古き良き日本の
お題:おいでよ「うりゃぁ!」
制限時間:15分
文字数:849字
ひっそりとした道路を走っていた、家の合間に田んぼが所々で見え隠れしている。都会から見たら田舎だろうが、田舎から見たら田舎ではない、微妙な街だった。街頭も少なく、信号も頻繁にはない。道路左右にある家々は、赤々と電気をつけてはいるが、隣家と離れているので暗い道路だった。
蒸し暑かったが外の空気を吸いたくて、窓を開けて車を走らせた。と、なにやら音が聴こえてくる。
懐かしい太鼓の音だった、子供の頃叩いた記憶がある。
左前方が明るくなった、祭りが行われているらしい。盆踊りの曲も聞こえる、町民だけの小さな祭りだろう。ふらりと、吸い寄せられるようにその場所へ車を走らせる。
駐車場などなかったので、道路の脇に停車し、車を降りた。浴衣の少女達がわたがしを食べていた、水風船を持った子供達が走り回り、広場の中央では皆が笑顔で盆踊りを踊っている。
懐かしい光景だった、少し離れた場所でその雰囲気を愉しんだ。よそ者が見ていても気にしないらしく、誰も気がつかない。簡単な屋台もあったので、ビール片手に会話を弾ませている男性陣の半被は、汗で滲んでいた。
「お祭り、好きなの?」
中学生くらいだろうか、焼き蕎麦を食べながら話しかけてきた普段着の少年に思わず頷く。少年は「ふーん」と興味なさそうな声を出し、離れていった。
だが、見れば手招きしている。踊りの輪に誘うように、軽く微笑んで。
思わず、足を踏み出した。この曲は知っている、身体が覚えている、踊ることができる。
「おいでよ、僕らのお祭りに」
少年に気がつき、他の子供らも歓声を上げて手招きしてくれた。大人達も見つめてくる、ちょっとしたスターのような気分だった。
「……よっし、いっちょやりますかぁ!」
掛け声を吼えるように腹の底から出し、腕まくりをして輪に加わる。知らない人々と、笑顔で踊る。
不思議な日本独特の、続けていかねばならない伝統の一つだろう。愛すべき、ものだろう。
「うりゃぁ!」
両手を夜空に、突き上げた。