第4話 力の行使
少し短い……と思う。ます。
三日目、早朝。
昨晩、異型の化け物同士の戦いを見て、その緊張感に当てられたのか、夜中に何度も目を覚ましてしまった匠。しかし寝不足という程、寝覚めが悪い訳でもなく、むしろ一日歩き回ったはずの体は疲労感も筋肉痛も無い。とても子供とは思えない体だ。
朝食代わりにアディヴの実を食べ、川で喉を潤す。ついでとばかりに服を脱ぎ、体を清める。三日目にして漸く水を浴びることが出来た事に嬉しさが浮かぶ。
サッパリとした体に、気分もドコか清々しくなる。体を拭うためにエプロンに手を伸ばした。
「ん、あら?」
お腹に感じる違和感、これはもしや……
「あ、トイレどうしましょ……」
便意である。
この森に来てからと言うもの驚きと緊張の数々、その環境に慣れてきたのか体がトイレを要求しだしたのである。
だが匠は悩んでいた。何かしら仕切りが有る訳ではなく、「出す」ならばこの雄大な森の中で出さなければいけないと……。
匠は迷っていた。文明の中、生きてきた人間が、自然の中とはいえ、野に出す行為を……。
匠は考えた。郷に入っては郷に従うべきだと……。
「まぁ仕方ないわね」
手頃な大きさの石でもって穴を掘り、そこで用を足した。
近くの大きめの草で患部を拭き。草も穴の中捨て、土を被せて穴を埋めた。
気分的な物で、もう一度水を浴び、濡れた体はエプロンで拭った。服も洗いたかったが、乾かすのに時間が掛かるのと、出来るだけ早く川を下りたいがために断念した。
昨日の光景を思い出す。
ドコかB級映画の様な、しかし現実に発現していた水の玉と暴風。
森に目を向ければ、昨夜の暴風によって抉られた木が十数本、その身で持って脅威を体現していた。
何も無いところから水を生み出し、風を操り小さな台風を作り出す。こんな事が可能なのだろうか?可能ならば、それでは本当に映画で出てくるような超能力や念動力、魔法と言った、常識では考えられない力だ。
匠自身、そういう力に憧れが無いわけではない。力が有れば、只単純に腕力だけでもあれば、今までの理不尽な暴力を受けるだけの立場を、少しは改善できたかも知れないと思う程度には望んでいた。
しかし現実に有り得ないからこそ、現実と区別し、何ら関係のない別の世界の物語として映画を楽しんで居たのだ。
それが昨日の戦闘を見て、現実の物となっている事実。匠の中では一種の期待と不安が綯い交ぜとなり存在していた。
「私にも……出来るかしら」
匠は目を閉じ、想像する。昨夜の戦闘を、その時見た水の玉を思い浮かべる。
ゆっくりと腕を前に伸ばし、掌を空に向け、その上に水を集める想像を、川の、空気中の、小さな小さな水の粒子を、差し出した掌の上に集めるように、心を鎮めて、深く想像する。
体から力を抜き、只々昨日の情景から水だけを切り抜く。想像と創造の果て。耳に届く風の音、水の流れ、鳥は今日も静かに煩く囀る。
ゆっくりと深呼吸をし、一際に肩の力を抜き集中、水、水、水……。
パシャン、と器から盛大に水をこぼした音が耳に届く。
突然の水音に腰を落とし、目を見開き、周囲を警戒する。
川辺に何かが近づいて来たのかと思い周囲に目を向けるが、野生の獣が近くにいる様子も、魔族が襲ってきている様子もなかった。
警戒を解き、ふと足元を見れば、デニムパンツの裾とレザーブーツが水浸しになっていた。
昨日のサハギンの姿が頭をよぎり、それはすぐに否定された。もしサハギンが居たのなら、今頃2発3発と撃ち込まれ、死んでいてもおかしく無いからだ。
ならばコレは自身の作り上げた水なのか?と思い、もう一度、今度は目を瞑らずに集中する。
掌を上にもう一度想像する。手を器に見立て、零れ落ちないようにと、想像に変化を与える。
その光景は幻想的だった。
周囲に浮かぶ無数の水の雫、その小さな雫が周囲の雫と混ざり合い、大きな水の集合体となって少しずつ少しずつ塊を成長させていく姿。
うっすらと反射する光も、その光景をより幻想的にする上で一役買っていた。
だが……
パシャン
拳ほどの大きさの塊にまで成長した時、突然、水の塊は重力に逆らわず、地面を濡らした。
再度濡れる裾と靴。匠は成功した嬉しさよりも、維持出来ずに落としてしまった失敗に対する落胆の方が大きかった。
「そうそう上手くいかないわ…痛っ!」
急に襲う頭痛。そして今更のように感じる虚脱感、力が入れられず、どこかボンヤリと重く痛みを伴う頭。この状態で襲われては溜まったものではない。
「さっきのも合わせて2回……たった2回でコレなのね……辛いわ」
少しの休憩、その後は予定通り歩みを進めた。頭痛自体はすぐに収まり、いまは倦怠感を感じつつも、アディヴの実を食べて気分を誤魔化しつつ移動している。
体から怠さが抜けてきたら、もう一度立ち止まり集中する。
次は風を、昨晩の暴風のような物ではなく、小さな旋風の様な小規模のものを想像する。
一度水で試したからか、旋風は苦も無く発現させる事は出来た。だが、下手に昨日の再現をすれば誤って自分自身を殺してしまう可能性もある。それに先ほどの頭痛や虚脱感は、移動中の今は出来れば避けたいことから、当分は小さな旋風で練習すると決めたのだった。
川沿いを歩きながら、片手間に旋風を起こす。頭痛が来たら一旦休み、ある程度回復すればまた歩き出す。この森を生きて脱出するのに必要な自衛能力を鍛えつつ、距離も稼ぐ。普通ならば体を壊してもおかしくないだろう強化鍛錬。鍛えるのは動きながらでも発現出来るほどの集中力と想像力、歩き続けることで体力も鍛えられ、脱力感や頭痛などに慣れ、危機が迫っても咄嗟に動けるだけの耐久力。既に襲われたり、自分より確実に強力だと思われる「魔族」の存在が、匠に強行軍を行わせる理由と成っていた。
歩き続けること数時間、川沿いだからこそ存在する木々の切れ間から、数日ぶりの太陽を見上げた頃、昼食に丁度良いだろうと適当な岩に腰掛け、アディヴの実を齧りながら体の怠さが取れるのを待っていた時、ふと太陽を見上げて思いつく。
「もしかして……火、熾せるんじゃない?」
水や風を起こすこの不可思議な力を使えば、火を熾すことも出来るのではないか?と、考えたのだ。
まだまだ判明してない部分も多く、法則性や行使条件など不確かで決めつけるのはまだ早い。だが分からないなりに見えてくる事もある。それはこの不可思議な力の行使には「明確な想像力」と「体内に存在する血液以外の要素」が必要だということだ。
「明確な想像力」は的を得ているとも考えていた。大気の動きや気圧の変化などを意識すれば自ずと出来ていた。水の生成にしても、ただ空気中の水分を集めるだけでは雲のように周りに漂うだけだが、一箇所に集め器に注ぐイメージを足すことで、拙いながらも水の塊を生み出すことは出来ていた。つまり、火を発生させるならば、油やガス、熱、酸素など、火を灯すための要素を想像すれば出来るのではないかと考えた。
「体内に存在する血液以外の要素」、コレ自体が不確か過ぎる憶測だが大きく外しているとも思ってはいなかった。力の行使からくる虚脱感や頭痛、最初は血が減ったことによる貧血や頭痛かと思っていたが、体に怠さを感じるほど血が減っていた場合の怠さならば、相当量の血液を消費している事になる。新たに血が生成されると言っても一日は倦怠感が続くものだ。それが一時間前後で回復してしまうのだから、血液では無いのは確かだろうと考えていた。
匠は右手を前に出し、拳を軽く握る。想像するのはライター等の携帯品。
可燃性オイルとガス、空気中の酸素、そして着火に必要な熱。全てを順番に想像し、着火する。
「点いたわね……でも」
小さな火が灯るが、首を傾げる匠。何故ならば
「……熱くないわ」
火の上に左手をかざしたが、熱は感じない。発現とともに火傷を負うことを覚悟していただけに、安堵とともに疑問が湧く。これは本当に火なのか?火に限りなく近い別の何かなのか?と。
川から離れ、森の近く、枯れた枝を一本拾い、右手の火に近づける。すると枝に燃え移り、途端に感じ始めた熱に驚く。実験は成功し、安堵の溜息を吐きながら燃え移った枝を水に付け消化する。
火を点ける事はとても簡単だった。旋風を起こすよりも手軽に出来ていた。しかし水を生み出すことだけは何故か難しく、水の塊を3つ生み出せば、頭痛と怠さで休息が必要になる程だ。
「でも手軽に火を生み出せるのはとても大きいわね」
摩擦熱を利用し火を点ける行為は、出来るだろうが時間も労力も多大に消費する。だが、この不可思議な力で生み出せば、物の数秒で枝に燃え移り、1分とかからぬ内に程よい大きさの焚き火となる。
焚き火を使用すれば肉や魚を焼き食す事もできる。生肉や川魚の一部は寄生虫等の心配で今まで口にはしてこなかった匠だが、火を利用できる今ならば問題はなくなる。
匠は川辺を歩き続け、魚を見つけた場合は靴を脱ぎ、川に直接入り魚を捕った。
程よい太さの枝の先端をナイフで削り、杭のように鋭くしたもので魚を一突きに刺し殺す。それほど簡単に捕れないだろうと思っていた匠だが、魚に集中した時、ゴブリンと戦った時のような、動きがゆっくりと把握出来る感覚、それにより、魚も逃げるその先を目で追い、その行き先を予測し杭で突き刺す事が出来た。
魚の腹を開き、内臓だけを取り除く。口から枝を突き刺し、焚き火近くの地面に固定する。魚の焼ける匂いが広がり、食欲に刺激された胃が小さく音を立てる。味付けも何も施していない魚だが、久々の味に舌鼓を打つ。
腹を満たし満足した顔で匠は横になった。
その日は幸い、何者にも襲われること無く、体の怠さも相まって、いつもより深く眠りについた。
三日目の夜は平和に過ぎていった。
この話は分からない事が多すぎます。
なので、あまり何も考えずに読み進めて行くことをオススメします。
あ
読了ありがとうございます。