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昨日の続きです。
「ところで、メルクマールとは実際に何をなさった方のことですの? 」
お話が脱線してしまったので軌道修正をさせていただきますわ。
何代か前の聖女様が付けたとして、その冠を与えられた方がいらしたということでしょう。
ゼレン様は道標と仰っておりましたが、もしかして……
「察しの通りだよ。リーナのように先読みの力があったそうだ」
「つまり、今の私達と同じような状況だったわけですわね」
「そのようだね」
ゼレン様のお話によりますと、その当時は聖女様本人が未来を予知されたようですが、予言をする時は別人を立てていたそうですの。
「何故わざわざ別の方に言わせたのでしょうか…? 」
「恐らく、権力の集中と一点集中の危険を防ぐためではないかと思われますわ」
聖女様が全能だと知れたら、民は挙って王家よりも聖女様を支持するでしょう。
そして、それは同時に命の危険が身近になることも意味します。
権力があるけれど、か弱い女性。癒しの力は使えるものの、戦う術はない。そんなの狙ってくださいと言っているようなものですわよね。
「その通り。つまり、安全のために影武者を立てたわけだ」
「それを私達も行うと仰るのですの? 」
「厳密には違うけれどね」
「それは一体…? 」
影武者を立てるけれど違う? どういう事なんですの?
考えてみてもよく分からないですわ。
大人しくゼレン様の説明を待っていると、それまでずっと黙っていたフレイン先生が口を開かれました。
「ああ、成程。表に出すつもりがないということですね」
「さすが先生。ご明察の通りです」
「「??? 」」
どうやら先生にはわかったようですが、私もエリーゼ様もさっぱりわかりませんわ。
「つまり、メルクマールという虚像を周知させるということでしょう? 」
「ええ。王家にのみメルクマールからの神託が下されるということにするつもりです」
「それなら安全の確保も十分にできるでしょう」
えぇと……お二方のお話をまとめると、まずは過去にメルクマールが存在したということを世間に広めて、それから実際にそのメルクマールから王家に神託として未来予知が成されたと公表するということかしら?
そのメルクマールには私達の名は伏せられ、あくまで神の御使いであり、実体はないという扱いのようですわね。
「展開が急すぎますが、受け入れていただけるでしょうか…」
「その辺は上手くやるよ。百年に一度現れたら良しとされる聖女様が現れたんだ。その奇跡と絡めて広めれば、多少現実的でないことも受け入れると思うからね」
「それが悪いものでないのなら尚更人は都合よく信じるでしょうね」
あぁ…何となくですが、言わんとしていることはわかりますわ。
どこの世界でも、どの時代でも、やっぱり人は何かに縋って安寧を得たい生き物なのですわね。
ですが、確かに上手く広められれば危険も少なく好意的に受け入れられるかもしれません。
言っては何ですが、ある種の宗教のようですもの。それをこの国の王子様が主導するとなると、もはや国教ですわね。
「まぁ、まずは陛下達にご相談してからの話にはなるからすぐにとはいかないけどな」
「そうですわね」
「そういうことで、二人が承諾してくれるのであれば今日にでも話をしようと思っているよ」
「私はそれで構いませんわ」
「私もです」
「ありがとう。メルクマールを立てることでパードリー公爵家へも説明する必要はなくなるからね。説明できる時が来たら自分の口から話すといい」
「お気遣い有難く頂戴させていただきますわ」
ゼレン様ならもっと良い策がありそうなのに何故こんなにも多くのリスクを負いながらこの策を取られたのか不思議だったのですが、きっと私が公爵家に話すことを躊躇っているのを覚えていて、無理に話すことにならないか危惧して下さっていたのでしょう。
本当にお優しい方ですが、それでご自分の首を絞めることにならないか心配ですわ。
そうならないよう、側でお支えできれば良いのですけれども。
自分で自分の派閥を容赦なく潰していくような方ですから本来はそう心配するようなこともない方なのですが、こうして婚約者の事情にもお心を砕いて下さっているのを実感すると嬉しくもありますわね。
でも政略結婚の相手にそんなに気を配っていらしたらゼレン様が窮屈になってしまわれないかしら。
政略結婚だからこそ良好な関係を繋げるために過剰に気にかけてくださっている可能性もあるわね。
今回のお気遣いに関しては、このままゼレン様の仰る通りに王家の承諾が得られるのならば、それは私にとって最良の結果ですので有難い限りですが、近いうちに過度なお気遣いは不要だとお伝えしておかないといけませんわ。
私も必要以上にお気を遣わせてないようにもっと気をつけなくては…!
私が内心で決意新たにしていると、何やらゼレン様とエリーゼ様がお話しているのが見えましたが………何をお話されているのかしら?
何だかゼレン様がお疲れのように見えますわね。
「…何だか気合いが入っている様子だけど、何故かまたすれ違っている気がする…」
「私もそう思います…」
「直接的に言わないとはいえ、わかりやすく示していると自分では思っているのだけどな…」
「私も殿下はわかりやすいと思うのですが…」
「そうだよね? 周りには伝わっているのに、本人に伝わっていないのが問題なんだよな」
「心中お察しします…」
リーナのためにめちゃくちゃ考えて、調べて、色々根回ししたのに、気遣いは察してもらえるのに大事な部分は伝わらないゼレイン殿下でした笑




