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おはよう世界

よければマイページから僕の他作品もなにとぞ。

 いや、嘘だろ。

 背中に熱い衝撃が走った瞬間、すべてが終わったはずだった。

 油断したつもりはないけど背後からのあの一撃は防げなかった。

 背中に刺さった剣が、顔のほうへと肉を切りながら近づいていく。

 英雄なんて呼ばれて調子に乗ってた報いかよ。

 薄れゆく意識の中で俺はそう自嘲して死んだ。

 ……はずだったんだけどな。


「んん……」


 目が覚めた。

 知らない天井だ。

 しかも妙に豪華なシャンデリアがぶら下がっている。

 天国ってやつは意外と世俗的な内装の趣味をしてるらしい。

 身体を起こそうとして違和感を覚えた。

 身体が軽い。

 軽すぎる。

 あと視界が低い。

 違和感の正体を探ろうと何気なく視線を落とす。


「は?」


 ある。

 俺の胸板はもっとこう鋼のように硬くて平らだったはずだ。

 だが今俺の視界を遮っているのはどう見ても豊かな曲線を描く二つの膨らみだった。

 柔らかい。

 触ってみると信じられないくらい柔らかい。

 混乱しつつ枕元の鏡を覗き込む。

 そこに映っていたのは銀髪の美少女だった。

 誰だお前。もしかして私か?

 いや私、じゃなくて俺だ。

 待て待て待て。

 なんで女になってるんだよ!

 しかもなんだこの美少女ぶりは!

 前世の厳つい顔面の面影がゼロじゃねーか!




 ガチャリと重厚な扉が開く音がした。

 ビクッとして俺は手鏡を取り落としそうになる。

 入ってきたのはメイド服を着た若い女だ。

 彼女は俺と目が合うなり手に持っていた銀の盆を床に落とした。

 ガシャーンという派手な音が部屋に響き渡る。

 水差しが割れて絨毯が濡れていくのも構わずに、彼女は口元を両手で覆って目を見開いていた。


「お……お嬢様?」


 震える声でそう呼ばれる。

 どうやら俺はこの屋敷のお嬢様?らしい。

 否定する間もなく彼女は涙目で駆け寄ってきた。


「目が……覚めたんですか?本当に?夢じゃないですよね?」

「あー……うん。おはよう?」


 とりあえず無難な挨拶を返してみる。

 その瞬間メイドの目から滝のような涙が溢れ出した。


「よかった……本当によかったぁ!旦那様!奥様!アリスお嬢様が目を覚まされましたぁぁぁ!!」


 鼓膜が破れそうな絶叫を残してメイドは廊下へと駆け出していった。

 嵐のような去り際だ。

 置いてけぼりにされた私は呆然と扉を見つめることしかできない。

 あとで聞いた話だがこの身体の持ち主である「アリス」という少女はかなり数奇な運命を辿っていたらしい。

 もともとは施設に捨てられていた孤児だった。

 それをこの地域一番の名家である侯爵家が引き取ったのだという。

 まさにシンデレラストーリーだ。

 だがアリスは発見された時点で衰弱しきっていて屋敷に来てからずっと昏睡状態だった。

 医者も見放すほどだったらしい。

 つまり俺は死にかけの身体を乗っ取って復活してしまったわけだ。

 廊下の向こうからドタバタと大勢の足音が近づいてくるのが聞こえる。

 どうやら静かな入院生活とはいかないらしい。




 足音が止まり、ドアが勢いよく開かれた。

 現れたのはこの屋敷の主人である伯爵だという。

 伯爵と聞いて、俺は勝手な想像をしていた。

 どうせ丸々と太った髭面のじいさんか、神経質そうなガリガリのおっさんだろうと。

 だが目の前に現れた人物を見て、私は思考を停止した。


「アリス……!」


 若い。

 あまりにも若すぎる。

 透き通るような銀髪に宝石のような瞳。

 絵本から抜け出してきたような王子様がそこに立っていた。

 俺と同じ銀色の髪をしている。

 もしかして血縁者なのだろうか。

 彼は息を切らしてベッドの傍まで歩み寄ってきた。

 心配そうに俺を見下ろす顔すら美しすぎて直視できない。


「気がついたのか?僕の声が聞こえるかい?」

「あ……はい」


 見惚れてしまって気の利いた返事すらできない。

 彼は震える手で恐る恐る私の肩に触れた。

 まるで壊れ物を扱うような手つきだ。


「体の具合はどうだ?どこか痛むところはないか?気分が悪かったりしないかい?」


 深刻そうな顔で、矢継ぎ早に尋ねてくる。

 前の持ち主が瀕死だったことを考えれば当然の反応だ。

 私は自分の体を確かめるように腕を動かしてみた。

 驚くほど軽い。

 痛みもなければ倦怠感もない。

 前世で鍛え上げた肉体よりも、遥かに調子がいいくらいだ。


「大丈夫です。すこぶるめちゃんこ健康体です」


 サムズアップし、そう答えると彼は一瞬きょとんとした。

 直後その端正な顔がくしゃりと歪む。

 満面の笑みだ。

 花が咲いたような笑顔というのはこういうのを言うんだろう。


「よかった……!本当によかった……!」


 彼は私の手を強く握りしめた。

 その目には涙すら浮かんでいる。

 なんて綺麗な涙だ。

 おっさんじゃなくてよかったと心底思った。


 次いで身体を抱きしめられた。

 ギュッとかそういう可愛い擬音じゃない。

 ミシミシと音がしそうな勢いだ。

 おいおい勘弁してくれよ。

 病み上がりの少女相手に全力でハグかよ。

 背骨が折れるかと思ったわ。

 前の俺なら鼻息だけで吹き飛ばせるところだが今のこの貧弱な腕じゃ抵抗すらできねえ。

 完全にまな板の上の鯉だ。

 いや鯉じゃなくて美少女か。


「うっ……苦しい、です」


 猫被ってか細い声を出してみる。

 我ながら寒気がするほど可愛らしい声が出た。

 前世の俺が聞いたら間違いなく吐いてるな。

 効果はてきめんで伯爵は弾かれたように身体を離した。


「す、すまない!嬉しさのあまりつい……」


 彼は慌てて居住まいを正す。

 その顔は真っ赤だ。

 うぶかよ。

 顔がいいのにもったいねえな。

 それにしてもこの男、本当に俺のことを心配していたらしい。

 目が真っ赤だ。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになって、イケメンが台無しだぞ。

 まあ悪い気はしないけど。

 前世じゃ俺が死にかけても「またかよ」で済まされてたからな。

 こういう真っ直ぐな好意には慣れてない。


「本当に身体は平気なのか?少しでも辛かったらすぐに言うんだぞ」


 彼はまだ心配そうに眉を下げて覗き込んでくる。

 過保護すぎんだろ。


「平気ですよ。むしろ力が有り余ってるくらいで」


 嘘じゃない。

 ベッドから飛び起きてスクワットでも始めたい気分だ。

 だがそれをやったらこのイケメンが卒倒しかねない。

 今は大人しくしておこう。


「そうか……よかった。ああ申し遅れたね。僕の名前はアルフレッド。君の……新しい家族だ」


 家族。

 その言葉に胸の奥が妙にざわついた。

 アルフレッドと名乗ったその男は照れくさそうに笑う。


「これからはお兄様と呼んでくれると嬉しいな」


 お兄様。

 マジかよ。

 中身はおっさんみたいな戦士だぞ俺。

 このキラキラした王子様に向かって「お兄様」とか呼ばなきゃならんのか。

 ハードル高すぎんだろ。

 だが衣食住を保証してもらうためだ。

 背に腹は変えられない。


「……お兄様?」


 上目遣いで首を傾げてみる。

 必殺のあざといポーズだ。

 アルフレッドは胸を押さえて悶絶した。

 チョロいなこいつ。


「お兄様?」

「ぐはっ……!」


 アルフレッドが胸を押さえて崩れ落ちた。

 チョロい。

 あまりにもチョロすぎる。

 この国の貴族ってのはみんなこうなのか。

 それともこの男が特別なのか。

 面白くなってきた俺は畳み掛けることにした。


「お兄様っ大好き!」

「ああっ……!尊い……!」


 彼は床を転げ回っている。

 完全に不審者だ。

 こんなのが兄貴とか冗談じゃない。

 だが衣食住のためだ。

 俺は心を無にして媚びを売り続ける。

 お兄様連呼マシーンと化した俺をアルフレッドが拝み始めたその時だった。

 コツコツと硬質な足音が響いてくる。

 廊下が広いせいか足音がやけに反響する。

 誰か来たな。

 アルフレッドはまだ床で悶えていて気づいていない。

 足音は部屋の前で止まりノックもなしにドアが開かれた。


「おい兄貴。何やってんだよ」


 低い声だ。

 だがどこか聞き覚えのある声質だった。

 入ってきた人物を見て私は息を呑んだ。

 銀髪。

 宝石のような瞳。

 そして整った顔立ち。

 鏡を見ているのかと思った。

 そこに立っていたのは私と瓜二つの美少女だったからだ。

 いや、これ絶対血縁者だろ。

 赤の他人でここまで似ることあるか?

 彼女は呆れたように床のアルフレッドを見下ろしている。

 その視線は氷のように冷たい。


「あぁ……アルシェリナか」


 アルフレッドが慌てて立ち上がる。

 咳払いをして威厳を取り戻そうとしているが手遅れだ。

 妹らしき少女はジト目で彼を睨んでいる。


「うるさいから来てみれば……相変わらず気持ち悪いよな兄貴は」

「兄貴はやめろと言っているだろう!少しはアリスを見習ったらどうだ」


 アルフレッドは私を指差して力説し始めた。


「見ろこの可愛らしさを!『お兄様』だぞ!?破壊力が違うんだよ、破壊力が!」

「はあ?んなもん知らねーよ、んなもん」


 少女は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 口が悪いなこいつも。

 親近感が湧くわ。

 アルフレッドは俺の肩を抱いてドヤ顔を決めた。


 紳士的な所作で、きれいな匂いが私の鼻腔をくすぐる。

 無意識にも肩に置かれた手に意識を置いてしまう。あれ?手ってこんなに大きかったっけ?


「紹介しようアリス。こっちはアルシェリナ。可愛げのない僕の妹だ」


 アルフレッドの言葉で意識を取り戻す。

 妹。

 ってことは俺の姉貴分か?

 それとも双子か?いや、けど俺元孤児らしいけど。

 アルシェリナと呼ばれた少女は値踏みするように私をじろじろと見てきた。


「……ふーん。こいつが噂の?」


 目が合った。

 獲物を狩る時の目だ。

 こいつただの令嬢じゃねえな。

 俺の直感がそう告げている。




 目が合った瞬間、背筋に電流が走った。

 こいつできる。

 ただの小娘じゃねえ。

 立ち方といい重心の置き方といい、隙がねえ。

 人を殺めることに躊躇がない目だ。

 前世の古傷が疼くような感覚。

 俺の中の戦士の血がドクンと脈打った。

 試してえ。

 この貧弱な身体でどこまでやれるか分からねえが、技術だけでこいつの鼻を明かしてやりてえ。

 殺気が漏れたのかアルシェリナがピクリと眉を上げた。

 ほう。

 俺の殺気に気づくとはな。

 バチバチと視線が交錯し、空気が張り詰める。

 一触即発。

 そうなりかけた瞬間、俺たちの間にアルフレッドが割って入った。


「やめろアリス!こいつと関わるな!」


 彼は俺を背に庇いアルシェリナを指差した。

 その顔はさっきまでのデレデレした表情とは打って変わって真剣そのものだ。


「アルシェリナは野蛮なんだ。見てみろこの目つきの悪さを。ガンラットみたいだろう?」

「あ?」

「それに加えて僕よりも雑魚(ざっこ)いんだ。相手にする価値もない」


 雑魚い。

 今このイケメンの口から「雑魚い」って出たか。

 耳を疑った。

 王子様みたいな顔して言う単語じゃねえだろ。

 しかも妹に向かって雑魚とか語彙が賊のそれだ。

 俺が驚愕していると、アルシェリナがゆらりと立ち上がった。

 怒るかと思ったが彼女は冷ややかな笑みを浮かべている。


「あらあら。お兄様ったら」


 猫撫で声だ。

 背筋が凍るような甘い声。


「自分が勝てないからって(ひが)んではだめよ?お兄様?」


 あえて俺の真似をして「お兄様」と呼んだのだ。

 挑発だ。

 さっき俺がお兄様と呼んだ時はあんなに喜んでいたアルフレッドだ。

 きっとこれも満更でもない……。


「え、キモ」


 真顔だった。

 汚物を見るような目だった。

 心の底から引いているのが分かる。

 愛がない。

 慈悲もない。

 ただただ生理的な嫌悪感がそこにあった。

 一瞬の静寂。

 ブチッという何かが切れる音が室内にはっきりと響いた。


「てめぇ……言わせておけば……!!」


 アルシェリナの顔から笑顔が消えた。

 代わりに鬼の形相が現れる。

 部屋の空気が振動した。

 魔力だ。

 殺意の塊みたいな魔力が膨れ上がっていく。

 おいおいマジかよ。

 ここでぶっ放す気か。

 この兄妹やべえ。


「やるか?」

「上等。その減らず口をきけなくしてあげる」

「僕に勝てるとでも?この身の程知らずが」


 空気がビリビリと震え始めた。

 比喩じゃない。

 物理的に部屋が揺れている。

 窓ガラスがカタカタと悲鳴を上げているのが聞こえる。

 これが魔力かよ。

 冗談じゃねえぞ。

 俺の前世は剣一筋の脳筋戦士だ。

 魔法なんて便利なもんは使えなかったし才能のかけらもなかった。

 だからこそ分かる。

 この濃度の魔力は猛毒だ。

 特に抵抗力のない、今のこの幼い身体には致命的すぎる。

 吐き気がする。

 視界が歪む。

 おい気づけよ、馬鹿兄妹。

 お前らの可愛い妹が魔力にあてられて死にかけてるぞ。

 だが二人はバチバチとお互いを睨み合っていて、俺のことなんて視界に入っていないらしい。

 意識が飛びそうだ。

 もう駄目かと思ったその時だった。


「あ、あの。うぅ...し、失礼いたします。きょ、お紅茶をお持ちし……あっ」


 間の抜けた声が緊張を切り裂いた。

 入ってきたのは一人のメイドだ。

 彼女は俺たちの惨状など目に入っていない様子で、何もない平らな床で豪快につまずいた。

 多分魔力のせいじゃない。

 ただのドジだ。

 宙を舞うティーセット。

 スローモーションのようにカップが床に落ちていく。

 ガシャーン!!

 派手な破砕音が部屋に響き渡った。

 熱い紅茶が高級そうな絨毯にシミを作っていく。

 兄妹の殺気が霧散した。

 全員の視線が一点に集中する。

 床に這いつくばったメイドは顔面蒼白でガタガタと震えていた。

 この世の終わりのような顔だ。

 彼女は勢いよく床に額を叩きつけた。


「も、もし、申し訳ございません!!」


 ゴンッという鈍い音がするほどの勢いでの土下座だ。


「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!お許し、ください!大事なもの全てあげるので、殺さないでくださいぃぃ!!」


 彼女は壊れたレコードのように謝罪の言葉を繰り返している。

 涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。

 こっちの方がよっぽど修羅場じゃねえか。


「あ、それとお嬢様。おかえりなさいませ」


 急にまともになるなぁ!

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