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悪役王子と毒林檎

作者:
掲載日:2017/02/03

腹黒い。

改めて友人に言われて、そう?と笑って見せた。

まぁ、小さい時から損得を計算する子供であったのは間違いではない。

今だって空気を読んでどうやって自分の望む方向に事を動かすかを常に

考えているから、確かにそうなのだろう。


「腹黒い、ねぇ。

俺のことをそう評価する人間は少ないと思うけど?」


普段は、特大の猫を被っているから周りの俺に対する好感度は

客観的に見ても高い方だと思う。

物腰が柔らかく穏やか。

そんな感じだろう。

そう思いながら隣を歩く友人に顔を向ければ、向こうもこちらを見ていた。

目が合うと、気負いなくにっと笑みを浮かべられる。


「それだけ、お前と友人歴が長いってことだ」


躊躇の欠片もないストレートな言葉に、本当にこいつはやりにくいなぁ、と苦笑する。

俺にそんなことを思わせるこの友人は本当に最強だ。


「――ほんと、俺にそんなこと言えるのはエドぐらいだよ」


まぁ、だからこそエドを俺の従者に選んだんだけどね。

それは口には出すことはない、俺の本音。

言えば、この友人が調子に乗るのは目に見えているし、

そうでなくとも立場的にはっきりと言い切ってしまうのは不味い。

感情一つでこちら側に何の得もない敵を作るほど、俺もエドも暇ではないのだ。


「それはそれは、光栄だな」


俺の含みをどういう風に受け取ったのかは知らないが、エドが嬉しそうに破顔する。

そして、急に真剣な表情になった。

濡れ羽色の黒い目に気を引き締められるようなそんな気さえする。


「で、そんな、長年の友人からの質問だが。

ほんっとうにそんなことするのか?

いや、まぁ、そりゃあ一年かけて色々と準備はしてきたが……」

「やるよ。

……今の兄の暴走はそのうち目に見える形で、王家の不信をもたらす」


低く言葉を発す。

どうせ、誰かがやらなければならないことだった。

そして、それが俺に回ってきたというだけ。

現王は非常に聡いお方だ、そんな方が俺に兄の不始末を解決するように命じた。

本来なら喜ばしいことなのだ、王の命令を受けられるなど。

――それが、実の兄を断罪するという形に最終なったとしても。


「エド。

エドワード・グレイアス。

俺は主として、また、友人として君にもう一度請おう。

俺と彼女――毒林檎の始末をつけてくれるかい?」


立ち止まってエドの方に手を差し出す。


「お前はまぁ、よく恥ずかしげもなく。

いいよなぁ、そういう台詞を言っても似合う奴は」


呆れたようにエドが肩を竦め、すっと、流れる様な優雅な動作で俺の前に跪く。


「エドワード・グレイアスの名にかけて、

我が主であり友である、貴方のために尽くすことを誓いましょう。

マティアス・フォン・クロイツ殿下」


澱みなく言い切ると、エドは俺の手を自分の額に押し当てた。

大層大袈裟な形の言葉の返し。


「ありがとう、エド」


顔を上げるのに合わせて微笑めば、盛大なため息が返された。

仮にも主でもある俺に向かってそれは失礼じゃないのかな?


「よく言う。

ああいう言い方をされたら俺が断れないことを分かってただろ」


肩を竦めて、さぁ、とわざとらしく。

冷めた視線は無視した。

何せ、この友人の協力が必要だったのは事実なのだ。


「まぁね。

是非とも俺の計画の歯車の一つになって動いてよ」


錆びつかないように。


「では、きちんと俺に的確な指示を」


手入れを怠るな。

互いに互いの意見を掬い取って会話を成立させる。

さぁ、これから忙しくなる。

ここから先は俺もエドも同じ茶番劇を円滑に回すためだけの歯車だ。

違うのは、役割が大きいか小さいかだけ。

どれが欠けても動かなくなる。

――勿論、代用品はいくらでもあるけどね。



その日、学院内の力関係を揺るがす事件が起きた。

マティアスの右腕とまで称される、エドワード・グレイアスが脱落したのだ。


「もう、君はいらないよ。

私の前から消えてくれるかな」

「……マティアス、お前、何言ってんだ?」

「エドワード・グレイアス。

誰に向かってお前、なんて言っているの?」


原因は誰にもわからない。

けれど、普段から笑顔を絶やさず、声を荒げる姿さえも見たことも無いあのマティアスが怒っている。

周りはとばっちりを受けないようにと、見て見ぬふりをした。

噂は憶測を交えて、どんどん尾鰭を付けていく。

――彼は1人の少女に惚れ込み、マティアス殿下を裏切ったのだと。

そしてその日が終わる頃には、皆、それが事実だと信じ込んでいた。

後日、エドワードがマティアスの兄、アルフレッドのグループに属している姿が見られ、

互いに干渉せず、を根本に置いてぎりぎりに保たれていた均衡が――崩れた。

――茶番劇が開催されるまであと、三か月。




「マティアス、貴様には失望した。

実の弟だからと、目にかけていればそれを仇で返すとは。

この恥さらしが」


卒業生のためにと開かれた会場には貴族が数多く訪れている。

ふむ、と俺はその中の何人かに目を付けておく。

後々、世話になるであるだろう人たちだ。

卒業生のためとは銘打っているが事実、この場は社交界の場と何ら変わりはない。

おどろおどろしい陰謀が渦巻く、魔窟、そして主役の魔王は今日に限り俺になるだろう。


「いや、それとも案外勇者だったりしてね」


ぼそりと小さく呟いて、性に合わないなと却下する。

――もし、この茶番劇に名前を付けるならなんとつけようか。

強いて挙げるとするならば断罪の場、あぁ、それがふさわしい。

俺が平然としていることが気に食わないのだろう。

俺とは違い、王譲りの精悍な兄の顔がみるみると歪む。

身内の――しかも一番血の近いともいえる人間のこういう顔をみるのはあまり好ましいものではない。


「兄上、貴方が私に目をかけてくださっていたとは光栄です」


笑んで、腰を折り頭を下げる。

優雅に見えるように、ゆっくりと正しく。

余裕を感じさせるような動作で、相手を威嚇するように。

兄の機嫌が最大に悪くなったのを空気で感じながらそれとなく兄の周りを確認する。

騎士団団長の子息、宰相の子息、王宮魔法使い――エド。

エドは疚しいことなど何もない、というように平然と俺と兄の方を見ている。

それとは対照的にあとの二人から感じるのは純粋な敵意。

それらが一人の少女を守るように囲んでいる。


「食えない奴が。

まぁ、いい。

――マティアス、貴様エルミアに言いたいことはないか?」


エルミア?

――あぁ、あのヒロインちゃんか。

名前はどうでもよかったので正直記憶の片隅に押しやっていた。


「エルミア……あぁ、光の魔法が使えるとかで、私も名前だけは耳に挟んだことがあります」


それとなく、そんな少女は知らない、と告げる。

実際、話をしたこともないのだから嘘は言っていない。

エルミア・ノルド。

平民という身分でありながらその類稀な魔力を持って、学院に入学した少女。

淡い色合いの赤髪に緑の目の、儚い印象を受ける可愛らしい外見とは裏腹な

周りを堕落させ腐らせていく毒林檎。

――このゲームのヒロインちゃんだ。


「……この期に及んでまだ言い逃れようとするのか。

お前は俺に何度失望させる?

潔くエルミアに謝罪を述べろ」


俺がお前に期待されたことなんて一度もないだろう?


「潔くも何も。

私には話が見えません、兄上。

何故、私がエルミア嬢に謝罪を?

……周りも混乱しているようですし、説明を願えますか?」


一応、この場にいるのは貴族――その中でも上流階級の者ばかりだ。

皆、音をたてないように遠巻きにこちらを覗い続けている。

王位継承権第一位が第二位の俺を断罪しているこの状況。

下手をしなくとも、王家の信頼を根本から揺るがす出来事になる可能性は充分にあり、

事の終わり次第ではどちらの陣営に着くか重要な判断材料となる。

貴族は醜聞が大好物だ。

人の不幸は蜜の味。

それが当然で、当たり前、人生を楽しく幸せに生きたければ周りを蹴落とせ。

――錆が酷くなる前に。


「マティアス様ともあろう御方が。

これ以上、言い繕うのは止めにしていただきたい」

「恥の上塗り、情けないかと」


俺の態度をどうとったのか、騎士団団長子息と宰相子息が怒りを露わにする。

よかったね、ここが身分を問わない学院内で。

外でその発言をしていたら間違いなく君らの今後はないよ?

口には出さずに呟く。

その無言を俺が怯んだと思ったのだろう。


「肯定、と受け取ってよいのだろうか?

マティアス様のせいでどれほどエルミアが苦しい思いをしたことか」

「最低、ですよ。

人間としても男としても。

女性に対する行いではない」


俺は困ったように柔らかく微笑んで見せる。


「あのね、私は説明を求めたんだ。

――エルミア嬢。

申し訳ないんだが、貴女に対して私は何かしてしまったのでしょうか?」


柔らかく優しく、常に被っている特大の猫を総動員して穏やかに尋ねれば、

ほぅ、と観衆からうっとりとしたような溜め息が聞こえた。

自分が使えるものは最大限に使う……それは例えば俺の容姿。

蜂蜜色の金髪に青色の目。

兄とは違う母親譲りの甘ったるい顔。

ヒロインちゃんがぼわりと顔を真っ赤にさせた。


「あの、そ、その……」


潤んだ目であわあわと助けを求める様に兄を見、俺を見る。

すっと、俺からヒロインちゃんを隠すようにエドが前に出た。


「この件を本人に言わせる、というのは酷でしょう。

彼女は今とても勇気を振り絞ってこの場に立っているはずですから」


淡々とした感情の抜け落ちた声は、逆に周りの心を静める。

久し振りにエドの声を聞いたと思いつつ、では、と言い切る。


「エドワード・グレイアス。

君が教えてくれるかい?」

「アルフレッド様が許すのなら」


俺たちの会話に周りの空気が微かに戸惑った。

まだ、エドが兄のアルフレッド側についたということを知らない貴族もいたのだろう。

エドの視線を受け、兄が寛容に頷いて見せる。

そして俺を見て誇った様に笑んだ。


「では――」


エドの話は簡潔で分かり易かった。

先ほどまでの、話の趣旨が見えないまま進んでいた会話が馬鹿らしくなってくるほどに。

そして、観衆の視線が好奇心に満ちたものに変わっていき、最終俺は茶番劇の舞台上に引きずり出された。


要点を上げれば三つ。

本題は俺がヒロインちゃんを虐めた、になる。

1、ヒロインちゃんが兄に近づくのが気に食わず、平民出身だからと侮辱をした。

2、ヒロインちゃんの私物をほかの女生徒に盗ませた。

3、魔法の授業時に未遂だったものの暴発事件を起こそうとした。

笑いを噛み堪えるのに結構努力をした。

いや、すごいよ?

俺が表情のことで頑張るなんて物凄く珍しいから。

――設定とはいえ何が悲しくて兄のことで、俺がヒロインちゃんに対して嫉妬をしなければならないんだか。

あぁ、そう言えばゲームの俺はかなり兄を尊敬していたっけ。

冗談じゃない。


「ちなみに、証拠は?」

「彼女の証言によるところが大きいですが、幾人かの証人もいます」


エドがあと、と酷く冷めた声と表情で俺を見た。


「いくらこの場が身分を問わずの学院内だとしても、

出自の低い者が王族を訴えるのにはかなりの勇気が必要でしょう。

下手をすれば、事実であっても揉み消され、正義は力のある方に傾く。

彼女や証人たちの言葉にはそれなりの覚悟があると考えていただきたく」

「そうだね――では、ここにいる貴族を含む学院全生徒が証人だ。

私は、マティアス・フォン・クロイツの名に懸けて嘘偽りは述べないようにしよう」


そう言って兄とヒロインちゃん、残りの二人を見る。

兄は少し顔を顰めていたが、二人にはよい文句に聞こえたのだろう。

エドを褒め、「これでマティアス様が言い逃れることは出来ない」とかなんとか、

ヒロインちゃんを励ましている。


「あれ、どうしたのかな?

エルミア嬢、少し顔色が悪くありませんか?」


労わるように心配げな顔を作りヒロインちゃんを見る。

――どうしたの?

君が知っているような話じゃなくなってきて困っているの?

誰にもばれないように薄く笑う。

俺はこれまでのヒロインちゃんを観察していて、彼女がかなり狡猾にうまく話を

進めてきたことを知っている。

そうでもなければ、攻略対象者全員の好感度を最大に。

隠しキャラである俺を引っ張り出せるものか。


「――エルミア?」


兄たちが心配そうにヒロインちゃんを見るのを横目で眺めていれば、

エドが一人観衆の中へ紛れ込んでいくのに気づく。

程なくして数名の少女たちを連れて戻ってきた。

きっとあれが、話にも出ていた証人なのだろう。

違和感がない程度にさっと視線を彼女らに走らせる。

どれも無名の下級貴族に近い。


「アルフレッド様、証人の者たちを連れて参りました。

――彼女は心配なのですよ。

証言を聞き、周りに非がどちらにあるか正しい判断をしていただければ憂いは晴れるでしょう」


すらすらと息をするように、エドがヒロインちゃんのことをさも心配しているような言葉を吐いていく。

あぁ、やっぱりエドは敵に回したくないなぁと改めて認識した。


「そう、だな。

では、相手が王族とはいえ気にするな。

お前たちは見聞きしたままを話せ」



一人の大人しそうな少女が前に出る。

内容は、俺に脅されてヒロインちゃんを貶める様な噂を流させられたというもの。


「わ、私、相手が王族だから逆らえなくて。

――マティアス様は皆が思っているような優しい方じゃありません」


最後の一言に周りから含んだような視線が飛ばされる。

……残念ながら、その少女が言っていることの方が俺の本質的には正しいんだけどね。

俺は苦笑いを浮かべながら、次の少女の言を聞く。


「私はマティアス様にエルミアの私物を盗ってくるように言われました。

悪い、とは思ったのですが、私も逆らえず。

……盗ったものは、指示で捨てろとあったので焼却炉の中です」


頷きながら、俺は既に回収済みである盗難品――林檎をモチーフにしたルビーのネックレスを思い出す。

あれは、留学中である東洋の王子……がヒロインちゃんに贈ったものだ。

最後の一人は、俺がヒロインちゃんの授業時に学院内で魔法の使用をしているところを見かけた、

という内容のものだった。

そして、その直後ヒロインちゃんの魔法が暴走し、すんでのところで兄が止めに入ったらしい。

――これら全てが事実だったと仮定して、一番重いのはやはり魔法の暴発未遂事件だろう。

下手をすればヒロインちゃんは死んでいただろうし、周りにも危害が及んでいた可能性がある。

けれど。


「そのどれも私には覚えのないものばかりですね」

「マティアス!」

「最低ですな」

「見損ないます」


怒りと見下し。

それらがない交ぜになって俺に向けられる。

観衆はどちら付かずの空気を漂わせながらも、少しずつ別れ始める。

男はどちらかと言うと、ヒロインちゃんよりへ。

女は俺の今までの言動と――多分、普段のヒロインちゃんをよく知る者もいるのだろう俺側へ。

明確な区切りはないものの揺らぎは少しずつ形を作っていく。


「私、本当に、マティアス様に嫌がらせを受けて。

でも、他の子たちと一緒で相手は王族だから言い出せなくて……。

今回も、アルが私に力を貸してくれたからで。

――皆ありがとう、私のために勇気を出して証言をしてくれて」


胸の前で手を組み、さながら聖女様のごとく淡い笑みを浮かべて魅せる。

最後の区切りはヒロインちゃんによってはっきりとつけられた。

――これは俺に旗色が悪いなぁ。


「――マティアス、もう一度問う。

貴様エルミアに言いたいことはないか?」


厳かに、威厳を込めて。

ゆっくりと俺に断罪の刃が迫る。

まぁ、それは所詮作られた偽物だが。


「では、私は無実を主張しましょう」


笑みを消し、周りが何か言う前に俺は手を垂直に薙ぎ払った。

学院講師陣の中の数名が頭を抱えるしぐさを見せるが承諾は取ってある。

それに、後でもう一度今よりさらに高性能の監視魔法をエドが

かけなおすと契約しているので問題は一応ない。

――王族を見張る王族、王の目であり観察者。

俺はすべての監視魔法に関しては、検閲の権限が許されている。


「さて、これには一切の編集がききませんので。

――何が見えるか楽しみですね?」


空気が色づき、精緻な模様で描かれた幾つもの魔法陣が空中に描き出される。

それらは学院内に張り巡らされていた監視魔法陣。

その模様は徐々に薄れていき、代わりにそれらは一人の少女を映し出した。



ほとんど俺が知っている内容が流れるばかりだったが、

幾つか調べの及んでいない出来事もあり、なかなかに興味深い映像だった。

――へぇ、まさか林檎の飾り……ルビーの部分に監視魔法をかけていたのに気づいてたなんてね。

だから俺に盗られたことにして捨てる物にそれを選んだのか。

思ったよりもヒロインちゃんは優秀だったようだ。

まぁ、仕掛けたのが俺だとまでは考えが及ばなかったようだが。

東洋の王子がした、ストーカー行為だとでも解釈したのだろう。

確かに盗まれたことにして捨てれば、相手に対しても角は立ちにくい。

俺としてはこのまま見続けたかったのだが、ついにヒロインちゃん陣営の面々が切れた。


「マティアス、ふざけるのも大概にしろッ!!

こんなものを使ってまでエルミアを貶める気か!?

これが魔法ならどうとでもお前の好きなように出来るだろう!」


こんなもの、とは、簡潔に言えば、ヒロインちゃんが自分で色々と

虐められた風な工作をしている映像を指すのだが。

俺がしたとされることは全てヒロインちゃんの自作自演、

勇気を出して証言したとされた少女たちは脅され、金で動かされていた。

彼女らの処遇についても考えないとね。

ちらりと視線だけを飛ばして覗えば、今にも卒倒しそうなぐらい青を通り越して白い顔をしている。


「最初に言いましたよ、兄上。

これには一切の編集がきかない、と。

そうですよね、先生方?」


俺が観衆の中に声をかけると、先程頭を抱えていた講師陣が鷹揚に頷いて見せた。

その中の比較的まだ若い講師が進み出てくる。


「マティアス様のおっしゃる通りです、アルフレッド様。

これには一切の魔法がききません。

たとえ、王宮魔法使いであるエドワード君でも不可能です」


兄がばっとエドを見ると、エドは肩を竦め頷いてみせる。


「嘘よ」


静まり返った会場でその小さな声は嫌に耳に響いた。


「ねぇ、マティアス様。

貴方ならこの監視の魔法に偽りの映像を混ぜることは可能なのではないですか?」


こてんと、可愛らしく首を傾けながらヒロインちゃんが俺を見た。

毒々しいほどに真っ赤に濡れた唇が緩やかに周りに毒を浸透させていく。

ヒロインちゃんが――俺と同じ転生者であるならば。

もしもマティアス・フォン・クロイツを攻略していたのだとしたら。

当然、観察者である俺の役目は知っているわけで。

でもね?

君はそれで俺の優位に立ったつもりなのかもしれないけど。


「何故?」


肯定も否定も返さず、俺は平然と聞き返す。

俺を動揺させようとでもしたのかもしれないけれど。


「そのようなことをおこなって、私に一体何の益が?

――エミリア嬢、どこまで貴女が私のことを知っているのか存じませんが

そう考えた理由を貴女はこの場で述べられますか?」


ねぇ、ヒロインちゃん。

君はそれをこの場で話すことは出来ないよね。

だって、俺のこの役目は兄ですら知らないことなのだから。

それとも君は――自分のことを言わずに上手く俺のことだけバラせるのかな?


「っ」


ヒロインちゃんが押し黙ったのを確認して、さぁと俺は周りを見回す。


「で?

いかがいたしましょうか。

アルフレッド兄上、貴方は私と彼女のどちらを信じますか?」


エミリア嬢が兄の体に腕を回す。

そして、いやいや、とぼろぼろと大粒の涙を流し始めた。

なんてわざとらしい。

視界の隅で噛み殺しきれなかったのであろう、エドの顔が歪んでいるのが映る。


「俺、は……」

「アルフレッド様!?」

「耳を貸す必要なんて、ない」


二人が戸惑うように兄に声をかける。

どうにも煮え切らないなぁ。


「アル、ねぇ、お願い。

私を信じて?」


毒林檎が甘く甘く囁く。

毒を体中に流し込んで何も見えなくする。


「私には貴方しかいないの、アルフレッド――」

「では、エルミア嬢、貴女に彼は要りませんよね?」


かつん、と大理石の床にブーツの音がわざとらしく鳴らされる。

その場所はヒロインちゃんたちのすぐ側であり――先ほどまでエドがいた位置だ。

エドの黒髪黒目とは対照的な色素の薄い、けぶった様な青灰色の目がヒロインちゃんを見る。


「レイっ!?

何でここに……?」


監視魔法にたびたび映っていた人物――先ほどまで確かにこの場にいなかったはずの

東洋の王子サマがそこには立っていた。



「ほかの男に抱き着くなんて悲しいんだけど?

俺のことが好きだと言ってくれたのに。

それは嘘だったのか?」


薄っすらと笑みを浮かべながら、レイと呼ばれた人物がヒロインちゃんに近づく。

ヒロインちゃんの目が泳ぎ、最終俺に流れ着く。

戸惑いと驚きとわずかな怯えを滲ませた目はとても素敵だと思う。

これが毒林檎でなければもっとよかったのにね。


「――……勘違いをさせてごめんなさい、レイ。

貴方のことは友達として、好きっていう意味だったの」


茶番劇も終盤、舞台上にまた新たな人物が配置される。

この歯車は使い勝手がいいから、とてもいい。


「それより、レイ、貴方も私が虐められていたところを見たことがあるでしょう?

お願い、私のために証言してほしいの!」


お願い、とぎゅっと目をつぶるヒロインちゃんの肩を兄が抱きしめる。

あとの二人もじろりと突然現れた乱入者を睨み付けた。

東洋の王子サマの登場に兄の目が不信感に微かに揺らぐ。

――そうなるよう作ったキャラクターだ。


「証言……なぁ?」


含んだような言い方をして、王子サマが俺をちらりと見る。

俺は薄く笑って、首を振って見せた。

縦に。


「いいよ、もう充分だからね――エド」


観衆も含め辺りが静まり返った。


「御意」


王子サマが俺に向かって優雅に主従の礼をとる。

そして素早い動作で立ち上がり、宙に魔法陣を描いた。

エドを中心として魔法陣が床に幾つも幾つも浮かび上がる。


「っ、これって……」

「ねぇ、エルミア嬢。

君ってオトモダチとこういうことをするんだね?」


キス、で済めばまだ可愛らしい行為の数々を俺は冷めた目で眺める。

両手では足りない数の魔法円の中でヒロインちゃんといるのは、兄たちが知らないだろう男たち。

兄やその他二人の顔がどんどん青褪めていく。

ヒロインちゃんが嫌と呟いて、いつの間にか離れていた兄の手を取る。

瞬間、パシッと決して軽くはない音が響きヒロインちゃんの手が振り落とされた。

兄自身も無意識だったのだろう、呆然と表情の抜け落ちた顔で己の手とヒロインちゃんの顔を見比べる。


「あぁ、安心してね。

見えているのは君たちだけだから。

流石に、観衆にまでこれを見せたら王族の品位まで疑われかねない」


せっかくの説明はどうやらヒロインちゃんには届かなかったらしい。


「ち、違う、違う違う!!

嘘、だって、こんなのゲームの中にはなかった!

私はヒロインなんだから!

みんなに愛されるのは当然でしょう!?」


――駄目だよ、ヒロインちゃん。

それを言っちゃあね。


「ねぇ、アル。

貴方は私を守ってくれるんでしょう?

愛してくれるって!

ロキもユングも!!

エドもレイだって、みんな私のことを大切にしてくれるって!!」


最早、ヒロインちゃんも何を言っているのか理解していないのかもしれない。

エドはレイで、彼は俺の従者だというのに。

まぁ、ゲームに出てくる本物の東洋の王子には年をずらして入学してもらうことにしているのだが。

騎士団団長子息と宰相子息は名前を呼ばれて我に返ったのだろう。

釘付けになっていた映像から、ようやく目を離し互いの顔を見合っている。


「アスだって!!

ゲームでは私のことを愛してくれたじゃない。

私なら、貴方の苦しみを理解してあげる。

救ってあげられるのに!!」


矛先が俺に向く。

キャンキャンと泣き叫ばれて、いつもなら無視できるはずのその声が酷く不快に感じた。

俺の纏う空気の質が一変したのを感じたのだろう、エドが俺の正面に駆け寄って来る。

――なぁ、毒林檎。

俺の何がお前に分かるって?

マティアス、と名を呼ぶエドを無視して、毒林檎の側に寄ろうとした瞬間。

くつくつと楽し気にエドが笑いだした。


「――聞いたか、マティアス。

理解してあげる、だとよ。

そのうえ救ってあげるときた。

どこまで上から目線なんだって話だよなぁ?

――それとも、アンタは聖女様か何かなのか?」


毒気を抜かれて、俺はエドをぼんやりと振り返る。


「なによ!!

エドだって、私が救ってあげたじゃない!

酷い幼少期を送っていた貴方はずっと人を憎んでいたでしょう!?

私が自分で自分を傷つけないでって言った時、エド泣いていたじゃない!!」

「悪いなぁ。

もう、俺は救われてんの。

あれはそうだなぁ、笑うのを我慢するのに必死で……まぁ、演技、演技」


べしべしとエドが俺の肩を叩く。

はぁぁぁあっと俺は盛大なため息をついて、エドの微妙に届かない頭を下げさせて撫でる。

俺は犬か何かかっ!?と叫ぶのは無視をして、胸中だけで礼を述べる。

――あぁ、俺らしくない。


「――ゲーム、とかヒロイン、だとか。

私にはエルミア嬢が言っていることがよくわからない。

あと、私は君に愛称で呼ぶことを許した覚えはありませんので」


流石に不敬ですよ、と俺は肩を竦めて見せる。

わなわなと震えるヒロインちゃんの顔は熟れた林檎のように赤い。

羞恥と――大部分を占めているのは怒りだろうが。


「私を救う?

エドの言葉を借りるわけではありませんが、思い上がりも甚だしいですよ。

私もね、それはもう間に合っているんです。

――この世界で俺を救ったのは君じゃない」


はっきりと言い切る。

さぁ、長々と続いた茶番劇、ヒロインちゃん、という名の毒をまぶした魔法を解こうか。

いつの間にか元の黒髪黒目に戻ったエドが、一枚の紙を頭上に掲げた。


「王宮魔法使いエドワード・グレイアスの名において、エルミア・ノルドを

違法魔法の無断使用で拘束致します。

なお、アルフレッド・フォン・クロイツ殿下、ロキ・エンド、ユング・ゼオライト。

この三名にも長期間にかけて魔法にかかっていたという形跡がありますので、ご同行をお願い致します」


先ほどまでの明るい雰囲気を掻き消し、よく通る声でエドが文面を読み上げる。

観衆が騒めき、兄がなッ、と目を見開く。


「ちなみに、使用されていた魔法は魅了の魔法です。

これは、使われ続けていると後に後遺症が残る場合が多い。

学院内でも後日、複数名に呼び出しを行います」


騒めきの質が変化する。

青褪めるもの、顔を反らすもの、皆後ろ暗いことをしていた自覚は多少あるらしい。

まぁ、今更気づいても遅いのだけれど。

自業自得、というには魔法のこともあり一概には言い切れないため、

療養後にどう周りの信頼を復活させるかは本人の頑張り次第だ。

俺は会場内の比較的、壇上近くにいる騎士団団長と宰相に目をやる。

団長の側にはまだ若い青年が立っており、痛ましそうな顔をこちらに向けていた。

――確か、彼は副団長だったか。

若いが優秀だと聞くし、団長の後釜には彼が座ることになるだろう。

宰相には、後ろに控えるようにして幼い少年が立っている。

その顔には酷く複雑そうな様子が見て取れる。

感情が表情にでやすいようだが、歳を重ねるうちにそれも徐々に自分で制御していくだろう。

年の離れた弟だと聞く彼も、成績は同年代の中ではるかに優秀だ。


――結局、誰にでも変わりはいるのだ。

彼らが、俺が、エドがいなくなったところで誰も何も困らない。

失った場所にはまた違う誰かが平然と置かれ、そして何事もなかったかのように順応し回っていく。



騎士たちに引き連れられていく、ヒロインちゃんが

俺の横を通り過ぎていく。


「――残念、ゲームオーバーだね、ヒロインちゃん」


囁いた俺の言葉にヒロインちゃんがばっと、振り向いた。


「あ、アンタ、アンタも転生者だったのね!?

ふざけんなっ、私がヒロインだったのに!!」


喚き散らすヒロインちゃんに背を向けたまま、俺は笑顔でそれを聞き流す。

エドが冷めた声で、さっさと連れて行けと騎士に命令し、その声はすぐに聞こえなくなった。


「可哀想な毒林檎」


生きたいのなら、上手く演じないと。

だって、これはゲームじゃなくて、現実で。

リセットなんて便利なものはどこにもないのだから。



あの茶番劇は公にならずに静かに幕を下ろした。

俺が序盤で目を付けていた貴族たちにそれとなく取引を持ち掛けたから、というのも大きい。


「今回の件を広めた場合、ご子息も関係を持っていたことがバレますね」と。


エドが呆れた顔でそれは取引じゃない、脅しだろと言っていたがいやいや俺はそんな酷いことはしないよ?

彼らにはきちんと甘い汁も吸わせてあげるのだから。

飴と鞭の使い分けが恐ろしく上手い?

――そろそろエドは黙ろうか?


俺はその後の顛末が書かれた報告書を読みながら、エドの入れた紅茶に手を付けた。

エルミア・ノルド――ヒロインちゃんは、最終的に王の手駒の一つになったらしい。

――そうなるように俺が手をまわしたのだけれどね。

しっかりと洗脳を施した後で、敵国に単身潜る間諜にする。

あれほどの強力な魅了の魔法が使えるのなら殺すより、生かしておく方が遥かに利になる。

その辺の機微を王は読み間違える人ではないので、安心だろう。

証言をした少女たちは学院を自主退学させる、という形で落ち着いた。

どうせ、残ったところで居づらかったであろうし、別の学院に入学できるようにはしてある。

騎士団団長子息と宰相の子息は、魔法にかかっていたという点で多少の恩赦はあり

罰は家督を継げる日は一生来ない、と言うことぐらいだろうか。

兄は魔法の効果が完全に切れたところで、隣国の姫と正式な婚約を結ぶことになったらしい。

結局は、兄も王から見れば国と国を結びつける道具でしかないわけだ。

俺は、読み終えたそれらの角を揃え机の上に置く。


冠を抱いて俺は次代の王を継ぐ。

次の王の目は俺の従兄弟か誰かだろう。

そして俺の隣には変わらずエドが控えている。

俺の一番使える歯車。


「ねぇ、ヒロインちゃん。

この世界をゲームだと思っていた君は誰にも必要とされていなかったね」


低く低く呟き俺は微かに嗤った。

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