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ゼレイン視点です。浮かれてます。
リナが王宮に泊まることになったその夜。
私は柄にもなく浮かれていた。
それはもう執事にも飽きれられる程に。
「殿下、寝台に倒れ込むのははしたのうございますよ」
「わかってるよ」
わかっているけど、今くらい素直に顔を緩めさせてくれ。
「それほどまでに喜ばしいことがございましたか」
「ああ」
「では今だけ、私は見なかったことにいたしましょう」
「ありがとう」
「後ほどまた参ります」
ベッドに勢いよく倒れ込んで動こうとしない私に一礼をして部屋を下がる執事を横目で見送り、大きく息を吐く。
「夢じゃ、ないよな…」
今日は朝からとにかく忙しい日だった。
人払いをしやすいように庭園裏のガゼボにお茶の用意をさせてからパードリー公爵家にリナを迎えに行き、王宮に戻って薔薇園を案内しながらガゼボでお茶会をして。
そこで兄上の即位と婚姻の話、それに伴う私の臣籍降下と入籍の話をした。
正直に言うと、この時点でリナから戸惑いの声は上がっても拒否されることはないとわかっていたよ。
何故なら、彼女は「政略結婚」と割り切っているのだから。
「政略結婚」である限り、相手も時期も家同士の都合が優先される。
かくいう私も、王族である以上は政略結婚しか有り得ないとわかっていたしね。
噂のこともあり、相手がリナに確定したとしてもなるべく良い関係が築ければそれでいいと思っていた。
それが良い意味で裏切られるなんて、その時は全く思っていなかったよ。
リナは予想通りの反応で、一先ずは断られるようなことがなくて良かったと内心で安堵していた。
けれど、出来ることなら私に気持ちを向けてほしいと思ってしまう自分もいて。
夫婦になってから徐々に距離を詰めればいいとわかっていてもつい踏み込んでしまった。
リナの気持ちが大事なのは勿論だが、急かすようなことをするつもりはなかったのに。
本当に、私と結婚するのは嫌なのかなんて聞くつもりはなかったんだ。
勢いで聞いてしまったが、あの場で「嫌だ」なんてハッキリ言われなかったとしても苦笑して困った顔をされたりしたらきっと立ち直れなかっただろう。
それでも今となっては踏み込んでよかったと思える。
おかげでリナの気持ちを確認出来たのだから。
…いや、確認出来たと言うよりはリナが自覚してくれたというのが正しいのかな。
自覚がなかっただけで、心の奥底では私に恋情を抱いてくれていたと知って、私がどれだけ嬉しかったか。
「ああ、もう……可愛すぎるだろう…」
私以外の人では嫌だと泣いてくれた。
私がいいのだと、傍にいたいと零した涙は、今まで見てきたどんな宝石よりも綺麗だった。
普段は完璧に淑女然として感情の揺らぎさえ見せない彼女が、あんなにも子どものように泣きじゃくる姿は酷く庇護欲を掻き立てられたものだ。
それに、リナの前世での名も「リナ」だったという。
私だけの特別な呼び名が欲しくて考えた時、真っ先に浮かんだ「リナ」。
もしかしたら、前世のリナが自分を忘れないでほしいと呼んでいたのかもしれないね。
前世の彼女も含めて「リナ」なのだから、これから先何度でも大事に名前を紡ごうと思っているよ。
泣きすぎて目が腫れてしまった彼女を王宮に泊まるよう提案したのは淑女への気遣いもあったが、何よりもそのまま帰したくなかっただけ。
婚約者とはいえ婚前なので部屋を共にすることはできないが、おやすみの挨拶と朝の挨拶をして、今日のことが夢では無いと実感したかった。
その後、勢い任せにパードリー公爵にリナの外泊許可と入籍許可を貰いに行ったのは悪手だったかもしれないけどね。
結果としてどちらも許可は得られたが、何となく公爵の私を見る目が変わったように思うのはきっと気のせいではないだろう。
公爵夫人も同席していたが、やはり生暖かい目で見られていた気がする。
そもそも、何時間にも及ぶ話の最後に祝杯をあげる時点でどうかしているだろう…
しかもその乾杯の音頭が「入籍を祝して」ではなく「フェリーナの素晴らしさに」と言ってしまう辺りが完全にどうかしている。
いつの間にか集まっていた令息達も一緒になって頷いているし、パードリー公爵家は本当に大丈夫なのかと一瞬頭が痛くなったが、深く考えないことにした。
これまで散々私を目の敵にして、リナと円満に婚約解消させるために一生懸命私の瑕疵を探してきた公爵家の面々も、さすがにリナ本人の望みは無下にできないらしい。
それならば、リナを本当に大事にしてくれる人に託したいと切り替えたようだ。
おかげで私は包み隠さずリナへの想いを彼らに晒すことになり、さすがに恥ずかしくはあったが致し方ない。
それに、私が知らない公爵家でのリナの様子も教えて貰えたしな。
寝返りを打ち、仰向けになって天井を見上げると、脳裏に先程会ったばかりの愛しい婚約者の顔が浮かぶ。
ああ、やっとだ。
入籍の許可も得たし、想いも通じ合った。
これでやっと、隠すことなく真っ直ぐに愛を伝えられる。
「だいたい、愛情は真っ直ぐ伝えるものだろう……回りくどい言い回しのどこか美点なんだ…」
貴族間の習わしは自分の性格には合わないとつくづく思っていたが、それもこれで終わりだ。
ようやく真っ直ぐにリナに愛を囁くことができる。
この遠回しな愛情表現のせいで何度勘違いをされてきたことかと遠い目をしながら、二度目の大きな息を吐く。
これで憂いは無くなった。
やっと彼女が私だけのものになる。
逸る心を抑えるのが大変だが、それすらも幸せの印だと思うと何もかもが苦ではなくなってくるから不思議なものだ。
コンコン、と響く扉の向こうから、少し前に退室していった執事の声が聞こえてくる。
「殿下、そろそろ落ち着かれましたか? 」
「ああ、すまないな」
「とんでもございません」
「さぁ、仕事に戻ろうか」
執事を迎え入れてベッドから起き上がると、いつになく清々しい気分で仕事を再開したのだった。
やっとくっつきましたね~!おめでとう、ゼレン✨




