第9話 正義無き力
長さは前のお話と同じ位。
目には目を、
馬の立てる蹄の音。
ガタゴトと荷物を揺らして駆ける。
平原を越え、丘を越え。
港町に着いたのはその日の夕方の事だ。
港街は、遠くから見ても分かるほどの外壁で覆われた都市だ。3ヶ所ある内の一つの北門は未だ閉じられてはおらず、大きな扉を一杯まで開き、衛兵が入門待ちの者達の確認作業に勤しんでいる。
「ほっ、なんとか間に合いそうですよ」
門が閉じる前に港町に着けて心底ほっとするポラック。
門が閉じれば、次に開かれるのは翌日の朝だ。衛兵が見張る門の前とは言え、わざわざ街の外で一晩明かす理由もない。 雨風を凌げるに越したことはないのだ。
門の前には街へと入る人の列もあるが、それはすべて門外の畑で作業をしていた者達なのだろう。首に下げている小さな木の板を見せては、次々と入門していった。
「そういえば、タクミさんは身分証をお持ちで?」
「……持ってないわ」
身分証が必要なのか、とタクミは内心困っていた。
街に入れなくても困らないが、森まで戻る面倒臭さがあり、どうしようかと悩んでいた。
タクミのそんな内心を察してか、ポラックは言葉を付け加えた。
「なにご安心を。身分証があったら入門がスムーズに出来ると言うだけです。まぁ、身分証が無いと街へ入るたびに仮身分証の発行手数料で銀貨1枚が掛かりますからね。持ってたほうが便利というわけですよ」
なるほど、と呟くタクミ。
今回は仕方ないが、身分証を手に入れておいて損は無いとタクミは納得していた。
ついでとばかりに、タクミは身分証を手に入れる方法を聞きだす。
「身分証ってどうやって手に入れるの?」
「そうですな、その街にある中央庁で住民登録して手に入れる方法。職人互助組合や商人互助組合に所属して手に入れる方法、ちなみに私がこれに当たります。あとは、冒険者斡旋組合に所属する方法。これが一番簡単です」
つらつらと説明するポラック。
まず中央庁での登録は毎年の税金が掛かる上、身分を親族が保証するなどの証明が必要なためタクミには出来ない。
次に職人互助組合や商人互助組合に所属するにはまず、その職人や商人の元で下働きをし、能力があると認められれば推薦状を貰え組合に所属出来る。推薦状が無ければ所属は出来ず、身分証も手に入らない。
そして最期の冒険者斡旋組合は名前だけで登録が出来、登録料以外の税金は発生しない。その代わり、実力のない者が生きていくには厳しい組合だ。
その説明で、タクミがどの組織に所属するかは決まったようだ。
「冒険者斡旋組合でいいわね」
「ふむ、タクミさんなら実力も有りますから大丈夫でしょう」
ポラックは笑顔を浮かべ、タクミの新たな門出を祝福した。
「あ、ちなみに互助組合や斡旋組合は長いので、ギルド、と省略するのが一般的です」
そんな言葉でポラックは会話を纏めた。
「ようこそ、港街ラタリアへ」
門を見張る衛兵の歓迎の言葉を受け、タクミ達二人は門を潜る。
道の左右に建て並ぶ民家の数々は、ハヌア村なだと比べ物にならないほどの密度であった。
木造だけではなく、石を切り出して積み上げたブロック状の壁の家から、確りと造られたレンガの家など、様々な建物がところ狭しと並んでいた。
ポラックの話では、宿は三ヶ所ある街門のすぐ近くか、街の商業区付近に多い教わっていた。
既に日も沈んだ時間帯。酒場などの夜でも営業している店以外は殆ど閉まっているため、今はすぐに泊まれる宿を探すことを優先した。
既に門番の衛兵から値段も手頃な宿の場所は聞いていたタクミは、特に迷うこと無く建物にぶら下がる看板を確認しながら、目的の宿を探し当てた。
「癒しの風・イレーネの宿」と書かれた3階建ての宿。なかなか確りとした石と木の建物は、1階部分が食堂と受付があり、2階と3階部分に客室が用意されている。
食堂にはちらほらと食事を摂る宿泊客と思しき人が疎らに居り、タクミの姿をちらりと見たかと思えば、すぐに食事に戻った。
タクミは気にすることもなく受付に備え付けられたハンドベルの様な呼び鈴を鳴らす。すると食堂側から一人の女性が現れ、受付のカウンター内へと入っていった。
「いらっしゃい。ええと、君は一人なのかな?」
「……ええそうよ。一晩部屋を借りられるかしら?」
子供らしからぬ雰囲気と受け答えに、受付の女性は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。こういう所はある意味、客商売としての切り替えの早さなのだろう。
「はい、空いてますよ。朝夕に食事がついて一泊二食で銅貨50枚です。こちらにお名前も書いてください」
差し出された羊皮紙に、用意されたペンとインクで名前を書く。
次に鞄から袋を取り出し、そこからさらに銀貨を1枚取り出し女性に渡す。
女性は受付の奥へ行き、銅貨50枚のお釣りと部屋の鍵を受け皿に載せ持ってきた。
タクミがお釣りと鍵を受け取ると、女性が尋ねてきた。
「お夕飯は今食べますか?」
「ええ、お願いするわ」
食堂の中、一つの席へ案内されメニューを渡される。と言っても、スープは2~3種類の内から、メインディッシュは肉か魚のどちらかを選ぶだけの簡素なメニューだ。パンは少々固めで両掌に乗る程の大きさのパンが一個まるまる出され、他の料理も量はなかなか多い。ラタンシーノと呼ばれる魚の香草焼きと、同じ魚の魚介スープは、タクミの胃を満腹にするには十分だった。
食事を終え、自身に割り当てられた客室へと向かうタクミ。
部屋の中で水を生み出し、布を湿らせ体を拭う。
さすがに部屋の中で火もしくは突風を起こすのは危険だと判断し、只管水を生み出しては消し、生み出しては消した。
程よい疲労感と頭痛を感じたので靴だけを脱ぎ、ベットに横になる。
マットレスや敷布団といった物はない。木製のベットに毛布が二枚用意されているだけだ。
だが、地面に直接寝ていた時期を思い出し、その時と比べればなんて事は無いと、一人納得して目蓋を閉じた。
翌朝、厨房では朝の仕込みを居ているのだろう。魚介スープの良い匂いに釣られ、タクミは目を覚ました。
荷物を持ち、階下へ下りる。食堂には昨晩と同じく客が疎らに居り、各々が食事を摂って寛いでいる。
タクミも空いた席へ座り朝食を摂る。
空腹を満たしつつ、その日の予定を頭で整理していた。
宿の外へ出て、目的の身分証を手に入れるために冒険者ギルドへ向かう。
道順は宿の女将に聞き出していた。特に迷うことはないので、周囲の建物の景観や、店の外からでも見ることが出来る商品を眺めたりと、ゆっくりと歩き回りながら目的地を目指した。
冒険者ギルド。
その内部は騒がしい、の一言に尽きた。
内部は重量感のある厳つい甲冑を着た者、革製の胸当てや裾の長いローブ等の軽装に身を包む者。そしてその場に居る全員が大なり小なり殺傷力のある武器を腰や背に携えていた。
現代ならば銃刀法違反で即刻捕まるだろう姿の者達、ある者達は小さなテーブルを囲み話し合い、別の者は受付のカウンターの様な所で何やら相談をしていた。
冒険者ギルド内の掲示板には様々な『依頼』が貼り付けられている。
街内部の依頼ならばゴミ拾い、し尿処理、外壁修理材の運搬などの雑用が有り、街の外での依頼ならば薬草採取、獣・魔族討伐、商人護衛などの危険な依頼が有る。
それらの依頼を一手に引き受け解決していくのが冒険者ギルドであり、その組織に所属する冒険者たちは、言わば体の良い便利屋だ。
最も身分証を手に入れやすいギルド。その実、最も人死の多いギルドでもある。
街の外は危険だ。その危険の中で仕事をする冒険者は常に死の危険と隣り合わせだ。
人員の増減が激しいからこそ、特別な管理がされている訳ではなく、名前と特徴さへ記録されていれば誰かの保証なども必要ない。
ある意味タクミにとっては都合が良かった。
家族、親族も居らず、保証する人すら居ない存在。それがタクミだ。
そのタクミは、今まさに冒険者ギルドにやってきていたところだ。
正面は両開きの扉、その片側を押して入ればガヤガヤとした喧騒が一瞬鳴りを潜めた。
冒険者ギルドへと入ってきたタクミを無遠慮に観察する周囲の者達。だがそれも長くは続かず、また仲間内で会話が始まると、タクミを見るものは居なくなった。
タクミのの中で、冒険者ギルドに対する評価は下がっていた。
周りで騒がしくしている冒険者だけでなく、カウンターの内側で作業を行っている、揃いの服を身に纏ったギルド職員と思しき者達からも無遠慮な視線を受けたからだ。
職員がこれならば、そこに所属する冒険者達もその程度なのだろうと、タクミは頭の片隅で考えていた。
ギルドへ来て開幕一番の不快感に耐えつつ、身分証と日々生きていくための日銭を稼ぐためにタクミは空いている受付へと足を進めた。
「ちょっといいかしら?」
「っ……はい、なんでしょうか?」
タクミの姿を間近で見た職員の女性は一瞬、息を呑んだ。原因はタクミの白髮と赤黒い目だと言うことは予想に難くない。
だが常日頃から厳つい冒険者達を相手にしているからだろう、直ぐに意識を復帰させ対応していた。その点だけは評価を上げたタクミだった。
そんなことを考えつつ此処に来た本来の目的を果たす為に話を続ける。
「ギルドに登録したいのだけれどいいかしら?」
「え?」
タクミは前言を撤回した。
だがこれも無理は無い。受付の女性の前に居るのは5~6歳程の少年なのだから、仕方ないといえば仕方ないのだが、タクミには関係のないことであり、無駄に何度も止められ手続きが進められなくなるのは不快以外の何者でもない。
「私じゃダメなのかしら?」
「いえ、そう言う訳では……こちらの書類に必要事項を記入してください。えっと代筆は」
「必要ないわ。自分で書けるから」
そう言って渡された羊皮紙に羽ペンで記入していくタクミ。
記入した項目は名前、歳、出身、得意武装の4項目と、生前では考えられないほど簡素な書類だった。
覚えたてのウェドゴニー共通文字でさらさらと書いていくタクミ。歳は自分の姿を確認した時に代替小学校に入った頃だと断定して6歳位、そこに数え年で「7歳」で記入した。出身は存在しないので「ハヌア村」と書いた。
外で魔族と戦う危険性があるからか得意武装などという見慣れない項目も有った。ナイフと、村を離れる前にカールから譲り受けた弓しか武装は無いので「ナイフ・弓」とだけ記入した。
商人でも無いタクミが当たり前の様に文字を書いてることに驚き、余計に混乱する受付嬢。
タクミが書類に記入し終わり、受付嬢に返す頃になってやっと意識を取り戻していた。
「……記入内容に問題はありませんね。ではギルドについて説明させて頂きます」
そう言って受付嬢は説明を始めた。
ギルドの規約から始まり、依頼の受諾、報酬の受け取り方法、素材の買い取り、資料の閲覧、ギルド加入の特典。様々な説明を受けてはその都度質問をし疑問を極力解消していく。
その質問のたびに受付嬢は固まっていた。普段なら聞かれることのない規約の細かなニュアンスの違い、依頼選びでの気をつけるべき点、報酬金額の設定基準、他細々とした疑問点。普段ならば10分も掛からずに終えるはずの説明に30分も費やしていた。
普段以上に時間も神経も使った説明に受付嬢は疲れていたが、そこは受付としての意地なのか笑顔だけは維持していた。
「……他に質問はございますか?」
「そうね、聞きたいことは粗方聞いたわ。お疲れ様」
「いえいえ、ご満足いただけてなによりです」
すでに受付嬢の中でタクミに対する印象と対応は変わっていた。すでに相手を子供とは思っておらず、丁寧に、そして矛盾が出ないよう慎重に話していた。
タクミも疑問などは出てこず、長々と拘束してしまったので労いの言葉を追加していた。
双方が満足し、あとは身分証の発行のみを残した頃合いのこと。
「では冒険者ギルド証の発行をしたいと思います。すこしお時間を頂き――」
「おいおい、ここは餓鬼の来るところじゃねぇぞ?」
タクミの後ろから聞こえる無遠慮な声。
革製の鎧に身を包んだ、顔の歪んだ汚い男が、見下すようにタクミに声をかける。
「おい、聞こえなかったのか?ここは餓鬼の遊び場じゃねぇぞ。わかったならさっさとお家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな」
再度喋り出した男。タクミは男を無視しつつ受付嬢に質問をした。
「受付嬢さん、一つ聞きたいことが出てきたわ。いいかしら?」
「……はい、なんでしょう?」
「おい、無視してんじゃねぇぞ!テメェみてえな餓鬼は見てるだけで目障りなんだよ!分かったらさっさと帰りな!」
尚も怒鳴り散らす汚い男。口を開くたびに唾をまき散らし、自分が正しいと信じて疑わないその醜い姿に、タクミは怒り以上に呆れを感じていた。
「規約第四項、『冒険者間の問題にギルドは関知せず、手も出さない』だったわね。その上で聞きたいのだけど、攻撃してきた馬鹿を返り討ちにしても、ギルドからの罰則は無いのよね?」
「……はい、罰則はありません。自らの身を守る権利は国法で定められてます。ですが、ギルド側から手助けすることも無いので気をつけてください」
受付嬢は確りと質問内容を噛み締め回答した。
タクミを心配し、注意も促していたが、タクミは表情を変えず自身の都合の良い回答を得て満足していた。
だがそんな2人のやり取りに、歪んだ顔を更に怒りで歪めた男が怒鳴りながら割って入った。
「俺様はDランクの冒険者だぞ!餓鬼は餓鬼らしく俺様の言ったとおりにしてりゃいいんだよ」
「あら、私は貴方のことを全くを持って知らないから、従う理由は無いわよね」
「こ……の糞餓鬼がぁ!」
怒りで理性が欠けたのか、激情に駆られるまま、男は腰の剣を抜き放った。
周りで見ていたものは息を飲み、そしてタクミの死を悟っていた。
「へへ……俺様を怒らせたテメェが悪いんだ。くたばりやがれ!」
「武器……抜いたわね」
タクミの呟きは誰に聞かれる事も無く霧散して消えた。
只々、関心の無くなった物を見る目で男を睨むタクミ。
そこに感情は無く、その顔に表情は無い。
唯一の感心事と言えば、この世界での「Dランク冒険者」がどれほどの強さを持っているのかと言う事だけだった。
タクミからしたら調度良い判断材料であり、最悪殺してしまっても問題のない人間が都合よく出来上がったことにだけ感謝していた。
「死ね!」
タクミが動き出さないのを、恐怖で体が動かない、と勘違いしていた男が大上段から剣を振り下ろす。
それを見てもタクミは動き出さないので、男は既に次の場面を夢想していた。頭を割られ、夥しい量の血を撒き散らして死体と成るタクミの姿を。
だが、
「死ぬのは貴方よ」
その一言が聞こえた時には男の体が浮いていた。
けたたましい音を響かせながら壁に激突する男。自分の身に何が起こったのか分からず呆けているが、遅れてやって来た激痛と腕に感じる違和感でそれどころでは無かった。
立ち上がろうと床に手をつける。その時になって初めて気づく自身の異変。
男の右腕は、肘から先が千切れていて存在していなかった。
「ぎいぃやぁああああぁああぁあ!腕が!俺様の腕があぁああぁ!」
「忘れ物よ」
その一言と共に投げ渡された物。それは既に炭化していた男の肘から先の部分。
醜い顔で涙を流し泣き叫ぶ男は、自分の変わり果てた右腕を抱えて泣き続けていた。
タクミの行動は至極単純だ。
男が片手で剣を振り下ろしたのを見た後、男の懐に背を向けるように潜り込み、ナイフの刃を天井に向けて男の振り下ろされる腕の下で待っていただけだ。
タクミ自身はナイフを設置していたに過ぎず、男は自身の腕力で自らの肘関節を切り裂いた。
だが威力が足りなかったのだろう、関節を狙ったとはいえナイフ一本で筋肉のついた腕を切り離すことは出来なかったようで。肘を半分ほど切り裂いた所でタクミは男の手を掴み、体を捻って繰り出した回し蹴りで男の胴体を蹴り飛ばし、無理矢理腕を引きちぎった。
その後、思考のみで、慣れ親しんだ炎を生み出し、一瞬で男の右腕を燃やした。
ここまでの行動を全て見切った者は、その場に居た大勢の冒険者の中でも数えるほどしか居なかっただろう。
どうやって炭化するほど炎を生み出したのか?子供の体でどうやってDランク冒険者を吹き飛ばしたのか?どうやって腕を切り裂いたのか?少なからず疑問を持っているものが殆どを占めていた。
そして、タクミに対応していた受付嬢も、一瞬の出来事に混乱していた。
その混乱の中、最初と変わらない無表情でタクミは受付嬢に尋ねた。
「ギルド証、発行して貰えるかしら?」
「……っ!はい今直ぐにご用意いたします!」
意識が戻るまで時間は掛かったが、いざこざのせいで冒険者ギルド証を用意していない事に気づき、慌ててカウンターの奥へと下がる受付嬢。
腕を失った男は未だ泣き喚いていた。男の仲間と思われる者達がギルドの奥へと男を運び込んでいった。ギルドの奥は簡易的な医務室があり、そこで腕を失った男を治療するようだ。
数分の後、一枚の木板を持って受付嬢が現れた。
「こちらがギルド証になります。こちらの焼き印を指で触れて頂ければ登録完了です」
そう言って手の平サイズの木の板を差し出す受付嬢。
木板には名前だけが彫り込まれており、それ以外は冒険者ギルドの看板にもなっていた猛禽類の横顔を模した印が押し当てられていた。木板の四隅にも光に反射する小さな粒が埋め込まれていた。
言われた通り、ギルドの印に指で触れる。すると魔法を使った時と同じ、少々の体の力が抜ける感覚の後、四隅の粒が淡く光出した。
これで登録が完了したのだろう、受付嬢が木板をタクミに差し出した。それを受け取りタクミは冒険者ギルドの外へと、
「ねえ君、実力が有るなら僕らとパーティーを組まないかい?」
「いや、こっちのパーティーに来い、優秀な者ならいつでも歓迎だ」
外へと、出ようとしたところを呼び止められ勧誘されていた。
パーティーとは信頼出来る仲間と組むグループの様なものだ。
それぞれの役割や稼ぎの分配の性質上4~8名程の人数でパーティーを組む。
それ以下であれば危険性が増し、それ以上では取り分が減る。
上手く考えられている、とタクミは思った。思っただけであり実際に組むかどうかは別問題だ。
「退きなさい」
タクミの底冷えするような一声に、周りで声をかけた者達は直ぐに道を開いた。
ギルド登録早々の騒動と、登録前の不快な視線。その二つはタクミに不信感を与えていた。その上で、掌を返す様な対応をする冒険者達に煩わしさと気持ち悪さを感じ、杜撰な対応になっていた。
今はただ、街の外へ出たかった。
人と関わるのはあまり得意では無いタクミは、見ず知らずの人間が集まるこの場に留まりたくなかった。
だからこそ、さっさと外へと歩き出していた。
造られたばかりのギルド証を見せ、門は直ぐに通り抜ける。
町の外、外壁周辺に存在する畑では農夫たちが汗水たらして作業に勤しんでいた。
その農夫たちを横目に街道を歩き畑が見えなくなった所で道から外れて歩き続けた。
最初にタクミが目覚めた森ほど、鬱蒼とした森はここラタリア周辺には存在しない。
有るのは小高い丘、膝丈ほどの草の草原、その草原にぽつぽつと疎らにある樹木。
ところどころに小川が流れ、それは海へと続いていた。
手頃な木に背を預け、足を草の上に投げ出して目を瞑る。
寢るわけではないが、タクミは今、目と脳と気分を休ませたかった。
日は高く登ったが、まだ昼食を摂る時間帯では無いため、しばしの間、何も考えずに休み続けた。
魔法の力は様々な生物、無生物問わず影響を与える。
タクミの膂力が外見年齢に当てはまらず発揮されるのは、まさにソレが原因だからだ。
そして今も、タクミの元へ近づく規則的な足音を感じるのも、自身の体の中に存在する魔力の影響だ。
神経を研ぎ澄ませば耳にも届く、複数人の足音。少なくとも獣の類では無い事は確かだ。
タクミも目を開け、遠くからでも目立つ6人の集団を見やる。
その内の一人には、覚えが有った。
冒険者ギルドでタクミに絡んだ、右腕を失った男。
軽装の男と、右腕の無い男の後ろに、要所を板金で覆った鎧に身を包む重装備の男が4人、目に害意を込めてタクミに近づいていた。
右腕を失った男は復讐の為に、それ以外の者は仲間の仇討ちか、もしくは冒険者らしく雇われたのか……少なくとも、まともな理由な無いだろうとタクミは考えていた。
タクミはゆっくりと立ち上がる。その様子を見て男達はお互いに目配せをし、タクミを囲うように動き出した。
最初から示し合わせたような動き、目に篭もる明確な敵意。
「随分と、騒がしいわね」
「うるせぇ!テメェはここで死ぬんだよ糞餓鬼が!」
明確な敵意は明確な殺意へと変わり、その手には各々が得意とする得物が握られていく。
勝利を確信して下品な笑い声を上げる右腕の無い男。
同じように下品な笑みを口元に貼り付けた男達。
ドラマに出てくる三下の様な台詞。
冒険者と言うのは、この程度のものなのか?と、呆れ混じりの思考がタクミに溜息を吐かせた。
その動作すらも癪に障ったのだろう男達は、額に血管を浮き出させ、怒りに手が震えている。
鎧を着込んだ一人が叫び声を上げる。
「殺れ!」
向けられる敵意、殺意、武器、そして言葉。
この場に第三者がいれば、満場一致でタクミが被害者だと示してくれることだろう。
もう遠慮する必要は無い。
ここは草原。
街からも十分に離れ、街道からも大きく外れた場所。
騒ぎを起こしても誰かが来ることも無ければ、誰かに気づかれることもない。
そう、もう遠慮する必要は無い。
一人目が悲鳴を上げる。
男の持っていた片手剣は赤熱し形がゆがんでいる。その剣を持っていた男も、手が焼かれ、皮膚が溶けて爛れているのが見て取れる。
タクミから目を離してしまった二人目が悲鳴を上げる。
足が黒く焦げ付き、金属製の具足が溶けて足に張り付いていた。
斬りかかろうと飛び出していた三人目が悲鳴を上げる。
その胸当ては赤熱しており、男は熱さと痛みで混乱し、地面をのた打ち回りながら身を焼かれ続けた。
先ほど号令を上げた四人目が悲鳴を上げる。
頭は炎に包まれ、呼吸するたびに喉は焼かれ続ける中、助けを求めて叫び続けた。
軽装の男だけは唯一、誰よりも早く逃げ出していた。
その身軽さを全力で逃げることに使ったのだろう、その機敏な逃げ足はタクミも感嘆の声を上げるほどの早さだった。しかし、軽装の男は5番目に悲鳴を上げた。
逃げ出した進路上に突如、岩で出来た太い杭が現れた。それを避けることは叶わず、自慢の足でもって岩の杭に激突し、腹を貫いたまま息を引き取った。
一瞬で出来上がった地獄絵図に、右腕を失った男は呼吸も忘れてタクミを見ていた。
なにが起こったのか理解していなかったのかもしれない。
もしくは夢か幻と勘違いしたのかもしれない。
出来の悪い悪夢が周りで広がって居り、人間の焼け焦げる臭いが、熱された空気を伝って男の鼻を突く。
タクミは、元居た位置から一歩ずつ男の前へとやって来る。
その一歩ごとに、男は冷や汗が背中に流れるのを感じた。
なぜこんな餓鬼に、などとは思う余裕すら無かったことだろう。
ただ、自分の喧嘩を売った相手は、子供の姿をした悪魔か化け物の姿に、この瞬間は見えていた。
震えた足で逃げることも叶わず、腕を失った男は、突然吹き荒れた風に全身を切り裂かれ、最後の瞬間まで自身の犯した間違いに後悔しながら、その命を失った。
ある日を堺に、ギルドに所属する素行の悪いDランクの冒険者6名が行方不明になった。
最期に目撃された情報では、碌に荷物も持たず街の外へと「誰か」を追いかけるように急いで出て行った姿だけが確認されていたが、それ以降の情報は入っていない。
仮にもDランクの冒険者なので街の近場で危険な目に遭う事は無い程度に実力はあった。
だが近隣の村にも、別の町の冒険者ギルドにも、目撃情報は無く、それから2ヶ月が過ぎた頃、冒険者ギルドは6人は死亡したものとして情報収集を打ち切った。
読了、お疲れ様です。
この話では王道の様に絡まれました。
タクミはいつも通り、無表情で撃退しました。
どうでもいいけど、どうでもいい情報。
「ラタンシーノ」
40cm程の魚。脂分は少なく焼くとパサパサしているが、茹でる、蒸すと言った料理であれば身が柔らかく解れ、とても美味しく料理できる。