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黒髪乙女とバンパイア  作者: 紗々
第四章
24/27

#24

 小夜子はそろそろと三人の後を追いかけます。三人は伯爵の部屋をこれでもかというくらい捜索しています。ベッドのシーツはグチャグチャにされ、テーブルはひっくり返っています。


「くそー!誰も居やしねえ」


 イライラし出すバカマッチョ。このまま諦めて帰ってくれればいいのですが……。


(伯爵様お願い。どうかこのまま隠れていて)


 その時、子分の一人が隣の部屋へと移動しました。隣の部屋――つまりは小夜子が居候していた部屋です。まずい!


「あっ、なんだこれは!」


 子分の一人が小夜子の部屋を見て驚きます。


「荷物が置いてあるぜ……。一体誰のだ?」


 部屋の中に置きっぱなしだった小夜子の鞄。その中には大切なお洋服やパスポート、それにお財布などの貴重品が入っているのです。

 小夜子は慌てて追いかけて行きましたが、時すでに遅し。子分は小夜子の鞄を漁り出しました。


「やめてよ!」


 声を張り上げて止めに入ります。


「なんだ?なんでお前が止めに来るんだ?」


 もう一人の子分も一緒になって小夜子の鞄を物色しています。ああなんて汚らわしいのでしょう。こんなに厭らしい、お下品な男の手が大切なお洋服に触れるなんて。


「触らないで!人の鞄を勝手に開けるなんて失礼じゃ御座いませんこと?」


 小夜子の憤怒する様子に、漸く事態が呑み込めたようです。


「この鞄、お前のか?」


 ええ、その通りです。


「なんでこんなところにお前の鞄が置いてあるんだ?」


 それは答えられません。さあどうしましょう。

 三人の間に気まずい沈黙が流れます。ただならぬ雰囲気を察したのか、遂には伯爵の部屋で物色していたバカマッチョまで来てしまいました。


 小夜子、絶体絶命。


 だってさっきこいつらに不法侵入を注意しておきながら、実は自分が立ち入り禁止の部屋に入り込み、それどころか荷物まで持ち込んで生活していたのですもの。この中で誰が一番悪いかと聞かれたら一目瞭然。明らかに勝手に古城で生活していた謎の日本人、小夜子が悪人でしょう。


 乗り込んできたバカマッチョは事態を把握していないようなので、子分達が状況を説明しています。小夜子はその間、ずっと気まずそうに黙り込んでいました。


「おい外人の女、そこにある荷物、お前のだってな。なんでここに荷物があるんだ?」


 どう言い訳しようか全く頭に浮かびません。何を言ってもこの状況は打破できないでしょう。それどころか、追い打ちをかけるようにバカマッチョが口を開いたのです。


「この女、まさか勝手にこの城で生活してたんじゃねえか!?だから俺たちの後ついて回ったり、この部屋へ来るのを止めたりしたんだ!」


 も~、そこまで言い当てられたら何も言えません……。


 途端にその場の空気が悪化しました。人間は悪を見付けると同時に自分が正義になったような感覚に襲われます。此処に居る四人のうち、勝手に古城へ住み着いた外国人観光客という小夜子の存在は、恐らく道徳的に見てアウトです。

 そんなアウトな存在を見付けた彼らは、一応同じように不法侵入しているとはいえ、罪の重さで言えば小夜子より軽い筈。むしろ怪しい外国人を捕まえた英雄的存在と思えなくもありません。

 今この部屋では、一人の悪を捕らえようとする三人の英雄という登場人物が生まれようとしているのです。


「何故ここに住んだ!?」


「お前は一体何をしていたんだ!」


「すぐに捕まえて警察に突き出してやるからな!」


 罵声のような怒鳴り声が小夜子に降り注ぎます。もはや、彼らの目的であったバンパイア退治など何処かへ行ってしまい、目の前にいる怪しい外国人を捕まえたくてしょうがないようです。

 もしもこのまま警察に突き出されてしまったら……。いやだー!海外にまで来てサツの世話になるのはいやだー!ううん、それよりも、伯爵の存在が気がかりです。捕まってしまったら置いてけぼりの伯爵はどうなってしまうのでしょう?もしも強制帰国させられたら、伯爵とお別れの挨拶すらできないのです。


 そうこうしている間に、男たちの目つきが鋭くなってきました。次の瞬間、バカマッチョが腕を伸ばして小夜子を捕まえます。


「嫌!放して!」


 どんなに抵抗してもマッチョな成人男性の力に勝てる筈がありません。


「うるせえ女だ。街まで下りて警察に突き出してやる!そうすりゃ俺達、不審者を捕まえたヒーローだぜ!」


 それくらいの事でヒーローになれたら誰も苦労はしません。しかし、バカマッチョが力づくで押さえつけるせいで、小夜子はもう身動き一つとれません。痛いし苦しいし、大体こんなタイプじゃない男に触られて気持ちが悪いし、小夜子は腹が立つやら悲しいやらでもう一度声を上げてしまいました。


「放してください!」


「彼女を放したまえ」


 何処からか気取った男の声が響きます。この声は、口調は、もしかして……。


 小夜子達の背後にしゃんと背筋を伸ばした伯爵が立っていました。三人の男達は「なんだこいつ?」という顔をしています。


「レディに向かって乱暴な真似をするのではない。放したまえ」


「な、何だお前は!」


 バカマッチョが叫びます。そりゃそうですよね。誰だってそう思います。こいつらからしたら、また一人不審者が増えたようなものですもの。


 予想外の伯爵登場に驚いているのは、実は男達よりも小夜子かもしれません。あれ程隠れていろと言ったのに。だけど、不思議です。本当なら約束を破った伯爵を叱ってやるところですけれど、今の小夜子はなんだかとても嬉しいのです。ピンチの時に颯爽と駆けつけてくれた伯爵の存在が……。


 伯爵の言葉が効いたのか単に呆気にとられただけなのか、バカマッチョは小夜子を掴む手を緩めました。小夜子はさっと伯爵の元へと駆け寄ります。


「伯爵様!どうして出てこられたのですか!あれ程隠れていろと念押ししたのに……」


「君の悲鳴が聞こえたのに黙って隠れている訳にはいかないだろう?」


 相変わらずキザな台詞。こんな状況なのに、なんだかこそばゆいです。伯爵はさりげなく小夜子を自分の後ろへと隠し、毅然とした態度で男達に言います。


「君達、何者か判らぬが此処は私の城だ。勝手な立ち入りは許さぬぞ」


「伯爵様……」


 言っちまったー!小夜子は内心そう思いました。伯爵の登場に少々焦りましたが、どうにか誤魔化せば伯爵がバンパイアだとばれないと思っていたからです。しかし、聞きました?今の台詞。ハッキリと言っちゃいましたよね、私の城って。


「なんだあ?私の城ってどういう意味だ?」


 男達は伯爵の言葉を把握していないようです。


「き、聞き間違いじゃない?この方は私の連れです。一緒に観光しているお友達ですの」


 咄嗟にフォローしましたが、随分と苦しい言い訳です。


「観光?そのオッサンとか?どうも怪しいな。大体お前、今までどこに隠れていたんだよ?」


(伯爵様、お願いします。私に話を合わせて)


 目くばせをしながら小さな声で言いました。が、伯爵は小夜子の忠告を聞かずにこう言ったのです。


「お前達、バンパイアを探しているようだな」


 小夜子はハッとしましたが、もう伯爵を止める言葉すら見付かりません。ただその様子を察知したのか、伯爵は優しく小夜子の目を見てそっと微笑みました。「大丈夫だ。心配するな」とでも言いたげな表情で。


「ならば教えてやろう。この私が、私こそがバンパイアだ」


 その場に居た全員が黙りました。一瞬空気が凍ってしまったのかしらんと思うくらい、しんとした時間が流れたように感じます。それでも数秒経って、バカマッチョの声が静寂を割りました。


「お、お前がバンパイアだって!?バッカじゃねえの!?このオッサンよー!」


 さっきまで自分でバンパイアを捕まえると言っていた癖に、いざ目の前にバンパイアが現れたらこの態度。どこまでも失礼な男です。


「おいオッサン。どうやらこの変な女の連れみたいだけど、自分がバンパイアなんておかしな事言って恥ずかしくねーのか?」


 挑発的に伯爵へと近付きます。


「私から言わせて貰えば君のように知性のない山猿のような男の方が余程恥ずかしいがな」


 伯爵は澄まして答えます。後ろで小夜子がクスッと笑いました。


「なんだと!?」


 激情したバカマッチョは伯爵に殴りかかろうとしました。


「伯爵様、危ない!」


 勢いよく振り上げられたバカマッチョの右腕は、見事に宙を空振りしました。何故なら、今目の前に居た筈の伯爵が忽然と姿を消してしまったのですから。


 本来殴るべく相手が居なくなってしまったのですから、当然バカマッチョは勢い余ってバランスを崩します。その背後で、二人の子分が何とも言えない表情を浮かべています。そこに居る全員が、たった今起こった出来事に困惑しているのです。


 真っ先に事態を把握したのは小夜子です。流石は伯爵の同居人。そうです。伯爵は彼らの前で堂々と姿を消して見せたのです。

ポカンとしていたバカマッチョは、ただ狼狽えながらブツブツと声を漏らすのが精一杯です。


「な、なんなんだ一体……。あのオッサン、どこへ行っちまったんだ?」


 オロオロとする三人の男を前に、小夜子はますます追い詰められた心境です。


(伯爵様、どうして人の前で姿を消してしまったのですか!)


あれ程隠れていろと言ったのにのこのこと出てきてしまい、その上堂々とバンパイアの術を見せつけてしまい……。まったくあの男はそこまで自分がバンパイアだとアピールしたかったのでしょうか?


 静まった部屋の中に、相変わらず伯爵の姿はありません。いよいよ男達も事態の恐ろしさを感じ取ってきたようです。


「お、おい!なんなんだよマジで!なんだあのオッサン消えちまったんだ!?さっきまでここに居た筈なのによ」


「まさか……本当に……?」


「本物のバンパイア……」


 狼狽える三人の男達と心配でたまらない小夜子。四人の不安はますます大きくなるばかりです……。

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