表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(仮題)理不尽の清算  作者: 月見窓
5/12

第5話 理不尽の叫び 二度目の死

展開が遅い。

けど気にしない。

 四日目。


 一日の大半を頭痛と脱力感に苛まれた為か、前日までよりも深い睡眠に陥った匠。

 目を覚まし、周囲の光の胞子が消え、仄明るくなり始める時間帯。

 川辺で水を浴び、濡れた体をエプロンで拭う。ついでとばかりに服も全て脱ぎ、清める。

 火を熾し、風を操り、服を急速に乾かしていく。捕れたての魚と果実で空腹を補う。頭痛と闘いながらも服はすぐ乾く。着替え終え周囲にある食べられる果物、野草を採取しエプロンのポケットに詰め込む。

 川沿いを歩きながら手元に火を熾す。小さな火、大きな火、ソレを消さず整え、頭痛がするまで作り続ける。休憩し、次は旋風を足元に生み出す。木の葉を巻き込みながら少しづつ大きくし、その状態を維持したまま右へ、左へ、意識を切らさず操作する。頭痛がすれば休憩し、喉が渇けば水を生み出す。そうして匠は歩き続けた。


 川辺を歩き続けると少し先に木々の開けた場所が目に映る。

 森の終わりかと期待し走り抜けたが、その期待は裏切られる。

 開けた視界に映るのはとても大きな湖のようだ。少し飲み込み、海水でないことが判明している。遠くを見れば薄っすらと森が続いてることが分かる。立ち止まっても仕方ない匠は、湖をぐるりと廻るように歩き始めた。

 湖の形状は複雑なのだろう。森で遮られ、死角になっている部分が多く、ぐねぐねと曲がりくねっていて、自分の元来た川は既に見えていなかった。水の中を進めば、湖の側を迂回し続ける必要は無いのだろうが濡れてまで移動したい訳ではない。只管迂回し続け、何度か曲がりくねった場所を通った頃、丁度野生の獣が水を飲んでいる場面に出会した。

 ブタよりも体格が大きく、地面から一番高い背中までの高さが約1メートル程、体毛が全身隈なく覆っている。下顎から牙が二本、空に向かって伸び生えており、額には角が鋭く光っていた。


 ホーンボア


 その獣はコチラを見据えると、鼻息を荒くし、四足で踏ん張るように体勢を低くしている。攻撃的な意思表示に匠はナイフを取り、いつでも迎い討てる様に身構える。

 ホーンボアが匠に向かって角を向け、突進してきた。

 初動から素早く最高速に達する早さに、最初こそ驚いた匠だが、落ち着いて大きく横にそれることで回避した。どうやらホーンボアは突進中は方向転換が出来ないようで、ある程度引きつけてから避けることで簡単に背中を晒す。しかし当たらず通過した後、体のバネを利用して直ぐ様反転し、再度突進してくる。隙はあるのだが、その時間はとても短いと言える。

 普通ならば冷や汗の一つでも流す所だが、匠は冷静だった。もともと表情に乏しい匠の顔は、能面のようにピクリとも動かずホーンボアを見据えていた。


 匠は一度殺されている。

 その事実と、その時の恐怖が、命のやり取りを軽くさせる。自らの命を、まるで他人ごとのように扱う。

 ホーンボアが反転し、再度突撃してくる。それを、先程以上の紙一重で、最小限の移動だけで避ける。ゴブリンと戦った時のようにゆっくりと流れるホーンボアの体。その通過する足目掛けてナイフで切り裂いた。

 ホーンボアは傷ついた足を庇いながら再度突進するが、先ほどと同じように避けられ、反対側の後ろ足、前足を切り裂かれる。グラつき、倒れたホーンボアの下顎側の首に大きめの切り傷を作る。すると傷口から勢い良く血が流れ出ていく。

 生きたまま血抜きされ、絶命したことを確認した匠は、その場でホーンボアを捌き始めた。

 腹に切れ込みを入れ、皮と肉の間にナイフを入れ、丁寧に切り離していく。血と油で汚れ切れ味の落ちたナイフを、用意した焚き火で炙り、湖の水で洗い流す。それを何度も繰り返し、皮を全て剥ぎ取る。肉を大きく切り開き、内臓を取り出す。腸を傷付けてしまったため、糞が飛び出してしまったが、肉自体は膨大な量があるため、汚れてない部分を集めるだけでも十分な量だ。

 肉はその場で焼いていく。遅めの昼食を食べ、余った肉も全て焼いた。汚れた肉と骨、内臓は一箇所に集めた。

 集めた骨や内臓を埋める為、穴を掘ろうと地面を木の杭で抉る。その時、ふと思いつく。風や水を操れるのならば、地面も操れるのでは?と考えた。

 徐ろに地面に手を当て、掘り起こす作業を想像する。するとそこには1m程の深さの大きな四角い穴が出来上がった。掘りあげた土は隣に山と積まれている。

 穴の中に骨、内蔵、余った肉を全て放り込み、上から土を被せて埋めた。

 剥ぎとった皮は、脂肪と少量の肉の付着している側を軽く火で炙り、脆くなった肉と溶けた脂肪をナイフで削ぎ落としていく。また炙り、そして削ぎ落とす。何度か繰り返し、脂肪も肉も全てそぎ落としたら、表面が滑らかな丸い石で皮を擦りながら最後の最後まで油を削ぎ落とし、湖の水で綺麗に洗い流す。

 他にも必要な加工は有るが、いま出来る範囲の加工だけをし、出来上がった毛皮は獣の臭みもない。その毛皮で、先ほど焼いて余った肉を包んでいく。あまり大量に持っては行けないが、それでも30kg程を包み持っていく。

 包を背負い、湖の(ほとり)を歩く。当たり前のように火を作り出し、風を操りながらである。

 一日で湖を回れる筈もなく。日は落ち、辺りは暗くなり始める。

 昼の内に焼いた肉を少量切り分け、道中で見つけた山椒に近い香りの粒(ルコと言う名前の植物に生っていた粒)を一粒だけナイフの平で砕き、肉にまぶして少し焼きあげる。肉の臭みを取り除き、かつ食欲をそそる匂いが空腹を刺激する。食事を終えた後は風を操り匂いを散らす。念のため、離れた場所に切れ込みを入れたアディヴの実を放り投げ、自身も少し移動し横になった。


 微睡(まどろ)みの中、虫の音だけがドコか遠くに響いていた。





 周囲に浮かぶ光の胞子と、空に浮かぶ月の光が、今がまだ夜夜中(よるよなか)であることを示していた。

 地面を伝わる振動と、耳に届く疾走音が複数(・・)。寝る前はあれだけ五月蝿い虫の声も、今は鳴りを潜めている。その静けさが不気味であり、違和感として匠の意識を覚醒させた様だ。

 遠くに響いていた音も次第に近くに集まっていく。エプロンと肉を包む毛皮だけを下ろし、ナイフを抜き放って周囲に意識を回す。

 木の影から出てきた存在、それは、しなやかな体を持ち、闇夜に紛れるためなのか暗色で覆われた体毛の狼達が牙を剥き出して、白く光る瞳でコチラを睨んでいた。その狼達の後ろから一際大きな体を持つ狼が一頭、群れに加わった。

 最初に現れた群れの狼達は「カニス」という名前の自然動物だ。名こそ「(カニス)」だが群れでの行動は、襲われた側は溜まったものではないだろう。そしてあとから出てきた個体……


 ダイアウルフ


 悠然と佇む姿は、成人男性と同じ高さほども有る狼の「魔族」だった。

 喉の奥で唸る重低音、周囲のカニス達が匠を囲むように周囲を走り回る。狙いを定めさせず、いつでも飛びかかれる様にする為だろう。

 だが匠は冷静だった。周囲を観察し、狼達が仕掛けるのを待っていた。

 死んで元々、生きれば僥倖。その程度にしか匠は思っていなかった。

 群れは六匹と一頭、その内の二匹のカニスが焦れて、匠に向かって行き飛びかかる。二匹が前後から挟むように喰らいつき獲物の命を奪うだろうとダイアウルフは思ったことだろう。

 しかし現実は違った。匠は前に一歩飛び出し、前から襲ってくるカニスの攻撃のタイミングをずらし、無防備なカニスの首目掛けてナイフを突き刺した。背後のカニスは、匠の背中に爪を立てるために飛び込むが、音で背後から来ている事に気づいてた匠は、左手に持った木の杭で、背後のダイアウルフの頭蓋を貫き脳を潰した。

 その時点で手の塞がった匠目掛けて、残り四匹のカニス達が襲いかかる。それを匠はカニスの死体が刺さったままのナイフと杭を握りしめ、鈍器のように振り回し、カニス達を死体で殴り飛ばした。

 三匹のカニスが吹き飛ばされる中、遅れて飛びかかったカニスだけが殴り飛ばされること無く食らいつくが、その時には既に匠はナイフと杭から手を離し、遅れて飛びついたカニスの両前足を掴み、その手を引くと同時にカニスの頭に向けて膝で蹴り上げた。骨の砕ける感触が伝わり、カニスは絶命した。


 一瞬の内に群れの半分が殴り飛ばされ、残り半分が殺された事実にダイアウルフは激怒したことだろう。喉から響く唸り声は先程よりも大きく、剥き出しの牙は敵意を隠そうともしない態度の現れだった。

 カニス達を下がらせ、ダイアウルフが前に出る。匠はナイフと杭を回収し、構える。

 先に仕掛けたのはダイアウルフだ。たった一つの動作で距離を詰め、勢いをつけて右前足を振り下ろす。巨体に似合わぬその早さに驚きはしたものの匠は冷静に後ろに飛び、その爪を躱した。

 大きな音を立てて振り下ろされた前足。その威力を物語る様に地面は陥没し、周囲に泥石を吹き飛ばしていた。並みの人間なら、内臓を振りまきながら潰され、原型を留めることのない見るも無残な姿に変わるほどの威力だっただろう。ダイアウルフはその威力に満足していただろう。そして獲物(たくみ)が震えて命乞いをするところまで夢想した。

 だが当の本人は怯えるどころか、仮面を貼り付けたような無表情のままだった。その様子を見て、ダイアウルフは想像と違う状況に、ある種の不安の様なものを感じていた。もしこの時、その感情の元が何なのか、残ったカニス達を連れて逃げていれば、未来は変わったかもしれない。目の前の人間の子供に対する油断と、群れを殺された怒りが、後には引けない状況を作り上げてしまったのかもしれない。


 ダイアウルフがもう一度前足を振り上げ叩きつけた。

 匠の避ける様子が無いことから勝利への確信を持っていただろう。地面を抉る程の一撃は吸い込まれるように匠に振り下ろされた。先程よりも強力な一撃だったのか、土埃を巻き上げ、視界が遮られる。


 ――仕留めた!

 ダイアウルフはそう直感した。獲物を潰したことに口角が釣り上がる思いだったろう。

 しかし、土煙が晴れたその場には土埃で汚れている程度の、無傷で立ち尽くす匠の姿。その手には血のベットリと付いたナイフがあり。そしてナイフで深々と斬り付けられたダイアウルフの右足だけが現実に存在していた。

 ダイアウルフは痛みに歯を食いしばり、いつ斬り付けられたのか分からない事に恐怖を覚えた。

 恐怖。

 目の前の小さな子供から感じる、どうしようもない不安感。それが恐怖であると気づく頃にはもう手遅れだった。

 どこか自暴自棄に陥ったダイアウルフは、まだ傷ついていない左前足で殴りかかるが、匠はそれを紙一重で避け、避けざまにナイフで斬り付け肉を抉る。

 立っているのが不思議なほどの深い傷を負っているダイアウルフ。足に力を込め、踏ん張っている今も両前足からは止めどなく血が流れていた。

 半ば自棄糞気味に顎を開き、自慢の牙で以って獲物を噛み潰す。これで仕留めるはずだったダイアウルフは、全身の体温が急激に低下するどうしようもない感覚に陥った。


 「……ふふっ」


 目は無情のままに、口元を歪め、小さいが声に出して匠が笑っていたのだ。

 許しを請う段階はとうに過ぎていた。ダイアウルフは今、自分自身の命が尽きる瞬間を悟っていた。


 「……燃えなさい」


 小さな存在の一言、それは、ダイアウルフに科された死の宣告。

 生み出された小さな炎は劇的な早さで大きな炎の塊と成り、ダイアウルフの口内を、喉を、内臓を燃やす。

 苦しみ悶えるダイアウルフは、どこで選択を間違えたのか、その答えは永久に判明しないまま、その命を燃やし尽くした。

 カニス達はいつの間にか逃げていた。




 ダイアウルフの死体のそばに匠は佇む。


 どこか呆けるように先ほどの戦闘を反芻する。

 ダイアウルフの動き自体は大振りだった。ゆっくりと流れる時間の中では前足を振り上げる初動、筋肉の動きで何をしてくるのかが大体分かってしまっていた。

 あとはソレに合わせて動けばいい。ギリギリで避け、(ついで)とばかりにナイフで切りつける。

 匠はこの体に少なからず感謝していた。子供の体格だが、その力は大人をも凌駕していた。


 記憶を巡らす。

 思えば良い事など何もなかった半生だったと……

 力もない子供では虐められれば、されるがままだった。

 助けなど無かった。周りの大人も敵しか居なかったのだから。

 最期には捨てられた。その時から両親の顔を思い出すことは出来なかった。

 思い出す価値も無い……。


 だが今ならば、今の体ならば、やり返せる。助けなど無くても生きていける。

 今ならば世話になった店に、拾い育ててくれた店長に役立てる。恩を返せる。


 そう店長に――


 店長――


 ……店長?――



 「名前……なんだっけ?」



 店長の名前が思い出せない。

 名前だけが黒く塗りつぶされたように思い出せない。


 店長の顔が思い出せない。

 姿形は思い出せるが、顔だけが白く靄がかかったように思い出せない。


 店長だけでは無い。

 店で世話になったはずの従業員達の顔も名前も思い出せずに居た。


 店の名前は……覚えているバー「ぼへみあん」だ。

 『自由を愛する人』と言う意味だと店長に教えられた記憶がある。

 当時好きだったレコードの楽曲名だったのも理由の一つだ。

 ではその店はドコにある?

 ……思い出せない。


 「どうして思い出せないの……なんで忘れてるの!?やめてよ!なんで覚えてないの!?殺されたうえにこんな訳の分からない森にいるのよ!!こんな所に来たくて来た訳じゃないのよ!!コレ以上私から奪わないでよ!!」


 自分の住んでいた場所。国すら思い出せず叫びを上げる。

 末魔を断たれた男のように、狂ったように声を張り上げた。


 「やめてよ……ふざけないでよ……」


 気がつけば、涙が頬を伝っていた。

 涙と鼻水で顔をグシャグシャに汚し、ただただ泣いていた。


 「返して……返してよおぉ……」


 ――慟哭した。


 心の拠り所を奪われた男は、周囲を気にかけず、只管泣き続けた。


 泣き声に誘われるように、野生の肉食獣や魔族が集まりだしていた。

 悲しみに顔を歪め、我武者羅にナイフを振り回す男がそこには居た。

 集まる獣を切り刻み、逃げようものなら背後から炎で燃やされる。


 湖の一角で行われる殺戮の宴は、匠以外の生物の死を以って終わりを告げた。



 生物の気配が消えた頃、タクミは気を失うように眠りについた。

人の死は二通りある。

一つは、肉体的な死

一つは、記憶から忘れ去られる事、それによる存在の死


この話はドコにでもある、一人の男の不幸な話です。

ここまで呼んでくれた貴方に感謝を


読了ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ