第6話 剛腕爆走+Scars of avenger
「駆け落ち…………駆け落ち…………あ、あ、あ…………」
「いい加減立ち直れよお前」
桜と蒼葉の姿が学園から消えてから数日。
エリカは睡蓮の言葉を正直に信じてしまったせいで、明らかに生気を失っていた。
桜とエリカの関係をある程度昔から知っている山神と睡蓮には理解出来る。自分達が知り合うよりも前から2人は親友だった。桜はどうか知らないが、エリカに関しては既に親友以上の気持ちを桜に抱いているはず。
それがつい数日前、フラリと現れた美少女と共に失踪。ショックが大きいのも無理はない。
「い、いやでもさ、桜の事なんだからフラリと戻って来るかも……」
「そうだと良いねぇ…………」
「にしても、忌魅木蒼葉……なぁんか、どっかで聞いた事あるような……?」
山神は名前と顔の記憶を手繰る。しかし記憶はボンヤリとしたままで、決定的な結論は出ない。
「ちょっとちょっと! 山神まで考え込んでどうするのさ!?」
「いやいや、俺のはきちんとこの状況を解決する為にだな……っ、ん?」
そこまで来て、山神は周りが騒がしくなりつつあることに気づいた。自分達とは全く逆の方向に人々が走って行く。
「何騒いでんだ? 今日は特にイベントなんてない筈……」
「……ねえ、あれ…………!!」
先程まで俯いていたエリカが指を指す。
そこには空を飛び交う白い影。それも1体ではない。まるで渡り鳥のようにV字に編隊を組んで飛行していた。
「何だありゃ……!?」
「……逃げなきゃ!!」
睡蓮はすぐに山神とエリカの手を取り、力一杯走る。
背後から悲鳴や、鈍い音が響く。本能的にエリカは耳を塞ぎ、山神は目を瞑った。
今後ろを見たら、きっと足が動かなくなってしまう。
「とにかく…………逃げなきゃ!!」
「桜っ! 草木ヶ丘通りにスレイジェルが出現したわ!」
「えぇっ!? あっ、ちょっと、待った!」
バイクが宙を舞い、土埃を上げながら横に回転。甲高い音と共にドリフトし、蒼葉の目の前で停車した。
「あっぶない……で、行かなきゃだよね!? だったらすぐここを……」
「いえ、もう時間がない。ここから送るからさっさと行きなさい。……はい、これ持って」
「え、ここから? このチップは? 待って待っ ──」
数枚のチップを渡されると、蒼葉は桜が乗るバイクを蹴る。サイドブレーキをかけ忘れていたバイクはそのまま後ろに下がって行き、壁にぶつかる。そしてぶつかった壁が2つに割れ、バイクごと桜を中にしまい込んだ。
「後はエレベーターで勝手に送られる。…………私も早くアレを持って行かなきゃ」
「全くもう、何で何も説明してくれないのさ!? って、今はそんな事どうでもいい。早く現場に行かないと!」
3人はただひたすら、後ろを振り返らずに走り続けた。だが悲鳴は一向に止まない。
そして羽ばたく音が、背にまで迫って来ている。
「も、もうダメ……!」
「諦めんなよ! いいから走れ、死にたくないなら!」
「頑張って2人共……っ、あっ!?」
夢中になって走っていた為か、僅かな段差で睡蓮はつまづいてしまった。手を繋いでいた2人も同様に転ぶ。
その時に見てしまった。自分達の背後に広がっていた惨状を。
腹部に剣を突き立てられた男。磔のように街路樹に吊るされた女性。
天使達が繰り広げていた光景は、地獄だった。
「何だよ、これ……うっ!」
思わず込み上げて来るものを何とか山神は耐える。エリカに至っては蹲り、睡蓮に身を寄せている。
そして睡蓮達の目の前にも、天使が舞い降りた。
「やべぇ……!」
「っ!」
「いやぁっ!」
「伏せろ!!」
聞いたことのない声が響き、3人は反射的に体を地面に伏した。
直後、天使の顔面に剣が突き刺さった。ゆっくりと倒れ、天使はその動きを止めた。
「……あれ?」
「助かった、の……?」
3人が顔を上げると、一瞬だけだが声の主の姿が見えた。
銀色の装甲に身を包んだ戦士。
「離れろって!」
男性の首を締め上げていたスレイジェルを突き飛ばし、男性を引き剥がす。
見れば以前倒したスレイジェルによく似ている個体が複数存在している。しかし怯むわけにはいかない。
「行くしかない! っし、ヒーローの出番だぜ!!」
スラスターブレイドを呼び出し、桜は駆け出した。目の前のスレイジェルを斬りつけ、怯んだ隙に胴体へ蹴りを入れる。突き放した距離を一気に詰め、更にスラスターブレイドで畳み掛ける。
「っらぁっ!!」
ギアをプラスへ二段階上げ、炎の斬撃を叩き込む。黒く焦げた痕を胴体に刻み込まれ、スレイジェルは爆散した。
「この調子で!!」
「プラグローダーの所有者を確認」
「最優先目標を確認。これより任務を変更」
「プラグローダーの奪還に移る」
次々と桜に襲いかかるスレイジェル達。桜はスラスターブレイドのギアを上げ、迎え撃つ。
多方向から繰り出される斬撃を交わし、スラスターブレイドを振るう。しかし段々と対応が追いつかなくなり、攻撃が当たり始める。
「数が多すぎる!」
「目標を確認した。プラグローダーを奪還する」
と、一際強力な一閃が桜を吹き飛ばした。
通路の花壇に衝突。すぐさま立ち上がると、その正体が明らかになった。
他のスレイジェルとは違う姿。見るからに指揮権を握っているかのような見た目だ。
「お前がリーダーか!?」
「私はNo.08、個体コード《ジギタリス》。プラグローダーを返せ」
「名前はある癖に言ってる事は下っ端と変わらないんだな!!」
スラスターブレイドは温まっている。ギアを限界まで引き上げ、プラグローダーのボタンを押す。待機音が鳴り、プラグローダーは準備完了を通達した。
《Update complete Fire Full Slash!!》
「せやぁっ!!」
ジギタリス目掛けて必殺の一撃を叩きつけようとする。しかしジギタリスは飛翔、空を切った一撃は2体のスレイジェルを巻き込み、爆散させた。
「外したっ!? ぐぁっ!!」
空から振り下ろされた剣閃が桜の胸部に命中。大きく吹き飛ばされた。
いくら強化外骨格とはいえ、衝撃を吸収しきれなかったようだ。桜が纏う《リンドウ》の胸部から火花が飛び散っていた。
「まずい……!」
体勢を立て直そうと立ち上がるが、首を掴まれ、更に腹部へ蹴りを入れられた。地面を転げ回り、縁石に体を強打する。インナースーツ部分を的確に狙った一撃だ。
「えげつない、な……弱点しっかり狙いやがって…………!」
「対象の無力化を確認。早急にプラグローダーの回収を……」
その時。
静かになった街に轟くエンジン音に、ジギタリスの手が止まり、頭を押さえる。
「思考に、支障……」
「何の音だ……?」
そして、その音の発生源が戦場に躍り出た。
蹲っていた睡蓮達を飛び越し、残っていたスレイジェル全てを轢き、ジギタリスの頭部をウィリーで持ち上げた前輪で殴打した。
重低音を放つマフラー、メタリックブラックとガンメタカラーで彩られた車体。1つの前輪と2つの後輪を備えた三輪バイクだった。
「……やっぱり使わなかったのね」
ヘルメットの中から蒼葉の声が聞こえてくる。外さないのは、3人に正体を晒さない為だろう。
「あ。チップ……忘れてた……」
「馬鹿……はい、これ」
蒼葉から更にもう一枚のコネクトチップを渡される。
他のものと違い、赤と金で彩飾されたチップだ。
「……フォームチェンジ、って事か」
「正確にはバージョンアップ。……早く片付けなさい」
桜は立ち上がり、プラグローダーを開く。見るとピュアチップの隣にもう一つ接続端子が存在していた。
「……変身!」
差し込むと、プラグローダーはチップの名を読み上げた。
《Crush Warrior》
プラグローダーを閉じる。
《一撃粉砕 不撓不屈 Destroyer of Rigid Arms》
リンドウの上から、更に重鎧が被せられた。
肩から突き出た湾曲した角。全身が分厚い装甲に包まれ、頭部の兜からも更に刃の様な角がある。
「敵の、変異を確認。早急に対処する」
ジギタリスはスレイジェルを桜へけしかける。しかしスレイジェル達の剣は装甲を破る事は叶わない。
「せやぁっ!!」
桜はスレイジェルの剣を腕で止めて弾き、両腕を突き出して2体の身体を破壊した。
「力が……凄い」
プラグローダーのボタンを押すと、スラスターブレイドではなく巨大な斧が姿を現した。
「理解不能。理解、不能!!」
「だったら理解させてやる!」
斬りかかってくるジギタリスの一撃を胸部で受け止め、返す斧の一撃で吹き飛ばし、ガードレールへぶつける。
ゆっくりと、倒れた場所へ歩み寄る。
「状況、悪。一度、撤退」
羽を広げ、空へと離脱した。
「逃すか!」
桜は走って追おうとする。そこで蒼葉から声がかかった。
「これ」
「あっと、そうだった! じゃ、使わせて貰う!」
バイクに跨り、ジギタリスを追って走り出す。
「空にいるか……っ!」
桜はバイクの前輪を上げ、地面へ叩きつけてジャンプ。車体をひねり、ビルの壁へピッタリくっつける。
「壁面走行なんてやったことないけど、逃すわけには行かないんだ!」
ジギタリスを追いながら、壁面から落ちないようバイクの速度を上げていく。
ビルとビルの隙間を飛び越え、草木ヶ丘の街を疾走するバイク。しかしジギタリスとの距離は縮まらない。
「……ここだ、ここで貰ったやつを使うんだ」
コネクトチップをバイクのグリップ下部に備え付けられた端子にチップを挿入。
《Input Tip Booster》
その時、バイクのマフラーが火を吹き、一気に距離が縮まっていく。
「マフラーじゃなくてブースターだったのか……でもこれなら!」
目前まで迫ったジギタリス目掛けて斧を投擲。大きく円を描きながら翼を切断、地面に落下した。
「ひ、飛翔、能力、欠損……」
バイクから飛び降り、ジギタリスの目の前に立つ。自身の身の丈ほどもある斧を引きずり、アスファルトの地面が抉れていく。
「任務を遂行、遂行、遂行遂行遂行!!」
割れた音を響かせながら立ち上がり、ジギタリスは桜の胸を斬りつける。しかし頑強な装甲が刀身の侵入を阻み、傷一つ付かない。そして桜は拳をジギタリスの胸部へ叩きつけ、大きく吹き飛ばした。
「トドメだ!!」
プラグローダーを三回スライドし、大きく斧を振り上げた。
《Now Loading……Now Loading》
拳に収束した光が、斧の柄を伝い、刃を金色の光で包んだ。
《Update Complete Crush》
叩きつけられた斧から衝撃波が発生、ジギタリスを宙に巻き上げる。自身は斧を支点に空中で一回転し、纏ったエネルギー刃を叩きつけた。
「@#/$%°〆○→!!!」
奇怪な音声をあげ、ジギタリスは爆発四散。そして足元にコネクトチップが落下した。
「いいなぁ、これ…………」
「うぅ…………」
しばし自らの姿に感心していた桜だったが、男性の呻き声が耳に入る。見ると腹部を押さえ、道に蹲っていた。
「大丈夫ですか!?」
「いてぇ…………!!」
「今助けを呼びます、だから安静に……」
「イテェェェんだよォォォォォォ!!!」
男性は突如大声で叫び、身体に変異が訪れた。皮膚を突き破って甲殻が生え始め、身体が粘性の液体で覆われ始める。血走った瞳は紅の単色に変わる。
その様子を、ただ桜は呆然と立ち尽くして見ていた。
「な…………? 何が…………!?」
「ガァァァッッ!!」
桜に向かって吼えたてる。その姿は以前見た、ジェノサイドと酷似していた。
普段ならばすぐに武器を構えただろう。だがあの様子の一部始終を見ていた桜の手は、動かない。
「だって、あれは、人間だった……人間、なんだ…………じゃあ、あの時のジェノサイドも、人間…………」
「人間なんかじゃない」
ジェノサイドの背後から声が聞こえる。
その向こうには、1人の青年が立っていた。ボロボロのコートを身に纏い、こちらを紅の眼光が睨んでいる。
手に握られている長剣。それを見た桜はある事に気がついた。
その柄に嵌められた、プラグローダーの存在に。
「プラグ…………ローダー…………?」
青年はプラグローダーを開き、コネクトチップを挿入する。
《Scar Avenger!!》
「スカー、アヴェンジャー……!?」
プラグローダーを閉じ、携えた剣を横に持つ。そして柄と鞘を持ち、静かに呟いた。
「変身」
剣を引き抜くと、青年の姿が変化した。
所々が欠け、傷だらけの鎧とボロボロのマント。黒鉄のような光沢を放つ装甲は大きく抉れ、頭部には悪魔の翼を象ったアイレンズが金色に輝いた。
《Scars don′t disappear Grudge is eternal 復讐者よ、怒りのままに力を奮え!!!》
怒りに燃えるような変身音と共に、傷だらけの復讐者が顕現した。
続く




