レイトショー
平成の頃の話。
ある時、私は親と喧嘩をしてしまった。
些細な口論から激しい言い争いになり、親の言い草にすっかり腹が立った私は、実家にいて親と顔を合わせるのが嫌になってしまった。
もう夜だったので、どこかに出掛けようにも田舎で時間を潰せそうなところなどほとんどない。
でも、親と顔を合わせる確率が高い実家にはいたくない。
なので、思いついた私は隣町にある映画館へと出かけた。
もう上映する映画もあまりない時間帯だが、幸いにもレイトショーで上映中の映画の中に興味をそそられる作品があった。
なので、何も言わずに家を抜け出て、隣町へと向かった。
夜間上映の観賞はこれが初めてだ。
売店も閉まってしまっていて、パンフレットやグッズも買うことは出来ないが、今はとにかく家以外の場所で時間が潰せればいい。
人気が無いロビーで発券機からチケットを入手し、私は目的の作品を上映するシアターへと向かった。
到着したシアターは、100席ちょっとの小規模なものだった。
夜の8時を過ぎていたのと、上映後しばらくしての作品だったからか、中には誰もいない。
実質、貸し切り状態だ。
しかし、上映開始にはまだ少し時間がある。
それに時間までCMや予告編の上映も行われる。
まあ、誰かしら後から入って来るだろう、と思いつつ、誰もいないのをいいことにいつもは絶対に座らないど真ん中の席にとった私は、少しいい気分になり上映開始を待った。
しばらくして、照明が落ち、さらなる予告編の上映が始まる。
その時まで出入口から誰も入って来ないのを見ていた私は、周りが暗くなったのもあって急に心細くなった。
小規模とはいえ、夜の映画館に一人というのは意外にビビる。
貸し切り状態でリッチな気分だった私だが、そんな心細さを忘れようと、予告編に没入。
でも、本当に誰もいないか?と、思わず周囲を見回した。
そこで、私は自分以外に一人、後方の席に観客がいるのに気付く。
目の端にチラリとしか見えなかったが、背格好からしてたぶん女性だろう。
その時の私は「いつ入って来たんだ?」とは全く思わなかった。
というのも、予告編に見入っていたし、たぶん入って来たのを見逃したんだろうと思った。
それに、見ず知らずだったが、心細かったところにやって来てくれた相手だ。
その存在にいくばくか気が楽になり、私はスクリーンに映し出される作品の世界へと入り込んでいった。
そうして、10時近くに上映が終了。
気になっていた作品だったのと、予想外に見どころもあって、その頃には親との喧嘩のことはすっかり忘れていた。
そうして、スクリーンに流れるエンドロールをぼうっと見ていた。
映画の中には、エンドロールの後に次回作への布石となるシーンが映し出されることがあるのは知ってのとおりだ。
そして、それを知らないようにエンドロール途中で出ていく客を見ては「あー、もったいない」と思うのが私だ。
で、この時、やっぱり出て言った例の女性に気付いた私は「もったいない」と一人残って最後まで観賞。
案の定、次回作への布石となるシーンが流れ、シアター内が明るくなってから、私は席を立った。
その時、出入口にスタッフが入ってくるのが見えた。
たぶん、清掃か何かに来たんだろう。
で、出ていく私とすれ違いざまにそのスタッフが私にこう言った
「夜遅くにお一人でありがとうございました」
それに首を傾げる私。
「いえ、もう一人いましたよ。ほら、さっき出て行った女性」
そう言うと、スタッフが私の顔を見て、一瞬無言になる。
「…それは失礼しました。またのお越しをお待ちしております」
にこやかだった顔を真顔に変え、そのスタッフは私へ背を向けた。
私はそれに習い、シアターを後にした。
これは後日談。
地元の友人達との飲み会で、ある映画の話になった時に、私はある友人とそのレイトショーで観たのを思い出して友人に教えた。
で、どこで観たのかを教えたところ、その友人が声を潜めて尋ねてきた。
「もしかして、○○の○○○○○○で観た?」
頷く私に、その友人はさらに小さな声で、
「シアターって№○?」
そう尋ねてくる。
その頃、既にうろ覚えだったが、シアターの大まかな館内位置を告げると、友人はしきりに頷いて見せた。
「変な客、中にいなかった?」
妙なことを聞くな、と思ったが、例の女性のことを思い出し、その時の様子を話す。
すると、友人は、
「その人、同じ映画館で私も見たよ。席も大体同じ位置だった」
私は驚いた。
「え?マジ?その人、常連なの?」
「分からないけど、ちょっとした有名人かも」
友人は続けた。
「その映画館で働いている知人が言ってたよ。そのシアターには時々出るってさ」
「ウソでしょ?」
驚く私。
「だって、あの人、時々呟いたり『プッ』って噴き出したり、泣いてたりしたよ?」
事実である。
実際、体験した私がギャグシーンや感動シーンで、彼女が生身の音を出しているのを聞いているのだから。
すると、友人は溜息をついて、
「じゃあ、その人のこと、他の誰かが見てたりした?」
思い出した私は、無言で首を横に振った。
あの時、同じシアターにいたのは私と彼女だけだ。
帰り際に彼女とすれ違ったはずのスタッフはいたけど、シアター内にいたのは私ひとりと勘違いしていた。
それを告げると、友人はニヤリと笑った。
「それ、間違いないよ。私の知人の話と一致する」
「いや、でも…あんな声とか音を出してたのに!?」
「コイツ、私をからかってるな」と思いつつ私がそう言うと、友人は言った。
「信じないなら、それもいいけどさ。音や声を出すやつって割と昔から話に残ってるでしょ?」
「…」
押し黙る私に友人が笑って言った。
「けど、ウケる。それこそマジで『霊と一緒に霊とショー』ってかw」
その後、私はその映画館には行っていないが、映画館自体は健在と聞いた。
けど、彼女もまだ映画の観賞を続けているのかは分からない。
ただ、私が一人でレイトショーへ行くのを避けるようになったのは事実だ。
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