第19話 真夏の天使達+Creeping Devil's shadow
睡蓮がスレイジェルである事は、後に本人の口から山神、写見へと伝えられた。
写見は最初泡を吹いたが、桜やエリカの態度を見て彼女を信用することにしたらしい。
山神の方はというと、この言葉で睡蓮を驚かせた。
「いやでも…………睡蓮は、睡蓮だろ? ガワが人間だろうと、その、スレなんとかだろうと、中身が睡蓮なら別に接し方を変える必要はねえな。…………それとも変えて欲しいのか?」
「いやいや、山神のアレにはビックリしたよ」
睡蓮はカフェのアイスコーヒーを飲みながら息を吐く。それに対し山神はムッとしたような表情でアイスラテを一気に吸い上げる。
「本当のこと言ったまでだ」
「それとも、変えて欲しいのか? …………だって、プッ、フヘヘへ!!」
「こいつ!!」
青筋を立てる山神に対し、睡蓮は隣でカフェモカを飲んでいるエリカの腕に抱きついた。
「エリカー、山神が怖いよー!」
「す、睡蓮ちゃん……」
「すっかり元通りだ」
桜は戸惑ったような、それでいて少し嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「別にいいけどよ……ところで」
山神はいつもの面子の中に、新たな人物が加わっている事について言及する。
「顔出すなんて珍しいじゃねえか。なぁ、転校生」
「……」
キーボードを叩く指が止まる。
そこには非常に不服そうな表情をした蒼葉の姿があった。白衣ではなく、白いワンピースと空色をした七分袖の上着を着ている。
「どうぞお構いなく。私は仕事が残っているから、バスが来たら帰る──」
「ちょっと蒼葉! 約束忘れたの!?」
「っ!」
睡蓮の言葉に蒼葉が口をつぐむ。その理由を、付き添った桜は知っていた。
睡蓮が真実を告げた翌日、蒼葉は睡蓮の元へ赴いて謝罪した。桜を通して武器を向けた事、そして数々の罵倒について。
その時、睡蓮はこう答えたのだ。
「どーしよっかなー。けっこー傷ついたもんなー」
「……満足いかないのなら、どんな事でもする。だから──」
「どんな、事でも? だったら1個お願いがあるんだぁ!」
「休日に皆と海水浴に行く、ってね」
「はっは、まんまとやられたわけか」
桜と山神からの笑いを受け、蒼葉の身体が怒りで微かに震え始める。
「よりにもよって大事な仕事がある日に……!」
「仕事の事なんて忘れちゃいな!」
「くぅ……!!」
勝ち誇ったような顔をする睡蓮には敵わない。蒼葉は黙ってテーブルに突っ伏した。
「場所取りはしてんのか?」
「写見が張り切って行っちゃったよ。一緒に行こうって誘ったら、任せてくださいって……」
「有能なんだか話聞いてねえだけなんだか分かんねぇな……」
桜にとっては友達だとしても、写見にとっては兄貴分なんだろうな、と山神は心の内でしみじみ感じていた。
草木ヶ丘市唯一の海水浴場は、夏真っ盛りということもあってか沢山の客で賑わっていた。
場所など取れるのだろうかと桜達は不安であったが、
「おぉ、皆さんお疲れ様です! 海の家と海がどっちも近い場所確保しときました!」
写見の活躍によってその心配もなくなった。彼は水着ではなく、アロハシャツに麦わら帽子だった。
「随分南国風だな」
「俺の仕事は先輩方の水着をベストな瞬間で撮ることなんで! 仕事なんで!」
「お疲れ様……」
困ったような笑顔を浮かべる桜に、密かに山神は同情した。
「ところで、女性達は?」
「もうすぐ来るだろ」
「楽しみだなぁ」
「桜お前……」
満面の笑みである。どこまでも単純な男、日向桜。一切隠す事のない下心に、2人は感服していた。
「やっほぉぉぉ海だぁぁぁっっっ!!」
「ほら来た、色気の欠片もな…………」
振り向いた山神は、口を開けたまま硬直する。天国を見た。
睡蓮の水着は白いワンピースタイプ。胸元と腰に可愛らしいフリルが付いており、幼い顔立ちの睡蓮にとてもよく似合っている。
「待って待って睡蓮ちゃん! 日焼けしちゃうよ!」
「スレイジェルが……日焼け……?」
後ろから蒼葉とエリカも追いつく。
エリカは黒いホルタービキニ、腰にはパレオを巻いている。同い年とは思えないほどの色気を醸し出している。
蒼葉はオーソドックスなネイビーブルーのビキニの上からカーディガンを羽織っている。
「あ、あの、山神さん。鼻血出てます」
「大丈夫、隣は両方の穴から出してる」
右の鼻穴から赤い液体を流す山神、そして爽やかな笑顔のまま両方から噴出する桜。傍目から見れば突っ立っているだけで変質者である。
「ふっ、私達の水着は刺激が強すぎたか」
「いや、鼻いじってたら切っただけだ」
「山神さん言い訳下手っすね……」
「何だかんだ蒼葉もノリノリじゃないか」
「…………」
桜の褒め言葉に蒼葉は返事をしない。笑いながら鼻血を噴出する桜に向けて、呆れと軽蔑と困惑が混ざった視線を向けている。
「ほら桜! エリカも褒めろ! めっちゃ迷って買った水着だぞ!」
「言わなくていいから!! ……ど、どう?」
落ち着かない様子でエリカは尋ねる。桜はエリカをじっと見つめ、
「エリカも大人っぽい。可愛いと思うぞ」
鼻血が止まった。
「ちょっと待て桜!! 何故エリカ見て鼻血が止まるんだ!! ダイナマイトバデーだよ!? 滝の様に出せよ!」
「何で滝の様に出さなきゃならないんだ!? いや、普通に可愛いと思うって!」
「うるせー!! 朴念仁こらー!!」
「痛い痛い痛い!!?」
鼻に指を突っ込まれて悶え苦しむ桜をよそに、エリカは乾いた目をしながら笑っていた。
「桜にとって、私は何なんだろ……?」
「えっとぉ……家族?」
「…………へっ」
写見はフォローのつもりだったのだが、彼女はビーチパラソルの下へ行ってしまった。
「写見、選択肢を間違えたな」
「じゃあなんて言ったら良かったんすかぁ……?」
「何も言わないが正解だ」
そう言って山神は、窒息しそうになっている桜を助けに向かった。鼻血を噴き出しながら。
「先輩方、甘酸っぱさも何もあったもんじゃないっすね……」
人々で賑わうビーチに、2つの人影が新たに加わる。
「いやっ、美人さんが多いなぁこの街は! そう思わない、グラニーちゃん?」
「あー、うまそー!」
「うん、グラニーちゃんにとっちゃ全部御馳走だったか、ごめんね」
サングラスとTシャツ、半ズボンタイプの水着に身を包んだストラ。そしてタンクトップビキニからほんの少しだけ肉がはみ出ているグラニーだった。
「さーて、稲守エリカちゃんを探しますか! 美人さんなら嬉しいなぁまったく!」
「おー! 食べるー!」
「ダ〜メ」
2人の目がほんの一瞬、赤く輝いた。
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一方ノアカンパニーの技術開発室では、スタッフ達が新たに開発された装置の周りを囲っていた。
「開発段階はどうですか?」
と、開発室に紅葉の姿が現れる。スタッフ達は一礼し、装置までの道を譲る。
「ほとんど完成です。後は蒼葉チーフがデバックと最終調整を行うと」
「了解しました。皆さんお疲れでしょう? 速やかに休息を取るように」
紅葉の一言に再び一礼し、スタッフ達は開発室を後にする。
誰もいなくなった事を確認すると、紅葉は新たな装置と自らのノートパソコンをケーブルで接続。特殊なプログラムを装置へインストールさせる。
「ヒーローには試練が必要なの。それが分からないなら……ふふ、まだまだ貴女も半人前よ、蒼葉」
純粋な笑みと、狂気に満ちた紅い瞳。それが紅葉の心の内に秘めた本性を表していた。
「このローダーは、彼の進化の一歩になるのだから……」
続く




