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5 悪天候


 ざあざあ。びゅうびゅう。

 窓を激しく叩く雨に、がたがたと大きくガラスを揺らす風。

 エレナがラディアントの城に住まうことが決まった日の翌日から見事に悪天候が続いていた。


「すごい天気ですね。エレナ様にお城のまわりをご案内しようと楽しみにしていたのに、これではしばらく無理そうです」


 残念ですと肩を落とすエレナ付きの侍女になったガーネットにエレナは苦笑いを浮かべるしか出来ない。

 紅茶の準備をしていて動く度に揺れる赤みがかった茶色のポニーテールの髪を見つめて内心申し訳なく思う。

(私が来たとたんにサセット国内で例をみない嵐が続くとか出来すぎてて怖い……)


 雨女の発揮ぶりに城にいる全員に頭を下げたくなる。

 中でも一番気がかりなのはやはりラディアントのこと。

 彼は日没直後に月が出ていないと本来の性別になれない。

 嵐の天気は五日間続いているのだから、ストレスがたまっているに違いないと思うと憂鬱になった。



***



「すごい嵐ですね」


 エレナが申し訳ない気持ちで紅茶をいただいている頃、ラディアントの側近であるチェインは彼の執務室の窓から外を見てうわ、と声をあげた。

 主は無言で執務机に張りつき、がりがりと書類にペンを走らせている。


「チェイン。ラディアント様の執務の邪魔をするな」


 入り口付近に待機しているエドワードは従兄弟の発言に顔をしかめて咎める。

 二人は従兄弟とはいえ外見も性格も得意なこともまるで違う。同じことと言えば次期国王候補のラディアントに忠誠を誓っていることくらいだ。


「人聞きが悪いなあ。ただ外の状況を言っただけじゃないか」


 穏やかに言っているが幼少の頃よりつき合いのあるエドワードには分かる。

 微かに声のトーンが違う時は彼が何かを企んでいる時の証拠なのだから。

 にっこりと笑みを浮かべたチェインは、あ、とわざとらしく声を出して言葉を続けていく。


「そういえばエレナさんはロッドを扱えるそうですね。いつかお手合わせしたいなー」


「チェインはほぼ魔術専門だろう。お前がやるくらいなら俺がかわりにやる」


「大丈夫だよ。僕だって手加減くらい――」


「駄目だ」


 従兄弟の会話にここでラディアントが口を挟んだ。

 手は絶えず動いているが、その声色は確かに厳しさを含んでいて二人は気まずげに目を合わせる。


「彼女はもう少しで魔術で絞め殺されるところだった。魔術を見せて思い出させたくはない」


「……珍しく肩を持ちますね。そんなに魅力的な方なのですか?」


 チェインが笑みを引っこめて問いかけてもラディアントの手は止まらない。

 エドワードも静かにラディアントの様子をうかがうが、ラディアントはそれきり話さなかった。


(魔術によって恐怖心を植えつけられる人は少なからずいるから、僕だってラディアント様の言うことは分かる。だけど、彼女を王太子妃候補にするつもりならそうも言っていられないはずなのに)


 魔力が非常に高くて魔術のみに殊更に特化している魔女や魔術使いなどと呼ばれる者は少数だが、サセット国において魔術は遥か昔から生活と共にあって切り離せないものであり、それに対応出来ない者がこの国で暮らしていくのは難しい。

 過去にも他国出身の王太子妃候補は何人かいたが、みんな魔術に恐怖を覚えて自国に帰ってしまった。

 今回国王のはからいによる募集で来た令嬢は大半が国内の女性であったが、ラディアントが女性だと知ると説明を入れる前にあっさりと帰ってしまった。

 ラディアントに会った時点で、王家に代々受け継がれる呪いについての詳細を知らない者へ他言できないようにする魔術がかかるため漏洩の心配はないが。


(部下としては早く身をかためてもらいたいんですよ)


 今回残った人物が吉と出るのかそうでないのか。

 出来ることならいい方向へ向かってほしいと、チェインはエドワードと視線で会話をするのだった。



***



(うーん。眠れない……)


 その日の夜、エレナは与えられた部屋で時間を持てあましていた。

 実家にいる時は体を動かしたり大量の本を読んだりしていたので夜はぐっすり眠れていたのだが、こちらに来てからはほとんどのことを侍女や女中がしてくれるので疲れることのない体はそうそう休んでくれない。


(部屋の近くと執務室への道は案内してもらっているけど、夜更けで廊下の明かりは少ないだろうし迷ったら困るしな……)


 迷子になって行方不明とされたらたくさんの人に迷惑がかかってしまう。

 何となく窓辺に歩いて行き、そういえば外が静かになったなと思う。

 窓を開けて身を乗り出すように空を見れば、少し前までの嵐が嘘のように星が輝き月が浮かんでいた。


(綺麗だなあ。お城の高さがあるからか何時もより空が近い)


 月を見ているとラディアントの長い髪を連想してしまい、彼はどうしているのだろうかと思う。


(日没の時間帯は雨だったからきっと女性のままだよね? どうか明日もこのまま晴れていますように……!)


 淡く照らす月に祈りを捧げ、エレナは窓をそっと閉めた。



***



 何でまた曇ってるの!

 翌日目覚めたエレナは窓へと駆け寄り、開口一番そう声をあげた。


(せっかく昨夜は晴れたのに!)


 窓枠にあてた手に力が入り、みしみしと音をたててしまうがその音を起こしている本人は気づいていない。


(家にいる時より悪いんだけど。ラディアント様の言っていたことが逆に悪いことになってるよ……)


 いつになったら太陽は眩しいその顔を見せてくれるのだろうか。

 ライズ国で最後に見た青空の景色がひどく恋しく思えてはぁと息を吐き出した。



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