第二話
沖田は局長室にいた。
見回りで酒に酔った浪士たちを斬った日の午後のことである。
あのあと、沖田は屯所で昼飯をとっていた。
自室にお膳を置き、食べていると、ひとつの影が障子の向こうにうつった。
時折話し声の聞こえる中で、静かな足音が聞こえたかと思うと、沖田の部屋の前で止まった。
使いの隊士らしい。
「どうしたのです」
沖田は尋ねた。
この若者は律儀だから、たとえ使いであっても荒く扱ったりはしない。
ちょうど吸物に口をつけていたが、きちんと箸置きに箸を置いて、座りなおした。
「お食事中にすみません」
声からして、どうやら使いの隊士は若い新隊士のようだ。
「沖田先生に御用がありまして」
「なんです」
若い隊士はひとつ、咳払いをすると
「近藤先生から、お食事が終わり次第、局長室へ来るようにとのことです」
「先生が?」
沖田は少し考えた。
(もしかすると、あのことかもしれない)
あのこととは、池田屋事件で沖田が喀血して倒れたことである。
数日寝込んだあと、調子は回復したのだが、そのかわり妙な咳をするようになったのである。
これも前述したが、これには土方が沖田にしつこいほど心配した。
もちろん、隊内で一番といっても過言ではない、剣の使い手でもあるし、土方・近藤ともに沖田は実の弟のように見ていたのである。
土方も近藤も末の弟だから、沖田のような若者を弟だと思うのも不思議ではない。
新撰組結成以前の付き合いであり、道場でも親しんでいた仲である。
「わかりました」
隊士が去った後、沖田はすぐに食事を終えた。
もともと食に少ないので、あまり量は食べなかったのである。
そのためか、剣の腕はいいくせに、二十歳の若者にしては体が華奢な方だった。
自室を出ると廊下を渡り、屯所の南側の奥の部屋、局長室へと向かった。
少し前までは黄色ばんでいた障子が、真っ白な紙に張り替えられていた。
おそらく近藤・土方がいるであろう、この屯所の一角の部屋の前にしゃがむと、
沖田はさわやかな声であいさつをした。
「お呼び仕りました、沖田総司です」
「入れ」
中から、太く通った声が聞こえた。近藤である。
障子をあけると、部屋の中には近藤と土方の他に、誰かがいた。
「・・・外島先生・・?」
薄暗く、かすかに埃臭い畳の上に、思ってもいない人が座っていた。
近藤一同の前に座ると、おどろいた顔で聞いた。
「何故、外島さんがいらっしゃるのです?」
外島とは沖田が喀血で倒れたときに見舞いに来た会津藩の公用で、外島機兵衛である。
「いや、先ほど外島さんが屯所にいらしてな。この前の件について話を伺っていたのだが、
せっかくだから沖田君にもお目にかかりたいとのことだ」
この前の件とは、池田屋事件のことである。
近藤が言うと、外島は軽く会釈した。
沖田もあわてて頭を下げると、見舞いの礼を述べた。
その後、さしつかえのない世間話を半時ほどしていたが、そのうち帰っていった。
途中で沖田は退室を言われたのだが、部屋を出た後、少し話が気になった。
自分のことを言われるのだろうと不安だった気持ちが消えて、少し楽になったが、それでも途中で退室を言われたことが気にかかったのである。
そこで部屋の南側の廊下に立つと、柱に身を寄せてしばらく話を聞いていた。
いわゆる盗み聞きである。
外島が立ち上がる気配を感じ、廊下を去ろうをしたとき、気にかかる言葉が耳に入ってきた。
「まさかとは思いますが・・・。京に腕のいい医者がいます。そこで見てもらってはどうですかね」
(自分の病気のことではないか)
うっすらと気づいていたので、自分のことを近藤や土方に告げたのだろうと思った。
「ありがたい。ええ、いずれ・・・」
「はい、いずれ・・・」
外島が部屋を出たとき、すでに沖田は廊下から消えていた。
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