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3 恩人は女性軍人


 ひたり。ひたり。真っ暗闇の中をエレナは宛もなく歩いている。

 明かりは一つもなく果てがどこにあるのか、足元さえ見えない闇の中を一歩、また一歩と歩く。


(夢? それとも死んじゃったのかな……。何も見えない……)


 不思議な空間の中を歩いていると急に景色が切り替わり、眩しさに目を細める。

 エレナのボブヘアーを風が揺らし、きゃっきゃと子供の高い声が聞こえて辺りを見渡した。


(何でみんながここに……?)


 目の前には見慣れた領地の景色が広がり、少し先の広場では数人の子供達が走り回っている。


「みんな! ここで何してるの?」

 思わず駆け寄って声をかけてみても子供達はエレナの体を通り抜けていき、誰もエレナの存在には気づかない。

 どうすることも出来ずに立ち止まっていると、いつの間にか目の前には会いたくてたまらない母の姿。

 自分と同じ髪色と目の色を持ち、優しげに目を細めて笑う母は倒れる前と同じ姿だった。


「母様! 体は大丈夫なの――」


 夢現の中でエレナが話しかけると母は声が聞こえたように笑みを深め――いきなりエレナの首を両手でつかんできた。


「な、んで……っ?」


 ゆっくりとまるで本当に絞められているかのようで、相手が母親ということに衝撃は大きくエレナは泣きそうになる。


「エレナは悪い子ね? お母様を助けてくれないもの――」


 にっと不似合いな笑みを浮かべた母は血の涙を流してエレナを見つめた――。


「いやあぁぁぁ――――!」


 あまりの恐怖にエレナは首を絞められながら叫び声をあげた。


(――え……?)


 はっと目を見開くと視界に見知らぬ天井が映り、瞬きを繰り返す。

 はぁ、はぁと荒い息を吐きながら、体は柔らかい感触に包まれていてここがベッドの上だと分かると強張った体の力が一気に抜けていく。


「夢、だったんだ……」


(夢にしたって悪すぎるよ。母様が首を絞めるなんてありえないのに……っ)


 どんなことがあっても受け入れてくれる母がそんなことするはずがない。

 偽りの姿に恐怖を感じたことにエレナは療養中の母に申し訳ない気持ちを抱いた。

 体に感覚があることに胸を撫で下ろして上半身を起こす。

 天井と同じく見慣れない部屋には誰もいなくて静けさが広がっている。


(……私の部屋と比べ物にならないくらい広い部屋)


 白を基調とした部屋はシンプルながらも家具や装飾品から上品さがうかがえ、大きな窓から差しこむオレンジ色の光が綺麗な色合いを作っていた。

 しばしの間は部屋のすごさに驚いていたが、段々と意識がはっきりするとこの部屋にいる前の状況を思い出していく。

 盗賊達に御者の男性の姿、盗賊の一人に首を絞められこと。そして最後に聞こえた馬の鳴き声。


(そうだ! 誰かに聞いて御者の人が無事か聞かないと!)


 飛び跳ねるようにベッドから出たエレナは裸足のままで扉へと駆け出す。

 ドアノブに手を近づけた瞬間向こうから扉が開かれて目が合う。


(――うわっ、綺麗な人……)


 きらきらと輝く長い金髪にエメラルドのような目、それに似合うよう授かったかのような整った顔立ちにスラリとした高い身長。

 扉が開いた先には黒い軍服に身を包んだ女性が立っていた。


「よかった。目が覚めたんだね」


 ややつり上がった目がふと細められ、エレナはこくこくと首を縦に動かして答える。

 パーティーなどにほとんど出席したことのない彼女にとって見ただけで圧倒されるような人に会うのは慣れていない。

 そのため目の前にいる女性にも言葉が上手く出ずに口を数回開け閉めして閉じてしまう。

 エレナが何か言わなければと考えていると、女性はおもむろに右手を伸ばしてエレナの首に触れてきた。

 そっと首を撫でられる感覚にエレナはピクリと体が動く。


「うん、あともないし安心した」


 笑顔のまま女性は右手を移動させて今度はエレナの頭を優しく撫でる。

 何がなんだか分からないエレナは状況を理解出来ずに女性を見上げた。

 見られていることに気づいた女性はそこで足を進めて開いていた扉を後ろ手に閉める。


「聞きたいことは色々あるだろうね。まずは一度ベッドに戻ってもらえるかな?」


 それから話をしようと促され、エレナは再びこくりと頷いた。



***



 エレナがベッドに腰をおろすと、女性はベッドの近くに置いてあった椅子を寄せて静かに座り口を開いた。


「念のために名前を確認させてもらうけど、あなたはライズ国のエレナ・ノーランドさんで間違いないね?」


「はい、間違いありません」


「御者から聞いたけど一応聞いておかないといけないから」


 御者と聞いてエレナは再び目的を思い出す。

 とにかく彼の無事が知りたくてベッドに座りながらうずうずしていると、女性がくすりと笑ってエレナの望む言葉を話し出す。


「御者の彼なら怪我一つせずにライズ国に帰って行ったから安心してほしい。それよりも私は目が覚めるまでエレナさんのことが心配だったよ」


「私ですか……?」


「そうだよ。私が馬に乗って駆けつけるのが少しでも遅れていたらあなたは亡くなっていたかもしれない」


(そんなに危なかったんだ……)


 厳しい顔つきで告げられた言葉にエレナは気を失う直前の様子を思い出す。

 直接触れられていないのに首は確実に絞められて苦しかった。もうダメだと諦める思いだったことも思い出して体をぶるりと震わせてしまう。


「移動術に妨害術で干渉して違う場所に向かわせるなんてことをされたのは始めてだった。今後は妨害なんてされないように移動術がある全てのエリアに守りの術をかけたから二度とないよ。盗賊達も一人残らず捕らえたから安心して?」


 ふにゃりと笑いかけられてエレナはぼーっとしてしまったが、はっと気がついて勢いよく頭を下げた。

 彼女はエレナと御者を助けてくれた命の恩人。彼女が来なければ少なくともエレナは何も出来ず死んでいたのかもしれないのだから。


「助けていただいてありがとうございます! 私に出来ることならお礼に何でもしますので……!」


「お礼なんていいのに……」


「いえ! それでは私の気がすみませんので!」


 眉を下げた女性に食い下がる。

 助けられたら何かを返す。

 人から受けた厚意には精一杯の気持ちを返すようにとエレナは両親から受け継いでいた。


(私に出来ることなんてあまりないけど、それでも何かをお返ししないと)


「うーん……。気持ちは嬉しいけど今は思いつかないからそのうち言うことにするよ」


「分かりました。思いついたらすぐに言って下さい!」


 やる気を目に宿らせるエレナに彼女はうんと頷き、座った時と同じように静かに立ち上がる。

 時間がそれほど経たないうちに椅子を元々置いていた場所に戻す様子にエレナは忙しいのかなと首を傾げた。


「この後、王太子の募集に集まってくれた女性全員が食堂に集まって夕食をとることになっているけれど、エレナさんは参加出来そう?」


 体が辛いならここで食事をとることも出来ると言われ、エレナはぶんぶんと首を横に振る。

 癒術薬をもらうかわりに募集に立候補してサセット国へ来たのだから、初めから集まりに欠席では印象が悪い。


(体の具合も悪くないし大丈夫。頑張るからには最初から印象をよくしておかないとね!)


「参加しますのでよろしくお願いします」


 エレナは笑顔でそう返した。



***



 支度を整えて女性に案内された食堂はエレナの想像をゆうにこえていて、その広さにぽかんと開いてしまった口を慌てて閉める。


「ここが食堂。空いている席に座って楽にして待っていてね」


 どうぞと扉を開けて中に入れてくれた女性は、自分はまた後でと中に入ることなく扉を閉めてしまった。

 エレナは軍人だし忙しいんだろうなと思う。

 短時間ながら話しているうちに姉のような存在に感じた彼女との別れを少々惜しみながらも、くるりと向きを変えて食堂の中をうかがった。

 広い室内はとても明るく、エレナが休んでいた部屋のように白を基調とした壁と椅子に目が向く。

 テーブルは脚が透明な輝きを放ちガラス製と思われる。


(うわぁ、テーブルも椅子もすごい高級そう……。汚したりしないように気をつけないと)


 見当違いとも言える感想を持ちつつ、エレナは入り口近くの空いていた席に着く。

 すとんと腰をおろすと座り心地がよく、初めて座る椅子なのに窮屈ではなかった。

 それからまわりを見てみると、たくさんの女性達が椅子に座って思い思いに会話に花を咲かせている。

 聞こえてくるのは自分の家はどうこうだ、このドレスはここをこだわっただとかエレナには到底参加出来ない内容で、話しかけられないようにじっとうつむくことに決める。

 エレナは他の令嬢達と違ってシンプルなワンピースを身にまとっていて飾りもなく化粧もしていない。

 一言で表すなら、綺麗に着飾った女性達の中でエレナは確実に浮いていた。

 それも悪い意味合いであることに本人は気づいているが、エレナにとって母が作ってくれたこのワンピースは何よりも好きな洋服だった。

 他国の王太子に会う目的があるので念のためにレオナルドに確認をとったところ、それくらいなら大丈夫だろうと及第点ももらっている。

 ただ、話しかけられて会話がこじれたらややこしいので、エレナは関わらないようにちくちくと感じる視線をひたすら黙殺していった。



***



(まだかなあ……)


 黙殺を続けてしばらく、きゅるきゅると小さく鳴り始めたお腹をさすって夕食への思いをはせる。

 母が倒れ、王太子の訪問、急な出立に昼食を忘れ、おまけに軽食すらとることなく今の時間まで食べ物を口にしていない。

 時間が経つほどにまだ見ぬ王太子のことよりも夕食が気になってしまい、エレナはゆるむ口元を引き締めた。


(危ない危ない。夕食を想像して口を開けてたところを王太子様に見られでもしたら、レオナルド様に怒られるかもしれない……!)


 自分が恥ずかしい思いをするのは耐えられるけれど、自分を通してノーランド家やライズ国に影響するのだけは避けたい。

 突き刺さる視線に加えて自分の内からこみ上げる空腹にも耐えなければならないのか。

 そう思い少し意識が遠のいていると急にまわりの令嬢達が色めき始めて意識をすぐに戻す。

 いつの間にか扉が開かれて、二人の青年が入って来る。

 一人は穏やかそうな印象で茶色の髪と目を持ち、もう一人はつり上がった黒い目と同色の短い髪を持ち厳しそうな印象を見る者に与え、二人はエレナから見て一番奥の一際豪華な椅子の後ろに並んだ。


「ラディアント様の側近のチェイン様とエドワード様よ」


「お二人とも素敵ね」


 頬を染めて話し出す令嬢達にエレナは思わず頬がひきつる。


(まさかこの中に二人を好きな人がいたりしないよね?)


 彼らに会いたくて立候補した人がいるとしたら失礼であるし、自分がもしも王太子の立場なら寂しい気持ちになると想像しながらラディアントの登場を待った。



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