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日差しが強いからか、水面がキラキラ、というよりもギラギラ輝いているように見える。
パーカーを座布団として敷いていたが、長い時間座っていてさすがにお尻が痛くなってきた美弥子は少し風にあたろうと両親に一言言ってから船外へ出た。
現在美弥子たちは海上バスに乗って目的地の“杜祁島”へ向かっていた。
この海上バスとは超小型フェリーのような船が近隣の港から港、島から島へ道路を走るバスのように行き来するものだ。
離島に住む人間にとってこの海上バスは生活に欠かせないものとなっており、特に島外へ通勤・通学する島民は毎日のように使っている。
もちろん本数は都心の電車やバスよりもぐっと減るが、万が一このバスに乗り遅れてしまった場合でも電話1本で来てくれる海上タクシーというものもあるので、意外にも島民は遅くまで島外に出かけていてもさほど問題はなかったりする。
船外に出た美弥子は潮風を全身に受けながらぐぅっと両手を上げ、大きく背伸びをした。
観光などに使われるような船ではなく、あくまでもバス利用の船なので船外通路は狭いが、既に大きな港は通過したからか船にはほとんど人がおらず、美弥子は思う存分伸びをしたり屈伸をしたりとじっとして鈍っていた体を動かせた。
確かあと3港で杜祁島に着くはず、と船内をちろりと見る。
乗船した時にも思ったが、見る限りでは杜祁島の島民はいないようで少し残念に思いながら海に目線を戻した。
杜祁島は小さな島で、外周だけならば自転車で5時間から6時間程で走れる程度の大きさしかない。
島民の住む集落も海沿いに密集しており、山の方にはまばらにしか人が住んでいないため、島外に住んでいても幼い頃から毎年のように訪れている美弥子はほぼ全員の島民とは顔見知りだった。
しばらく海をぼーっと眺めたり、スマートフォンで撮った海の写真を朱莉達とのグループチャットに添付してやりとりを交わすなどとしていたら、いつの間にか随分と時間が経っていたらしく杜祁島の港が遠くに小さく見えてきた。
1港目に停船・出航した時は気付いたが、あまりにもチャットに夢中になっていたのか他は全く気付かなかった美弥子はのろのろと唯一船内に残っていた両親の許に戻り、島が見えてきたことを伝えた。
数十分後、ようやく船が杜祁島に到着し、船員が簡易タラップを取り出すなど停船の準備を始めていると見覚えのあるシルバーグレーのワゴンが港の入口に走り込んでくるのが窓越しに見えた。
運転席の窓からは見覚えのある中年男性が若干身を乗り出しながらこちらに向かって大きく手を振っている。
「嘉宏叔父さんだ!」
どうやら宏明の父であり美弥子の父、嘉和の兄である叔父の嘉宏が迎えに来てくれたようだ。
美弥子が叔父に手を振り返すと嘉宏は今一度大きく手を振ってから運転席に引っ込み、港の入口横にあるわずかな駐車スペースに停車するため、ぐるりと車をUターンさせた。
下船の準備が整ったとのアナウンスがかかり、美弥子達は船員に礼を言いながら簡易タラップで船を下りた。
ちょうど嘉宏も駐車させた車から降りてきてこちらに向かって歩いていた。
「みんなお帰り、長旅ご苦労様」
にこやかに声をかけた嘉宏に父が応えた。
「やぁ兄さん、またしばらく世話になるよ」
「お久しぶりです嘉宏さん、お世話になります」
両親の挨拶に合わせて、美弥子もぺこりとお辞儀をした。
叔父は、というよりもこの島の者のほとんどは島民の親類全てに向けて『お帰り』と言う。
その為、両親のようにこの杜祁島で生まれ育ったわけではない美弥子に対しても島に来た際は『お帰り』と皆が言ってくれる。
都会のほとんどの人間は島民のこの距離感のない雰囲気を苦手に思うのかもしれない。けれど美弥子は、大袈裟かもしれないが島のみんなが自分を受け入れてくれているように感じるので大変好ましく思っていた。
「美弥子ちゃんもすっかり美人になっちゃって!もう彼氏の一人や二人できたんじゃない?」
「やだー叔父さんてば、おだててもガム位しかあげられないよ!それに残念ながらいませんーってか彼氏が二人もいたら問題でしょ」
「それもそうね。・・・パパもそんな怖い顔しないでよ、いつかは美弥子もお嫁に行っちゃうんだから」
一人娘の恋人の有無の話題に顔を強張らせた父を尻目に、皆で嘉宏の車に荷物を積んでから乗り込む。
海が近いぶん本土よりも若干涼しく感じるとはいえ、やはり外気は暑いのでほどよく冷房の効いた車内に一同はほっとした表情になった。
そうして車を走らせて十数分、今ではほぼ寝たきりになっている祖母の具合などを軽く話していると父の実家でもある叔父の家が見えてきた。
家の前では叔母の香代子がこちらに手を振っている姿も見えたので美弥子は後部座席の窓を開けて大きく身を乗り出し、手を振りながら近隣に家が少ないのをいいことに声を張り上げた。
「香代子おばさぁーん!!」
呼びかけが聞こえたのか香代子も更に大きく手を振り、「美弥子ちゃーん!いらっしゃぁーい!!」と笑顔で叫び返した。