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運命74

作者: 海火事

都立星雲高校の教室は、朝の喧騒に満ちていた。窓際の席で、灰崎悠真(はいざきゆうま)は、黒縁メガネの奥でいつものSF小説に没頭していた。陰キャを自認する彼にとって、クラスメイトの笑い声はただのノイズ。友達は一人二人いるが、深入りは避けてきた。面倒だし、傷つくのが怖い。


「よぉ、灰崎! なに読んでんの?」


弾けるような声に、悠真は思わずビクッと顔を上げた。目の前にいたのは、クラスのギャル、義矢流 留儀(ぎやるるぎ)。気だるそうな目、金髪をゆるく巻いた髪、キラキラのネイル、短いスカートの制服、ダメ押しに可愛いときているTHE 一軍とはこの人だと言わんばかりの人物。そんな彼女なぜ自分に話しかけるのか、悠真には理解不能だった。


「え、なっ…ななななんですか??」


緊張で声が裏返り、うまく喋れない。


「その本、何?…SF?いいじゃん! どんな話?」


留儀は屈託なく笑い、悠真の机に手を置いた。ネイルは星屑のようだった。


その日から、悠真の日常は変わった。留儀は事あるごとに話しかけてきた。昼休みにコンビニに寄ったり、放課後にカフェで他愛もない話をしたり。彼女の明るさは、悠真の閉じた心に光を差し込んだ。だが、なぜ自分なんかに? その疑問は、しばらく彼の心に残った。


11月3日、文化の日。その日は学校が休みで悠真はリビングで勉強をしていたとき、なんとなくつけていたテレビのニュース速報に目を奪われた。


「…えー速報です。本日9時頃、山手線の池袋駅で脱線事故が発生しました。消防の発表によりますと、死傷者は数百人に登るとみられ……」


テレビには、朝のラッシュ時の山手線がカーブで脱線し、ホームに突っ込んだ映像が映っていた。車両はひしゃげ、1〜5号車までが大きく横転している。朝の満員の電車はすし詰め状態。死者250人以上、負傷者600人以上。悠真の胸は締め付けられた。池袋は、留儀と何度か訪れた場所。

今日彼女は羽休めに池袋でアニメグッズや本屋をはしごしたりするため早く家を出ると聞いた。もちろん悠真も誘われたが悠真はテストが近いからと断っていた。


「まさか……」


悠真は留儀にメッセージを送った。


「大丈夫? ニュース見た?」


だが、返事はない。いつも即既読がつくというのに。


夜、死者の一部の名前が公開された。義矢流 留儀、17歳、死亡。悠真の手からスマホが落ちた。頭が真っ白になり、耳鳴りが響く。あの笑顔、星屑のようなネイル、弾ける声。すべてが消えた。なぜ彼女が? 後悔が胸を刺した。もっと話したかった。彼女を、もっと知りたかった。


翌朝、目を覚ました悠真は異変に気づいた。時計は11月2日の朝7時。昨日は11月3日だった。スマホの日付も、ニュースも、すべてが昨日以前に戻っている。Limeには、留儀からのメッセージ。


「んー、明日羽休めに池袋で本とアニメグッズ買いにいかん?」


昨日と同じ文面。


「タイムスリップ……?」


悠真は混乱した。夢?だが、頬をつねっても確かに痛みを感じ、頬が少し赤く腫れる。

もし現実なら、池袋の事故を防げるかもしれない。留儀を、数百人を救える。

急いで留儀に電話をかけようとする。しかし彼女が先にかけてきた。


「おはようSF少年よ!ところでさーLimeで言ったけど明日池袋行かん?」


と、彼女はいつも通りの無邪気な声。


悠真は即答した。


「いや、やめよう。なんか、危ない気がするんだ。」


留儀はくすくす笑いながら言う。


「え、占いでも信じてんの?笑、可愛いとこあんじゃん笑」


笑いながらも、彼女は提案を変えた。


「ま、明日行かなくてもいっかー。テストも近いしー?」


悠真はホッとした。彼女が池袋に行かなければ、少なくとも彼女は助かる。


運命の11月3日、テレビを注視していた悠真は驚愕した。ニュースに池袋の事故は一切報じられていない。事故自体が起こらなかったのだ。悠真の行動が、運命を変えた。


「よかった……」


悠真は安堵した。


だが、その夜、衝撃の知らせが耳に飛び込んできた。留儀が、交通事故で死んだ。カフェで勉強した後、帰宅途中にトラックにはねられたというのだ。


悠真は絶望した。事故を防いだのに、なぜ彼女が? その夜、目を覚ますと、再び11月2日。悠真は理解した。自分はタイムループに閉じ込められている。留儀を救うため、同じ日を繰り返す運命なのだ。


悠真は何十回とこの二日間を繰り返した。5回目のループでは、留儀を家に誘ったが、彼女は「コンビニ行ってくる」と抜け出し、外に出た瞬間にトラックに撥ねられ死んだ。10回目では、駅員に事前に警告したが、「根拠がない」と一蹴され、事故で留儀を含む250人が死んだ。15回目では、警察に相談したが、「妄想」と相手にされず、結果は同じ。20回目では、非常ボタンを押したが、列車は止まらず、ホームは地獄と化した。


30回目では、留儀を学校に留めたが、校舎のガス漏れで意識を失い、病院で死亡。35回目では、メディアに事故をリークしようとしたが、「信憑性が低い」と無視され、事故は起きた。悠真の心はすり減った。夜、部屋で一人、涙が止まらなかった。


「どうして…救えないんだっ……」


42回目のループで、悠真は留儀に言った。


「突拍子もない話で申し訳ないんだけどさ…僕、時間を繰り返してる。」


留儀は目を丸くしたが、真剣に耳を傾けた。


そして悠真は全てを話した。何度も何度も11月2日と3日をループしていること。11月3日に留儀が池袋に行くと脱線事故が起き、留儀を含む数百人が死ぬこと。逆に行かせないと留儀は別の事故で死ぬこと。


すべて話し終えた後、留儀はゆっくりと口を開く


「マジ? なにそれめっちゃSFじゃん。で、どうすればいい?」


「わからない。どんな選択でも、義矢流さんが……」


悠真の声は震え、涙が溢れる。留儀は笑った。


「バカ、泣くなっつーの!まあ、あんたがそんな見え見えの嘘言うタチじゃないし、信じるよ。でも運命なら、仕方ないじゃん。灰崎が頑張ってくれてるの、すごく嬉しい。」


それでも泣く悠真に留儀は続ける。


「だからさ…?いいんだよ別に、私は死んでも。ほら!こないだ貸してくれた小説にあったじゃん!『運命は存在する。でなければ彼女が死ぬ理由はない』ってさ?」


それは悠真の大好きな小説、”永遠の螺旋階段”の最後の文章だった。これは作者の体験談と言われている小説で、主人公ピーターが強盗に襲われて死ぬ恋人を救うために時間をめぐり奔走するが、結局変えることはできないと悟り全てを受け入れるという物語だ。でも、そんな結末はごめんだ。


「私がなんであんたに話かけたかって言うとさ、なんか、昔の友達思い出したんだよね。アイツもあんたと同じで教室の隅っこでぐでーって本読んでるような奴だったけど、どこか真っ直ぐで、一緒にいると楽しいって感じれる奴だったから。」


「あんたは頑張ってる。だからもういいの。」


普段の彼女からは考えられない言葉が、悠真の心をさらに締め付けた。


「僕が…守らなきゃ………!!」


ループは続き、悠真の精神は限界に近づいた。45回目のループでは、留儀を遠くの公園に連れ出したが、落雷で彼女は死んだ。56回目では、留儀の家族を説得して家に閉じ込めたが、火災で家族ごと命を落とした。

悠真は自分を責めた。


「僕のせいだ……僕が選ぶから、君が死ぬ。」


留儀が池袋に行くと電車の乗客と留儀が死ぬ行かせないと留儀が別の事故で死ぬ。ならば、

”留儀を池袋に行かせ、尚且つ電車を止める”しかない。事故の原因は、カーブでの異常な速度。22回目のループで一度非常ボタンを押したことがあったが止まることはなかった。ならば、駅で大騒ぎを起こせば、列車を止められるかもしれない。だが、ただ叫ぶだけでは足りない。誰もが注目し、駅全体がパニックになるような行動が必要だ。


11月3日朝、74回目、悠真は池袋駅へ向かった。留儀には「今日は用事がある」と嘘をつき、彼女を遠ざけた。山手線のホームは人で溢れ、電車が近づく。列車が前の駅を出たことをアプリで確認すると、悠真は深呼吸し、覚悟を決めた。線路に飛び込み、両手を振りながら叫んだ。


「止まれぇ!!!脱線するぞ!!!!」


彼は叫び続けた。目を見開き、髪を振り乱し、まるで精神異常者のように振る舞った。ホームにいた人はパニックに陥り、こぞって動画を撮る。すると駅員が駆けつけ、


「何やってんだ!!!」


と叫ぶ。警笛が鳴り響き、列車は緊急停止し、駅は混乱に包まれた。悠真はなるべく時間を稼ぐため、線路内で暴れ続けた。石を投げつけ駅員を寄せ付けようとしない。そして数分後、とうとう悠真は駅員に取り押さえられた。


「脱線する!!みんな死ぬぞ!」


彼の叫び声は、ホームに響き渡った。




事故は起こらなかった。ニュースではあの事件の代わりに、

「池袋駅で不審者の騒動、列車遅延」

と報じられた。死傷者ゼロ。だが、悠真は警察に連行された。精神鑑定の結果、異常なしと判断された。


警察署で悠真は微笑んだ。250人以上の命、留儀の命、すべてを守れた。その達成感が、彼の心を満たした。だが、彼の信頼と自由は失われてしまった。しかし、警察署の時計を見たとき、すでに時は0時を超え、あれほど待ち望んだ11月4日がやってきた。悠真は大いに安堵した。


「はぁ……乗客は救えた…あとは……」


すると突然、バタバタと大きな足音が聞こえた。


「バタンッ!!」


ドアが勢いよく開く。


「灰崎っ!!!」


警官を置いてきぼりにして留儀は叫ぶ。


そのいつもの姿を見た悠真はとうとう泣き崩れた。


「あぁ…!あああああ!!」


留儀は項垂れる悠真の顔を上げた。


バチンッ!!


突然の衝撃に思考が止まる。


「バカッ!!あんた何やってんの!?線路に降りて…いろんな人に迷惑かけて…!!死にたいの!?!?」


じんじんと痛む頬を押さえながら、悠真はなにか言葉を発そうとする。


「あ……あ…僕は…僕は……」


言い切る前に留儀は悠真に抱きつく。


「死んだらどうすんの…!バカッ…!ばかぁ……!」


彼女の頬は濡れていた。


そして、彼女の体温を感じ彼女が生きているということを解放されるまで感じた。

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