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9 ハプニングと噛み合わない会話


(どうしよう! ラディアント様の上に乗ってしまった……!)


 チェインの突飛な行いによって王太子にのしかかる結果になってしまったことに驚いたエレナは急いで退けようと体を動かした。

 けれどドレスのスカート部分が足の動きを妨げてしまい思うように動けないでいると眼下にいるラディアントのまぶたが震える。


「――ん……っ」


「ラディアント様……!」


 申し訳ありませんと謝ろうと口を開くエレナ。しかし、彼女の視界が激しく動いたことで言葉が出ることはなく。

 上から顔にかかってくる長い髪の毛に位置が逆転したことに気づいた。


「――動くな」


「……っ」

 かけられた声は低く、地をはうように冷たい。相手の表情が違えば印象も変わるのかもしれないが、エレナを見下ろすラディアントの顔は敵に向けたものだと明らかだった。

 彼は左手でエレナの両手を彼女の頭上でひとまとめにつかみ、右手に持った短剣を細い首にあてがう。ぴんと張りつめた空気が部屋を支配していく中、エレナは突然のことに頭がついていかなくなる。


「ラディアント様!」


 はっとしたチェインが誤解だと説明しようと一歩動いた瞬間、彼の頬にぴりりとした痛みが走りすぐに熱を感じ始める。


「チェイン。お前がいながら何故侵入者を防げなかった」


「それは……っ」


 誤解だと言いたいのにラディアントから発せられる威圧感がチェインの言葉をつまらせる。

 やがてラディアントの体からばちばちと稲妻のようなものが生まれ、金色の長い髪がふわりと空中に浮いていく様子にチェインは自分の背中に冷や汗が流れるのを感じて必死に思考をめぐらせた。


(このままでは魔術を発動されてしまう。まともに受けたら魔力がもれて受ける頬の傷なんて可愛いものじゃないのに! 寝ぼけてエレナさんを敵だと思うなんて――)


 自分のちょっとした行動の結果がこんなことになるなんて。

 チェインは舌打ちしたい気持ちをおさえてラディアントから目を離さず、爪が手のひらに食いこむほどにこぶしを強く握った。


「言え。誰の差し金だ」


「……っ」


 首を動かして否定したくても、つっと首にあてがわれた武器がそれを許さずエレナの行動を制限する。

 追いつめられた状況が盗賊の男に首を絞められた光景と重なり背中がぞくりと震えた。

 ラディアントはその様子を目を細めて見下ろし、鋭い眼差しを送ってさらにエレナを追いつめる。


「口を割らないつもりか……。それならここで命を散らすことになる――」


 もう駄目だと思いながらも水色の目で緑色の目をじっと見つめるとはっとラディアントの目が大きく開かれ、空中に浮いていた髪が重量に従って下りてくる。


「――エレナ、さん……?」


 小さな一対の空に見つめられ、ラディアントは己の眼下に映る人物が誰なのかをようやく認識した。

 突然何者かにのしかかられて敵襲と判断して動きを封じた。いつでも魔術を発動出来るように意識を向け、利き手には短剣を構えて相手の首筋にあてて。

 目が覚めて起こした行動をはっきり覚えているのに相手が誰なのかエレナの目に真っ直ぐ見つめられたこの瞬間まで気づかないとは。


(私は何てことをしてしまったんだ――……)


 ゆるみ震えた右手から武器が滑り落ちて絨毯に転がる音を耳にしながら、出来るなら自分自身を殴りたいと思った。



***



 危うく殺されそうになったエレナは心臓の速い鼓動を感じながらも目をそらさずに相手を見続けて様子をうかがう。

 ラディアントはくしゃりと顔を歪めて両手首を解放する。

 その後エレナの上から身を退いてベッドから下り、未だベッドに横になっているエレナと目が合うと背中を向ける形で断ち切った。


「――すまなかった」


 掠れた声でそう言うと、エレナのこともチェインのことも見ることなく部屋を出ていってしまったのだ。

 主を見送ったチェインは一気に体の力が抜けたが、それは安心からだけではなく複雑な思いが混ざり合い。

 縮めようとした二人の距離を限りなく離してしまったと感じた。


「大丈夫?」


「はい……」


 上半身を起こしたエレナに近づいて怪我の様子をみる。肌の表面が切れて一筋赤が滲んでいたがチェインが指先に軽く魔力をこめて癒術を施せばすぐに消え去った。

 首筋に感じた温もりに体をぴくりと動かすエレナを見てチェインは眉を下げて笑う。


(ああ。彼女も怖がって国に帰ってしまうんだろうね)


 貴族の令嬢なら誘拐された経験がある人もいるかもしれないが、異国で目の前で未知の力の一部を見せられたら恐れるのが普通の反応だ。

 今は呆然としているけれど、間もなくその時の光景を思い出して恐怖するに違いない。


「僕のせいでこんなことになってごめんね。準備に少し時間がかかるから遅い時間になるけれど、出来るだけ早く馬車の準備をするから」


「え……」


 問題を起こしたからついに強制送還かと身を強ばらせるエレナ。

 しかし、用意してあるから最後に夕食をとっていってねと悲しげな笑顔を浮かべるチェインに違和感を感じて首を傾げた。


「帰るってこの時間にですか?」


「そうだよ。エレナさんは早く自国に帰りたいでしょ?」


「えーと……。置いていただけるならまだこちらでお世話になりたいと……」


「え……?」


「あの……?」


 噛み合わない会話に二人揃って瞬きを繰り返した。



***



 非常事態により遅い夕食は各自でとることになり、エレナはそのまま部屋でチェインと二人でとることに。

 備えつけのテーブルに二人分の食事を並べ、食堂で食べるよりもだいぶ近い距離に向かい合わせで座る。

 初日以外は一人で食事をとっていたため、エレナは久しぶりに他の人と食べる食事に嬉しさを感じた。


「それじゃあエレナさんは天気のことで執務室に行ったの?」


「はい」


 最後のデザートに手がついた頃を見計らってエレナが話しかけるとチェインは目を丸くして彼女を見る。

 あまりにもラディアントに会えないことに痺れを切らしたのかと考えていたチェインにとって、その答えはとても意外で新鮮だった。


「天気はエレナさんが操っている訳じゃないから謝罪はいらないと思うよ」


 そう返したチェインは切り分けたケーキをフォークに差して口に運ぶ。

 控えめなクリームの甘さが口の中に広がり、少しだけチェインの重い気分が紛れたような気がした。


「それでも私が来てから悪い天気が続いていたので謝罪したいと思っていたんです」


「それでラディアント様と入れ違いになったわけか……」


「はい。こんなことになってしまってすみません……。チェインさんにもラディアント様にもご迷惑をおかけして――」


「ちょっと待って。エレナさんが謝る必要なんてないんだよ? 僕があんなことをしなければエレナさんもラディアント様も不快な思いをしなかったんだから」


 僕こそごめんね、と謝る彼にエレナはとんでもないと首を横に振る。

 私こそ。いやいや僕こそ。終わりの見えない謝罪合戦がしばらく続いた後、それじゃあお互い様ということで、と二人の間の話はつけた。

 しかし、エレナがまだここにいたいという話について聞いてないと思い、今度はそちらの話を聞いてみることに。

 食事を終えて食器をカートに片づけてチェインは切り出した。


「エレナさんはまだここにいたいと言ってくれたけど、それは本当?」


「はい。やっぱりまずいでしょうか……?」


(こんな騒ぎを起こしたら普通はすぐに追い出されるよね?)


 食堂でラディアントと初対面した際に、ラディアントが女性であることに不満のある者はその場で帰るように言われたくらいだ。

 やっぱり何か処罰が、と恐々とチェインの様子をうかがうエレナを見てチェインは目をふせて笑う。


「――ううん。むしろその逆かな。怖い目にあってもいたいと言ってくれた人なんてほとんどいなかったから」


 チェインの頭の中に今までのことが次々と浮かんでは消えていく。

 チェイン達も出来るだけのフォローはした。それでも魔術を全く見せないことは不可能だし、不測の出来事もある。

 中には魔術を使っている明かりでさえ怯えてしまう女性もいた。

 その点エレナは生活に関わる物は大丈夫だったようで安心していた中での出来事。

 チェインは二人を仲良くするきっかけ作りのつもりで起こした自らの行動を悔いるが、エレナの返事が予想とは違うものであることに期待せざるをえなかった。

 エレナはチェインの様子を見つめて先ほどのラディアントに動きを封じられたら時のことを思い出す。

 低く冷たい声に鋭い視線。痛いほどに強くつかまれた両手首。

 今はもう癒えている首筋にあてられたかたい刃の感触も覚えている。

 ――だけど。

 エレナだと気づいた時のラディアントの表情もはっきりと覚えている。

 見開いた後に揺れた悲しげな目を――。


「確かに驚きましたし怖かったです……。でもそれはラディアント様が私を敵と思われたからですよね? それなら仕方がないことだと思います」


「でも、それを差し引いても恐怖心はあるはず――」


「私、以前に本を読んでからこちらの魔術に興味があるんです」


「興味……?」


「はい! 癒術薬以外にも色々な魔術があるんですよね?」


 ぜひ色々と見てみたいです、と目を輝かせるエレナの様子に目線を戻したチェインはぽかんとした後。


「――くっ。本当に君って変わってるんだね」


 耐えきれないといったように肩を震わせて笑う。


(エドワードの言った通りだ。彼女がずっといてくれたらいいのに)


 ラディアントとエレナが仲良く並んでいる姿を思い浮かべ、チェインはふふ、と自然と笑みがこぼれる。


(彼女みたいな人はなかなかいない)


 これは本格的に彼女をとどまらせなければと胸の内で密かに決意。

 まずは主への謝罪と今頃自分へ怒り狂っているだろう年下の従兄弟への謝罪をすまそう。

 それから目の前で魔術への興味をしめす女性に色々教えてあげようと思うのだった。



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