第5話 新たな力の種子+Shadow of mighty power
「おっはよエリカ!」
「……あっ、おはよう」
いつもと変わらない朝が訪れた。
昨日の夜、何かがあった気がするが、上手く思い出せない。自分が何故桜のアパートにいたのかも分からない。
それを考えながら登校していると、いつもの様に睡蓮と出会う。
「……何かあった?」
「う、ううん、何にもないよ」
「またそうやって嘘吐く。私に嘘は無駄だって言ったはずだよ!」
手を腰に当て、怒っているアピールを行う睡蓮。
何故か睡蓮は、人の嘘を瞬時に見抜く特技を持っている。すっかり頭から抜けていた。
「うむむ、私の特技を忘れているということは相当衝撃的な事があったな? ほら早く話しなさい、乳揉むぞ」
「やめてよ! 話すから、後で後で!! 早く行かないと遅刻するってば!」
教室へ急ぎ、2人はギリギリの時間に到着した。だが生徒の数はまだ少ない。
「さって、エリカのヒーローに日課の体当たりを……」
「やめなさい! ……ってあれ、桜は?」
いつもと違った。
いつもならばこの時間に机でヘタれている桜の姿はなかった。それどころか机すらなく、後ろのロッカーから名札すら抜き取られていた。
「ぬおぉ!? 誰だ、桜に意地悪したやつは! 出て来いや!」
睡蓮の声にクラスの皆が驚き、口々に違うと言い出す。名乗り出る者はいないようだ。
「嘘つけ! 絶対いる、絶対……」
「お前が嘘見抜けないなら、本当にいないって事だろ」
と、横から山神が口を出す。
山神も桜ほどではないが、エリカや睡蓮とある程度見知った仲だ。
「山神君が来た時にはもうなかったの?」
「まあな。俺が教室に一番乗りだったが、もうその時には机が無かった。教師に聞いても答えちゃくれなかった。……そして何より妙なのが」
山神はとある位置を指差す。そこは昨日までいたはずの転校生の席が消えていたのだ。
「たった1日登校してもう辞めちゃったの?」
「幾ら何でも不自然すぎる。桜とあの転校生、何かあったに違いないが……」
「ま、まさか……」
わなつき始める睡蓮。そして大きな声で衝撃の一言を放った。
「まさか、駆け落ちした!? たった1日で恋に落ちて、そのまま……!?」
「それは絶対ない」
山神は首を横に振る。
「いやでも、なきにしもあらずじゃん?」
「ない。エリカ、何か言ってやれ」
「あっ、あっ、あ……」
「真に受けるな!!」
ピクピクと震えながら口を開閉し始めるエリカに山神は声を上げてしまうのだった。
一方研究所では、1本の柱型培養器の中でとある実験が行われていた。透明な液体の中、白いコネクトチップがケーブルに繋がれている。そこへとある物体が投入される。
昨日、桜が討伐したライノジェノサイドから落ちた黒い球体。それがチップの上部で砕かれ、黒くドロリとした液体がチューブを通り、コネクトチップへと注がれていく。
「……あとはしばらく静置ね」
「これは何なの?」
「リンドウの強化プログラムを内蔵したコネクトチップ。通常よりも馬力や防御力に優れた形態」
「フォームチェンジ!? フォームチェンジ来るんだ!!」
ワクワクとした様子で培養器に顔を近づける桜。そんな彼を最早意に介さず、蒼葉は別の培養器へと歩み寄る。
その中には既に、灰色のチップが出来上がっていた。培養器のボタンを押し、中を取り出す。
「完成……あとはあれが出来れば……」
「? それは?」
「まだ見せられない。……貴方、バイク免許持ってる?」
桜はノアカンパニーが所有する地下サーキットへと来ていた。
蒼葉からの質問にこう答えたためだ。
「免許は持ってるけど、ペーパーだよ」
「……にしても、地下にこんなサーキットが……」
エレベーターを見た時に気が付いたのだが、地下施設が10階まであったのだ。一体このビルの造りはどうなっているのだろうか。
と、轟轟とエンジンを吹かす音が鳴り響いた。蒼葉の話では、今日は誰もいないから好きに使えと聞かされていたのだが、どうやら先客がいたらしい。
波の様にうねったコースを猛スピードで駆け抜け、蛇行したオフロードを華麗に走り抜ける。そして甲高い音を上げながらドリフトし、桜の目の前で停車した。
「あら、桜君。ここに何か用事?」
ヘルメットを脱ぐと、白い髪が解き放たれる。赤い瞳が桜を見つめる。
「え、あぁ、蒼……いや、紅葉さん」
「ふふ、間違いそうになるのは仕方ないけど……何で私はさん付け?」
「社長さんですし……もっと敬った言い方の方が良かったですか?」
「そうじゃなくて」
更に距離を詰める紅葉。何とか目を反らそうとするが、ライダースーツによって浮かび上がった体の曲線美に目が釘付けになって離れない。
「私だけ呼び捨てなのは疎外感を感じるの。確かに身近にいるのは蒼葉だけど、私だって貴方をバックアップしてる。だから親しみを込めて呼んで欲しい」
「う~ん……か、考えておきます……っ」
会話に全く集中出来ていないが、何とか生返事を返す。だがあまりにも露骨に動揺していたせいか、紅葉お口元が小さく笑った。
「あぁ……ふふふ。男の子なんだねぇ、正義のヒーローさん?」
「あっはは、いやぁ……すいません」
すぐに白状し陳謝する桜を見て、紅葉は悪戯な笑みを返す。
「ここに来たってことは、蒼葉のあれが完成したのね。なら私も仕事に戻ります。それでは、ごきげんよう」
長い髪をかき上げながら、紅葉はサーキットを去って行った。
その時、桜は紅葉の首に輝くネックレスが見えた。何故かは分からないが、吸い寄せられるような感覚に包まれる。
「……まさか俺、首フェチになったんじゃ」
新たな道を開拓してしまったのだろうか。桜は自分に嫌気がさし始めてくるのを忘れる為、さっさとバイクの練習を始めるのだった。
「あのマシンの進捗は?」
「はい、後は最終点検を終えればロールアウトでございます、紅葉お嬢様」
自らの仕事場に向かいながら、紅葉は身に纏ったライダースーツを脱いでいく。脱ぎ捨てられたスーツをメイド達が拾い上げ、同時に紅葉の体をタオルで拭く。
「そう、良かった。彼に相応しい性能、塗装、見た目に仕上がっているでしょうね?」
「はい、彼のプロフィールを基に作成いたしました。間違いはない筈です」
新しい下着を着せ、ワイシャツとスーツを着せられる。幼い頃からされていて最早慣れ切っていた。
「ふふ、ならいいの。ヒーローにはヒーローらしい鉄の馬が必要なんだから」
日が沈み始める。
ビルが立ち並ぶ草木ヶ丘市の市街地は未だに多くの人々が行き交っている。
雑居ビルの1つの屋上に、2つの影があった。
1人は背の高い、白装束に身を包んだ男性。眼鏡をかけており、白く長い髪と黄色の瞳は作り物めいた雰囲気を醸し出している。
一方もう1人は明らかに人間ではない。胸に小さな天使の紋章が刻まれている鎧に身を包み、頭部は巨大な目玉の様な模様が浮かぶ兜を被っている。その背には小さな羽根を背負い、手にした剣は雪の様に白い。
「いつ見ても、人間は騒々しい生き物だ。静かに本を読む幸せを忘れている。見てみろ。四角い箱を片手に俯き、騒音を鳴らす乗り物を乗り回す。……やはり私達が導く必要がある。愚かな人類を」
「……プログラムの入力を求めます」
「ふん、人形如きには解せないか。まぁ良い、言うべきことは変わらない」
男性は指を3つ立て、目の前の騎士に指令を下した。
「ジェノサイドになる因子を持つ人間を探せ。見つけたら狩れ。そして、プラグローダーを見つけたら奪え。分かったら行くが良い、No.08」
「御意」
No.08は剣を高々と掲げる。するとスレイジェルが数体形成された。
小さな翼を広げ、天使達は人間界へと降りる。
「さて、私は読書の続きでもしよう。……人間が書いた割に、中々良い出来だな」
男性が読んでいたのは、旧約聖書だった。
続く




