第四章 債権差押え
四月半ば、徴税課に一本の電話が入った。市内の運送会社からで、従業員の給与差押え命令が届いたことへの確認だった。対象者は、慎一が担当している滞納者の一人──渡辺裕介、四十五歳。滞納額は百二十万円、五年以上にわたり納付の履歴がない。
「現場に同行してもらうぞ」
課長の小田がそう言い、慎一に通知書の束を手渡した。
運送会社の事務所は、国道沿いのトラック基地の奥にあった。応接室に通されると、背広姿の課長と、作業服の男性が座っていた。男性が渡辺だった。
「……なんで俺の給料まで取るんだよ」
開口一番、渡辺は声を荒らげた。
「市税は法律で納付義務が定められています。これ以上滞納が続けば、差押えは避けられません」
課長の小田が淡々と告げる。慎一は横で書類を準備しながら、その場の空気の冷たさを肌で感じていた。
渡辺は手を握り締め、机を見つめたまま動かない。油に染まった爪と、ひび割れた指先。運転席と荷降ろしの繰り返しで刻まれた生活の痕跡だった。
「俺だって払いたいよ。でも、嫁と別れてから養育費もあるんだ。子どもにだけは迷惑かけたくなくて……」
小田は一瞬だけ表情を和らげたが、次の瞬間には元の無機質な声に戻った。
「規則ですので」
書類への押印が終わると、課長が深いため息をつきながら言った。
「明日から渡辺の給与から毎月二万円天引きします」
渡辺は椅子を引き、立ち上がった。ドアの前で振り返り、慎一を真っ直ぐに見た。
「あんたら、俺の生活なんかどうでもいいんだな」
その言葉は、責めというより、諦めの響きを帯びていた。
事務所を出ると、外は薄曇りで、トラックのエンジン音が重く響いていた。
「これが差押えだ。手続きは淡々としているが、相手の人生は大きく変わる」
小田の言葉は事務的だったが、慎一にはその重さが突き刺さった。
市役所に戻る車中、慎一は渡辺の指先と、あの諦めた目を思い出していた。制度上は正しい処分だ。それでも、その正しさの裏で削られていく何かがあるように思えた。
「俺たちの仕事は、正しさだけじゃ測れないな……」
小さくつぶやいた声は、エンジン音にかき消された。