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8 本来の姿


 エレナは使用人達に聞きながらラディアントの行方を探し回り、気がつけば自分が使っている部屋にたどり着いた。

 ドアを開けると丁度入り口近くにガーネットの姿があり、彼女は頬を上気させてエレナのところへ足早に近づいてくる。

 ガーネットの興奮した様子に少々たじろいで体を後ろにひきながらも、彼女の言葉を待つ。


「エレナ様っ。ラディアント様がいらっしゃっています」


 髪と同じ赤みがかった茶色の目をきらきらと輝かせてエレナの腕を引いて部屋に入れた後、ぐいぐいと背中を押して歩かせてくる。 ドレス姿で思うように動けないエレナはされるがままに足を進めると、ガーネットは何故か寝室に続く扉の前で動きを止めた。


「あの、ラディアント様は……?」


「眠っておられますよ」


 シーツなどは事前に取り替えていますのでご安心下さい、と誇らしげな侍女に曖昧に笑いかけてエレナは音を出来るだけたてないように扉を開ける。

 するとガーネットの言葉通り彼には少し狭めなベッドの上で眠っていて、エレナはその場に固まった。


(チェインさん、エドワードさん。寝ている場合はどうすればいいんですか……!)


 今すぐにでも踵を返して執務室に駆けこみたいと思ってしまった。



***



 静かにベッドに近づいてみると、ふかふかとしたベッドにうつぶせの姿勢をとり、顔はエレナから見える形で眠っている。

 長い金糸が白いシーツの上に散らばってエメラルドの目は閉じられているものの、すやすやと眠る顔さえ整っていてエレナはほぅっと息を吐き出した。


(エドワードさんが働きづめだったと言っていたし起こしづらいなあ……)


 無防備な様子に起こす、起こさないの二つの気持ちがせめぎ合う。

 ガーネットは席を外しますね、と気をきかせたつもりで退室してしまったけれど、エレナにとっては逆に困ってしまう。

 部屋の隅に寄せてある椅子を窓際に運んでドレスに気を配って座り、この後の行動を考えた。


(もうそろそろ日が沈むから夕食は近いよね……。でも疲れているならこのまま休ませてあげたほうがいい? うーん、軍の人は気配に敏感だって聞くけど普通に起こして大丈夫なのかな……)


 ぱっとみて剣は見あたらないが、せめて護身用の武器ぐらいは持っているだろうと考える。

 仮に起こして敵だと思われ、武器や魔術を使われたら防ぐのは難しい。


(ロッドはあるけど王太子様を相手に私の腕じゃ意味がないし。何かを盾にして起こす? ――ううん。きっと役にたたないし、私物じゃないのにそんなことをしたらいけないよね)


 そうこうしている内に夕日は沈んでいき、気がつけば月が輝き始めていた。


(嘘! 悩んでる間に日が沈んじゃった――!)


 焦って窓に張りつくようにして空を凝視すると、星と月が綺麗に見えて――そこでエレナははっとして未だ眠っているだろうラディアントを勢いよく振り返った。

 日没直後に空に月が見える――それはラディアントが男性の姿に戻れる唯一の条件。


(わぁ……っ)


 ラディアントの体が淡い光に包まれ、ほんの数秒でそれはおさまる。

 軽く遠目に見ただけでは分かりにくい。しかし、知らずついていた魔術が使われている部屋の明かりの中で椅子から立ち上がって近づいて姿を見れば少し前までとは体つきが違っていた。

 黒い軍服は魔術がかかっているのか丁度よさそうなサイズになっている。

 かけられていたブランケットがずれていて、見える広い背中や大きな手などは先ほどまでと違う。

 今までは異性という実感がなく姉のような存在だと思っていたが、変化を目の当たりにしたことで彼は男性なのだという事実が胸にすとんと落ちてきた。

 女性にしてはとても高いと感じていた背丈は本来の身長と同じだったようで髪の長さも変わらない。


(……どうしよう。声をかけて姿が戻ったことを知らせたほうがいいよね……?)


 エレナがラディアントの所に滞在している中で初めて戻れたのだから嬉しいはずである。そう思ったエレナは覚悟を決めて声をかけようと息を吸った瞬間――。


「ラディアント様ー。 お戻りになられましたか?」


 扉を勢いよく開けてチェインが現れた。

 驚いて体ごと後ろを向くエレナと未だ眠っているラディアントの姿を交互に見た彼はなぁんだ、と拗ねた子供のように口を尖らせる。


「侍女からおしゃれをしたエレナさんとラディアント様が寝室にいるって聞いたから、適度な時間で止めに来てあげたのに」


 何もないのも面白くないね。

 チェインは自分の言葉の意味をよく分からずに首を傾げるエレナの横にすたすたと歩いてきて主の寝顔を見下ろした。


「ラディアント様はどのくらい寝ているの?」


「えぇと……。夕暮れ前からになりますね……」


「途中で起きたりした?」


「いいえ。一度も起きられません……」


 エレナの言葉にチェインは目を見張って腕を組む。

 ラディアントは王族であり軍人でもある。気配には特別敏感で、いつもなら部屋で寝ている際に静かに扉を開けてもすぐ目が覚めることが多いのだから。


(目の前で会話をしても起きないなんて――)


 よほど仕事によって疲れたのか、女性の姿が続いたことが精神的にこたえたのか。両方か。

 それとも――。


(エレナさんに何か力が……?)


 隣に視線を向けて見上げてくる彼女をじっと見るが魔力の類は感じられないし、パッチリとした目は真っ直ぐで澄んでいる。

 人の感情は言動だけではなく魔力の流れや目にも表れることがあり、少なくとも今のエレナには怪しい所は見られなかった。


(とりあえずこの件は置いておこう。……夕暮れ前からなら仮眠は出来たろうしそろそろ起こしてもいいよね)


 次の行動を決めたチェインはエレナににこりと笑みを浮かべた。

 そして――。


「ラディアント様ー! 夕食の用意が出来ましたよ!」


「わ……っ!」


 大声でラディアントに声をかけ、エレナの腕を引いた後に背中を押してラディアントが寝ている方へ軽く突き飛ばした。



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