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(仮題)理不尽の清算  作者: 月見窓
6/12

第6話 命の価値 

第一村人発見。


おめでとう

君達は選ばれた。


このお話には暴力シーンや、グロテスクな表現は、言うほど含まれておりません

(多分)

 陽の暖かさを肌に感じとる。


 咽返るような血と獣の臭い。


 体に感じる怠さに不快感を覚えながら、タクミは目を開いた。




 乞食のように力なく座り虚空を眺めていた。

 大量の死骸の中で、膝を抱えて眠っていたようだ。

 朝靄が体に張り付き体温を奪う感覚、だが今はソレがとても気持ちよく、そのまま微睡みに身を任せてしまいたい…‥そんな風に思っていた。


 「お腹……空いた」


 空腹に目が冴えていき立ち上がる。

 周囲に積まれた獣、魔族、それらの死骸、常人ならば耐えられない惨状。そんな中いつもの能面のような変わらない表情でタクミは昨日仕留めた猪肉と果物を食べた。

 食事を終えると、今度は体中に染み付くほど浴びた血が気になりだした。

 着ている服を脱ぎ湖の中で体を清める。

 その時、綺麗な水面に映る自分の姿を見て動きが止まる。

 日本人特有の黒い頭髪は色が全て抜けたのか、真っ白に脱色されていた。泣き腫らした目は浴びた返り血で赤黒く染まっていて、洗っても洗っても白目の部分が戻ることはなく目を痛めるだけだった。左目の上に切り裂かれた傷、右腕の肩から肘に掛けて並んだ切り傷と、小さな体の至る所に切り裂いた跡や強く打ち付けた跡が残っていた。血は流れていないが、水をかけるたびに染みる鈍い痛みに、顔を顰める。

 血塗れの服も全て洗い、焚き火のそばで乾かす。

 乾くまでの間に、山と積まれた死骸の毛皮を持つ物だけを剥ぎ取り脂肪や肉を削ぎ落とす。

 ダイアウルフの爪を針代わりに、出来るだけ丈夫な皮を細く切り裂いていき革紐にする。縫い針は無いため、皮革に穴を開け、その穴に革紐を通していく。波打つように通された革紐が皮革通しを繋げる。即席の(かばん)が出来上がった。肩に掛ける紐も付け移動中に手が塞がらないように作られている。

 たすき掛けした鞄の中に処理を施した毛皮、ダイアウルフの鋭い爪や牙、野草と果実、焼いて余った肉を詰め込む。肉だけは全て詰め込むことは出来ないため半分程は手に持つことになる。

 これだけの作業を終える頃には既に日は傾き、空は既に茜色に染まっていた。


 昼食を摂らずに作業を続けていたらしい体は、壮大な音を腹から響かせていた。

 少し早めの夕食を取る。その後、大きめの穴を掘り死体の山をそこへ放り投げる。大きい個体は少しずつ切り離してから運び出し、死骸全てを捨て終わる頃には、周囲は宵深く、夜中といえる頃だった。

 土で埋め、その場から離れ、血の臭いが届かない場所まで移動した後、眠りについた。




 早朝。水を浴び、食事をし、出発する。

 湖は存外に大きくところどころが削られて湾の様になっている。迂回に迂回を重ねるも、目印となるものは見当たらず、片手間に火や風を起こしながら歩くだけの一日となっていた。


 魔族や獣を殺し、毛皮を剥ぎ取る。爪や牙は鋭いものだけを切り取り、ナイフの代わりに使う。

 ナイフも少しずつ欠けてきていた。錆や血の汚れはどうとでもなるが、欠けたものをもとに戻すことは難しい。一度、土を操作すれば金属とソレ以外を分離できるのでは?と考えたタクミは実験的に力を行使した。

 結論を言えば実験は成功とも失敗とも言える結果に終わった。

 鉄を集めることは出来た。が量がとても少なかった。五分ほど力を使い採取できたのは小指の爪ほどの小さな鉄の塊だった。その時点で頭痛に襲われたので続けることも出来ず、断念した。

 更に、集めた鉄でナイフの欠けた部分を補うが、その鉄自体の純度が高過ぎるのか、とても柔らかく曲がりやすい純粋な鉄であるため、何度が斬りつければ同じ部分が欠ける。まるで意味を成さない修繕しか出来ない結果となったのだ。

 強度を出すためには不純物を、特に炭素を混ぜ、鍛造する必要がある。だが圧倒的に鉄は足りず、混ぜ込む比率も知らないので今すぐ出来ることではない為、断念せざるを得なかった。



 湖から大きな川へと変化したのは七日目の夕方である。

 太陽の位置から方角を定め、湖の北側から南東に下って来たことが分かっていた。

 一貫して南方面に進んでいるので方角が大きく変わらず進めることに安堵していた。



 大きな川を見つけてからは足取りも軽かった。

 何度も迂回する湖の畔とは違い、直線的で迂回の必要もなく、進路を遮るような岩のたぐいもなく歩きやすい環境だった。

 川幅も広く、最も広いところでは100m以上は開いている為、視界も開けてる。

 緩やかに弧を描く程度には曲がっているが、それでもほぼ直線には変わりない。

 事実、タクミはこのとき川辺を早いペースで歩いていた為、約100kmに及ぶ道のりを二日で踏破していた。


 川は一度途切れた。

 全面に映る壮大な自然。

 コンクリートの箱の世界で生きてきたタクミには、その雄大な一面の森に、どこまでも続く澄み渡る空に、遠く雲を貫きそびえる山に、その全てに感動していた。

 テレビの中でしか見たことのないような全景に、どれほどの時間を費やしたのか。只々佇み眺めていた。

 いまタクミが立っている場所、それは登ることも降りることも困難な垂直に切立つ崖の上だ。

 崖の上にわざわざ登ったわけではなく、自分の歩いてきた場所自体が崖の上の森の中と言うだけだった。

 流石のタクミも下を覗きこめば、飛び降りて良い高さでないことが分かる。

 崖以外の下りることの出来る斜面を探すために、今度は崖沿いを歩く匠。

 二時間ほど歩くと、地面に幅1m、長さは森を数kmにわたって分断し何処までも伸びているひび割れ(クレバス)を見つけた。

 ひび割れの内部は所々の層が出っ張っていて狭いが、手足を掛けて少しずつ降りれば崖下に行くことも可能だと考えた。

 案の定、特に問題もなく、身体能力を遺憾なく発揮して崖下に降り立つ。

 崖の壁を元来た方角に戻り、今まで伝ってきた川へと戻る。

 そびえる絶壁を伝っていると、ドドドと腹の底に響く音が大きくなって来ていた。


 川幅も今では200m程有り、大河と言っても差し支えない川。

 その川から100m前後の自由落下で莫大な量の水が流れ落ちる様は、まるでナイアガラの滝を彷彿とさせる。

 ここの風景を店の人達にも見せてやりたいと、今はもう思い出せない顔を思い浮かべていた。


 滝を見納め、川にそって歩き始めた。

 歩きながらタクミは水を生み出していた。

 少しずつ大きな塊で生み出し、形を整える。

 サハギンが行ったように水の玉を打ち出そうとするが、撃ち出すための原理が巧く想像出来ないのか弾速は遅く、木に当てても表面を濡らすだけだった。

 どうも水の操作に関してだけ言えば、他の火や風の操作よりも難しく、より疲れやすい。

 休憩するために足を止め、果物を一個取り出し齧りつく。

 程々に怠さが抜けた頃、遠くから茂みを掻き分ける音が聞こえた。

 ナイフを片手に木陰に隠れ。音のする方を覗きこむ。

 距離があり姿形を確認することは出来ない、が一つだけはっきりと分かる事がある。


 「おい!もたもたするな!さっさといくぞ!」


 ――人間の声だ。それも男の低い怒鳴り声だ。


 「こんなとこで野宿なんかしたかねぇだろ!?急いで戻るぞ!」


 「へい、親分!」


 袖や裾が広がっているゆったりと着れるタイプの服、しかし所々ボロボロで泥に汚れていて見すぼらしさが目立つ格好だ。そんな服を着ている親分と呼ばれた大男と、部下と思われる痩せていたり太っていたりの四人の男。強面の男達の手には剣が握られ、背にはそれぞれ荷物を担いでいる。どう見ても堅気の人間とは思えない要素が満載だった。


 「それにしてもボロ儲けっすね。人質取るだけで何でも言う通りに用意するんすから、奪い放題っすよ」


 「オデは早く、に、肉が食べたいな」


 「アジトに付けば幾らでも食えっだろ。オレは早く女を抱きたいな」


 そう言って、中肉中背の男が縄を勢い良く引く。

 そのロープの先には、年若い娘と小さな少女が手を固く縛られた状態で前のめりに倒れていた。

 小さな少女は転んだ拍子に泣きだした。その声を聞いてロープを持っていた男は少女を蹴りあげた。


 「やめて!蹴らないで!」


 「ならさっさと立って歩けよ。じゃないとまたオレの右足が勝手に蹴っちまうかも知れねぇからよ?」


 「おねがい……この子に乱暴しないで」


 「おう、オレは優しいからよ。あんたがちゃんと相手(・・)してくれりゃ、乱暴なことはしねぇぜ」


 「ほんとに、乱暴……しませんか?」


 「そっちのガキには何もしねぇぞ。そっちのガキにはな」


 下卑た笑いを発しながら中肉中背の男はロープを引いた。

 泣いてる小さな少女の手をとって起こし、涙を拭う娘


 「大丈夫?痛くない?」


 「ひぅ……おねえちゃん……ごめんなさい」


 「痛いよね、ごめんね……ごめんね……」


 どうやら姉妹らしい少女二人はお互いに謝りだしていた。

 小さな少女は姉に迷惑を掛けたらしいと感じ取り、年若い娘の方はこの辛い状況に巻き込んでしまったことに対して、互いが別の理由で謝り合っていた。


 「もうすぐアジトだ!さっさと帰って酒の準備だ!」


 「へい!親分!」


 男達は川沿いを崖方面へと歩いて行った。

 会話の一部始終を聞いていたタクミは誰に聞かせる訳でもなく、小さく呟いた。


 「下衆共が……」


 能面のような変わらぬ表情、言葉は肝が冷えるほど冷たく、込められた感情は圧倒的な憎悪。

 一切の情けも必要ない、明確な殺意で男達の後ろ姿を見ていた。

 繋がれていた娘と少女に対する感情は何も持ち合わせていない。ついでに付いて来た付属品程度にしか思っていなかった、だが、悪意の塊のような先ほどのやり取りはタクミを焚き付けると言う一点においては満点の回答だったのだろう。「気が向けば助ける」程度には考えを改めた。

 タクミは静かに気取られること無く、男達の跡を追った。



 たどり着いたのは昼過ぎに見上げた巨大な滝だった。

 様子を観察していると、滝のすぐ横に大人一人が何とか通れるほどの窪みがあり、そこから滝の裏側に有る洞窟へと入れる様になっていた。

 洞窟の中は、滝の入り口を入り、曲がりくねった道を進むと大きめの広間が有るようだった。

 男共は洞窟に入っていってすぐに酒を飲み交わしているのだろう、騒がしく笑い合い、媚びへつらう細身の男のおべんちゃらがタクミにも届く。

 タクミは特に音を抑える理由もない、堂々と洞窟へと入り、当たり前の顔で男共の前に出て行った。突然の来訪者に全員驚き、酒を飲む手を止めたが、何が起こっているのか理解できている者はいなかった。

 タクミはゆっくりと辺りを見回す。男共は広間の中心に並べた食料を囲むように円を描いて座っていた。大男の後ろには、連れて来られた娘達が寄り添っている。その手足は震えており、その目は怯えたようにタクミを見ている。


 「誰だお前は!」


 親分格の大男が真っ先に立ち直り、大声で誰何する。

 その声で部下の男共も我に返ったようで、各々が立ち上がり、その手には剣が握られている。


 「へ、へへっ、ガキがこんな所で何のようっすか?」


 細身の男が不用意に近づき、タクミの側まで寄ってくる。


 「ガキが来るようなところじゃ無いっすよ。さっさとお家にかえ――」


 会話が途中で途切れる。タクミの手に握られた血塗れのナイフは、目の前の男の首を掻っ捌いていた。

 勢い良く吹き出す鮮やかな赤。自分の身に何が起こったのか理解する前に、細身の男は血を失い、事切れた。

 仲間が一瞬で殺された事に激怒した男共は剣を構えて同時に襲いかかった。

 最初に正面から飛び込んできたのは中肉中背の男だ。剣を大上段に構え、タクミに向かって勢い良く振り下ろす。その一撃は子供を殺すには十分な重さと速度だろう。だが、


 「ぎゃああああぁあぁぁあぁ!」


 右手を前に半身になって避けたタクミは、剣を振り下ろして隙だらけの男の太腿に、深々とナイフを差し込んだ。

 足に走る激痛から叫び声を上げ、剣を取り落とす中肉中背の男。


 左前方からは太った男が剣を突き出してきた。

 タクミは落ち着いて武器を取り落とした中肉中背の男の服を掴み、迫り来る凶刃と自身の間に、中肉中背の男を割り込んだ。


 「ゴフっ」


 「ドル!ち違う!お、おオデじゃない!」


 背中から腹にかけて刺し貫くほどに体重の乗った一撃を受けた中肉中背の男は吐血し地面に倒れた。

 刺し殺してしまった動揺からか、太った男はどもりながらも必死に弁解の口上を述べている。

 戦闘中だというのに剣を放してしまっていた。


 「ごひゅっ」


 ドルと呼ばれた男が取り落とした剣を拾い、それを太った男に向けて突き返した。

 喉を貫かれ血を流す太った男は、叫び声を上げることも出来ず、空気の漏れ出るような声を最期に絶命した。


 「ドル!ザッハ!ちきしょう!オイラの毒をくらえ!」


 (叫びながら来たら意味が無いじゃない……)

 などとタクミは戦闘中だと言うのに緊張感のないことを思ってしまっていた。

 タクミは背後から来るチビの男に振り返る。男が突き出していたダガーを持つ手を掴み手首を捻りながら、手に持ったままのダガーを男の肩に突き刺した。


 「ぎぃやあぁぁぁああぁ!毒が!毒があああぁぁああ!」


 ダガーに塗りこまれた毒に狼狽えて叫び声を上げるチビの男。タクミはその男の地面に叩きつけ、腕、手、指一本一本に至るまで浅く切りつけた。

 毒を使う人間が解毒の方法を用意しないはずがない。案の定、チビの男は解毒薬が入っている腰に括りつけられた袋を開けようと必死だが、斬り付けられた細かな切り傷の痛みで結び目を解くことが出来ず、泣き叫んでいた。


 最初に細身の男が、次に中肉中背の男が、太った男が、チビの男が、数秒の間に手下全員が殺され無力化され、いま生きて立っているのが親分である自分一人である事に気づいた大男は、娘を人質にし、その首に剣を当てた。


 「う動くな!大人しくナイフを捨てろ!」


 「おねえちゃん!」


 大男は叫んだ。それと同時に勝利を確信していた。

 自分たちが略奪を行った村でも、人質は大いに役に立っていたからだ。

 年若い娘を人質に捕れば、相手は抵抗もせずに殺されるか金品や食料を差し出すからだ。

 この時、大男は笑っていた。コレで勝てると。手下の敵が取れると。

 そして目の前の子供を惨たらしく殺した後は、人質に捕った娘を犯し尽くす。そこまで妄想をふくらませていた。


 だがタクミはそんな事など関係ないとばかりに動いていた。

 この時、大男は疑問を感じていた。なぜこの子供は止まらないのか?なぜ思った通りに物事が進まないのか。それと同時に大男は焦りも感じていた。ここで人質を殺せば、次に死ぬのは自分自身だ、と。


 ――大男は勘違いしていた。

 タクミが娘達を助けるために跡をつけて来た村の住人であると。

 ――大男は勘違いしていた。

 タクミが人質を無傷で助けようとする、情に厚く正義を重んじる人間であると。

 ――大男は勘違いしていた。

 タクミが普通の歳相応の子供であると。

 ――大男は運がなかった。

 タクミに見つかってしまった事がソレを物語っていた。


 タクミは自前の肩掛けカバンの中から、丁度良い大きさで、且つ鋭く尖っている牙を取り出すと、それを徐ろに投げつけた。

 大男は突然の攻撃に反応できず立ち尽くしていたが、その牙が大男に当たることはなかった。


 当たったのは、人質の娘だった。

 大男は頭が追いつかなかった。

 目の前の子供が獣の牙を吟味し、ソレを投げつけて攻撃したと思ったら、人質の娘の脚に刺さったのだ。

 何をやっているんだ?人質を助けたくないのか?そんな事を頭で考えてる間に、タクミはもう一つ牙を取り出し投げつけた。その牙は人質の娘の肩に刺さり、娘は痛みに悲鳴を上げていた。


 「いやああぁぁぁぁぁ!」


 「おねえちゃん!おねえちゃん!!なんでおねえちゃんを傷つけるの!たすけてよ!」


 「……なんで私が助けなきゃなんないの?」


 小さな少女がタクミを睨み抗議する。それをタクミは無慈悲な一言で切って捨てた。

 その言葉と態度に絶句するタクミ以外の三人。


 「私が戦ってるのに呑気に人質になって邪魔するような奴を、なんで助けなきゃなんないの?」


 「な……助けてくれてもいいじゃない!どうして傷つけるの!」


 「邪魔だからよ」


 本心からそう思っているのだろうと理解した。理解したことで希望が絶望に塗り替えられたことに、少女も人質の娘も目に涙を浮かべた。

 大男は必死に考えていた。

 どうすればこの状況を打破できる?どうやって生き残ればいい?相手は人質の命など路肩の石のように無視している。いつでも切り捨てる気でいる。そんな相手にどうやって対処すればいいのか。大男は悩み続けた。

 タクミはコレ以上話すことなど無いとばかりに肩掛けカバンから牙を取り出した。


 大男はタクミの投擲を待たず、人質の娘をタクミに向かって突き飛ばした。

 タクミが、突き飛ばされた娘の対処をしている内に飛び出し、人質諸共、剣で叩き切る手筈だ。


 (あ……死ぬんだ……私)


 突き飛ばされた娘は自分の死を悟った。

 いまこの場に自分を助けてくれる人は居ないと理解していた。

 目の前の、白髮に赤黒い目の不気味な男の子は、私を邪魔な木偶程度にしか思っていない。ならば次は突き返されるか、斬り殺されるしか無い。自然と溢れる涙を拭うことも出来ず、もうすぐ来るであろう痛みと死に、目を瞑り覚悟を決めていた。


 しかし痛みはいつまで経っても来る気配は無いどころか、突き飛ばされも斬られもして居ない。

 背中に腕を回され、支えられていた。

 何故?と思いなが、少年を見据えた。


 「運が良かったわね。おめでとう、貴女は助かるわ」


 独特のしゃべり方をするタクミにそう言われても、娘は理解が追いつかなかった。

 だが、殺されずに済んだことに安堵し、体の力が弛緩し、それと同時に意識を手放した。 


 「があぁあぁぁ!熱い!消してくれ!消してくれええぇえぇえぇ!」


 タクミの目の前には全身が炎に包まれた男がいた。

 肉の焼け焦げる異臭を振りまきながら地面に倒れ暴れまわっていた。

 呼吸するたびに熱された空気が喉を、肺を焼いているのだろう。(しわが)れた断末魔の叫びを最期に、体の四肢を折り曲げ縮める動きをした後、そこには黒焦げの焼死体だけが残されていた。


 タクミの行動は単純だ。

 突き飛ばされた人質を左手で受け止め、切りかかってきた大男の剣を右手のナイフで受け止める。間髪入れずに生み出した炎を男に打ち込み燃やし尽くしただけだ。

 大男からすれば、道具も呪文もなく(・・・・・・・・)魔法を使う(・・・・・)とは思わなかった事だ。

 タクミ自身、意識して使わなかった訳ではない。だが大男が人質を突き飛ばして離れ、かつ両腕が埋まったので使った。と言う認識だ。




 自らの毒に侵されていたチビの男も、いつの間にか物言わぬ亡骸となっていた。

 目の前の惨状、ついでに言うならば、大男の生きたまま燃やされ叫びながら死ぬ姿に、小さな少女も気を失っていた。

 タクミは、支えていた娘を地面に横たえ、体に刺さった牙を引き抜く。小さく呻き声を上げる娘を気にも留めず、穴が開いた脚を直接手で塞ぐ。


 「意識を失ってて良かったわね。頭が冴えてたらきっと耐えられないわよ」


 気絶している娘に向かってそう呟くと、タクミは意識を傷口に集中する。

 十秒ほどかけて力を行使し、ゆっくりと手を離す。

 すると、投擲した牙によって出来た傷が塞がり、傷を負う前の綺麗な状態に戻っていた。

 タクミが想像したのは新陳代謝を上げ、細胞分裂を活性化させて傷口を無理矢理塞ぐ方法だ。

 言うだけならば楽なのだが、コレには色々とデメリットもある。

 体の機能を活性化させるので、傷は塞がる代わりに怠さや疲れが押し寄せる事。

 傷口が大きい場合、周辺の神経も刺激するため、傷を受けた時より、傷を塞いでいる時のほうが痛みが強くなる場合がある事。

 そして、治すときの痛みが強い場合、自分で自分を治療する時、痛みで集中力が途切れるので治療に時間が掛かる事だ。

 一度、風の操作の練習中に切り裂いた腕の治療に使用したが、尋常じゃない痛みで余計に時間がかかったのはタクミの中の黒歴史だ。


 娘の肩に負った傷口も塞ぐ。そのとき呻き声を上げて痛みを主張していたようだが、タクミは無視を決め込んだ。

 娘と少女を広間の端に寄せ、男の死体は全て地面に埋めた。

 広間の奥にも洞窟は広がっているが、それは明日でも良いだろうと決め、少女たちとは離れた場所で横になった。



 「結果的に助けちゃったわね……」



 娘を助けた自分の行いに嘲りながら、微睡みに逆らうこと無く、意識を手放した。

前のお話より少しだけ文章が多いです。


が、私は気にしないです。


読了ありがとうございます。

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