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リーナ視点に戻ります。
「パードリー公爵令嬢、少し良いですか? 」
「えぇ……」
学園にも慣れてきて、もはやゲームの世界ということを忘れかけてきた頃、突然フレイン先生に呼び止められた。
そういえば、聖女様が一番親密なのはフレイン先生でしたわね。
特にお二方に対して何かをした記憶はないのでが、気付かない内に何かしてしまったのかしら?
わからないけれど、呼ばれたからにはいかなくてはならないわね。
先生に先導されるままに着いていくと、行先は先生の研究室だったらしい。薄暗い室内には論文と思わしきたくさんの紙束と、壁一面の本棚に並ぶ数え切れない程の蔵書。入り切らないのか、床にも積まれている。
そして……
「聖女様!? 」
「あ、パードリー様…? 」
何故か本に埋もれるようにして聖女様が隅っこに座り込んで本を読んでいた。
あの、本当に何していらっしゃるの…?
「呼んできましたよ。シュバイン嬢」
「先生、ありがとうございます」
「あの…? 」
「ああ、失礼しました。実は用事があるのは私ではなく、彼女の方なのですよ」
「聖女様が私に? 」
本を置いて立ち上がった彼女は、教室では見たことがないくらい目を爛々と輝かせながら本を掻き分けて私の方へやってきた。
先生は逆に一歩引いて、入口付近の壁に身体を預けて傍観に徹する様子ね。
さて、私に用事なら同じクラスなのだから教室でも良いのではと思うけれど、何か教室では話しにくい事情でもあるのかもしれないわね。
何にしても話を聞いてみないとわからないわ。
「急にお呼び立てしてしまって申し訳ございません」
「いいえ、お気になさらないで。聖女様とゆっくりお話する機会もあまりなかったからビックリしてしまっただけなの」
「あ、あの、できれば『聖女様』って呼ばないでいただけると有難いのですが…」
「あら、ごめんなさい。失礼だったかしら」
「いえ、ただ光魔法が出現したというだけで何の成果も遂げていないのにそんな大層な呼び方をされるのが少し心苦しくて…」
「まぁ、それは失礼しました。シュバイン様とお呼びしても?」
「パードリー様がよろしければ、エリーゼと呼んでいただけたら嬉しいです」
「ではエリーゼ様。私もフェリーナで結構ですわ」
「よろしいのですか?」
「えぇ、もちろん」
聖女様、もといエリーゼ様とお話してみて気付いたのだけれど、平民出身という割にマナーも話し方もちゃんとしているのね。まだぎこちない部分はあるものの、聖女様認定されてから貴族社会に入ったと聞いているから本当に短期間で頑張ってお勉強されたのだと思うわ。
ゲームのヒロインだけれど、彼女が選ぶルートに興味がないからといって関わらなさすぎていたのかも。
私がゲームの悪役令嬢のフェリーナと違うように、ゲームの主人公のエリーゼと目の前にいるエリーゼ様もまた違うのかもしれないわよね。
心の中で反省していると、エリーゼ様が「フェリーナ様に折り入ってご相談があるのですが」とおずおずと話しかけてきた。
「私にご用事と仰っていましたわね」
「えぇ。フェリーナ様にしか頼めないことなのです」
私にしか頼めないご用事? フレイン先生に呼ばれたことから、教室でのことか魔法のことだとばかり思っておりましたが、私にしかできないことなどある気がしませんわ。公爵家の権力が必要とか、そちらの方面のお願い事でしょうか。
「私、この世界に電子レンジを開発したいのです」
「電子…レンジ…!? 」
私は耳を疑った。
何故ならそれはこの世界では存在しないものの名称であり、前世の世界で当たり前に使われていたものだから。
そしてそれを知っているということは、つまり彼女は…
「やっぱり、フェリーナ様も転生者ですよね」
「………ご存知でしたの? 」
「いいえ、確信を持ったのは本当につい最近のことです」
どうやら、私がエリーゼ様に「聖女様ってこんな方だったかしら? 」と思っていたのと同様に、エリーゼ様も同じことを思っていたらしい。
確かに、幼少の頃は我儘令嬢という噂が出回っていたそうだけれど、私が耳にすることもないままにいつの間にか噂は立ち消えたと聞いているし、そもそも本来のフェリーナであれば現在進行形で我儘絶頂期だったはずだものね。
少なくとも前世の記憶が戻ってからは人を困らせるような我儘は言わないようにしているつもりよ。
というか、エリーゼ様も転生者と知って驚いているのは当然なのだけれど、先生の前でこんな話をしても大丈夫なのかしら…?
我に返ってチラリとフレイン先生に目線を送ると、視線に気付いた先生がひらりと軽く手を振ってくる。
「私のことは気にしなくて良いですよ」
「先生は全部ご存知です」
「そうなのですか? 」
「えぇ。私は『てんせいしゃ』とやらではありませんが、シュバイン嬢の話すお話に興味がありましてね」
最初は、魔法の勉強をしたかったエリーゼ様が、先生に電子レンジを開発をするために近しい魔法がないか相談したことから始まったという。
それに興味を持った先生が電子レンジの仕組みを事細かに聞いている内に、他の家電の話もポロッと出してしまったエリーゼ様に詰め寄り、全てお話することになった、と。
その時のことを思い出したのか、エリーゼ様は「尋問される気持ちと怖さが身に染みてわかりました…」と遠い目をしているのだけれど、そんなに恐怖の時間だったのね……魔法バカの先生に捕まったばかりに可哀想に…
って同情してしまったけれど、よく考えたら私も転生者と知られてしまったのよね? 出来れば尋問は勘弁していただきたいわ!?
慌てて先生の方を見て無言で念を送ると、察して下さったのか先生は肩を竦めて見せる。
「パードリー公爵令嬢にも色々と聞きたいところですが、背後が怖いのでやめておきますよ」
「背後? 」
振り向いてみても誰もいないけれど…
「まぁ、機会があれば是非とだけ」
「え、えぇ…」
隣でエリーゼ様が淑女の振る舞いも忘れて盛大に首を振っているのだけれど……一体どれだけ怖い思いをなさったのか心配になったわ…
ヒロインも転生者というのは最初から決めていたストーリーなのですが、先生が思ったよりも困った人になってしまった………攻略対象のはずなのにヒロイン尋問してどうする……




