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ある意味急展開
「ゼレン様…? 」
「この際だから言っておくよ。私は早々にリーナと籍を入れたいと思っている」
「きゅ、急にどうされたんですの…? 」
思ってもみなかった話題に咄嗟に反応できず、戸惑ってしまいました。
何かあったのでしょうか…?
ゼレン様と私は正しく政略結婚。
ですが、王太子殿下を国王にしようとしているゼレン様にとって実は私は最良の相手ではありませんの。
何故なら、私がバードリー公爵家の令嬢だから。
王家としてはパードリー公爵家と縁を繋ぐことで利がありますわ。
本来なら王太子殿下と私が結婚となれば磐石ですので、ゼレン様もわざわざご自身の派閥を潰して回る必要もなかったわけですわ。
けれど、私が王都に戻る頃にはすでに王太子殿下には婚約者がいらっしゃいましたので、ゼレン様が様子見を兼ねて私とのお茶会にいらしたのではないかと。
恐らく、私が幼少の頃に領地に引きこもっていたことで病弱か何かだと判断されて候補から除外されたのでしょうね。お父様からも何も聞かされておりませんでしたので、特に王太子殿下との婚約云々のお話はなかったのだと思います。
その結果、王太子殿下は立太子しておりますがお相手のご令嬢は有力侯爵家の方であり、継承権を放棄したいゼレン様の相手が筆頭公爵家の令嬢となってしまったわけですわね。
そのためにゼレン様を持ち上げたい派閥も諦めがつかないのです。
とはいえ、王族が簡単に婚約解消などできるはずもなく。王太子殿下はこのまま婚約者とご成婚なさるでしょう。
そうなると、ゼレン様を推す派閥を抑えるために確実なのは王太子殿下が即位し、王弟であるゼレン様が臣籍降下することなのですが…
ここで私との入籍の話が出るとなると、まさかもう即位のお話が出ているとか…?
即位と婚姻を同時に行うと思っておりましたが、別に行われるのでしょうか? それともすでに水面下で式の準備が進んでいるなんてことは…
ですが、ゼレン様が入籍するとなれば王太子殿下の婚姻の後なのが通例のはずですし…
ううん、思考がまとまりませんわ…
「色々と理由はあるけれど、察しのいいリーナなら勘づいているんだろうね」
「ということは、やはり…」
「ああ、兄上の即位の話が出ている」
なるほど、だから人の来ないこの奥まった場所をお選びになったのですわね。
もちろん薔薇が見頃なことも、この素敵なガゼボを見せようとしてくださったお気持ちも本当なのでしょう。
加えて内緒話にちょうどよかったということかしら。
「ですが、王太子殿下がご結婚されてからの臣籍降下になりますわよね? そうなると早くても私が卒業する頃になるのでは? 」
「式はそのくらいになるだろうね」
「式は、と仰いますと…」
「籍は私の卒業と同時に入れたいと思っているのだけど、どうだろうか? 」
「えぇっ!? 」
ぜレン様の卒業なんて、もう半年くらいしかありませんわよ?
それに、半年後に入籍するということはそれまでに王太子殿下が即位されるということよね?
そこまでお話が進んでいるのに公爵家にすら情報が回っていないってどういうことなんですの…
私の怪訝な顔に気付いたのか、ぜレン様は苦笑しながら説明してくれました。
「情報の統制を取っていたのは確かだよ。ただ、一番の懸念はパードリー公爵家の妨害だったからね」
「我が家ですの? 」
「ああ。婚約しているとはいえ、愛娘を簡単に手放すと思えないからね」
……納得してしまいましたわ。
ぜレン様はよくわかっていらっしゃるのね…
婚約しているのですからいずれ嫁ぐのはわかっていることですが、家族全員から溺愛されている自覚のある身としては素直に送り出されるとも思えないですもの。
婚約の時も盛大に反対されましたからね。
あの時は私がもう少しぜレン様の為人に触れてみたいと願ったから成立しただけの話であって、いっそ婚約なんて破棄してずっと公爵家にいればいいと思われているのではと思うような言動も多いですし。
「さすがにリーナも勘づいていた? 」
「さすがにって何ですの…」
「そのままでしょ。リーナは鈍いからね」
「そのようなことは…」
「無いとは言わせないよ。散々振り回されたからね」
おかげで覚悟が決まったんだけど、と笑うゼレン様の目が笑っておりませんの……
わ、私、何かしましたか…?
鈍いと言われるようなことが何かありましたかしら…?
何となくビクビクしていると、笑みを消したゼレン様が真面目な表情で話し始めれられました。
「一つずつ、順を追って説明していくよ」
「え、えぇ」
「まず、陛下の即位は私の卒業と同時に行われる。その際に兄上の婚約者であるリュミエール侯爵令嬢との入籍を発表し、私は臣籍降下が命じられる」
「はい」
「そこでリーナとの入籍も同時に発表する」
「同時に、ですの…? 」
王太子殿下…いえ、即位されてからの発表ですから、国王陛下になりますわね。
陛下と王弟殿下の入籍が同時だなんて、前代未聞では…?
「過去に例を見ないことではあるが、すでに両陛下の承認も得ているし、協会側の準備も進めているよ」
「何故同時に行われるのです? 」
「第二王子派に下手な横槍を入れられないようにというのが一つ。それから、同時に入籍するほど円満だというところを見せつける意図もある」
「なるほど…」
確かに遺恨があるのなら一緒に行うこともないですし、そこを狙って派閥が何か画策する可能性も無くはないですわね。
ついでにいれば、王族の婚姻は一大行事となりますから大変な手間が必要となりますので、協会側としても王族側としても一纏めに行うのは悪いことではないのでしょう。
「新国王陛下の結婚式は婚姻から一年後に行う予定だ。すでに準備が始められているよ」
「そうなのですね」
「私達の結婚式はリーナの卒業に合わせて行う予定だ」
「えぇと…そのお話は父に伝わっているのでしょうか? 」
「いや、これから交渉することになるね」
肩を竦めてみせるゼレン様は、すでにどこかお疲れのように見えますが大丈夫なのかしら…?
「王命で強制的に従わせることも出来るけど、できることならそれはしたくないからね」
「ゼレン様…」
「大切な君の家族であり、私の新しい家族になる人達なんだから当然だろう? 」
「ありがとうございます…! 」
「それでも情報を遮断して妨害対策はさせてもらっていたから本当の意味で誠実とは言えないかもしれないけどね」
ゼレン様がそう言ってまた困った顔で笑うけれど、そこまでしないと王命を使わざるを得なくなる相手ということなのでしょうね…
ですが、そうやって気を配って下さるゼレン様だからこそ公爵家も未だに強硬手段で婚約破棄をしようとせずに様子を見ているのだと思いますわ。
きっとこれが別の方なら早い段階で何かしらの穴を見つけて瑕疵として婚約破棄していたに違いありませんもの。
そう思うと、ゼレン様は本当に非の打ち所の無い方ですわね。
申し訳ありません。前話のタイトルが被ってしまっていたため訂正しました。




