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中途半端になってしまいましたが、長くなりそうなので次話に続きます。
あの事件から一ヶ月。
ソリュード様は停学処分を受けていたのだけれど、イジメの対象が国で保護されている聖女様だったこと、パードリー公爵家から厳重な抗議をさせていただいたこと、第二王子の婚約者に罪を被せようとしたということで、ソリュード子爵家の方から退学を申し出たそうですわ。
あんなに百害あって一利なしな方は滅多におりませんわね。
ソリュード子爵、子爵夫人にはもう少しと言わず一から教育をし直していただきたいものです。
きっともう社交界でもお会いすることはないと思いますけれども。
そんな訳で、この一ヶ月は本当に平穏に過ごしておりました。
エリーゼ様へのイジメや嫌がらせの類も一切無くなり、フレイン先生の研究室へは私も同行することで何とかルート進行を防げたらと思っているのですが……効果はあるのかしら。
この一ヶ月で特筆すべきことと言えば、ゼレン様が私達の記憶についてどう扱われるのかご決断されたことくらいでしょうか。
「あれからずっと考えていたのだけど、二人の前世の記憶についてはやはり王家に共有させてもらおうと思う」
「それがゼレン様のご判断なのですわね」
「ああ。だが勿論、王家以外には漏らさないと誓おう」
恐らく、国王陛下並びに王妃様、王太子殿下にお話されるであろうことは予想しておりました。
まず第一に、もしここが私の言うように決まった物語の中の世界だとすれば、一部とはいえ私は未来を知る存在となります。
それはいい意味でも悪い意味でも脅威となり得るでしょう。
情報を得るためにも、監視するにも、ゼレン様だけが担うには事が大きすぎますもの。
第二に、単純な国益ですわね。
私もエリーゼ様も、ヴィアイン王国よりもずっと文明の進んだ国で暮らしてまいりました。
開発こそ難しくとも、どんな機械があってどんな機能を有しているのか、またどんな施策を行い、どんな暮らしをしてきたのか。このような情報だけでもこの国からみればとても真新しい発想であり、それだけで物の見方が変わるものですから。
あとは、私とエリーゼ様をこの国に縛り付けられること、でしょうか。
私はゼレン様と婚約関係にありますので、婚約が破綻にでもならない限り自由になることはありませんが、エリーゼ様は聖女様で国の保護対象であるとはいえ、婚姻の自由は認められていたはず。
であれば、他国に嫁いでいくことも可能ですわ。
ですが、王家としては聖女様の恩恵に預り、国を繁栄させたいと願うのは当然です。
過去にも聖女様が現れた時には王族と婚姻を結び、縁を繋いできたそうですの。今世も、本来であれば王太子殿下かゼレン様と婚約をさせたいところなのでしょうが、生憎どちらにも幼少の頃に婚約者を宛がってしまいましたからね。
どうやって聖女様をこの国に繋ぎ止めておくかは王家の最大の悩みだったのだと思いますわ。
一国を担う王族として、このチャンスを逃すわけにはいかないですもの。当然のご判断ですわ。
ですが、私の予想ではこの情報は王族のみならず、国の運営に携わる中枢の者達には知らされると踏んでおりました。
王家の中で情報を完結してしまっては、何かあった時に必要な情報が行き渡るのに時間がかかってしまいますもの。
例えば、私が一年後にある地域で川の反乱が起きることを王家にお伝えしたとしますわ。
その情報を、王家は私が未来を知っていると存じていらっしゃるのですんなり信じていただけたとしましょう。
では、反乱が起こる前に対策をしようと大臣達に指示を出したとして、「わかりました、すぐに必要な対策をとりましょう」となるでしょうか?
私が未来を知るものであると知らなければ、大臣達にとっては何も変わりのない日常なのです。川の反乱なんて想像もしていなければ予兆も出ていないのに何故? となりますわね。
財務大臣ともなれば、起こってもいない災害の対策に費用を投じるよりも先に、今必要なことのために費用を分配したいと思うのではないかしら。
そうなった時、王家はどうご説明なさるおつもりなのかわかりませんが、異を唱えられて対策が後手に生じるか、強行突破して有力貴族達の反感を買うかでしょう。
きっとゼレン様は私達に言及の手が伸びたり、危険に侵されるリスクを最大限に抑えようとたくさん考えて下さったのだと思いますの。
確かに私達としては一番有難い選択ですが、それで王家が揺らぐことがあっては本末転倒ですわ。
貴族達からの追及をどう躱されるおつもりなのでしょう?
「確かにリーナの言う通りになるだろうね」
「では、」
「そこで相談なのだけど、メルクマールになるつもりはないかな? 」
「めるく…」
「まーる…? 」
エリーゼ様と顔を見合わせて首を傾げるけれど、前世のゲームの記憶の中にも、この国で生きてきた記憶の中にも、全く聞き覚えのない言葉ですわ。
それは一体何を指すものなんですの?
「メルクマールとは、国や人の道標となることを言うらしい。何代か前の聖女様が残した言葉だそうだよ。今では王家保存の記録にしか残されていないから、知る人は少ないだろうね」
「聖女様が……そのような記録があるのですね」
「何となく響きがドイツ語に似ている気がします」
「そうなのですか? 私は外国語にはどうにも疎いのでわかりませんが…」
「看護用語って外国語由来のものが多いので自然と触れていただけです! 違っているかもしれませんが、その聖女様も私達の住んでいた地球から転生された方だったのかもしれませんね」
「有り得ますわね」
「ちきゅう? 君達が前世で住んでいたのはにほんと言っていなかったか? 」
「日本は国の名前ですの」
「他にもたくさんの国があって、それを全部引っ括めて地球という星、という感じです」
「この国で言いますと、日本はヴィアイン王国ですわね。そしてこの大陸全てを総称するようなものが地球ですわ」
「大陸全てを、か。何だか途方もない話だね」
私達も前世の記憶がなかったらゼレン様のような反応になるのでしょうね。
そう思うと当たり前に思っていたことって、決して当たり前ではないのかもしれませんわ。
ゼレインなりに国とリーナを守ろうと一生懸命なので見守ってもらえたら幸いです。




