はパキケファロソナーと左拳をぶつけ、地の底まで響く大きな声で告げた。
「変身!!」
《Quake! Fist! Rush! Memory Revive!! Wake up Ground!!》
左のサイドバックルへソナーを接続した瞬間、パキケファロサウルスとトリケラトプスを象ったエネルギーが出現。インナースーツを身に纏った山神を前後から挟み込む様に衝突、アーマーを形成する。
トリケラトプスの襟飾りに似たブレストアーマー、肩には角を象ったアーマー、そして拳にはパキケファロサウルスの頭部に似た手甲を持った籠手を装備。足には重装ながらしなやかさも併せ持ったレギンスを装着。
最後に荒削りなオレンジ色のヘルムが頭を覆い、インナーマスクと複眼の上にバイザーが降りた。
「ウィズード、あのローダーは一体!?」
「見覚えはないな……まぁよく作るものだ」
「所詮は人が作ったローダー……私の能力で!」
テランスは再びヘブンズローダーのボタンを押す。
しかし山神の姿に変化は無い。
「な!? 効かない、どうして!?」
「テランスの抑制が効かない……これは、データ収集の障害になるか」
「あ? 何だか分かんねぇけど、残念だったな!! 睡蓮の仇だけじゃねえ。今の俺には戦う力と理由と、覚悟がある!!」
自らを鼓舞するように胸を一発。踏み出した足の下に亀裂が走る。
「俺は山神真理改め、《ホウセンカ》!! 全身全霊をかけて、お前らを叩きのめす!!!」
両掌を叩き、左の拳を天へ突き上げる。山神、《ホウセンカ》の名乗りが力強く決まった。
続く




