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お買い物の続きです。
ガラス細工の露天の前で悩み続けてどのくらい経ったのか、あまりにも悩む私のために途中で店主が椅子を持ってきてくださいましたの。
お言葉に甘えて座って熟考していたら、傍で控えていたリリアとルースが礼を執るものですから気になって顔を上げると、お忍び用なのか下位貴族を装うゼレン様とアーベルガント様がいらっしゃっておりました。
私もご挨拶のために立ち上がろうとしましたが、ゼレン様に止められてしまいました。
「ごきげんよう」
「やあ。リーナも街に来ていたんだね」
「えぇ。お二方は視察ですの? 」
「ああ、そんな感じだよ」
街に来ると顔見知りの令息令嬢にお会いすることはありますが、ゼレン様とお会いするのは珍しいですわね。
ゼレン様は王子様ですが、街や孤児院、修道院などの視察によく出向かれると聞いておりますけれど、本当に慣れた感じですわ。
「さっきから真剣に何を見ていたんだい? 」
「エリーゼ様のためにお守りを見繕っていたのですけれど、とても綺麗なので皆様にも贈りたくなってしまって」
「これは…宝石ではないね。ガラスかな? 」
「そのようですわ。軽くて綺麗で良いと思うのですが、ゼレン様はお好みではないでしょうか? 」
「いや、そんなことはないよ。確かに透き通っていて綺麗だ」
私が悩んでいるガラス細工の一つを手に取り、陽の光に透かすようにして造りを確認されているゼレン様がすごく様になっていて、まるで一枚のスチルのようで目が離せなくなってしまいました。
作画が素晴らしいですわ…!
私が内心で一人感動していると、店主が気を利かせて椅子をもう一脚用意してくれたようで、隣に腰を下ろしたゼレン様が私の手元を覗き込んできました。
「それで、リーナは何を悩んでいるの? 」
「えぇと…皆様の分は決まったのですが、自分の分が決められなくて…」
そうなのです。リリアと相談しながら皆様への贈り物は無事に決まり、今は店主にそれぞれ包んでいただいておりますの。
アーベルガント様とノアール様は色違いでお互いの瞳の色の星細工に、ツァイス様とクラリア様もお互いの瞳の色の花細工にしたのですが、それも物凄く悩んでしまってようやく先程決まったところなのですわ。
これで全員分決まったと安堵したためか、自分の分は好きなものを買えばいいとわかっているのに集中できなくなってしまったようでして。
少し休憩してから出直した方がいいのかと考えていましたの。
隠すようなことでもないので素直にお話すると、それならとゼレン様が私の分を選んで下さることになりました。
そんなつもりではなかったのですが、目移りしてしまっていたので助かりますわ。
「……うん、これだな」
「これは……」
ゼレン様が選ばれたのは、爽やかなスカイブルーとエメラルドグリーンの二連ドロップのイヤリング。
店主に頼んで二対用意されたようで、一対は上の石をスカイブルーに、もう一対は上の石をエメラルドグリーンにして、色違いのデザインにされたみたい。
でも二対用意してどうなさるのかしら? 付けてみて決められるとか? どちらも綺麗ですし、両方購入しても問題ないのですけれども。
「はい、リーナ」
「え、えぇと…? 」
「これは私とリーナの分」
「ゼレン様も? 」
「ああ。せっかくだから婚約者とお揃いにさせてくれないか? 」
「え、えぇ」
他人には婚約者同士でお揃いのものをと選んでおいて、自分のことは何も考えおりませんでしたわ…
そうですわよね、側近の方々がお揃いで付けているのにゼレン様と婚約者の私が別々なのもおかしな話でした。
ゼレン様は二対のイヤリングをそれぞれ一つずつ手に取ると、私の手のひらにそっと乗せられたのですが…
なるほど、お揃いな上に左右で色の上下も違うなんてゼレン様はオシャレ上級者ですわね!
「リーナ、付けてくれる?」
「えっ!? 」
って、私が付けるんですの!?
も、勿論構わないのですが、ゼレン様の整ったお顔が近くてどこを見ていいかわからなくなりますわ…
何となく落ち着かなくなりながらも、思っていたよりもずっと柔らかい耳たぶに慎重に金具を留めて手を離し、サイドでドロップイヤリングが小さく揺れる端正なお顔を見上げると無意識に感嘆の声が漏れ出てしまいました。
「わぁ…とてもお似合いですわ…! 」
「ありがとう。リーナにも付けてあげるね」
「えっ!? わ、私は、」
「これでも指先は器用だから安心して」
器用なのは存じておりますし、そういう問題ではありませんの….!
婚約者とはいえ、男性のお顔が息がかかるほど近くにあることなんてありませんし、そんなに真剣な表情で耳を優しく包み込まれるようにされたら変な感じがしますわね。
そわそわしながらゼレン様が付け終わるのを待ち、不意に手が離れると、ホッとする気持ちと手の温もりがなくなって寂しい気持ちが入り交じって形容し難い感情が生まれたのを感じました。
「出来たよ。鏡で見てご覧」
「あ、ありがとうございます。…綺麗ですわ」
「気に入ってもらえたかな? 」
「もちろんですわ! 」
「良かった。それならこれは私からの贈り物にさせてくれる? 」
「え、でも、」
「私もリーナに何か贈りたかったんだ」
「…でしたら、有難く頂戴致します」
「うん」
何故か贈り物をしていただいた私よりも嬉しそうな表情をされるゼレン様に一瞬ドキッとしてしまいましたわ。
美形の無邪気な微笑みってただの凶器ですわね。
耳元で揺れるお揃いのイヤリングは少し気恥ずかしいですが、たまにはいいかもしれません。
因みにその間、アーベルガント様はルースを引き抜こうとしていたようです。
何なら、会う度にいつも引き抜きのお誘いを受けているとか。
ルースの強さは公爵家のお墨付きですけれども、だからといってウチの精鋭を勝手に持っていこうとしないでくださいませ!
本っ当に珍しくリーナがゼレンに振り回されていて書いてて楽しい回でした♪




