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急展開にも程があるだろってツッコミはそっとしまっておいてもらえると助かります。
「公爵家とは何とか話をつけるよ。問題はリーナ本人の意思だ」
「私の意思、ですの? 」
「ああ。リーナの意思が私にとっても公爵家にとっても一番大事なことだからね」
それはつまり、私がゼレン様と結婚したくないと言ったら破談になると言っているのと同義なのでは?
政略結婚で成り立っているというのに、そんな恋愛結婚みたいなことがあって良いのですか?
そもそも私は婚約してからずっと、ゼレン様の妻となってお支えする未来しか考えてきませんでしたもの。
今になってそのようなことを言われても、他の未来なんて思いつきもしませんわ。
私が返答に困っていると、優しく目尻を下げたゼレン様が音もなく立ち上がると、私の隣に来て膝をつく。
それからゆっくりと顔を上げて慈しむように私を見上げて微笑んでくださいました。
「困らせてしまったね。そんなつもりはなかったのだけど」
「いえ、あの、」
「リーナは、私と結婚するのは嫌? 」
「そんなことは有り得ません! 」
「それなら逆に、私ではなく違う人と結婚するのは? 」
「ゼレン様以外の人と…? 」
考えたこともなかった。
私の結婚相手はゼレイン・ティア・ヴィアイン様。
他の誰でもない。
私がゼレン様以外の人と結婚するということは、ゼレン様もまた別の人と結婚するということ。
今の私の立っている場所に、違うご令嬢が当たり前に立つということ。
それを私は、別の人の隣に立って見守る…?
そんなの、
「…………いや……」
「え? 」
「ゼレン様以外の人なんて、嫌…」
「リーナ…? 」
今頃になって自分の気持ちに気付くなんて鈍すぎる。
ゼレン様と初めて会ってから八年。
最初は優しくて誠実な人柄に惹かれた。
この人の隣なら穏やかに過ごせる気がして婚約も了承した。
それから当たり前にゼレン様の隣に立ち、当たり前にその優しさを貰って、当たり前に結婚するものだと思ってた。
それらは全部、ゼレン様から与えられていただけだというのに。
何故当たり前だと思えていたのか。
傲慢だった自分に呆れて、今更ゼレン様と離れる選択肢があることに悲しくなって、自覚したと同時に独占欲に塗れる自分が恥ずかしくて、気付けば目からは止めどなく涙が溢れていた。
「リーナ、大丈夫? 」
「わた…、わたし……、」
「うん」
「いや、嫌です、ゼレン様のお傍に、いたいです…」
「うん、私もリーナに傍にいてほしい」
優しくハンカチで涙を受け止めてくれるゼレン様の優しさに、余計に涙腺が刺激されてしまう。
思い返してみれば、ゼレン様はいつだって私に好意を伝えてくれていた気がする。
貴族だから直接的な表現はなくとも、私を優先してくれて、できる限り時間を取って傍にいてくれて。
婚約者だから当たり前なんて、そんな訳ないのに。
「ご、ごめ、なさ…」
「大丈夫。ゆっくりでいいから落ち着いて」
どれだけの時間そうしていたのか、ようやく涙が収まる頃にはゼレン様の持っているハンカチがびしょ濡れになってしまっていた。
「取り乱してすみませんでした…」
「ふふっ」
「え、っと…? 」
「リーナは前世ではきっとこんな感じの話し方だったんだね」
「……? ……あ! も、申し訳ございません…! 」
ゼレン様に指摘されて慌てて直すも、後の祭り…ですわよね…
動揺したためか、王子殿下にフランクすぎる言葉遣いになってしまっておりました。
不快にさせたか、呆れられたのではと身構えましたが、意外なことにゼレン様はとても嬉しそうです。
「私の前ではそのままの君でいいよ」
「そういう訳には…! 」
「以前、シュバイン嬢と話をしていた時も少し砕けた口調になっていて羨ましかったんだ」
「えっ」
自覚はないのですが、エリーゼ様の前でもやらかしていたということですわよね…!?
でもそれで羨ましいってどういうことなのでしょう…
「リーナは普段から口調も所作も丁寧だから、私の前では肩の力を抜いて大丈夫だと信頼してもらえてる気がして嬉しいんだよ」
「そ、そうでしょうか…」
「ほら、また硬くなってる。半年後には私達は夫婦になるのだから、もっと気楽に行こう」
「で、でも…」
ゼレン様の仰ることはわかりましたが、だからといってそんなに簡単に切り替えれるはずもなく。
戸惑っていると、不意に手を掬われて手の甲にキスをされてしまいました。
「ひゃっ!? な、何を…! 」
「ついでだから教えてあげる。色んな思惑と絡めたことに違いはないけど、元々予定されていた兄上の入籍に無理やり合わせるように捩じ込んだのは私の我儘なんだよ。さすがに陛下達にも呆れられてしまったが」
「ね、捩じ込んだ……? 我儘、なんですの…? 」
「そう。私が早くリーナと夫婦になりたかったからね」
「それはどうして…」
「簡単だよ。リーナを独り占めするためだ」
「なっ!? 」
「それと、結婚してしまえば愛の言葉を紡げるからね」
「えっ、えぇっ!? 」
「ふふっ、楽しみだ」
「ぜ、ゼレン様!? 」
「結婚する頃には、できれば君だけの呼び方で呼んでほしいな。ね、リナ」
「…ッ! 」
急に甘い空気になって、耐性のない私はただただ狼狽えるしかない。
好意を伝えてくれていたのは自覚したけれど、こんなに愛情を注いでくれていたなんて全然気づいていなかったから、嬉しい反面とても、とっても、とっっても恥ずかしい。
モノローグでお嬢様言葉を保てないくらいには動揺してるのよ。
それに、ね。
本当にたまたまなんだろうけど、
「あの、ゼレン様…」
「どうした? リナ」
「あの、ですね、その…」
「うん」
「私の、前世………リナって言うんです」
「! それは大事に呼ばないといけないね」
そう言って微笑んでくれるゼレン様に、前世の私ごと丸ごと優しく包んでくれた気がしてまた涙腺が激しく崩壊した。
鈍感ちゃんは急に自覚するから可愛いんですよね~( *´艸`)
ようやくゼレンが本領発揮できますね!そしてノアが喜ぶw




