プロローグ
今日は11月3日。
4時間目が終わって25分後、僕は昨日図書館で借りた本を読んでいた。「完璧な俺」とかいうなんとも自意識過剰な題名。俺は完璧な人間なんてこの世にはいないと思う。しかし、誰しもが1度は完璧な人間に憧れるものだと思う。にしても、
「遅い……」
かれこれ15分は川上を待っている。
川上とは一緒に給食を食べる約束をしており、手洗いに行ったきり帰ってこない。
川上陸也、小学生からの腐れ縁。今年で4年間連続クラスが一緒だ。
あいつは女子か。何で手洗いに15分もかかるんだよ。もうすぐで、昼休みに突入してしまう。
あ〜。お腹空きすぎて死にそう。
高校生っていいよな。早弁ってやつできるんだっけ?中学生も早弁オーケーにしてくれば良いのに。なんて考えていると、
「凛堂くん、川上くん待たないで先に食べちゃいなよ」
隣の席の相川さんが天使か悪魔か分からない囁きをしてきた。
相川さんの机を見るともう四分の三は完食していた。今日のメニューはコッペパンとクリームシチュー。まだクリームシチューからはほんのり湯気が漂っていた。
「俺は猫舌だからまだ食べない」
そんな素っ気ない返事をしながら視線を本へ戻した。
「素直じゃないね。川上くん様子見に行ってきたら?」
「体調悪いんじゃの?」と一言添え、相川さんは紙パックの牛乳に手を差し伸べた。
あいつ具合悪かったけ?朝から走って登校してたけどな。
俺は、読んでいるフリに使っていた本を閉じ、男子トイレへと向かった。
「川上~大丈夫か〜?」
返事が帰って来ない。
視線を下に向けると上履きがない。
トイレにいないのか。じゃあ何処に行ったんだ?
保健室?違う。保健室に行くには担任に一言声をかけなければいけない。その担任は絶賛教室で食事中。
「上川〜」
俺が来たのは廊下が繋がっている隣の特別棟。教室がなく、理科室や音楽室がある校舎だ。
「ここに居るわけないか」
戻ろうとしたその時、理科室のドアが少し空いているのに気がついた。
理科の先生が閉め忘れたのだろうか。絶対居ないだろうが、確認の為顔を覗かした。
「川上居るか?」
扉を開けた途端物音が何か落ちる音が耳の中に入ってきた。
「川上……」
居るはずがない川上の後ろ姿だけが、俺の視界に映った。
俺はすぐさま川上に近づき肩を掴んだ。
「何してるんだよ」
川上の体が反転し、俺の方を向いた。
「くさっ」
俺は慌てて首元の服で鼻を覆った。独特な煙たい匂い。誰しもが1回は嗅いだことのある匂い。決していい匂いでは無い。俺は嫌いだ。
川上が手を後ろに隠そうとするが、阻止をする。
抵抗してくるが、生憎俺の方が川上よりも力は勝っていた。
俺は川上が必死で隠そうとしている右手を視界に入れた。
川上が握っていたのは「タバコ」だった。
「川上、お前、何してんだ?」
川上は一切俺の方を見ない。ただ、黙って口を開こうとしない。
「っ?!。あのな、いくらテストがいつも赤点で馬鹿な俺にだって、やって良い事と悪い事の常識ぐらい理解してんだよ。なんで俺より頭のいいお前がこんな馬鹿な行動してんだよ!」
川上は、口を開こうとしない。ただ、煙たい独特の匂いが川上と俺に纒わり付く。それとは別に、なんか、嗅いだことない甘い匂いがほんの微かに漂っている。
俺には川上が何を考えているのかさっぱり分からなかった。川上はいつも元気で、嬉しい時や悲しい時、ころころと表情が変わり考えていることが誰にだってわかるようなやつだったのに。今は何を考えているのか分からない。いつも、補習の時勉強教えてくれる優しい川上は何処に行ったんだよ。もう、俺の知っている川上は居ないのかよ。
「ごめん。瑛斗、黙っといてくれない?」
「は?」
川上の瞳には光さえ無くなっていた。
「どういうことだよ!」
「わかるだろ?俺はタバコを吸ってるんだぞ?お前はこの事を誰かに話すのか?俺たち友達だもんな?黙っといてくれるよな」
川上の瞳に僅かに歪んで見えた。
なんだ?。タバコでこんなにも人格って変わるか?。この甘い匂い…。タバコではないのか…。
「お、お前、何があったんだよ」
「……瑛斗には分からないさ。俺の気持ちなんて」
途端、俺が入ってきた扉が勢いよく開いた。
「君たちこんな所で何をしているだ」
あっ、先生だ。名前はわかんないけど他学年の先生だろう。
「川上……」
「瑛斗ごめんな、迷惑かけて」
その後、川上は学校に来ることは無かった。
訂正する。川上は学校に来ることが不可能になった。
川上のタバコがバレた1ヶ月後、学校は火事で炎に包まれ、黒焦げの炭になってしまったのである。詳細は、無害者250人、怪我人94人、死亡者1人。原因不明なこの火事で亡くなったのはただ1人。
死亡者の名は「凛堂 瑛斗」(15)。




