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暑い夏がじわりじわりと侵食し始めた某所。
ジリジリと照らす日差しと若干の湿気を含んで重く感じる外気を尻目に、彼女は冷房の効くそこにいた。
今日でやっかいな期末試験が終わり、午前中で学校を後にした水守美弥子は友人たちと駅前のファミレスで簡単な打ち上げをしていた。
打ち上げとは言っても、小遣いに限りのある高校生にはあまり派手にあれこれする余裕はないのだが、この位の年頃にとってはドリンクバーと軽食、そしてちょっとしたデザートと少し喧しいおしゃべりがあれば充分に楽しめるのだ。
「それで?夏休みはどうする?」
朱莉がメロンソーダをストローで啜りながら、「お祭りにー花火にー海にプールでしょ?今年もやることいっぱいあるよー!」と“夏のイベント大特集”と太文字で書かれた冊子を掲げて皆に問う。
「私はバイトあるけど午前中だけの予定だから午後はいつでも大丈夫!バイトない日はもちろん朝からOKだよ」
「あたしはバイトの日は丸一日のつもりー。冬にどーっしても行きたいライブがあるんだけど地方公演だから行くまでにもお金かかるんだよねー。今のうちから貯めとかないと辛い・・・」
「うちは補習いかなきゃだ・・・絶対数学赤点だ・・・」
「やめろ!思い出させるな!!試験は終わったんだからとりあえず忘れよう今は遊ぶことに集中するんだ!!・・・わたしも古典やばいけどね・・・」
百合華、真琴、加奈、鈴子の各々の返答を聞き、メロンソーダを飲み終えた朱莉はペンケースから赤ペンを取り出して「んじゃあいつも通り宿題は休み頭にやって後は適当に予定あわせる感じでいいいよね」と、クルクル回しながら確認をとると一同がうなずいた。
「ヤコは今年もお盆はおばあちゃんのところ行くの?」
ぺペロンチーノがまだ口に入っていたので頷くのみだった美弥子は百合華の問いかけに咀嚼を速め、ようやく飲み込んでから返事をした。
「うん、今年はたぶん18日までには帰ると思うよ」
「んじゃあヤコはその辺いないとなると・・・これとこれとこれは削除だな。ユリちんはバイトの時は午後から、と。んじゃユリちんとまこっちゃんはシフト決まったら教えてね!加奈とスズはとりあえず補習期間の辺りに印つけとこーっと。」
取り出した赤ペンで先ほどの冊子に×やメモを書き加える朱莉を見て、5人は呆れたような感心したような表情をした。
「いつものことだけど朱莉のその遊びに対する情熱っていうのは凄まじいね。今年のそれもまた朱莉お手製でしょ?」
鈴子が頬杖をつきながら朱莉の冊子を見やった。
鈴子の言うとおり朱莉の持つこの冊子は、朱莉が数日かけてインターネット等を駆使して調べた自分達でも無理なくいける範囲のイベントを全て書き込んでカレンダー状にした、手作りのイベントブックだ。
中高一貫校に通うこの6人は入学した中学1年生の頃からクラスは変われど仲が良く、それぞれ他の友人たちと遊ぶことももちろんあるが、大体はこのように集まって一緒に遊んでいる。
長期休暇のときも例外ではなく、みんなの予定が会う限りは季節ごとのイベントに繰り出すのだが、その際に朱莉は毎度、このイベントブックを作ってはみんなの予定と照らし合わせるのだ。
その後、予定組みが完成したイベントブックは清書されて他の5人に行き渡る。
「パッと見て休み中の予定が全部わかるからすごくありがたいけどさ、何もテスト期間中に作らなくてもいいんでない?」
メールでも確認は出来るんだし、と真琴が運ばれてきたジェラートにスプーンを差し入れながら問うと、朱莉はガッと噛み付くように喚いた。
「あたしはこれを作ることが出来るからこそ憂鬱なテスト期間中もがんばれるの!むしろ生きがいだよ?い・き・が・い!これ作らないでどうやってテスト期間を乗り越えればいいのさー!!」
「それでこの中で一番赤点が多けりゃ世話ないわな」
「てゆーことで、補習期間には朱莉の名前も書いておくんだよー」
鈴子と加奈が言うと朱莉はがっくりと項垂れた。
「ヤコのおばあちゃん家って離島だったよね。そっちでもお祭りとか花火とかやるんだよね?」
朱莉をよしよしと慰めながら百合華が美弥子に聞いた。
口の中に残った油分をウーロン茶で流し込んでから紙ナフキンで唇を拭った美弥子は眉間に皺を寄せながら、
「お祭りはあるにはあるけどビミョウだよー。島にいる子供が少ないからっていうのもあるのかもしれないけど大人向けっていうか屋台が出てるわけでもないし、正直おもしろくないんだよね。花火は庭先で手持ち花火やるくらい。」
と答えた。
それに対し朱莉は「屋台がないの!?なにそれホントにお祭り!!?何を楽しむのそれ!!??」と驚愕の表情を浮かべ、美弥子は苦笑いした。
「だから大人向けなんだって。島では守り神様だかなんだかを祀ってるんだけどさ、まぁどこのお祭りも趣旨はそうなんだろうけどその守り神様に『今年も守ってくださってありがとうございました、またよろしくお願いします』っていうお礼っていうの?そういうことをする為のお祭りらしくて私たちがいつも行く屋台があるような楽しいお祭りじゃないんだよねー。私も小さい頃はおじいちゃんに連れられて行った覚えはあるんだけど、とにかく静かなお祭りだったってことしかちゃんと覚えてなくってさ?全っ然おもしろくなくて途中で飽きちゃって隙を見てイトコと抜け出したんだよね。」
「イトコって宏明君だっけ?」
「そうそう。んで当然抜け出したことがバレてどっかの大人に連れ戻されてさ、おじいちゃんに確か泣きながら怒られた」
「一緒にいたはずの孫がいつの間にかいなくなってたらそらぁ泣くし怒るわ」
「まぁ今ならすごい心配かけたってのはわかるんだけどねー。とにかくそんな感じだったからちゃんとは覚えてないけど良い思い出っていうのではないんだよね。それにそのお祭りもお盆過ぎて何日か経ってからやるから毎年向こうには行ってるけど小学校にあがってから行った覚えないんだ。パパの仕事の都合もあっただろうしね」
そう言って美弥子はウーロン茶のおかわりを取りに立ち上がった。
そんな美弥子にオレンジジュースを頼みながら加奈は羨ましそうに口を開いた。
「でも離島に親戚がいるってなんかいいなぁー!うちは親戚みんな沿線1本で会えちゃうから田舎っていうのがないんだよね。イトコもみぃんなちっちゃいから子守要員って感じになるし。」
「いいじゃん、ちっちゃい子可愛いじゃん」
「可愛いけど生意気なガキんちょだもん。ヤコみたいに同年代で異性のイトコが欲しかった!」
「なんかふじゅーん」
「そういえばひーくんてまだ写真嫌いなの?」
戻ってきた美弥子に朱莉が問う。
「あいつの写真嫌いはもう治らない気がする。親戚が集まって集合写真撮ろうってなってもいつの間にか逃げ出してるんだから。」
百合華がミルクティーにガムシロップを加えながら「逃走癖は変わらずなんだね」と笑った。
鈴子は残念そうに、
「絶対にイケメンに成長してるんでしょ?小さい頃の写真はヤコに見せてもらったことあるけどカッコよく成長したであろう現在の姿をこの目で見たい!!」
「どっちかというと可愛く成長してるんじゃない?イケメンには変わりないだろうけど。」
そうやって人のイトコについてあーだこーだと想像している5人を見ながら美弥子はその話題の人物について考えてみた。
幼い頃から『みやこちゃん、みやこちゃん』と慕ってくれている、離島で暮らすイトコの宏明。
昔は自分の方が背が大きくて、男の子なのにふわふわと可愛らしく笑う宏明を守らなきゃと思っていたのだが、気づくと小学5年生頃には追いつかれて、高校生になった今では頭一つ分は超されている。
それでも、今でもふわふわとした笑顔は変わらなくて、同じ年頃の異性の親戚というものはある程度成長すると疎遠になってしまうことが多いと聞いたことはあるが美弥子と宏明は変わらず仲が良く、実際に会えることはそれこそお盆等の帰省時期位だが、電話で頻繁にやりとりを交わしている。
昔は互いの自宅の固定電話でやりとりをしていたが、携帯電話やスマートフォンが普及し自身も持ち歩くようになると、当然そちらで通話を行なうようになった。
何故メールやチャット形式のリアルタイムアプリでは連絡を取らないかというと、以前美弥子がそちらの方が楽だと言ったことはあるが、
「遠いから直接はあまり会えないんだし、みやこちゃんとおしゃべりが出来て声が聞けるから僕は電話の方がいいなぁ」
と、他人が聞いたら誤解しそうなことを宏明は言ったが、幼い頃からこのようなやりとりは普通だったので美弥子も「確かにそれもそうだ」と納得して現在に至る。
その後、それぞれの腹も満たされたうえに連日行なわれたテストの疲れが出たのか眠くなってきた面々は早々に解散することになった。
出入口の自動ドアから一歩外に出ると、むわっとした熱い空気が全身にまとわりつき、せっかく冷房で冷えた身体がまた熱を帯びはじめた。
「あ゛づい゛いいぃぃぃ」
「朱莉声やばい」
「だって暑いもんは暑い!スズは暑くないっていうの!?あーもう早く夏休みになってほしい!プールと海があたしを呼んでいるっ!!」
朱莉が自分自身を抱きしめるようにポーズを決める。
「あーもうはいはい、わかったから。」
「ほら朱莉ぃ、そんなとこ立ち止まっちゃ邪魔になるよー」
「暑いし眠いしはやく帰ろー」
暑さに負けつつもはしゃぎながら6人は駅に向かって歩みを進めた。
電車を利用するのは真琴と鈴子。朱莉と百合華と加奈は駅の駐輪場に自転車を停めているので徒歩は美弥子だけだ。
改札口の向かって右側が駐輪場で朱莉達の家もそちら側、美弥子の家は向かって左側の方面になるので、この改札口でいつも解散することになっている。
駅に着き、またしばらくその場で会話をはずませていたが加奈の眠気が限界に近いらしく、このまま自転車の居眠り運転をして事故になってはシャレにならんとようやく皆で手を振りながら解散した。
美弥子があくびをしながら自宅までの道のりをしばらく歩いていると、通学カバンの内ポケットに入れていたスマートフォンが着信を知らせた。
なんとなく相手が誰かの予想がつき、カバンからスマートフォンを取り出して確認するとやはり予想は的中していた。
「もしもーし」
「もしもし、みやこちゃん?今日でテスト終わるって言ってたから・・・今大丈夫だった?」
先程、本人の知らぬところで遠く離れた女子高生たちの話題にあがっていた宏明だった。
「みやこちゃん、なんだか眠そうな声だね。もしかして結構夜更かししてたの?」
「まぁね。一夜漬けじゃないけどやっぱり不安になっちゃうからさーついつい寝るの遅くなっちゃったんだよね。あとはお腹いっぱいで眠いです」
「そうなんだ。じゃあまた後でにした方がいいかな?」
「大丈夫だよー。友達とごはん食べててさっきバイバイしたからまだ家着いてないし、まだまだベッドまでは遠いからね。ひーくんは明日がテスト最終だっけ?」
ぼんやりする頭を必死に回転させ、以前宏明が言っていたテスト日程を思い出した。
「てかさ、ひーくん勉強はいいの?明日私から電話しようと思ってたのに」
「息抜きしたくってさ。あとはみやこちゃんにお疲れ様って言いたくて」
「ありがと!ひーくんも明日までファイトだ!!」
そうやって話しながら歩いているとようやく美弥子は自宅の屋根が曲がり角から見えてきた。
「家見えてきたー」
「そっか、じゃあ僕もそろそろ戻ろうかな。息抜きにつきあってくれてありがとう」
「こちらこそ!貴重な息抜きタイムに電話くれてありがとね」
「あっ、そういえば母さんが今年もみやこちゃんの好きな水まんじゅう作るってはりきってたよ」
「ほんとうに!?やったー!叔母さんの水まんじゅうが今年も食べれるー!!」
「みやこちゃんは本当に母さんの水まんじゅうが好きだね」
「もちろん!!叔母さんに愛してるって言っておいて!」
「会った時に自分で言ってね。その方が母さんも喜ぶよ」
「えぇー。まいっか、じゃあお邪魔したときに愛の告白をするよ。」
「そうしてあげて。それじゃ、またね」
「うんバイバーイ」
電話を切って、美弥子は今年も叔母の水まんじゅうが食べれることに喜びを隠せず、にやにやしながら自宅の玄関を開いた。
「ただいまー!聞いてよママさっきひーくんから電話があったんだけどね──────」