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(仮題)理不尽の清算  作者: 月見窓
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第2話 理不尽の続き、新たな始まり

前回のあらすじ

・虐められ

・捨てられ

・殺された


読み難さは平常運転

 この男、矢野 匠の半生は悲惨だった。


 そう断言できる根拠があった。


 匠の両親は我が子を愛さず無視をした。路肩の石のように目の端に我が子を追いやり続け、徹底的に無視を続けた。

 学び舎に通う子供達も匠を虐めた。虐め続けた。それは子供達に留まらず周囲の教員ら大人たちすらもイジメに加担した。

 匠はそれでも生きた。生き続け、いつの日か報われることを信じて、愛されることを信じて待ち続けた。

 しかしそれも叶わぬ願いだった。


 10歳の誕生日に匠は捨てられた。


 これが匠の理不尽な半生だ。



 残りの人生は、不幸では無いが幸せとも言い切れなかっただろう。

 自分を拾い、根気よく接し、育て上げたバーの店長とそこに務める一癖も二癖もある男達。彼らは男色家で、同性愛者。だが匠に肉体関係を求めることは無かった。むしろ、時間が有れば最低限の知識を与える優しさも合った。


 いまの匠に一番必要だった愛情と優しさを教えたのが同性愛者だったのはある意味、皮肉だったのかもしれない。


 匠はそのままバーで働き25歳になった。

 料理の腕前が高く15歳の時点で店の賄い料理を作っていたのだから、その延長線と考えればおかしくはない。


 そして匠の26の誕生日。外へ買い出しに行き、いざ帰ろうと近道に路地裏を通っていた時に悲劇は起きた。


 通り魔だ。


 ナイフを持った、イカレた男に背中から刺され、そして死んだはずだった。そう……。


 確かに自分はあの時死んだはずだった。

 血が流れていく感触、冷たいアスファルト、手にべっとりと付いた自身の血の気持ち悪さ、そしてそれらが全て消えてなくなり音も、光も、最後には意識すらも手放したはずだ。だから、自分の身に起こった……目先の景色が信じられない。信じたくもない。



 目前に広がる、鬱蒼とした濃い緑の森林。



 陽の光を遮るほどの葉を宿した木々、頬を撫でる暖かな風、草や土の薫り。そのどれもが自信の死に際に存在していたコンクリートとアスファルトとは真逆の景色。

 私は今ドコにいる?先ほどまで居た路地裏の面影は無く、聞こえてくるのは草や木の葉の擦れる音。鳥の囀る声。どこかに集く虫の音に、頭がまるで追いつかない。起こした体をそのままに、只々、呆けていた。


 どれほど時間が経ったのか。


 ここはもしかして死後の世界なのか?そう思うことで無理矢理納得することにした匠。

 刺された背中に痛みは無く、血に濡れた手も綺麗になっていた。


 (手……あれ?なんで)


 違和感は、あった。


 そして自分の手を見てそれは確信に変わった。


 「子供の手……」


 今、自分の見てる手は、誰がどう見ても子供の手だ。そして手だけではない。腕や脚、そして目線の高さまでもが26歳を迎えていた自身のソレよりも低く、短く、細かった。

 だが、自分の体の変化に、それほど驚いていない匠だった。26歳の体から突然、子供のような小さい体になった筈なのに、少しづつ馴染んできている感覚。匠自身も、それほど慌てておらず、むしろ冷静に物事を理解、適応している自分自身に少なからず驚いていた。


 「でも、ほんと、何処かしらここ……」


 誰にともなく呟いた言葉。

 この景色にも、そして体の変化にも、理解はしてないが納得はした。だがソレで状況が変わるわけではなく、建物どころか道も目印も何もない、そんな森のなかで子供が暮らしていけるのかと考えたら、答えは否であろう。これは匠で無くても判断を下したかもしれない。

 この鬱蒼とした森のなかを歩きまわるのは躊躇われるが、この場に誰かが迎えに来るわけでも無く、ましてや26年分の人生経験の結果、匠は誰かを信じることは無いとも言える。人に会いたくはない。しかし人が居ないと生きていけないのも事実だ。


 (つまらない事で悩むのはやめましょ……)


 匠は早々に悩むのを止めた。その時はその時、諦めの言葉で全てを投げていた。

 自分は一度殺されている。ならば、今更何を恐れるのか?「どうでもいい」という投げやりな思考は、その場で只々待ち続けると言う考えを除外した。

 匠はその場で立ち上がり移動することに決めた。

 しかし移動前にもたつくことになる。


 「ああ、服……靴も」


 服も靴も、刺される直後に身につけていた物であり、子供の体には大きすぎる物だ。

 長袖のワイシャツ、その上に黒のベストを羽織り、したは黒のデニムパンツの上に腰から下を覆う白地のエプロン。靴は紐で結ぶ、くるぶしまで覆うアンティークレザーブーツ。厨房の手伝いをする人間が黒い服を着ている理由は、店長の「ここは私の店、似合ってるならいいのよ」と言う、どうしようもない理由からである。

 上着は仕方ないが、パンツ丈夫なデニム生地、ブーツはレザーで靴底も厚めに作られている。店長の趣味で買われた服一式だが、悪路を走破するならば十分な服装とも言える。

 匠は長袖とデニムパンツを捲り上げ、靴も紐を限界まで締め上げる事で今の足のサイズに合わせた。どうしても爪先が余ってしまうが仕方ないと納得した。


 準備を整えた匠は、歩き出した。

 太陽の位置から方角を割り出そうとしたが、そもそも森の中は少々薄暗い。上を見上げれば鬱蒼とした緑の暴力に陽の光など意味を成さないのだから。

 だから匠は深く考えず歩いた。手頃な大きさと重さ、鋭さを兼ね備えた石を片手に、歩きながら手頃な木に横一文字の傷をつけて行く。時々後ろを振り返り、自分が真っ直ぐ歩いているとことを確認しながら、匠は只管、歩き続けた。





 「んー……食べれるかしら」


 匠は今、悩んでいる。


 目の前にある果物?を、生前の記憶で探る。

 他の木々より低く今の匠の目線程度の高さしか無い低木、しかし横にはとても広く広がっていて大きな葉っぱ一枚一枚は30cm程の大きさの広葉樹だ。

 その広葉樹の葉の根元に成っていた果物、未成熟なのかと思ったが、香りはとても良い。現に遠目に確認した時は鳥がひとつ啄み、持っていったのだから、少なくとも食べることは出来るのだろうと考えた。


 その果物は、生前の林檎のように赤く、林檎のような香り、違うとすれば、林檎よりも細長く、そして小さく軽い事。手のひらに収まる細長い林檎の様な果物。


 「まあ……野生の鳥は食べてたんだから大丈夫よね」


 野生動物が食べて問題ないならと、匠は先程まで悩んでいたのを馬鹿らしく思った。

 それに、自分は一度死んでいるのだから今更何を恐れるのかというヤケクソな部分もあったかもしれない。だから匠は、決断と同時に一切の躊躇なくその果物に齧りついた。


 「甘、酸っぱいけど……食べられない程でもないわね」


 食べられると分かってからの行動は早かった。

 全部は取らず、でも目につくこの林檎のような果物のなってる木を見つけてからは出来るだけ回収するよう心がけた。結果、エプロンのポケットにはこの果物が20個程入っている。


 「これだけ有ればもういいわね」


 最悪餓死はしないだろう……。この見知らぬ土地で最初に出会った食べ物に、どことなく安心感を覚えた。ソレと同時に、自分が今まで言い表すことのできない不安に苛まれていたことに気づいた。


 (意外と、いっぱいいっぱいだったのかな……私)


 自分でも驚くほど冷静だったが、その実情は緊張しっぱなしだったのだろう。肩の力が抜けていくと、自分の無謀とも思える現在までの暴挙に、苦笑いしか出てこなかった。


 (それにしても、野生の動物には意外と会わないのね)


 だが、まだまだ現代日本で暮らしていた気分だったのだろう。本当の意味でこの森の危険を、理解していなかったのかもしれない。


 夜。


 ただでさえ陽の光が届かない森の中、しかし周囲には仄かな光が浮いていた。

 真っ暗闇を覚悟していた匠にはありがたい事に、小さなチューリップに似た植物の花弁から、淡く光る胞子の様なものが周囲に広がっていた。

 夜の森に底知れない不安と不気味さを感じていた匠は、この光に感謝して眠りにつこうとした。その時。


 パキン。と、乾いた木を踏み抜く甲高い音がした。


 目を開け、周囲を見渡す匠。夜に慣れた目は周囲に浮かぶ光を取り込み、微かであるが周りの状況を確認出来た。

 耳を済まし、息を殺す。野生の獣か?そう思いながら目で、耳で、近づく生物の気配を感じ取る。鼻届く悪臭に顔をしかめ、来るであろう方向に意識を集中する。

 藪をかき分ける音を響かせその姿を表した。

 そこには暗い肌の小さな子どもが居た。

 その腕や脚は細く、腹は膨らんでいる。頭に髪の毛の類が一切無く、腰にボロボロに引き裂いた布を巻いているだけだった。

 匠は最初、この森に住む原住民だと思った。こんな原始的な格好で彷徨うものなど文明的な暮らしをしている人間とは思えなかったからだ。だがその考えすらも間違っているなどと匠は思いもしなかっただろう。

 目の前の存在は腰に指していた棒を掴み、引きぬいた。そこに晒されたのは金属の光沢を孕んだ一本の武器。ナイフだ。

 顔は冷静に、しかし精神では同様していた匠は咄嗟に声を掛けた。


 「待って、いきなりそんな――」


 「ギィギギャギギィ!」


 まるで歯を食いしばって出した様な声。言葉はまるで通じず、理解も出来ない。

 ニタリと顔を歪めて笑い、歯を剥きだした拍子に口からは涎が垂れている。ナイフを持った手に力を入れて、まるで獲物を見つけたように目を細め、コチラにゆっくりと近づいてくる。

 どう見ても有効的ではないその行動に匠は恐怖で足が止まる。


 (に、逃げなくちゃ!)


 そう思っていても、目前の恐怖が死を運んできているのは確かだった。


 (また、殺される)


 26歳最期の記憶が呼び覚まされる。まるで狙ったかのような現状。愉悦に歪んだ顔、垂らした涎、右手のナイフ。符号が一致するこの状況。神が居るならば、口汚く罵らなければ溜飲が下がらない程に、今の匠は混乱していた。

 目の前の小人と生前の殺人鬼。

 否応無き死の恐怖。


 その時だろう。


 匠の耳に3つの音が届いた。

 一つは、目の前の殺人鬼がナイフを振り上げた音。

 一つは、精神が、心が崩れる諦めの音。


 そして最後の一つは


 匠の中で何かがキレた音だった。



 まるでスローモーションの様な小人の腕の動きに、匠はその手を掴み、手首を無理矢理外側へ曲げてやり、ナイフを力尽くで奪った。


 「あら、ガラ空きじゃない」


 ナイフを止められ、奪われた事に、目を見開き驚愕の表情で睨む小人。

 匠は左手で、小人の振り下ろされた右手を掴み自分に向けて引いた。そして奪ったナイフを右手で握りしめ、小人の胴体目掛けて突き刺した。

 ナイフを引き抜けば血が止めどなく溢れてくる。だが匠はそれに構うこと無く、今度は小人の首目掛けてナイフで切り裂き、それと同時に足で押し出すように蹴り飛ばした。

 首と銅、人間ならば死んでもおかしくない致命傷は、目の前の小人にもしっかりと効いたようだ。

 血を抑えようと必死に傷口を抑えるが、簡単に止まることはない。ジタバタと暴れていた足は次第に力を失い、最期には、あの歯を食いしばったような汚い声を一つ上げると、目の前の小人は息を引き取った。


 「は、ははっ……ははははは」


 命を繋ぎ止めることの出来た安堵感からか、それとも人間に近い生き物を殺してしまった事に対する自嘲なのか、少なくともマトモな精神状態では無かったのは確かだろう。


 いや……すでに精神は壊れていたのかもしれない。


 匠の、この森での1日目は、こうして過ぎ去っていった。


読了ありがとうございます。

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