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シレッと一人攻略対象が登場。
戸惑いながらもゼレイン殿下のエスコートを無視する訳にもいかず、促されて歩き出すと後ろに殿下の側近脳筋のダリス・アーベルガント様と側近インテリのミカルゲ・ツァイス様の姿が。
殿下の代わりにどちらかがエスコートされるのかしらと思ってチラリと目線を移すと、アーベルガント様の隣には婚約者であるノアール・エルベルト様、ツァイス様の隣にはやっぱり婚約者であるクラリア・ファーマシィ様の姿が見えて更に混乱する。
お二方も当たり前のようにそれぞれの婚約者をエスコートしていて、聖女様を気にする素振りもなさそうなのよね…
聖女様、大丈夫なのかしら…?
ストーリーに興味がないと言っても、一国民として聖女様の存在は比類なきもの。
王家の庇護を受ける者としての周知は大事なことだと思うのだけれど。
「心ここに在らずだね? 何か心配事でも?」
ゼレイン殿下が気にかけて下さるけれど、私が聖女様のことを聞いたらおかしいわよね。
殿下は婚約者である私のエスコートを優先して下さっているだけなのかもしれないし。
きっと残りの攻略対象がエスコートして下さるでしょうし、今は大人しく殿下に着いていきましょう。
何でもないと足を踏み出すと、殿下はそれ以上何も言わずに歩を進めた。
ところで、高位貴族になると侍女の同伴が可能なのだけれど、例によって私はリリアを連れてきているの。
学園には寮もあって、聖女様や攻略対象の幼馴染くんは寮に入っていたはずね。
あとは下位貴族の方々は王都に別邸を持たず、領地からでは通うのが困難だからと寮に入られるそうよ。
伯爵家以上はほとんどが王都に屋敷を構えているから、聖女様の養子縁組先であるシュバイン伯爵も王都の外れの方に屋敷があったはずだけれど、元々平民として暮らしてきた彼女には寮の方が気が休まるのかもしれないわね。
関係が良くないとかそんなことは耳にしたことがないけれど、王命による養子縁組だからお互いに気を遣っているのでしょうし。
なので、聖女様はすでに昨日には入寮されているのよね。
そして私達はそれぞれの屋敷から侍女と共に馬車で登校。
ってことは、もしかして……
「ねぇ、リリア」
「はい、お嬢様」
「…聖女様って、もしかして…」
「すでに教室においでです」
「やっぱり…!」
小声でリリアに聞いてみると、同じように声を潜めてすぐに返答がくる。
何でリリアがそんなことまで知っているのかはさておき。学園の敷地内に併設されている寮から正門へは徒歩五分もかからない。
そして、そもそも敷地内にあるのだから正門を通る必要がないわけで。
それなら何でゲームではわざわざ正門前でエスコートをしていたのかしら…?
さっぱりわからないけれど、今ここに聖女様がいない理由は理解できたわ。
もしかしたらゼレイン殿下が早めに来て、私が到着する前に聖女様をエスコートされてたのかもしれないわね。
それならそれで問題がないし、このソツのない王子様のことだからそれくらいサラッとこなしていても不思議はない。
…ないけれど、何だか最近殿下に振り回されている気がしてならないわ。
何となく腑に落ちないものの、文句を言うようなことでもないので飲み込んでいる内に教室に辿り着いた。
殿下とツァイス様、ノアール様、クラリア様は学年が違うので、帰りにまた来ると言ってご自分の教室へ戻られ、ダリス様はすでにご卒業されていて殿下の護衛として通っているので、そのままノアール様をエスコートしていったみたい。
ゲームで聖女様とフェリーナが同じクラスであることは知っているけれど、本来は殿下にエスコートされている聖女様の前に立ちはだかって文句を言うのがフェリーナとの出会いなのよね。この出会い方は予想外すぎてどうすれば良いのかわからないわ。
わからないけれど、この学年の公爵位は私だけ。公爵家よりも上は王家しか存在せず、その王子様も学年が違うので私が一年生の中で最高位と言うことになる。
そして貴族社会では高位の者から声を掛けるのがマナーとなっている。
つまり、私が声を掛けないと皆様声を掛けられないと言うことね。
一応建前として学園内では身分は関係なく平等にと言われているけれど、学園を一歩出たらまた身分がついて回る以上、学園内とはいえ完全に無礼講とはいかないわけで。
前世の記憶がある私としては特に抵抗ないのだけれど、他の高位貴族からしたら違うでしょうし。
そうなると、ある程度のルールは保持したお付き合いが必要になってくるのよね。
リリアが教室の扉を開けてくれたので、中にいる皆様に「ごきげんよう」と会釈をする。
同時にリリアは侍女用の待機室に移動するみたいで礼をして下がっていった。
本来であれば挨拶となればカーテシーをするところだけれど、ここはあくまでも学園。挨拶は略式で良いとされているのに、高位貴族である私がカーテシーをしてしまったら他の皆様も常に正式な礼を求められてしまうわ。
先程の殿下達の様子を見てもそこまでは必要ないと判断して会釈に留めて辺りを見渡すと、私が挨拶をしたことであちらこちらから挨拶を返す声が聞こえてきたからこれで良かったようね。
心の中でそっと安堵の息をついて、手近の空いている席に腰を下ろす。
今日は初日なので、ホールに移動して入学式を行い、その後は所謂オリエンテーションで終わりの予定。
声を掛けてくれる方達の隙間から聖女様の様子をチラリと窺ってみるけれど、国王陛下直々にもっと騒がれているかと思えば隅の席で一人本を読んでいた。
周りも話し掛けづらいのか、遠巻きに様子を窺っているのがわかる。
…おかしいわね。ゲームの中ではもっと人に囲まれていたような気がしたのだけれど。
でも私の立場からすれば、聖女様と悪役令嬢は交わらない方が平穏だから問題ないわね。
考えることを放棄した私は、いつの間にか来ていた担任のフレイン先生に視線を移してぼんやりとこの人が魔術バカかぁ、と眺めていた。
婚約者達も登場。聖女様の影薄いなぁ…




