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破壊の種  作者: おにび三条
種上げの儀式
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3

*


 1日経ったがレーラは意識不明のままだった。医務室にいた専属の医者と看護婦たちが挨拶する。幼少期から世話をしてもらっている看護婦長もその中にいた。

「レーラ様が儀式で使われていたのはおそらく…“破壊の種”でしょう」

 それは小さい頃からレーラの面倒を看ている重臣・ガーゴンの言葉だった。厳格な性分と丈の長い黒衣が近寄りがたい雰囲気の男だ。

「破壊の、種…」

 アルスが復唱すると、ガーゴンが騒がしくなる空間の中で耳敏くアルスを見つけ、冷たく睨む。セレンがアルスの手を握った。セレンはガーゴンが苦手なのだと以前打ち明けていた。

「種、とはいうが、花を咲かせる類のものではなく、…クリスタルの破片だ」

 アルスに説明しているのか、ガーゴンの目はアルスを捕らえていた。

「邪神がこの地に落とした、クリスタルだ」

 邪神。アルスの脳裏に画面の端に追いやられたステンドグラスの中の、魚のような怪物が浮かぶ。そして、遠い雨の日の記憶―

「…なんでそんな物が」

 識者や学者や医者が騒ぎ立てる。ガーゴンは口を閉ざした。

「今の段階で分かるのは、そんなところです」

 ベッドで眠るレーラをアルスは見つめた。識者や学者たちが話し合い、記録しながら医者たちがレーラを診断し、観察している。ガーゴンがアルスを呼んだ。セレンは呼ばれなかったため医務室でそのまま待つことにしたらしい。

「何ですか」

「何者かが、国家転覆を目論んでいるかも知れない。注意なさい」

 ガーゴンの険しい顔や厳しい態度はセレンだけでなくアルスも苦手だった。

「国は、どうなるんです」

「レーラ様の御容態次第だ。今のところはまだ…」

「そうですか」

「最悪、君が本当に王になるか…」

「御冗談を。儀式の失敗はいかがされる?」

 どれくらいの民衆があの儀式を目にしたのか。瞬く間にこの噂は広がるだろう。王都は閉めた、とガーゴンは言う。これから黙秘の義務でもく気なのか。

「可能性としてなくはないと言っている。覚悟しておきなさい」

「とりあえずは、分かりました。ですが…レーラは絶対目覚めさせます」

 ガーゴンは話は終わったとばかりに立ち去ろうとしていたが足を止めた。アルスを落ち着いた声で呼ぶ。

「絶対とはあまりにも無責任な、思考停止した言葉だ。もしこの先、お前が人の頂点に立たねばならなくなった時には、二度と口にするな。お前は…絶対という言葉とは反対の立場にいる人間なのだから」

 ガーゴンの声は珍しく優しかった。指導するときの張りつめたもののない柔らかい声。気味が悪くなってアルスは医務室へ戻った。

「アルス、セレン、少し外に出よう」

 医務室に戻った途端にセレンが心配そうにアルスの元へ駆け寄った。何か厳しいことを言われたのだと思ったようだ。看護婦長が複雑そうに2人を呼ぶ。母を知らないアルスには看護婦長が母親代わりだった。恰幅の良い、肝の据わった陽気な母。アルスの母親像は優しく繊細なものではなく、この看護婦長だった。その看護婦長の表情が沈んでいる。城の者全てが種上げの儀式に参加したわけではない。上層部でも一部だ。看護婦長に連れられ、アルスとセレンは医務室から近い中庭を歩く。王都の乾燥した気候にも耐える瑞々しい草花が生い茂り、噴水の囲いや像や柱には苔が生している。

「ガーゴン大臣に何か言われたかい」

 看護婦長は噴水の囲いに腰を下ろす。セレンも隣に並んだ。アルスは苔が生して滑りやすくなったレンガ畳の上を行ったり来たりしていた。

「…いや、特に大したことは言ってなかった」

 部屋から出して言ったということは内密にしておいたほうがいいということだろう。セレンに心配はかけたくない。看護婦長はそうかい、と言って笑う。昔、息子を亡くしたと言っていた。それからは、この看護師長にあまり悲しい顔をさせたくなかった。

「レーラ様のことなんだけど…」

 けれどアルスのささやかな願いは打ち砕かれる。

「難しいみたいなんだ」

「難しい…」

 フードの者の言葉を思い出す。何と言っていたか。セル…に続く、おそらく苗字。アルスと同じ姓を一部持っていた、という印象しかない。繁盛したら困るから、と言っていたが、雰囲気が嘘だと告げていた。

「セルー」

 突然そう呟いたアルスを、セレンと看護婦長が注目した。

「セルなんとか」

 看護婦長の顔が歪んだ。

「ロレンツァの」

 セレンの目が見開かれる。

「ロレンツァの、セルーティア?」

 セレンが続けた。アルスが、それだ、という前に、看護婦長がダメ!と大きな声を上げた。ただならない看護婦長の様子にアルスとセレンは顔を見合わせる。こういった姿は見たことがない。

「ダメよ…!あそこはダメ!絶対にダメ!セルーティアなんて…」

 どういった意味で、あのフードの者は、城の者には言うなと忠告したのだろう。繁盛してほしくないから、とはやはり嘘だ。

「婦長、ごめんなさい、でも…」

「分かってる!アンタたちの気持ちはよく分かる!でもセルーティアは…ッ」

 有名人なのだろうか。セレンも知っていた。だがアルスは知らない。ロレンツァという水上都市は観光地だ。そこで医者をしているというのなら、やはり有名なのだろうか。王都から南東に向かった海沿いにある。生活に船が必要だと日報紙で読んだことがある。とにかく美しい街並みで絵画でもよく題材にされていた。

「アルス…!」

 助け舟を求められている。縋るような目がアルスに向けられた。看護婦長はアルスにとって母親のような存在で、遊んでもらったり、馳走してもらったりした。

「婦長、ごめん。可能性は、潰したくない」

 背を撫でるセレンの手を払うことも、手を握るアルスを邪険にすることもなく看護婦長は泣いた。

「明日すぐに出るわ。だから…」

 レーラを焼かないで。セレンの言葉は音にならなかった。ただ看護婦長のふくよかな掌がアルスの手を握り返しただけだった。



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