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4 王太子との対面


 チェインとエドワードが食堂に入ってから間もなくラディアントはやって来たのだが。

 まさかの人物にエレナはまた夢を見ているような気がした。

 長い金髪を後ろで一つに束ね、エメラルドの目と薄い唇は笑みを浮かべ、まわりを見渡す人物は先ほどエレナが入り口で別れた女性の軍人、その人だった。

 颯爽と現れて王太子の名前を口にして座った彼女に場は騒然となり、エレナも混乱の中にいる。

 ラディアントは習わしによって女装している。そう話に聞いていたし、レオナルドもそう言っていたはず。

 しかし、令嬢達の前で名乗った姿はどう見ても女性そのものの姿であり皆が大変戸惑っている。

「どういうことなのでしょうか? ラディアント様は女性の服装をされていると聞きおよんでいましたが……」


 ラディアントの近くにいた令嬢がおずおずといった様子で問えばエドワードが鋭い眼光を向けて言葉を中断させる。

 ざわざわと広がる動揺に食堂内が騒然となる中、チェインが笑顔で手を打ち鳴らした。


「こちらのお方は紛れもなくラディアント様ご本人です。今の時点で不満のある人はどうぞお帰り下さいね」


 送迎の馬車も用意してありますから。チェインがそう続けると顔に動揺や不快をうかがわせる表情をにじませた令嬢達がドレスを翻して退室していく。

 女性だなんて。話が違う。口々に言いながら足早に去って行く人の波に座ったままのエレナはうろたえる。


(えっ、みんな帰っちゃうの? 募集してた話とは違うけどお姫様と話せる機会なんてそうそうないのに)


 むしろエレナにとっては彼女が話し相手なら大歓迎である。

 きょろきょろしているうちに令嬢達は他に一人としていなくなり、エレナは一番遠い席に座っているラディアントとしっかり目が合ってしまった。


「あなたは帰らないの?」


 のんびりとした口調で聞かれ、エレナはぶんぶんと首を横に振る。


「わっ、私はラディアント様が男性でも女性でも構いません! 正直に言いますと先ほど別れた時にもう会えないのかと寂しく思っていたので、むしろまたお会い出来て嬉しいと言いますか……」


「…………」


「あ、あの……?」


 うつむいて肩を震わせ始めたラディアントを見てエレナの体に緊張感が走る。

 未来の国王に対して言うのはやはりまずかっただろうか。


(怒らせるくらいなら他の人と一緒に帰ればよかったー!)


 顔を青ざめさせて頭を抱えこみそうになったその時――。


「――ふっ」


(え……?)


「あはははは!」


 がばっと勢いよく顔を上げたラディアントが笑い出した。

 広い室内に響くほどの大きな笑い声にエレナは呆気にとられて口を半開きの状態にし、未だ笑い続けるラディアントを凝視した。


「ラディアント様。彼女が驚いていますよ」


 エドワードがラディアントの肩に軽く触れると、彼はひーひー言いながら笑いを何とか押し殺して目尻に浮かぶ涙を拭う。


「悪かったね。まさかそんな風に言ってくれる人がいるなんて思わなくてつい笑ってしまったよ」


「はあ……」


「とりあえず夕食にしようか。詳しい話はその後に」


 間もなく次々と運ばれてきた夕食の豪華さに圧倒されながら、混乱を残しつつもエレナはようやくお腹を満たすことが出来たのだった。



***



「それでは詳しいことを教えるよ」


 夕食後に自らの執務室にエレナを案内してソファーに座らせた後、執務机の椅子に腰かけたラディアントはにっこりと笑う。

 机に肘をついて両手を組んだラディアントは慣れた様子で理由を話し始めた――。


「――それでは女装じゃなくて本当に女性の体になってしまうんですか……!」


 話を聞き終えたエレナは信じられないとばかりに目を開いて声をあげる。

 サセット国の王太子が女性の気持ちを学ぶために女装をしているというのは体のいい理由であり、本当は初代国王と王妃にかけられた魔女による不完全な魔術の影響で、代々王子の内の一人がある程度成長すると女性の体になってしまうというものだった。

 しかも完全にもとに戻るには心も体も通じ合う相手を見つけないといけないらしい。


「初代国王のことを好きだった魔女が嫉妬して腹いせに未完成な魔術を使ったそうでね。結果魔術は失敗。魔女本人でも魔術は解けなくて、未だにその呪いは続いてるんだ」


「異性の姿になった状態で未来の奥様を探すのは大変そうですね……」


 女性からしたら同性の人に結婚してくれと言われるようなものだ。

 どちら側の人にしても大変だと同情せざるをえない。


(一時的でも戻れるのはいいけど、夜間のみでしかも日没直後に月が出ていないと無効になるなんて不憫すぎる)


 昼間は職務があるだろうから夜に相手を探すのも難しいだろう。

 ふと、そこでエレナは今回の募集内容を思い出して首を傾げた。


「あの、それではどうしてこの度募集を行ったのですか?」


(そういう事情なら話し相手募集というのは話がずれているような……)


「私も王太子として妻がいてもおかしくない年齢だからね……。今回の募集は私の将来を心配した父が独断で決めたことなんだ」


 数人の令嬢が私の城を訪ねて来たことで初めて知ったと言うラディアントの言葉を聞きながら、エレナは血の気がひいていくのを感じる。


「それでは募集したのはただの話し相手じゃなくて――」


「あなたが王太子妃候補、ということになるのかな」


(レオナルド様に頼まれて、母様のためだとしても早まったのかもしれない……)


 首を傾げて目を細めるラディアントを見ながら、エレナはもう一度気を失いたい気持ちになった。

 そして、あることを思い出す。


「言いにくいのですが私は止めたほうがいいかと……」


「どうして? まだ出会ったばかりなのに分からないんじゃないかな」


「いえ、そうではなく、私結構な雨女なんです」


「え……っ」


 ぴしり。初めてラディアントの笑顔がひきつったものに変わる。

 その様子を恐々と見ながら、エレナは自分が向かう先は雨が降ったり曇ったりが多いのだと話した。


「幼い時から変わらないので、私がここにいたらよくて曇りの日が増えるかと……」


 晴れる時もあるのだが通して見れば曇りが多い。

 そのため、長雨が続いた後や晴れの天気が必要な時はエレナがどこかに出かけるほどである。

 これにはさすがにラディアントも言葉をつまらせた。


(雨をもたらす人がいるのは知っているけど、まさか彼女がそうだなんて……)


 この呪いには今のところ直接的に近い影響を与える魔術が干渉出来ないため、天候を変える魔術も自分の姿を変える魔術も効き目がない。

 ただでさえ日中は女性の姿で少なからずストレスを感じるのに、夜間も耐える日が確実に増えるとなると精神的に厳しい。

 しかし、やっと訪れた出会いをあっさりと捨てることもまた難しかった。


「……ここは国が違うし、もしかしたら大丈夫かもしれない。しばらくはよろしく頼むよ。ね?」


 眉を下げた笑みで返されたエレナは多分変わらないと思います、とは言えず。

 曖昧な表情でこちらこそよろしくお願いしますと言うにとどめた。



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