第17話 本当の言葉+Nothing to do something theory
メンチカツに小さな口でかぶりつくエヴィの様子を、エリカは静かに観察していた。
迷子、という割に親を探す様子も、寂しそうな様子もない。ずっとあの通りをフラフラ歩いていたのだろうか。
「どうしたの、お姉さん?」
視線が気になったのか、エヴィは小首を傾げて見つめ返して来た。
「ううん、何でもないよ。ごめんねジロジロ見ちゃって」
「あんまり見ちゃ、やだよ?」
小さく舌を出し、再びメンチカツを食べ始める。
あまり見るな、と言われたそばからエリカはエヴィの姿を見つめてしまう。
「……エヴィちゃん、もうすぐ夜になるけど、これからどうするの?」
「お家に帰る」
「あ、お家はちゃんとあるんだ。何処にあるの? 遠いなら送って──」
「グラスパーク。そこで皆と一緒にいる」
グラスパークの名を聞いたエリカは、頭の中が真っ白になった。
グラスパークとは、草木ヶ丘の外れにある遊園地。しかし既にそこは閉園になっているのだ。彼此、10年も前に。
「え、えっと、その近く、ってこと?」
「お姉さんは何処に住んでるの?」
「んっ!? あ、あっと、三丁目だよ。妹と2人暮らし」
質問を露骨にはぐらかされて戸惑ったエリカだったが、すぐにエヴィの質問に答える。
「お姉さん、妹いるんだ……」
「そ。セラっていうんだけどね、昔から身体が弱いから、いつも ──」
「いいなぁ……私もお姉さんの妹になりたい」
「……エヴィちゃん、一体君は……」
エリカが尋ねようとした時、エヴィはメンチカツを口いっぱいに頬張り、ゴクリと一息に呑み込んだ。
「お腹一杯、ケフッ。お姉さん、また会おうね」
「あ、ちょっと……!」
後を追おうとするが、エヴィの姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「何だったんだろう、あの子…………ん?」
エリカのスマートフォンが振動し、誰かから連絡が来た事を知らせる。起動すると、睡蓮からメッセージが届いていた。
《話がある。草木ヶ丘公園の噴水前で、待ってる》
「睡蓮ちゃん……?」
文面からでも伝わる、ただならない雰囲気。エリカは息を呑むと、急いで公園へと向かった。
「お姉さん…………」
エヴィは人々が行き交う商店街の中をとぼとぼと歩く。自分を気にかけてくれたエリカの事が、頭の中から離れない。
「また会ったら……あっ」
「イッテェ!!」
余所見をしていた所為か、いつの間にか路地裏の方へ迷い込んでいた。そこでたむろしていた不良にぶつかってしまったようだ。エヴィは尻餅をつく。
「何処見てんだこのガキィ!!」
不良がエヴィの髪の毛を掴み、引っ張る瞬間、
「シッ!!」
「うっ!?」
何かに噛まれ、反射的に手を下げた。指には2つの小さな咬傷。まるで蛇に噛まれた様な痕が残っていた。そしてすぐに、異変が起きる。
「あ、あ、か、身体が、さ、裂け、裂けルゥ…………!!! アガァァァァァァァァ!!!」
身体はグズグズに溶け出し、瞬く間にジェノサイドの初期段階へ姿を変えた。更にそのまま姿が変化。両肩と頭部はワニが象られ、膨れ上がった白い腹と岩肌の様な背中と尻尾。
アリゲータージェノサイドへ変貌した。
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「…………」
噴水前で静かに立ち尽くす睡蓮。桜はというと、邪魔をしないようにと茂みの中から様子を見守っている。
その立ち姿はいつものように明るい事もなく、かといってあの時のようにパニックになっている事もない。
自分の心に波を立てないように、落ち着きを保とうとしている。
「睡蓮……大丈夫だ。きっとエリカなら……」
と、噴水に向かって走る人影が見えた。頭頂部で耳のように尖った長い髪から、桜はすぐにその人物が分かった。
「エリカだ……」
「睡蓮ちゃん、どうしたの突然……」
「エリカ……」
いざ目の前にすると、口が重くなる。心に波が立ち始める。
受け入れてくれるのだろうか。皆の命を奪おうとするスレイジェルと同じだと思われたら。
「睡蓮ちゃん?」
「……エ、エリカ…………色々とさ、もっと、違うお話をしてから、話したかったんだけど……」
「……?」
「このままだと、気が、変わっちゃいそうだから……単刀直入に、言うね」
戸惑いを隠せない様子のエリカ、震える身体を鼓舞し、真実を告げようとする睡蓮。
その口から、真実が語られようとした時だった。
「ウウァァオァオオオ!!!」
くぐもった叫び声、そして公園にいた人達の悲鳴が同時に響く。
「あれはっ!?」
「エリカ下がって!!」
睡蓮は背にエリカを庇い、戦闘態勢をとる。その時、左手に装着されたプラグローダーが露わになる。
「それ、桜のものと同じ……!?」
「睡蓮! エリカ!!」
茂みから飛び出した桜が駆けつけると、3人の前に叫び声の主人が現れた。
「ウガルァッ!!」
「あのジェノサイド……ワニか!? とにかく何とかしなきゃ……あっ!!」
すっかり忘れていた。桜の左手には今、プラグローダーがない。戦う事が出来ないのだ。
「あぁぁ、また喧嘩した事が裏目に……!!」
「桜、エリカを連れて逃げて。こいつを倒したら追うから」
「睡蓮……」
加勢したかった。
だが所詮、桜はプラグローダーがなければ戦う事など不可能だ。ここで頷くより、選択肢はない。
「任せろ、絶対守る。お前の親友をな」
「桜!? 待って、どうして睡蓮ちゃんを置いていくの!?」
「あぁっとその前に。……エリカ、順番がめちゃくちゃになっちゃったけど、さ」
睡蓮はプラグローダーを開き、コネクトチップを挿入。右手を天高く掲げる。
「本当の私を、見て……天臨!!」
《MyGod……Please forgive my sin……》
現れた光の輪をくぐり、睡蓮のスレイジェル形態、《ロータス》へ姿を変えた。
「睡蓮……ちゃん、なの……?」
「……任せたよ」
「あぁっ!」
「や、やだ、危ないよ、睡蓮ちゃん、睡蓮ちゃん!!」
その場に止まろうとするエリカの手を無理矢理引っ張り、桜は公園から去った。
「グァァァガィオ!!!」
アリゲータージェノサイドは2人の後を追いかけようとする。
「何処に行く気?」
右腕のランチャーから伸びたビーム刃が、背中からアリゲータージェノサイドを貫く。そのまま自分の前まで引きずり倒した。
アリゲータージェノサイドは腹に風穴が空いたまま、黒い液体を滴らせながらロータスを睨む。
「お前に、天罰を下す」
右手のビーム刃を構え、左手のビームランチャーをチャージし、睡蓮は通告した。
「桜、桜!! ちゃんと説明してよ! どうして睡蓮ちゃんが……!?」
「俺の口から言ったら意味がないんだ! 睡蓮が話さなきゃ! だから今は黙って走って!」
「そんな……!」
睡蓮の覚悟を、無意味にしてはいけない。桜は固く誓ったのだ。エリカを放って置けない者同士、交わした約束は守ってみせる。
と、桜のポケットのスマートフォンが震える。走りながら取り出すと、紅葉からの着信だった。
「もしもし、今ちょっと…………なんだって!?」
「こ、今度は何!?」
「エリカ、悪いけど一緒に連れていく!」
「え、何が、えっ、ええぇぇぇ!?」
2人の後ろから、自動運転で追従して来たトライアングルホースが追いついた。桜はエリカを抱き上げて後部に乗せ、自身も飛び乗り、フルスロットルで走り出した。
プラグローダーを持ったまま、蒼葉は行く当てもなく街を歩いていた。このままノアカンパニーに戻り、開発中のコネクトチップを進めなければならない。
誰の為に?
自分の手にあるプラグローダーを見て自問する。彼からヒーローの資格を奪っておいて。そして、未だにプラグローダーを初期化出来てすらいない。
自分は何がしたいのだろうか。
ふと、人の気配がないことに気がつく。既に空から陽は落ちかけているものの、自分しかいないのはおかしい。
そう思っていると、目の前に白い影が現れた。
「No.10、ウィロウ。プラグローダーを渡して貰おう」
「…………」
胸に描かれた天使は眠りの姿勢をとり、その手には鋭い手槍を持っていた。
蒼葉はプラグローダーのボタンを押し、スラスターブレイドを要請する。しかし、
《登録者と一致しません》
無情な通知音が鳴ると同時に、ウィロウが振るった槍が蒼葉へ迫る。僅かに身構えた事が幸いし、穂先は頬を掠めただけであった。だが風圧に煽られ、地面に倒れてしまう。
「貴方の命は、プラグローダーと引き換えに保障しよう」
手元を離れたプラグローダーを必死に手繰り寄せ、蒼葉は胸に抱く。
「これは、渡せない……」
「使えないものを守る意味が理解出来ない。ウィズード様の言う通り、人間は愚かな生き物だ」
そう、自分は愚かだ。
だが今の自分の行動で、ようやく答えが分かった。彼こそが、日向桜こそが、このプラグローダーの持ち主に最もふさわしい。その事実に、とっくの前に気づいていたことに。
「ならば命と共に、プラグローダーをいただくとしよう!」
「っ!!」
「終わりだ── ヌ、グォッ!?」
その時、横からモーター音を轟かせ、無人のトライアングルホースが突っ込んできた。ウィロウを引きずりながら、コンクリート塀に叩きつける。
「蒼葉!!」
同時に桜とエリカが駆けつけて来た。エリカの顔が真っ青な事から、トライアングルホースを最高速度で飛ばして来たようだ。
「大丈夫!?」
「う、うぷ…………だ、大丈夫……?」
「どうして…………」
「どうしてって、当たり前だろ!! 危ないって知らせが来たら助けるに決まってるじゃないか!!」
「だって私は、睡蓮と貴方を…………」
「それとこれはまた別の問題だって! 蒼葉に何かあったら、悲しむ人だっているんだ! 俺も、睡蓮もきっと……」
蒼葉にとって、桜の言葉は不思議だった。
自分の死を、悲しむ人がいる。考えた事もなかった。自分の命は自分のもの。他人の為に使う気もないし、他人から心配される必要もないと思っていた。
だが桜は自分の考えと全く違う生き方をしている。見知らぬ誰かの為だとしても自分の命を投げうち、他人の命を心配する。
だからなのかもしれない。彼が、自分のヒーロー像と重なったのは。
「…………これ」
蒼葉は桜の左手を掴み、プラグローダーを嵌めた。そしてコネクトチップを右手に握らせる。
「ヒーローなら……大切だと思うものを守りなさい。誰に何と言われようと、大切だと思ったものを全て!」
「…………もちろん!」
「ウグアッ! 小癪な真似を……」
トライアングルホースを押し退け、ウィロウが脱出した。
桜は蒼葉とエリカを背にし、プラグローダーにコネクトチップを挿入。
「さぁ、ヒーローの出番だぜ!! 変身!!」
リンドウ・ピュアフォームへ変身した桜は、スラスターブレイドを手に走り出した。
続く




