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6 入れ違い


 エレナがラディアントの城で暮らし始めて十日ほど。

 少しずつ暮らしの変化に慣れてきた彼女とは違い、主人であるラディアントは日に日にやつれていた。

 前例を見ないほどの嵐は五日間でおさまったが日没直後の月とは会えないままの状態が続いている。

 本当はもっと早くに執務を終わらせたかったが、予想以上に父や兄弟から頼まれていた執務が多く、また、本来の姿に一度も戻れないことで仕事をこなすスピードが下がってしまっていた。

 しかし、結果的には働きづめでよかったのかもしれないとラディアントは廊下を歩きながら思う。 エレナとは初日以来会えていないのだが、仕事に追われ、性別も戻れない不安定な状態で会っていたら彼女を傷つけていたかもしれないと想像はたやすい。


(かといって仕事が片づいたから会いに行くというのもまずい気がする……)


 チェイン達に初日以来エレナと会っていないことがばれ、仕事を終えて早々に執務室を追い出され今にいたるのだが、ここまで長い日数を女性の体のままで過ごしたのは初めてのこと。

 ラディアント自身彼女に会ってどんな言動をしてしまうのか分からない。


(我ながらうじうじして女々しいな。拒絶なんて慣れているはずなのに)


 王族として特殊な環境で育ち、声変わりをして間もなく異性の姿になるようになり。

 羨望、同情、嫌悪。様々な感情を向けられながら生きてきた。

 この体質は定められた運命なのだと、不満はあれども自分なりに受け止めている。

 今までどんな相手と会う時も最悪を覚悟して対面していたのに、何故かエレナには顔を合わせづらい。


(――そうか。彼女の目が空に似ているんだ)


 ぱっちりとした水色の目がまるで晴れ渡る空のよう。

 青空はラディアントにとって夜への希望を繋いでくれる唯一の景色だ。

 エレナの目が青空に似ていると思い始めると急に顔を見たくなり、今まで重たかった足が嘘のように軽快に歩を進めていく。

 あっさりと変わった気の持ちようにラディアントは自らに対して苦笑いを浮かべてしまうのだった。



***



 ぶっ通しで続く天気にエレナは覚悟を決め、謝罪しようとラディアントの執務室を訪ねた。

 会えたら頭を床につける勢いで謝ろう。そう決意して扉を叩くと、扉を開けて顔を見せたのはエドワードである。


「どうしました?」


 切れ長の目をわずかに常より開いた後、エレナの姿に瞬きを繰り返す。

 ラディアント様は、と問えばあなたのお部屋に向かわれましたが、と淡々と返され面食らった。

(うわ、入れ違い? 最悪処罰される覚悟で来たのに……!)


 エレナの気持ちは見事に空回りに終わり、がっくりと肩が下がってしまう。

 しょんぼりと落ちこむ小柄な姿を黙って見ていたエドワードは一つのことを思いついた。


(部屋にいないとなればラディアント様はここに戻ってくるかもしれない。また入れ違いにならないように足止めをしたほうがいいだろう)


 聞いてみたいことは色々とあるし、チェインは私用で街に出かけているから静かに話しをするのに丁度いい。

 そう心の中で呟いたエドワードはエレナを執務室へと招き入れた。



***



「エドワード様はチェイン様と従兄弟なんですね」

 エレナをソファーへと座らせたエドワードは自分も向かいのソファーに座って質問をあげていった。

 ラディアントとエレナが親しくなるきっかけを探ろうという理由からだったが、いくつか質問をした後のエレナの印象は貴族の令嬢としては変わっている、その一言だった。


(体を動かすのが好きで普段は領地に住む子供達の面倒を見ている、か……。一般国民と変わらないというだけで他には何かないのか?)


 面識が少ないのに深入りはまずいだろうと判断した彼はお返しにと自分の身の上話を始めた。

 すると予想外にもエレナはチェインとの関係に食いついてきたのである。


「驚きました。一度しか見ていませんがあまり似ていらっしゃいませんね」


「父親同士は似ていますが、俺もチェインも父親以外に似たようですから。――ああ、それから俺やチェインに敬称はいりませんので」


「分かりました……。私は母に似ています――」


 しばらく天候を気にしていたエレナは母のことを口にして元気になっただろうかと強く思ってしまう。

 時々気になっていたがこちらに来てもうだいぶ経ち、今頃は癒術薬を服用して元気になっているのだろうと思い浮かべた。

 柔らかな笑顔でいる姿を思い出すと急に会いたい気持ちが胸に広がり、エレナはうつむいてしまう。


「どうしました? どこか具合でも……?」

 慣れない環境に体調を崩したのかと心配したエドワードにエレナは顔をあげて笑みを作った。


「いいえ。家にいる家族のことを少し思い出してしまっただけです」


(一生会えないわけじゃないし寂しがってる場合じゃないんだ。癒術薬の分は必ず何かで返さないといけないしね)


 エドワードは体調を崩したわけではないことに安堵し、次いで彼女の事情について考えてみる。

 ライズ国からの立候補者を預からせてもらう間の報酬について、現金や宝石などではなく、出来るだけ多くの癒術薬を通常よりも安く至急輸入させてほしいと後日希望があったのだ。

 その時は何故癒術薬なのかと首を傾げたが、エドワードは目の前にいるエレナの様子から大体の事情を察する。


(母親の話をして急に様子が変わった。家族の誰かが病気や怪我をしているといったところか……。ライズ国王達は彼女の希望を受け入れる条件に立候補者としてこちらに送り、さらにそれに便乗して癒術薬を安い価格で大量に仕入れたと)


 エドワードは執務に加え夜間にひたすら癒術薬を作って疲れ果てていたラディアントの姿を思い出して顔を歪める。

 癒術薬は魔力の高い者でないと作れないため、いつもは王族や王族の魔力量に近い誰かが作っている。

 戦のあった頃には最強といわれる魔女達に大量に強力な癒術薬を作らせたことがあるが、彼女達が作る物は一般の人には強すぎるらしかった。

 戦帰りの軍人が持っていた強力な癒術薬を家族や知人に渡し、後に心臓破裂で命を落とす者が次々と現れ、原因を突き止めた結果魔女達が癒術薬を作ることは以後禁止となっている。

 手伝おうかと言う王達に断りを入れ、今回はラディアント本人が自分だけで作ると決意は固かった。


(全員駄目になるかと思った中でのたった一人だからラディアント様も引き止めたかったのだろう。かなり無理をされたようだが……)


 目の下に隈を作り、髪の輝きを失い、うつろな目で執務や薬作りをこなす様子は大変痛ましかった。


「……便りがないのは元気な証拠と言います。心配でしたら手紙を出しますか?」


 滞在期間が未定である中、異国の地にいる女性が家族とやりとりを出来ないのは寂しかろうと、痛々しいラディアントの姿を思い出しながらもエドワードは進言してみる。

 しかしエレナはふるふると首を横に振ってエドワードを感心させた。


「ありがたいですがお気持ちだけで十分です。確かに何かあったら連絡がありますよね」


 彼の気遣いが嬉しくなり、エレナは今度こそ自然な笑みが浮かぶ。


(気丈な人だな。彼女の役にたったのなら、ラディアント様の行いも報われるだろう)


 エレナにつられるようにエドワードも口元に微かな笑みを浮かべた。



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