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1 女は愛嬌?彼女は度胸!


 ライズ国、ノーランド子爵領。

 他の子爵領よりも狭く、王都からはだいぶ離れた田舎とも言えるその地は今日もまた平和な時間が流れていた。


「エレナ姉ちゃん今日は何するの?」


 子供達が一人の女性のまわりに集まり、目を輝かせて笑顔で見上げている。

 数日の間降り続いていた雨はあがり、青空の中を雲がゆったりと流れていく様子に水色のぱっちりとした目をやりながらエレナは考えた。


(雨が続いたから畑仕事は出来ないし、少し歩いて山に出かけるのもまだ足場が悪いしなあ……)


 寒い冬が終わりを迎え、季節は春を刻み始めている。 そろそろ畑の準備をと思っていた矢先の雨で、体を動かせると思っていたエレナはがっかりとしたが幼い時から自他共に認める雨女のため切り替えは早かった。

 子供達の視線を感じながら外は諦めて家の中で過ごそうかと考えた矢先、自分の名前を叫ぶように呼ぶ声が聞こえて後ろを振り返った。

 小さな姿が段々と大きくなり、エレナと同じ茶色の髪と水色の目を持つ少年が目の前で息を切らしながら立ち止まった。


「ジル、そんなに急いでどうしたの?」


「はあっ、は……っ。姉さん、今すぐ家に帰るよ……っ」


「え……?」


 不思議そうにする子供達の間を通り、ジルはエレナの腕をつかんで足早に歩き出す。

 エレナは引っ張られる形のまま後ろを見て子供達に謝り、ジルの様子をうかがった。


(ジルが焦ってるなんて珍しい。何があったんだろう?)


 体を動かすのが好きで仕事をしている大人に頼まれて子供達とよく遊んでいるエレナとは違い、ジルは日々勉学に励んでいるタイプで取り乱すことは滅多にない。

 そんな彼の様子にエレナは心臓の妙な鼓動を感じて黙ってついて行った。



***



「母様が倒れた……?」


 家に着いてリビングに入ると、ソファーに腰をかけていた父が深刻そうな顔をして震えた声で簡潔に告げた。

 それは少し前のこと。朝食の後片づけを終えた母が洗濯を始めようとした途端、胸の痛みを訴えて意識を失ってしまった。

 幸い父がすぐ近くにいて倒れる体を受け止めたことで床に体をぶつけずに済んだが、父はすぐさま医者を呼びつけた。

 ノーランド家かかりつけの医者の見立てにより心臓の病だと診断されたそうだ。


「それで状態はどうなのですか?」


 急な事態にエレナもまた声を震わせて問う。

 母はちょっとやそっとじゃ動じない人で、貴族としては変わり者の自分でも温かく包んでくれる大きな存在。

 そんな母が心臓の病だと知り、出来ることなら今すぐ部屋に駆けこんで姿を確認したいほど。

 父と弟の表情があまりにも暗いものだから母の病状が軽い物ではないと察した。


「医者によれば原因は不明だそうだ。一時しのぎの処置として薬を打っているが長期間は難しいと言われた」


「そんな……っ」


(少し前まで笑ってたのに。いってらっしゃいって、みんなにもよろしくねって笑ってたのに――!)


 どうすれば助かるのか。何も手立てはないのか。エレナは立ったままの姿勢で必死に考えを巡らせる。

 令嬢として多少変わり者の位置にいるエレナだが、子爵家の令嬢として全く学がないわけではない。

 雨の日は外にいられないからここ数年は専ら読書に時間を費やし、邸内にある書物には大体目を通している。

 父が読書好きのためジャンルは様々で、国外の本が翻訳された物もある。

 考える中でエレナはわりと最近読み終えたライズ国の近代史について書かれた本の内容を思い出した。


「父様! 癒術薬ゆじゅつやくです! 隣国のサセット国で作られている癒術薬があれば原因不明の病でもきっと治ります!」


「癒術薬……」


 父はエレナの言葉にぽつりと呟き、顎に手をあてて考える仕草を見せた。

 エレナの隣に同じように立っていたジルは腕を組み、ゆるゆると顔を横に動かしていく。


(癒術薬。サセット国から輸入している魔術がこめられていてどんな病も怪我も治るとされている薬。それは僕だって考えた。でも……)


 ジルはうつむいてくしゃりと顔を歪ませる。

 確かに癒術薬があれば母はすぐに元気になるだろう。

 しかし癒術薬は輸入量が少ない上にかなりの高額。貴族とはいえ下級貴族のノーランド家では一つ手に入れるのも難しい金額だった。


「エレナ。それは私もジルも一番に考えた。しかし、その薬は国内ではかなり貴重な物でね、手に出来るのは王族かそれに続く上級貴族の家系くらいなんだよ」


「嘘……」


 唯一とも言える希望だったのに。

 エレナは肩を落とす――が、ふと疑問が浮かびあがって首を傾げた。


「それならサセット国に直接行って買えばいいのでは?」


「エレナ……?」


「姉さん……?」


 父とジルの問いかけを耳に入れながらも、名案だとエレナの顔には希望を見いだした喜びがにじむ。

 目をきらめかせ、興奮からか頬を赤く染め、エレナは口を開いていく。


「そうだ、それがいいよ! 輸入品が高いなら直接買えばいいんだ! 父様そうしましょう!」


 今すぐにでも向かおうといった勢いでまくし立てる娘の様子に父は思わず苦笑いをして軽く咳払う。

 きょとんとするエレナに出来るだけ優しく聞こえるように話し始めた。


「ライズ国とサセット国は確かに国交があるけれど、国民がいつでも自由に行き来可能なほど開けてはいないんだ。行くとなると両国の許可がいるから時間がかかる」


「姉さん知らなかったの?」


「私だって知ってたよ! 急なことにうっかり忘れてただけだからね……!」


 信じられないといったようにきりりとした目を大きく開いた弟の視線を受け、エレナは顔を背けて窓の外に視線を向けた。

 青空と輝く太陽が綺麗でいつもは見るだけで明るい気分になるのに、今この時はちっとも気分がよくならないとエレナは胸の内で思ったのだった。



***



 母の元に駆けつけたいのをこらえ、エレナは自室のベッドに座って未だ考えこんでいた。

 しかし、うーんうーんと唸れどもいい案は浮かばずますます気分が落ちこんでいく。


(こんなことになるならもっと医学に目を向けてればよかった。……まあ今更どうにもならないけど)


 起きてから思うなど後の祭り。エレナは惜しむ気持ちをさっと捨て、一時休憩とばかりに人目がないのをいいことにベッドに寝転がろうとした瞬間――。


「え……」


 がちゃりと勢いよく扉が開いて半端な姿勢のまま父と目が合う。

 慌てて居住まいを正して父を見れば彼の肩越しに誰かの姿が視界に入る。

 所々に金色があしらわれている白い軍服が目に入り、父よりも高い位置にある顔に視線が上に向く。

 さらりとした金糸の髪にアメジストのような目、国王によく似た顔立ち。――ライズ国王太子、レオナルド・フィリップ・ライズが笑顔で立っていた。

(えぇ――――!)


 叫び声を出さなかったことをエレナは自分自身をほめたいと後ほど思うのだった。



***



 固まる父と笑顔のままの王太子にエレナは立ち上がって謝罪を繰り返し、邸内に一室だけある貴賓室へと向かう。

 中に入るとジルがすでに立って待っていた。

 レオナルドを上座へ促し、腰をおろした所でエレナは飲み物をと部屋を退室しようと試みる。


(子爵位の家に王太子様が直々に来るなんて嫌な予感しかしないんだけど!)


 普通なら王太子本人が子爵の家に来るなんてありえないとエレナは思う。

 父の表情が困惑気味なことから事前に約束していた訪問ではなさそうでエレナはますます嫌な予感がする。


「すまないけれど急ぎの話なんだ。飲み物はいらないよ」


「……分かりました」


 あっさり退路を絶たれ、エレナは渋々いつの間にか座っていたジルの隣に腰をおろした。

 テーブルを挟んで王太子、エレナは父とジルに挟まれる形で座っている。

 レオナルドは父に視線を向けて再び口を開いた。


「端的にお話ししますがブラウンさん、エレナさんにサセット国の王太子、ラディアント氏の友達募集の候補者として立候補してほしいのです」


「友達募集、ですか?」


 親子三人で目をぱちくりとさせて詳細を問えば、レオナルドは膝の上で組んでいた手を組み替えて頷く。

 サセット国には他の国にはない特徴がある。それは代々次期王となる王太子が女装をするというものだ。

 詳しいことは不明だが、初代国王の息子――二代目国王が王太子の頃よりの習わしのようで、ライズ国の王太子は例外なく女装していると言われている。


(理由が女性の気持ちを理解するためって言われているけど私だったら無理だなあ。いくら女らしさが足りないって言われいても男装してなりきれないや)


 この度ラディアントがさらに女性について学ぶために国内外から友達を募集しているという話らしく、ライズ国としてはサセット国と今よりも関係をよくするために誰かを向かわせたいということのようだ。


「王族関係者の中で候補者を出す予定でしたがなかなか決まらず……。そんな時にこちらのノーランド家に活発なお嬢さんがいると聞き、ぜひお会いして出来るなら候補者をお願いしたいと思いました」


 眩しいほどの笑みを向けられてエレナと父の笑みは引きつっていく。

 ジルだけが笑みを崩さす余裕の笑みでレオナルドを見つめ、エレナは弟の肝の据わりように心の内で大拍手を送った。


「しかしレオナルド様。娘は確かにそれが取り柄ではありますが、国同士の関係をお考えならばいささかならず力不足かと」


(そうだそうだ! 王太子様の前でうっかり畑の話なんかした日には即刻強制送還されるに違いない!)


 うんうんと父の言葉に大きく頷いて自分には荷が重いですアピールを試みるエレナ。お偉いさんのご機嫌とりで窮屈な思いをするのは真っ平ごめんで、隣から感じる冷たい視線には知らぬふり。

 不安げなブラウン、話がなくなることに期待するエレナ。冷静に事の成りゆきをうかがうジル。

 三人の視線を受け止めてレオナルドは笑みをいっそう深く刻んだ。


「心配いりません。いい方向へ向かうにこしたことはありませんが、今回の話しは何か問題が起きて途中で候補から外れてもお咎めはないと約束されていますから」


「ですが――」


「エレナさんは年頃ですし、見たところ健康でいらっしゃる。募集の条件にもピッタリです」


 にこにこと笑顔で声も穏やかなはずなのに、レオナルドが言葉を重ねるごとに何だが身動きを封じられているような気がしてエレナはこくりと喉を鳴らす。

 父の言葉を遮られ、エレナ達に拒否する権利はないのだと言外に言われているような気がした。


(そっちがその気ならこっちだって考えがあるんだから。――女は愛嬌だって? 私は度胸だ!)


 言葉を重ねられる中でエレナは一つの可能性を閃いた。そんな大変なことを頼むくらいだからこちらからお願いの一つくらい頼んでみてもいいだろうと。

 エレナは息を深く吸ってレオナルドをじっと見つめる。


「――分かりました。一つだけお願いを聞いていただけるのでしたらその話をお受けします」


「本当ですか」


 驚く父と弟を視線で制し、エレナは再度レオナルドを見て頷き、そして強気な笑顔を浮かべた。


「はい。かわりに癒術薬をいただけるのでしたら」



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