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あれから六年。
八歳だった私も十四歳になった。
「フェリーナお嬢様、おはようございます」
開けられたカーテンから射し込む朝の光と、専属侍女であるリリアの声で私の一日は始まりを告げる。
「おはよう、リリア」
「よく眠れましたか?」
「えぇ、今日も天気が良さそうね」
朝の紅茶をいただいて、リリアが身支度をしてくれている間に今日の予定を確認するのが毎日の日課。
今日は朝食の後に淑女教育のマナーレッスンがあって、昼食の後にはダンスレッスンね。それが終わったらティータイムをしてから邸内の図書室へ行くつもりでいることをリリアに伝えておく。どこに行くにも侍女達は先回りして準備をしなければならないのよね。その辺、公爵家の侍女ともなればみんな抜かりないから流石だわ。
「本日の髪型はこちらでいかがでしょうか?」
「いいわね、ありがとう」
「とんでもございません」
前世の記憶を取り戻す前は当たり前のことだったけれど、今の倍を生きていた経験がある身からすると、こんな自分よりもずっと下の少女にも敬意を払った対応をしてくれるのは本当に教育が行き届いている証拠なのでしょうね。
これが日本だったらもっと砕けた対応になっていたはずだもの。
リリアは特に私のやりたいことを察して先回りして準備してくれるとても優秀な人材で、両親や兄達からも信頼が厚く、常に私に同伴してくれているの。
そういえばゲームのフェリーナも常にリリアを傍においていたわね。でも気持ちはよくわかるわ。リリアがいるのといないのとでは天と地程の差があるのだから。優秀すぎる侍女がいるというのもある意味困ったものね。
「お嬢様、本日はご当主様がお戻りになられております」
「あら、お父様が? いつお帰りになったのかしら」
「昨夜遅くに戻られました。朝食をご一緒されたいとのことです」
「すぐに行くわ」
身支度を済ませて鏡台から立ち上がると、リリアが扉を開けながら教えてくれる。
公爵家当主であるお父様は、二週間程前に領地の視察に行かれていたのだけれど、いつの間にか戻られていたようね。
私はマナー違反にならない程度の早足で食堂へ向かう。
お父様は、お母様はもちろん私達も可愛がって下さっていて、可能な限り皆で食事をしたいそうなの。
急いで食堂に向かい、部屋の前で待機していたメイドがノックして扉を開けてくれるのを待って室内へ入るとすでに全員が椅子に腰掛けて私が来るのを待っていた。
「おはようございます。お待たせして申し訳ございません」
「おはよう、リーナ」
「僕達も来たばかりだから大丈夫だよ」
口々に返ってくる言葉はどれも温かい。
そう、公爵家の面々は揃って末っ子である私に甘いのよ。思い返してみれば、これまで怒られたことなんてほとんど無いのだもの。
何をやっても肯定されるし、何か失敗しても励まされるだけで怒られることはない。
こんな環境で育っていたら、ゲームの中のフェリーナも傲慢になる訳よね。
怒ることも必要なことだったんだと今ならわかるわ。
「お父様、お帰りなさいませ。無事に戻られて安心致しましたわ」
「あぁ、ありがとう」
「さぁ、食事にしましょうね」
「ふふ、お腹空いたね」
「そうだね」
温和な父、柔和な母、優しい兄達に囲まれて和気藹々とした家庭。国を代表する四大公爵家としては異例かもしれないけれど、私はそんな家族をとても大切に思っている。
だからこそゲームとか関係なく日々を平穏に過ごしたいだけなの。
いつまでこうしていられるかわからないけれど、なるべく長く続くことを願うわ。
ゲームの始まりは十六歳。
ヒロインはフェリーナと同じ歳だったはずだから、あと二年でストーリーが始まる。




